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律「で、何でお前らそんなに服装が乱れてるわけ?」

梓「ちょっとした感情のもつれがありまして……」

唯「珍獣ハンターごっこが止まらなくなりまして……」

律「なんのこっちゃ分からんが、ともかく行くぞ。暴露話は酒が入ってからな」

梓「了解しました」

唯「んー、ふふふ」

律「唯? なんか落ち着きがないな。特に口角辺りが」

唯「ちょっとねー。ふふ」

梓「……」

唯「ねっ。あーずにゃん」

梓「まぁ、いいんじゃないですか。それで」


律「……なんとなく感じ取ってしまったんだが、あえて聞かないでおこうか」




律「っつーことで、乾杯! ぐびぐびっ! ぷはぁっ!」

梓「は、早い。なんという飲みっぷり……」

律「接待で鍛えられてるからな。ピッチャーの一つや二つは軽いもんだぜ」

唯「やるねぇりっちゃん。私だって負けないよ。ぐびぐびぃ!」

律「ほおぉ。唯もなかなかやるな。しかしこの場は譲らんよ、ぐびぐびっ!」

梓「ちょ、ちょっとペース速すぎですって。話の前に潰れたら元も子もないじゃないですか」

唯「それならそれでいいじゃん。何か大事な発表でも控えてるの?」

梓「それは、えっと、近況報告とか色々あるじゃないですか」

律「カシスオレンジなお子様舌の梓さんに仕切られてもなぁ~」

梓「ビールは苦手なんです……。残念ながら」

律「あのなぁ。ビールの味にくらい慣れとかないと、社会に出てから人付き合いに支障が出るんだぞ?
  よぉしここはだな、バリバリ社会人であるこの私がピヨっこな梓の為に、近況を交えながら色々と説き聞かせてやろうではないか」

梓「愚痴だらけになりそうな予感……」

律「うるへぇ! その分お前の話だって聞くんだからな。まずはだな、あれは、確か凍てつくような冬の日だった――」


律「――と、いうわけなのよ。いやぁ、ぶっちゃけ舐めてたね。今も辛酸を嘗めるような毎日だけどさぁ」

梓「うわぁ、予想通りブラック……」

唯「苦労してきたんだね……」

律「おいおい、別にお前らを悲観させるために打ち明けたんじゃないぞ。
  ぶっちゃけて、スッキリして、また明日頑張るための活力にする。それが正しい酒と友ってもんだ」

唯「りっちゃん格好いい! 惚れる!」

律「だろう? そのハートに不在通知が届いてたら、いつでも配達に伺うぜ?」

梓「キザ臭っ。おまけに酒臭っ……」

梓「でもまぁ、それだけの毎日でも頑張れるというのは、やっぱり恋が原動力になっているんですかね。
  私の前にも、そろそろいい人が現れてもいいと思うんですけど」

律「あ゛? 梓、何言ってるんだ。私の恋はキス放置だぞ。それ以上の関係になったこともなけりゃ、結ばれたことすらねーよ」

梓「え!? でも、確か唯先輩と電話で話した時、律先輩は昨夜お楽しみだったって聞かされたような」

唯「……てへっ」

梓「ちょっ、嘘だったんですか?」

律「まぁまぁ、唯さんには後できつーく言っておくとしてだ。とりあえず次に梓の近況を聞かせてもらおうではないか。
  どれだけ恋気がないかを暴露して、私を安心させるがいい。フハハハハ」

梓「どうしてそういう流れに……。まぁ話しますけど。あれは、確か木枯らしの吹く秋でした――」


梓「――というわけで、もうしばらく音楽の道に挑戦してみようということになったんです」

律「ツマンネ」

梓「ガーン!」

梓「恋気のない話が必要だって言ったのは律先輩の方じゃないですか」

律「いやそれはさぁ、例えば片想いを手痛く叱咤されて傷心した思い出とか、そういう他人の不幸から蜜を絞れるような何かがさ」

梓「なんですかそれ。真剣に聞いてくれるかと思って話したのに……損しました、全く」

律「まぁまぁ、あんまり目くじら立てんなって。御意見述べたいことろは、ちゃーんと見つけたからさ」

梓「……例えば、どんなところですか?」

律「そうだなぁ。まず梓だってよく分かってると思うけど、いざ売り出されるようになった時、その社会人二人組は一体どうするんだ。
  売れる内に売らないと、次がいつあるかの分からん業界だろ。そんな時、仕事を優先するなんて言われたらどうするつもりだったんだ?」

梓「……それは、確かに前々からの課題点でした」

律「いざ時が来てからじゃあ遅ぇ。本気で目指してるならその二人を抜くか、その分お前が三倍動くかしかない。
  後、細かく突っ込みたい部分はいくつかあるが……そうだな、私が見たお前の未来予想図でも話してやろうか」

梓「私の未来……? 話してみて下さい」

律「ほぉう。食いつくねぇ」

律「中野梓は自らの力によるデビューを諦め、ちょっと名の通ったグループたちのバックバンドに参加するようになる。
  結婚相手は音楽業界の誰か。これは両親がくっ付けようとする。ツテとコネを活かしてギターをかき鳴らす日々。
  年を食い、そのうち旦那と共に個人の音楽教室なんか開いたりする。音楽にまみれた人生は慎ましくも後すぼみに沈んでいく……。
  ちゃんちゃん!」

梓「……コメントしづらいです」

律「なぁ梓。お前の両親ってものすげー過保護じゃないか? 娘のために人様のスタジオをタダで貸させるなんて有り得ねーよ。
  今まで、親経由で知り合いの業界人と会ったり話したりする機会なんか多かったんじゃないのか?」

梓「それは……たまに。ツテやコネを貰えるなら貰っておきたいですもん」

律「そいつはプロデビューへの手助けと共に、そうでない未来への保険でもあるというわけだ。どうだこの名推理!」

梓「はぁ……。でも律先輩はうちのバンドの演奏とか、他にも色々と知らないところがあるじゃないですか。
  それに業界のことなら私の方がよく知ってますし。決めつけられたくありません」

律「無知であるほどあれこれと空想できるもんだろ。酔っ払いの思考回路舐めんな、はっはっはー!」

律「んま、もう少し危機感を持った方がいいんじゃねーの」

梓「……頭の隅くらいには入れといてあげます」

律「そいつは有り難いこって」

律「……で、唯? どうした、さっきから黙りこくっちまって」

梓「そうですよ。おかしな推理屋は置いといて、唯先輩からも何か話して下さい」

唯「えっ、あぁ、じゃあ話すよ。あんまり面白いものでもないけど。あれは多分、茹だるような夏の日だと思ったけど――」


唯「――そんな感じで、勤め先の人たちとはあんまりうまくいってないんだ」

律「ふぅん。でもそんなの、馴染みの店に連れ込んで飲ませて吐かせれば仲良くなれるもんだろう?」

梓「律先輩の感覚でモノを言わないで下さい。別の世界なんですよ」

律「あぁん? そんなに吐くまで飲みたいってか?」

梓「い、いえ。滅相もない」

律「ったく。んで、他には?」

唯「他? って言われても、特に話すようなことはないよ」

律「そうか? 打ち明けてすっきりさっぱりーって顔になってないから、まだ何かあるように思えたんだけど……」

唯「ないない。ほら、私昔から嘘とかつけない性格だし」

律「だよな。私が制服出勤を目撃したのも、何かの見間違えだったんだよな」

唯「えっ!?」

梓「ちょっ律先輩、そんな言い方……」

律「いいだろ梓。このまま地味に語って解散なんて筋書きは用意してないんだから」

唯「え……。二人共、知ってたの?」

律「つい最近な。朝っぱらから箱を動かさなきゃならん時に、偶然通りかかったんだ」

律「まさか本当に学校に行くのかと思って、気になってさわちゃんに電話をかけてみたんだ。
  そしたらある程度の事情は教えてくれたよ。いい加減、他の誰かからガツンと言って欲しかったらしい。
  んで、その日の夜に飲み会の連絡をまわした。参加できる梓には、唯と憂ちゃんの状況、それから余計な入れ知恵をしてやった」

梓「黙っててすいませんでした。この場まで持ち込まないと、誤魔化されそうだったもので……」

律「うん。そういうことだ」

唯「そっか。さわちゃんが……」

律「なぁ唯。辛いとは思うけど、憂ちゃんの様子を話してみてくれないか? もし私たちで力になれるなら、なってやりたい」

梓「そうです。話すだけでも、一人で抱え込むよりずっと楽になれるはずです」

唯「りっちゃん……。あずにゃん……」

唯「うん。ごめん。ありがとう。……何から話せばいいのかな」

梓「憂が変わっちゃった経緯、とか」

唯「そうだね。あれは確か、桜が舞う季節のことだった――」

唯「私はまだ就職したてで、憂は大学四年生になってた。その日珍しく、憂が弱音を吐いたんだ。
  卒業論文の作成がどうしても捗らないって。でも憂は私より全然頭がいいし、すぐに乗り越えるものだと思ってた。
  何より私は仕事のことで頭がいっぱいだったから、構ってる余裕なんて少しも無かったんだ」

梓「そうしてる間に病状が進行していったんですか?」

唯「うん。でも、まだ緩やかな方だったよ。やっとおかしいと気づいたのは、その年の暮れ頃かな。
  憂が私に言ったんだ、留年するかもしれないって。始めは冗談かと思ったけど、そんなことなかった。
  その時に始めて知ったんだけど、卒業論文は半分も進んでなくて、残りの十単位まで零しそうだって」

律「憂ちゃんは出来る子だったからな。凄いショックだったんだろう……」

唯「そうだね。でも涙を見せたのはその時だけだったし、結果として憂は五年目に入って、再スタートを切ったから。
  やっと余裕ができた私は、なんとか憂をフォローしようとしたんだけど、余計なお世話はいらないって撥ねつけられちゃって……」

梓「憂は、唯先輩のお世話をするのが大好きだったから。される側は……」

唯「取り付く島もなかったかな。そのうち私は、憂を信用してあげることが姉としての在り方だーって思うようになっちゃって。
  それで、その年の冬に入った頃、大学を中退しちゃった。唐突に辞めたって聞かされて、それからはずっと家に。
  病状が酷くなって、制服の話を持ち出してきたのは今年度に入った辺りかな」

律「そして今日に至るまで、ずっと憂ちゃんを繕って生活してきたのか」

唯「そういうことになるね」

梓「他の具体的な症状はどんな感じなんですか?」

唯「物覚えの悪さから始まって、家事が疎かになったり、何を思ってるのかぼんやり佇むことがあったりして」

梓「それって、やっぱり……」

律「アルツハイマーだな。若年性の」

唯「うん。何冊か本を買って見てみたけど、それで合ってると思う」

律「思う? 医者に連れて行ったことはないのか?」

唯「……うん」

律「それはマズイだろ……」

梓「まぁ、今は過ぎたことを悔やんでも仕方ありませんよ。唯先輩、原因は何だったんですか。対策はあるんでしょうか」

唯「脳の萎縮なんかが引き起こすらしいけど、未だはっきりとは定義されてないみたい。対策は……基本的には投薬治療で抑制することができるって」

律「……なぁ唯。どうして憂ちゃんを専門医に診せようとしなかったんだ?」

唯「それは、だって、たまに良くなる時もあったし、いつか元に戻るかもしれないって。
  憂が社会から障害者だって認められること自体も悔しかったし……」

律「……そうか。その気持ちは、他の誰かじゃ理解しずらいかもしれないな。
  けど、放っておいても治る見込みがないことは、誰よりも唯自身が知っていたことなんじゃないか」

唯「……そうだよね。うん、私が悪いんだよ。私が憂を道連れ穴に落としたようなものだから……」

梓「……む、むううぅっ!」

梓「唯先輩が悲観していたら、憂だって辛い気持ちになるはずですっ!!」

唯「あずにゃん……」


律「まぁ、病は気からってのは、どんな大病にだって当てはまるものだよな」

唯「りっちゃん……」

律「でも無理は禁物だぞ。支えが必要な時は遠慮なく使うんだ。その為に私たちがいると思ってもいい」

梓「はい。その通りです。私なんて暇な時間ばかりですから、ばりばり労使しちゃって下さい」

律「おい梓。お前は自分のことを見つめ直すべきだと有り難く説き聞かせてやったばかりだと思うんだが」

梓「丸ごと誰かの言いなりになるほどお馬鹿じゃありませんよ。御忠告は、後からよーく吟味して選別させてもらいます」

律「てめーコノヤロー! 先輩の忠告も聞けないってのかー、いあっはー!」

梓「ちょ、ちょおっ。いきなり絡まないで下さい!」

律「ホレホレェ頭皮が急上昇したデコ具合を堪能するがいい!」

梓「やめて下さいってば! 熱いです、摩擦は熱いですううぅ」

律「伝染しても責任はとらねえぜええぇえぇ」

唯「……ぽかーん」

唯「ふふ、はは。あはははははははっ。はぁーっ」

律「どーした。ゆーい」

唯「なんか、昔のことと今のことがあまりにも違い過ぎて、ギャップっていうか。なんだろう。私にもよく分かんないや」


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