唯「……」

憂「あの、お姉ちゃん……」

唯「……」

憂「返事しようよ。もう大丈夫なんだし。一緒にご飯の支度しよう?」

唯「……」

憂「黙ってたら、思ってること何も伝わらないよ。ね、お願いだから何か喋って」

唯「……」

唯「思ってること、本当に言っちゃっていいの?」

憂「そ、それは程度の差こそあれだと思うけど……」

唯「どうして謝ろうとしないの?」

憂「……」

唯「ねぇ、どうして謝らないの? 悪いことをしたらゴメンナサイしましょう。憂が馬鹿みたいに私に言ってきたこと」

唯「自分から実践しようって気は起こらないの? ねぇどうなのさ」

憂「だって……。私のせいじゃないかもしれないし」

唯「ハァ?」

唯「だったら誰がやったっていうの?」

憂「それは……。例えば、泥棒さんの類とか」

唯「うちに入った泥棒が金品を盗まずにお味噌汁だけ作りかけて逃げた。どんな冗談? 笑えないって」

憂「……」

憂「だったら、単なる嫌がらせとか」

唯「誰にそんな恨みを持たれてるの?」

唯「仮に、これが私怨だったとしても度が過ぎてる。殺人未遂の域だよ」

憂「そんな言い方って……」

唯「どこが間違ってるの? あれ以上ガスが充満してたら、気づくより先に倒れてたかもしれないんだよ?」

唯「憂はお姉ちゃんを殺したいの?」

憂「……やめて」

唯「どうして私まで巻き添え食らわないといけないの?」

憂「やめて、お願いやめて……」

唯「泣いたら許されるとでも思ってるの」

憂「やめ……嫌……」

唯「憂はいつから頭が悪い子になっちゃったの」

憂「や、やぁ……」

憂「うぅ。ぐずっ……」

唯「……」

唯「お姉ちゃんもう寝る。ご飯はいらない。お風呂もいらない。もうさっぱり寝て夢の中でふわふわしてたい」

憂「ま、待って……。ねぇ待って」

唯「……」

憂「側にいて。お願いだから、側にいて」

唯「離してくれない?」

憂「やだもん」

唯「離せって言ってるんだけど」

憂「やだ」

唯「離して」

憂「やだ」

唯「離せ」

憂「……」

唯「離せって言ってるでしょ!! この痴呆者!!」

憂「ひっ」

唯「大体なんで私が憂の面倒見なくちゃいけないの? もう成人でしょ? 馬ッ鹿じゃないの!?」

唯「今まで散々お世話されてきたから、その恩返しをしなさい? ふざけないでよ! 誰がそんなこと決めたっていうの?」

唯「いざ私が社会に歩こうとしたら、後ろからしがみついてきて、足引っ張って、枷になって……」

唯「もう限界! 死ぬなら一人で死んで! 私まで道連れにするなんて、ふざけるのも大概にして!!」

 バタンッ!


唯「……私は悪くない。私は間違ってない。そう、きっとそう」

唯「どうせ憂の涙なんて、記憶と一緒に蒸発して消えるんだ。忘れるんだ。忘れる。全部忘れる」

唯「私はもう社会人として一人前なんだから。高校生も憂も卒業してるんだから」

唯「……いっそお見合いでもしちゃおうかな」


唯「……ぐー。すー」

 ―― ――

 ――




梓『えっ、今からですか?』

唯「うん、飲み会まで暇でさ。もし時間空いてるなら、二人で何かして、それから一緒にって思ったんだけど」

梓『それだと、律先輩に悪い気が……』

唯「いいのいいの。どうせりっちゃんは朝から動けないタイプなんだから。昨夜はお楽しみでしたねーって意味で」

梓『はぁ。そうなんですか』

唯「で、オーケー? それとも都合悪い?」

梓『まぁ、一応用事は入ってるのですけど。でも来てもらっても平気だとは思いますけど……』

唯「用事ってどんな?」

梓『レコーディングです。父が贔屓にしているスタジオが空いてるようなので、特別に使わせてもらえることになったんです』

梓『それでバンドメンバーが集まるのですが……まぁ、そういうことなんですけど』

唯「私が入っていっちゃ駄目じゃん」

梓『あぁ。普通はそう考えますよね……』

唯「うん? 何かが普通じゃないってこと?」

梓『いえ、別に大したことでもないのですが……』

梓『簡潔に言いますと、メンバーの三人が唯先輩に一度会ってみたいと前々から言っていまして』

唯「どうして私に?」

梓『それは……。あのですね、その……』

唯「んん?」

梓『唯先輩のことがよく話題に出たりしまして、いつか現物を目に収めておきたいという方向性になっていまして』

唯「誰が話題に出すの?」

梓『誰って……私以外に誰がいるんですか』

唯「あっ。ふーん、なるほどそういうことねぇ」

梓『なっ何ですかその含みのありそうな言い方は! ともにかく、来てもらっても構いませんよということです』

唯「そっかぁ。うーん。どうしようかなぁ」

唯「……やめとこうかな」

梓『そうですか……』

唯「せっかく誘ってもらったのにごめんね」

梓『いえいえ。まぁちょっと急でしたし、レコスタでご対面ってのも無理がありましたかね』

梓『あっ、でもレコーディングが終わって、飲み会までだったら少しは時間ありますよ』

唯「後からメンバー集まって反省会とか、そういうのはやらないの?」

梓『今日はナシになってます。すぐに二人抜けないといけないみたいなので。唯先輩を選びます』

唯「嬉しいこと言ってくれるねぇ」

梓『だっ、だってバンドはチームワークが大切じゃないですか。皆均等に付き合っていかないと、どこかで綻びが出るというものです』

唯「なんだか経験談っぽいね」

梓『……まぁ、そのことも含めてお話ししましょう。唯先輩』

唯「うん、分かった」

梓『そろそろ切りますね、唯先輩。機材の準備があるので』

唯「はあい。じゃ、終わったら電話ちょうだい」

梓『はい。ではまた』

唯「……」

梓『……』

唯「どっちから切る?」

梓『私から切りますっ!』




 ――

 ―― ――

梓「せんぱーい! ここですよー!」

唯「お、めっけためっけた」


唯「久しぶりだねー。よっこらしょういちっと」

梓「唯先輩……しばらく会わないうちに台詞がおばさん臭くなりましたね……」

唯「なにをー、一つしか違わない癖に。私がおばさんなら、そっちもおばさんでしょ」

梓「あはは。昔の歌にそういうのありましたね」

梓「それで、どれくらいぶりでしたっけ? こうして顔を合わせるの。一年くらいでしょうか?」

唯「うん。だいたいそれくらいだと思けど……。じいいぃぃ」

梓「なっ、なんですかその思慮深い目付き……」

唯「あんまり変わってないね!」

梓「んもう! 背と胸だけを見て判断しないで下さい!」


唯「それギターだよね」

梓「あ、はい。スタジオに置いてくるわけにはいないので持ってきました。直行でしたし」

梓「フェンダー・ムスタング。何だかんだ、ずっと使い続けてるんです」

唯「むったん、だっけ?」

梓「ちゃんと覚えててくれたんですね。ムスタングのむったん、私の相棒です。きりり」

唯「ほおぉ。ライブパスも隙間ないくらい張ってあるし、なんだか手の届かない人になっちゃったみたい」

梓「またまた大袈裟ですって。ライブに出るだけなら、ある程度の実力とコネさえ満たしていればいいんですから」

梓「そういう意味では、唯先輩だって同じ道を行く選択肢はあったかと思いますけど」

唯「……同じ道、ねぇ……」

梓「……」

梓「でもでも! ミュージシャンなんておよそ現実的ではありませんし、堅実に生きる方が賢いということですよ」

唯「ふぅん。目指してる人でもそういうこと考えちゃうんだ」

梓「メンバーに聞かれたらおかんむりにされそうですけど、どの金の卵だって同じことを考えてるはずですよ」

唯「でも止まれない、止まらない」

梓「そういうことですね」


梓「唯先輩はたまにギー太触ったりしてるんですか?」

唯「ギー太ねぇ。あんまり、っていうかほとんど放置しちゃってるのが現状かな」

梓「そうなんですか……」

唯「でも私って天才肌だし、練習したら一ヶ月くらいで元に戻れるかもっ?」

梓「なら試しにむったん使って弾いてみますか?」

唯「え、遠慮しとく……。ギー太以外だと使いこなせる気がしないっていうか……」

梓「でしたね。そう言い返されるだろうと思いました」

唯「あー、うーん。でもやっぱり、もうギターに触れる機会はないと思うな」

唯「一番に余裕がないし。仕事のことが頭にあると、身にも入らないだろうし」

梓「……うちのメンバー、二人は社会人ですよ?」

唯「え、本当に?」

梓「ええ。ドラムとベースがそうです。ですから揃っての練習は平日の深夜や、土日の空いてる時間になることがほとんどですね」

唯「あっ、じゃあ今日レコーディングが終わって先に抜けた二人って」

梓「その通り、社会人の二人です。大事な用事って言ってましたけど、おそらく仕事関係のことかと」

梓「彼女たちの不等号はあちらに向いてるんです。それを強制することなんてできませんから」

唯「ふぅん、そうなんだ。ちなみに、残りの一人はどんな子なの?」

梓「ギターの子なんですけど、大学の軽音サークルからの付き合いなんです。今は私と同じくフリーターなんですけど」

梓「電話で言ったチームワークが大切っていうのが、この子に絡んでくるんですけど。……聞きたいですか?」

唯「うん。良かったら聞かせて欲しいな」

梓「はい。大筋から言いますと、私とその子が仲良くなりすぎて、ベースとドラムが他所に行っちゃったんです」

唯「その出て行ったベースとドラムっていうのが、今いる社会人二人の前釜なんだ?」

梓「そうです。大学の軽音サークルからの付き合いでした。学生の時は、なんだかんだ同じキャンバスにいたのでよく集まってたんですけど、
  皆卒業すると、自然と寄り合う機会が減ってしまいました。そこで関係が両極されてしまったんです。
  周囲から目を瞑り、一人にしか焦点を当てなかった。彼女たちが離れていくのは、少し考えれば分かることでした」

唯「……そうなんだ。何年も一緒に活動していたのに、そんな別れ方もあるんだ……」

梓「ええ。でもまぁ、学生時代でだってツーマンバンドって陰口叩かれてたくらいですから、時間の問題だったんですよ」

唯「そっか……。だからチームワークは大切なんだね」

梓「はい。ですから、先輩と先輩たちにその気があるなら、今からでもやり直せると思うんです」

唯「ちょ、ちょっと待って。いきなり話が飛んだよ!?」

梓「唯先輩はさっき、ギターに触らないのは一番に余裕がないからだと言いましたよね」

唯「うん……」

梓「これは私の善がりな想像なのですけど、もしかして二番目があるんじゃないでしょうか」

梓「例えば、一緒に演奏する人がいないとか……」

唯「……はは」

梓「私、思うんです。私が大学サークルから続けたバンドは、もう壊れてしました。
  しかし、先輩方のバンドは自然消滅しただけです。だから、今からでも再生は可能なはずです。
  他の皆さんにその気が無ければそれまでですが、少しでも前向きなら……それは凄く勿体無いことだと思うんです」

唯「勿体無い、かぁ」

唯「でも、放課後ティータイムは五人あってこそだよ」

梓「それは嬉しいですけど……。言ってしまいますと、私が観察する放課後ティータイムは、四人のまま変わってないんです」

唯「……どういうこと?」

梓「主観と客観は違います。下される評価は、常に客観に頼ったものになっちゃいます。
  売れないバンド故の苦悩ですよ。自分たちは最高の音楽だと思ってるのに、レコード会社からすればへのへのもへじ以下です。
  ですから放課後ティータイムに関して、私が意見力を持つ発言は、四人の状態であるべきなんじゃないかって思えてしまって」

唯「……まぁ、少なからず今のバンドを放り出すわけにはいかないもんね」

梓「そうですね。偉そうに言ってますけど、今のバンドが一番大切なのは当たり前ですから」

梓「ただ、私が入部を決めた新入生歓迎ライブ、あれが最も鮮明に焼き付いていることは確かです。
  私が見る放課後ティータイムは、あの地点からずっと途切れたままになってるんです」

唯「なるほどねぇ。社会の厳しさを知って、色々と大人に考えるようになったってことかぁ」

梓「ですよ。だから背と胸だけで判別して欲しくないと言ったんです」

梓「それで、どうですか? 今話したことを鑑みるに、唯先輩は」

唯「うーん……。またみんなで軽音をやれるなら、凄く楽しいだろうし嬉しいことなんだろうけど」

唯「でも、やっぱり余裕がないよ。手が回らないと思う。そういう事情もあるし……」

梓「事情……? あぁ、そうでしたね」

唯「えっ? その言い方、何か知って」

梓「あっ、いえいえ! 唯先輩が急に暗くなったので、突っ込まないで同意する方がよいかと思いまして。はは」

唯「なぁんだ。もー、気使いさんだなぁ」

唯「……さてと、もうすぐ待ち合わせの時間だね。そろそろ行こっか」

梓「あ、はい……」

唯「りっちゃんはまぁだカチューシャを」

梓「あっ、あの! 唯先輩!」

唯「んっ、どうかしたの?」

梓「あの……私には言ってくれないのでしょうか」

唯「言うって、何を?」

梓「……その、名前を。今日まだ一度も呼んでくれてません。私からばかり、唯先輩唯先輩ってさっきから……」

唯「あー。そういえばそうだったかも……」

梓「別に会話は成立しますけど、心持ち的にはちょっと不快です……」

唯「……ごめんね。なんていうか、あずにゃんは呼び慣れてたけど、この年で言うのは流石に抵抗があるっていうか」

唯「でも梓ちゃんだと今更感っていうか違和感あるし。結局、決められないままに……」

梓「もう、いいですよ! 分かりましたから。好きな指示語でも使って呼べばいいんじゃないですか」

唯「お、怒らないでよぉ」

梓「別に怒ってなんかないですもん」

唯「むううぅぅっ!」

唯「機嫌直してってば、あずにゃーんっ!!」

梓「わっ! ちょっ! ハグは勘定にないです! 恥ずかしいですってば、離して下さいぃ!」

唯「嘘つけー! 本当は嬉しがって抱かれてた癖に! このこのっ、七年分溜めた愛情を味わうがいい!」


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