憂「えっ?」

憂「もう、変な冗談言わないでってば」

唯「……いや」

憂「はい、これワイシャツね」

唯「……あの」

憂「早く朝ご飯食べちゃってね。それから、襟足のところ寝癖ってるよ」

唯「ねぇ、憂」

憂「なぁに? お姉ちゃん」

唯「うちの職場は制服指定されてないし、出勤時間までまだ二時間もあるんだけど」

憂「……」

唯「だからもう高校生じゃ」

憂「朝シャワーしてくる!」

 バタンッ


唯「……いつまでこんなこと続けるんだろう」


唯「ぱくぱく。もぐもぐ」

憂「はぁー。いいお湯だったぁ」

唯「ふーん」

憂「お姉ちゃんも浴びてくれば? 体がサッパリするよ」

唯「最近、職場のクーラーが寒いんだよねぇ。今水浴びしたら風邪引いちゃうし」

憂「……」

憂「ねね。今日も部活するんだよね。思ったんだけど、紬さんにばかりお菓子持ってきてもらってるでしょ。
  だからたまにはうちからも、ね。スフレ詰めがあるから、よかった軽音部の皆さんにお裾分け」

唯「自分で食べて。ご馳走様」

憂「……そう」

唯「制、服、に、着替えてくるから」

憂「うん……」




唯「あっ、あれ? サイズが合わない……。また憂か」

唯「うーいー! ちょっときて、うーいーー!」


憂「はいはいはーいっ。どうしたの?」

唯「ねぇ。また私のブラ勝手に取り替えたでしょ」

憂「また?」

唯「突っ込むところが違うって。憂が私のブラをどこかに隠したんでしょ?」

憂「……だって、サイズ違いが入ってたから……」

唯「サイズ違いかどうかよく見てよ。憂が交換したやつ、がばがば状態でしょ」

憂「お、お姉ちゃんそんなに見せつけないで……」

唯「……とにかく、今すぐここに持ってきて。学校に遅刻するって急かしてるのは憂の方でしょ?」

憂「うん……。ちょっと待っててね」


唯(今のうちに私服と通勤鞄を詰め込んでおいて)

唯(ギターは学校に置いてきたって言えばオーケー)

唯(今日はさわちゃんから電話くるかなぁ。最近大人しいし、大丈夫だよね)

唯「……憂、遅いなぁ……」


唯「ういー! ねー。まだー?」

憂「おかしいなぁ……。確か、この辺りに入れたと思ったんだけど」

唯「ねぇ。もしかして、隠した場所忘れちゃったんじゃないの?」

憂「そ、そんなことないよ。もうすぐ見つかるから」

唯「……はぁ」

憂「もうちょっと待ってて! 確か、この箱の中か、裏辺りに」

唯「あー、もういいよ。憂のクローゼットから適当に借りていくから。それで我慢する」

憂「お姉ちゃんが私のをつけるの……?」

唯「……私だって成長したんだよ?」




唯「準備よし。それじゃあ行ってきまー」

憂「お姉ちゃん。ギー太忘れてるよ?」

唯「学校に置いてきた。じゃ、行ってきー」

憂「またまたぁ。いつも夜遅くまでギー太弾いてるのはお姉ちゃんでしょ」

唯「いつも……? 例えば昨日の晩、ギターの音が聞こえてたかどうか憂は覚えてる?」

憂「昨日は、ええと、どうだったっけ……」

唯「ほらやっぱり」

憂「でも! お姉ちゃんがギー太を大切にしてるのはよく知ってるよ。だから、学校に置いてけぼりなんて」

唯「ギー太じゃなくてギターだし」

憂「……」

唯「とにかく何も問題はないの。行ってきます」

憂「……行ってらっしゃい」


唯「よし。今日はセーフ!」




とみ「あら、唯ちゃん。おはようさんね」

唯「あ、お婆ちゃん。おはようございます。いい天気ですね」

とみ「ほんと、いいお天気ねぇ」

唯「これなら、洗濯物がよく乾きそう。お布団も」

とみ「そうねぇ。ぽかぽかになるわねぇ」

とみ「それにしても、唯ちゃん。見かけはそこまで変わらないけど、中身はたあんと大人になったんでしょうねぇ」

唯「そうかな……。そうですかね?」

とみ「そうよ。唯ちゃんはもう立派な社会人よぉ」

唯「ですよねぇ……。はは」

とみ「……」

とみ「あのね、唯ちゃん。できればね、あんまり人様に口を出すものでもないと思うんだけど。
   ほら、こんなボケかけのお婆さんだからね、憂ちゃんの気持ちは私にもよぉく」

唯「あ、もうこんな時間! お婆ちゃん、行ってくるね!」

とみ「あらあら。いってらっしゃい」


とみ「……もう、学校へ行く年でもないのにねぇ」




唯(ううぅ。心なしか、周囲からの視線がいたく刺さるような気がする)

唯(知り合いにこんな姿見せられないよ。ましてや、同級生なんかに出くわしちゃったら……)

唯(25歳で高校の制服なんて、コスプレ以外のナニモノでもないし……)

唯(とにかく早く、公園のトイレで着替えないと!)


 ブロロロロッ

律(あれは……唯!? なんであんな格好してるんだ)




唯「ふぁー。会社に着いたー、けど早すぎて誰もいないー」

唯「朝早かったし、休憩室のソファで寝てようかなぁ」

唯「うん、そうしよう……。ぐー、ぐー」

 ―― ――

 ――




 「――それでね、偶然見ちゃったのよ」

 「――えーっ! あの人って、そういう趣味あったんですかぁ」


唯(……んぁ。よく寝た。そろそろ時間かな)


 「平沢さんって、どこか変わった子だとは思ってたけど」


唯(え、平沢って私のこと!? この声、ロッカー室の方から聞こえる……)


 「流石に人としてどうかと思いますよぉ」


唯(人としてどうかと? 一体何のことだろう……)


「いい歳して制服趣味なんて、驚くよりも呆れちゃったわ」

「ですよねぇ。未練がましいってゆーか、若干変態入ってませんかぁ」

「まだね、完全にプライベートでっていうんなら、私だって理解しないこともなかったのよ?」

「けど通勤に学生服なんて、どう考えてもナシですよ。犯罪入ってますってぇ」


唯(うそ……。見られてたんだ、あの恥ずかしい姿を……)

唯(でも! これは憂を思ってのことなんだし。別に好きでやってるわけじゃ!)


 ガチャッ

唯「あっ……」


「ひ、平沢さん!? どうしてこんなところに……」

唯「おはようございます……。早く着きすぎたので、一眠りしようかと思って」

「おはようございまーす先輩。今起きたんですかぁ?」

唯「え……うん。扉が開く音で起きちゃいました」

「あ、そうなの。全く。遅刻は論外ですけど、早く来すぎるのも考えものですよ」

唯「はい。すいません……」

「分かったらさっさと動いて下さい。今朝の会議の資料、たんまりコピー機にかけないといけないんですからね」

「っていうか、そろそろタイムカード押さないとまずいっすよ先輩」

唯「……そうだね。そうします」




唯(やっと仕事終わった……。今日はやけに疲れた……)

 プルルルル

唯(電話? 誰からだろう……)


唯(さ、さわちゃん!? 早く出なきゃ!)

 ピッ

唯「はい。もしもし、平沢です」

さわ子『もしもし、平沢さん。ちょうど仕事が終わっただろうところを見計らって電話かけてみたんだけど、今平気?』

唯「はい。今さっき終わったばかりで、帰宅中です」

さわ子『そう。なら話してる時間はあるわね』

唯「ありますけど、あの、それで今日はどんな迷惑を……」

さわ子『ちょっとタンマ。あなた、ここのところますます他人行儀になってない?』

唯「はぁ……」

さわ子『三年間も教師と生徒やった仲なのに……。もうちょっと親しげにしてくれてもいいじゃない』

唯「はは。そんな時もありましたね」

さわ子『昔は餌を待つひな鳥みたいに、さわちゃーん、さわちゃーんって頼ってくれたのに』

唯「そうでしたっけ?」

さわ子『……こほん。それで、まぁ、平沢さんの気持ちも分からなくはないのだけど』

さわ子『けどね、この件で私に申し訳なく思うようなことは筋違いなの。それだけは頭に入れておいて欲しいわ』

唯「……はぁ」

さわ子『平沢さんだって、今さっきまで自分の仕事をこなしてきたでしょう。
    それと同じで、この件は、私にとって割り切ってしまえる仕事の一部なの』

さわ子『んまっ。でも、プライベートで唯ちゃんと話がしたいってことでもあるんだけどねっ』

唯「結局どっちなんですか?」

さわ子『どっちもよ。それでまず、あなたが知りたがってる結果から伝えるけど……』



さわ子『今日は来なかったわ』


さわ子『まぁここのところ、少しづつ頻度は減ってきているし、無意識に刷り込み学習されてるって部分があるのかもしれないわ』

さわ子『もしくは、記憶の一部が時折戻ってきてるとか。あの頭でもね』

唯「そうですか。良かったです」

さわ子『良かった? まぁあなた側に立ってみれば、よい傾向かもしれないけどね』

唯「……どういうことですか?」

さわ子『……』

さわ子『憂ちゃんの状況全体を見ると、酷くなる一方なんじゃない?』

唯「それはもう。少し前から家計簿がつけられなくなっちゃったんです。
  簡単な計算に時間を食うようになったり、お金が足りないって騒いだことも一回ありました」

さわ子『なるほどね。進行が続いてる証拠よ。学生ごっこは相変わらず続けてるの?』

唯「はい。ほとんど毎日のように……」

さわ子『そう。それは大変ね……』

さわ子『……ねぇ唯ちゃん。そろそろ専門医に指南を仰いだ方がいいんじゃない?』

唯「……でも。もう少し様子を見てからでも……」

さわ子『保護監督のあなたがそう決めてるなら、私から無理強いすることはできないけど……』

さわ子『けどね、憂ちゃんがおかしくなっていることは、既に素人目にも判別できるレベルであるのよ?』

唯「それは分かってますけど」

さわ子『んもう。口を酸っぱくして言い続けてるから、私の唇は梅干しみたいになってるのよ?』

唯「あはは。せっかくの美人顔が台無しだね」

さわ子『全くね。その笑いを、たまには憂ちゃんにも見聞かせてあげなさい。そろそろ切るわよ』

唯「スミマセン。努力してみます」

さわ子『私も頑張らないと……。テストの採点を終わらせないと、今夜は帰れないのよぉ』

唯「はは。さわちゃんがんば。おやすみなさい」

さわ子『おやすみなさい』

 ピッ


唯「……努力なんて、もうずっとしてきてるのに……」




 ガチャッ

憂「おかえりなさい。お姉ちゃん」

唯「ただいまぁ。ご飯できてる? お腹減ったから、先に何か食べたい気分」

憂「うん、できてるよ。一応……」

唯「一応?」

憂「……あのね、今日はレトルトとお惣菜なの。手作りでなくてごめんね」

唯「今日は、じゃなくて今日も」

憂「……」

唯「別にそこまで気にしてないよ。手早く栄養を取れるなら文句言うつもりないし」

憂「明日は、明日は頑張って作るから!」

唯「あーうんうん、期待してるー」

憂「……」


唯「はむはむ。むぐむぐ」

憂「……」

唯「さっきから箸が全然進んでないみたいだけど」

憂「えっ、そんなことないよ。そんなこと……」

唯「さっきから私ばっかり食べてない? 盛り減るのが遅いし」

憂「……ちょっとお腹の調子が悪いのかも」

唯「どうせ二回目の夕食なんじゃない」

憂「!!」

唯「あっ。あーほら、言葉のあやだよ。間食とか、おやつ食べ過ぎちゃったのかなぁって」

憂「……食べてないもん」

唯「……」

唯「お腹痛いなら無理して食べなくていいよ。ラップしておいて、また明日にでも食べよう」

憂「うん。そうする」


唯「ごちそうさまでした」

憂「お粗末さまでした」

唯「お風呂入ってくるね。出たらすぐ寝ちゃうと思うけど」

憂「あ! ちょっと待って」

唯「ん? どうかしたの?」

憂「あ、あのね。今日、家の中を掃除してたら、お姉ちゃんのクローゼットの奥からこれが見つかって……」

憂「ギー太なんだけど! どうしてか分からないけど、凄いボロボロになっちゃってて」

唯「ギターね。しばらく放っておけば、痛むのは仕方ないことだと思うけど」

憂「仕方ない!? だってお姉ちゃん、あんなにギー太を大切にしてたのに……」

憂「勝手に手入れするのは悪いかもって思ったんだけど、でも、我慢できなくて……」

唯「……」

唯「もうギター弾かないからいいんだよ」

憂「えっ?」

唯「……でも、まぁ……。わぁ凄いピカピカ! 新品みたい! あ、でも弦は張り替えなかったんだ」

憂「うん。やり方が分からなくて」

唯「ふぅん。そっかー、へー」

憂「……」

唯「とりあえずお風呂入ってくる」

唯「あ、それから、もういい年同士なんだから、そろそろお互いの部屋に勝手に入るのはやめにしない?」

憂「……でも、お掃除とかお姉ちゃん一人じゃ」

唯「で、き、る、か、ら。やめにしようね?」

憂「……お姉ちゃんが、その方がいいって言うんなら……」

唯「くれぐれもよろしくね」

唯「特にギターはさ……」

憂「うん……」




唯「あー。さっぱりしたー」

唯「ベッドの上が一番落ち着くなー」


唯(……憂、まだお皿洗いに苦戦してるのかな)

唯(こんな生活、いつまで続ければ終わりが来るんだろう……)

唯(やっぱり病院に連れて行った方が……)

 プルルルル

唯(電話……。またさわちゃんだったらやだなぁ)


唯(あ、りっちゃんだ)

 ピッ

唯「もしもし平沢でございまーす」

律『もしもし田井中でござまあーっす』

唯「あはは。りっちゃん、久しぶりぃ。相変わらずのごよーすで」


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