平沢家。

憂「あ、澪さんに律さん……」

澪「やあ。唯の調子、どう?」

憂「あ、いえそれが……
  さっき帰ってきてからずっと部屋に閉じこもってて……
  私が話しかけても何も言ってくれなくて」

澪「そっか」

憂「あの……学校で何があったんですか?」

澪「それはおいおい話すよ。
  今は私と律と、唯との3人で話したい」

律「うん」

憂「はあ……じゃあ、どうぞ」

澪「ああ、お邪魔するよ」

律「……」




唯の部屋。

澪「唯……入るぞ」

まず澪だけが唯の部屋に入った。
律が入るとまた唯を怯えさせてしまうと思ったからだ。

唯はベッドの上に座っていた。
しかし視線を澪の方に向けることはなかった。
ただ生気の抜けた顔で俯いているだけだった。

澪「唯……大丈夫か」

唯「ああ……澪ちゃん」

唯はゆっくりと顔を上げた。
そして悲壮感の漂う愛想笑いを浮かべた。
澪にはそれが痛々しくて見ていられなかった。

澪「隣、いいか」

唯「うん」

澪は唯の隣に腰掛けた。


澪「あー……あのな、唯……
  律のことなんだけど」

唯「!」

律、という言葉が出た瞬間に
唯は体をこわばらせた。

澪「律だってな、悪気があってやったわけじゃないんだ……
  ただ、その……我慢できなくなったというか」

唯「……」

澪「だから、その、なんだ、えっと……んーと」

唯「……仲直り、しろって?」

澪「……まあ、平たく言えば」

唯「……」

澪「無理なら無理でいいんだ……
  その……2人が元の仲いい状態に戻ればいいな、っていう
  私のワガママみたいなもんだし……」

唯「……」

澪「唯はこんなに傷付いたんだもんな……
  謝らせて欲しいなんて、虫のいい話か」

唯「私も……りっちゃんとは仲直りしたいよ……
  大切な友達だから」

澪「唯」

唯「でも……大切な友達だからこそ……怖いの。
  ああいうことされたのが……
  また、ああいうことされるんじゃないか、っていうのが……」

澪「……」

唯「また同じことされたら……
  私……私、もう……」

澪「それは大丈夫だ、唯……
  律はもう二度とお前にあんなことはしない」

唯「……ほ、ほんとに? 保証は?」

澪「律の欲求が、また今日みたいに爆発しそうになったら、
  私が抑えてやるってことになったんだ。
  だから大丈夫」

唯「そうなんだ……
  よく分かんないけど」

澪「だから……大丈夫。
  これからの未来の不安は、もうない。
  あとは、これまでの過去の過ちを償えば、
  そして唯がそれを許せば……」

唯「うん……」

澪「実はさ、ここに律が来てるんだ」

唯「えっ」

澪「律ー、入ってこい」


ガチャ
律「……やあ、唯」

唯「り……りっちゃん」

少しだけ、唯の顔に恐怖の色が浮かぶ。
それに気づいた澪は、唯の手を握ってやった。

律「唯……本当にすまなかった。
  許してくれ」

そういうと律は部屋の真ん中で土下座をした。

唯「りっちゃん……」

律「……」

澪「唯……
  律だってこんなに反省してるんだ。
  どうか、許してやってくれないか」

唯「……」

唯が、ぎゅっと澪の手を握り返した。
仲直りをしたいとは言っていたが、
いざやるとなると
簡単にできることではなかった。

唯「……」

澪「……」

律「……」


沈黙は5分ほど続いた。
唯が口を開いた。

唯「りっちゃん……」

律「……」

律はずっと土下座の体勢のままで固まっていた。

唯「りっちゃんにされたこと……
  最初はほんとにびっくりして……そして、怖かったよ。
  今までにないくらい怖かった……
  思い出すと今でも泣きそうになるよ」

律「……」

唯「でも、りっちゃんは私の大切な友達だから……
  私はりっちゃんのこと信じてるから」

律「……」

唯「今日のあれは……ちょっと我慢できなかっただけなんだよね。
  ほんとのりっちゃんは、優しくて明るい良い子だよね」

律「……」

唯「だから……これからもりっちゃんが……
  そういう感じでいてくれるんなら……」

律「……」

唯「私も、これからもずっと仲良くしていきたいと思ってるよ」

律「……」

唯「顔を上げて、りっちゃん」

律「……」


澪「律?」

唯「り……りっちゃん?」

律「ふひ」

唯「!?」

澪「おい、律!」

律「ふひ……ひ……」


そこで律はやっと顔を上げた。
しかしその顔は、
奇妙な笑みを浮かべ、目がすわっていて、
おおよそ普通の状態には見えなかった。

唯「り……りっ……ちゃん……?」

唯が澪の腕にすがりつく。

澪「おい、律、いったいどうし……、……!!」

澪は気がついた。
部屋の床に、
正確に言えば律が土下座して頭を付けていた位置に、
一本の毛が落ちていたのだ。
それは何の毛なのか、
もはや言うまでもないことだろう。

澪「おい、だめだぞ、律……
  分かってるよな……」

律「ふひひ……ひひ」

唯「がくがくがくがく」


澪「ダメだっ、正気に戻るんだ、律っ!!
  ここで同じことをしたら、唯はっ……
  お前は、もう二度と……!!」

律「ふひーひーひひひーひー!!!」

澪の声は律に届いていなかった。
律の頭にあるのはただひとつ、
陰毛のことだけであった。

律「ふひっひー!!」

律は唯に飛びかかった。

唯「い、いやああああああああっ!!!!」

音楽室のときと同じ悲鳴がこだまする。
唯は必死に抵抗するが、
律の力に勝つことはできなかった。

唯「いやああああ、やめてええええええっ!!!
  澪ちゃん、澪ちゃん助けてええええええ!!!」

律「ふひーひひー!!」

澪「やめろ、律っ!!
  おい、聞いてんのか、律!」

唯「いやああああ、あああああ!!」

律「ふひひひひー!」

澪「はっ……そうだ!!」

澪はその場で自らのパンツを脱ぎ捨て、
スカートをめくりあげた。

澪「ほら、律、陰毛だ陰毛!!
  こっち見ろ、こっちに陰毛があるぞー!!」

律「そんなもんもう飽きたわー!!」

澪「なっ!?」

律「唯の陰毛が至高なんじゃあああああ!!」

唯「いやああああああああああああ!!!」

律の手によって、
唯の部屋着のズボンとパンツが、
一気に下ろされた。




――

――――

――――――

嫌な事件だった……
澪は当時のことをこう振り返る。
あの事件のせいで、
結成から半年も経たないうちに
桜高軽音部は崩壊してしまったのだ。
もうみんなで楽器をすることも、
お菓子を食べて喋ることも、
遊びにいくこともない。

唯はあれから一度も学校に来ていない。
いや、学校どころか部屋の外にも出ていない。
完全な引きこもりとなってしまっていたのだ。
澪はときどき唯の様子を見に、平沢家に出向く。
しかし唯が部屋の扉を開いたことはない。
澪はいつも扉の外から一方的に唯に話しかけるだけだ。
当然、唯からの返事は聞こえない。
でも澪はこれをずっと続けている。
唯がいつか部屋から出てくると信じて。

律はというと、
唯の叫びを聞きつけて部屋にやってきた憂が警察を呼び、
そして警察によって取り押さえられた。
丸出しの陰毛を警察の人に見られたのは恥ずかしかった……
と澪は当時を振り返って語る。
その後、律は精神病院に入れられたが、
未だに陰毛発狂病(澪命名)は治っていないらしい。
律と澪がふたたび会えるのは、
いつのことになるのだろうか。

紬はあの事件の直後、
「チベットの老師に弟子入りする」というメールを
澪に送ったきり、消息がつかめていない。
まったく意味が分からない行動であるが、
紬にもなにか思うところがあるのだろう……
と澪はむりやり自分に言い聞かせた。

澪はあの事件のことを忘れたことはなかった。
そして、なぜあんなことが起こってしまったのか、
どうすれば止めることができたかを
ずっと考え続けた。
しかし、答えはいつまでたっても出なかった。

事件についての思考は、
いつしか陰毛についての思考に擦り変わっていた。
なぜ律はあんなに陰毛に囚われていたのか。
なぜ唯の陰毛に執着したのか。
なぜ自分の陰毛は飽きられたのか。
良い陰毛と悪い陰毛の違いとは。
色は。艶は。長さは。濃さは。
そもそも陰毛の魅力とは。
陰毛の存在意義は。
たかが陰毛、
されど陰毛。
ああ陰毛。
陰毛。
陰毛。
陰毛。
陰毛。
陰毛。
陰毛。
陰毛。
陰毛。
陰毛。
陰毛。
陰毛。
陰毛。




2年生に進級した4月。
澪はこの日も音楽室で一人、
物思いにふけっていた。
なんだかんだでこの音楽室が一番落ち着く。
陰毛について考えるには持ってこいなのだ。

紬が残していったティーセットで
安物の紅茶を淹れ、テーブルにクッキーを広げる。
一人でティータイムをしながら
陰毛について思考を巡らせる。
それが澪の放課後の習慣だった。

しかしこの日は、音楽室の静寂が
突然の来訪者によって破られた。

梓「あのー……」

澪「?」

梓「入部……したいんですけど」

一年生の入部希望者。
名前やクラスや希望のパートなど
先輩として色々と聞くべきなのではあるが、
澪は、この子はどんな陰毛が生えているのだろう、と
そればかりを気にしていた。



      お   わ     り





これでおしまい

さあみんなで叫ぼう
陰毛、大好きー!