唯「澪ちゃん、着替えどうもありが…」

僕がお礼を言いきる瞬間、澪ちゃんの言葉により塞き止められた。

澪「律とは何もなかったよね?」

ストレートに僕のココロを突いてきた…
心臓にヒヤリと冷たいメスを突き立てられる気持ちってこうなのだろうか。
あまりの鋭さに言葉は詰まり呼吸もままならず、手が汗ばんできた。
澪ちゃんのツリ目がいつもよりも鋭く見える、いや…確実に僕を睨んでいる。

澪「なにもなかったよね?」

チャンスをくれたのだろうか?それとも何かのサインなのだろうか?にこやかに問いかけてきた。

唯「も… もちろん何も無かったよ」

澪「ふ~ん、ならいいんだ♪」

僕は脳をフル回転させ、嘘まみれの返事をした。
澪ちゃんも信じてくれたのだろう、上機嫌に振舞ってくれた。
…杞憂だったようだ、澪ちゃんの心配性が僕に感染ったのかな?

なーんてね…

澪「お昼ご飯、どこで食べようか?」

唯「今流行りのペッパーランチなんてどう?あそこ好きなんだよねー」

澪「えー、ニンニク臭くなっちゃうじゃないか…」

唯「じゃぁ、一時期話題になった船場吉兆とか行ってみたいかな?」

澪「…」




パリッ!もぐもぐ…

結局、僕と澪ちゃんはコンビニでオニギリを買って、近くの公園で昼食をとった。
海苔を噛み締める音が、なんとも爽快だ。
初めてデートした時も、こうやって過ごしたんだっけな。

澪「こうやって公園でご飯食べると、初めてデートした時を思い出すな」

唯「そうだね、澪ちゃんも同じこと考えていたんだ?」

澪「うん、あの時の唯ったら…
  ランチ行こう!って張り切って誘ってくれたはいいものの、唯のお金が無くて結局こうやって
  食事したんだよなw」

唯「あはは、そんなこともあったっけw」

澪「でも、唯のそういう間が抜けているところに惹かれて… 好きになったんだ」

澪ちゃんは頬を赤らめ俯いた。

唯「僕は…澪ちゃんがこうやって恥ずかしがっているところが好きかな?
  ううん、怒っているところも、泣いているところも、笑っているところも全部好き!」

澪「もうっ…  恥ずかしいっ!」

バンッ

唯「ぐふっ!
  いたたた… 澪ちゃんビックリさせないでよー」

澪「あはは、ごめんごめん唯が嬉しいこと言ってくれるから… つい…。」

杞憂…だよね?





杞憂ではなかった。
りっちゃんの家に泊まったあの日からだろうか、澪ちゃんの雰囲気・行動が少しずつ変わってきた。
それに連れ、僕の周りの環境も少しずつ変化していった。

澪「唯!起きろー、遅刻するぞー!!」

唯「ほへ?えっ!?」

前日の仕事が体に効いたのだろうか、澪ちゃんに起こされてようやく朝だと気づいた。

澪「お弁当持った!?忘れ物は無い!?
  ほら、ネクタイ曲がってるぞ…」

キュキュッと手際よく直してくれる。

唯「それじゃ、行ってきまーす!!」




梓「わぁ、平沢先輩のお弁当…いつになく豪華ですねー」

唯「あはは、最近なんか頑張ってるみたいでね…結構量あるんだ。
  でも、ちゃんと食べきらないとスネちゃうから、僕も頑張って食べないとね」

梓「あはは、まさに夫婦の鏡って感じですね」

唯「あ… 写メ送らなきゃ
   『今日も愛情たっぷりのお弁当、どうもありがとう!
    頑張って食べるから、明日もまたお願い♪
    今度はハンバーグも入れて欲しいなっ(笑』 っと。」

梓「そういえば、平沢先輩が1日にメールする回数…減りましたよね?」

唯「そういえばそうだね、なんでだろ?」

以前は1日100件以上はザラだったのに、ここ最近1日で10件程度に落ち着いている。
極端に減ったメール件数…もしかして、澪ちゃんに嫌われちゃったのかな?

梓「平沢先輩…そんな深刻な顔してどうしたんですか?」

唯「あ…、アジフライの骨がちょっとひっかかっちゃったのかな」

とりあえず、しばらく様子を見ていよう。




唯「ただいま~」

静寂の中に僕の声だけが響く、いつもなら澪ちゃんがパタパタと急ぎ足でやってくるのだが…人の気配が無い。
嫌な予感がする…。

リビングへ向かうと澪ちゃんの姿、どうやら裁縫に夢中のようだ。
ホッとしたところで、澪ちゃんに少しずつ近寄りひっそりと影を落としてみた…

澪「わっ!?びっくりしたぁ…」

唯「おぎゃっ!!」

びっくりしたのは僕の方だ、いきなり声を上げるんだもの。
ちょっと怖がらせちゃったかな?ビクビクして体を丸めて怯えて… いなかった。
上機嫌で僕のスーツのほころびを直してくれている。

どうしたんだろう?
いつもはビックリしたらしばらく硬直したり、泣きそうになったりするのに。

少しの変化だろうけど、僕にとっては大きな変化に思えた。

澪「あ…」

唯「ん?」

澪「晩御飯の準備、すっかり忘れてた・・・ついつい裁縫に夢中になっちゃって」

唯「あはは、それじゃ今日は外で食べようか?」

澪「そうだな、あと少しで終わるから唯は支度して待ってて」

唯「なににしようかな~…うんたん♪うんたん♪」

澪「ふふっ、唯ったら…」

パチン





今日は寝覚めが良く、いつも通りの時間に起きることができた。
でも、口の周りがカペカペしている…舐めてみると、ほんのりとしょっぱい。
これはどこかで味わったことあるような気がするんだけど、思い出せないなぁ…。

澪「おはよう、唯」

唯「ふわぁ… おはよう、澪ちゃん」

澪「昨日のほころび、ばっちり直したから早速着てみてくれよ」

澪ちゃんはクローゼットから僕の背広を取り出し、出来栄えを褒めてくれんと言わんばかりに見せ付けた。
ほころびは見事に修復されている、あれだけ集中して縫ってくれたんだから当然と言える出来栄えだ。
僕は満足げに頷き、澪ちゃんの頭を撫でた。

唯「澪ちゃんありがとう、ここまで丁寧で完璧に仕上げてくれるなんて思わなかったよ」

澪「ふふっ、唯の為なんだから当然だろ」

澪ちゃんは鼻の下を人差し指でこすり喜んでいる。
こういう日常でいいんだ、これが普通なんだ。

唯「それじゃ、いってきまーす!」

僕は澪ちゃんが仕立ててくれた背広を着て家を出た。
いつもより体が軽く感じられ、鼻歌交じりで会社に向かった。




梓「あっ、田井中さん…こんにちは!先日はお世話になりましたっ!」

律「いいっていいって、また飲みに行こうな」

梓「はい、よろしくお願いします!」

律「ところで、唯はー…っと… こらっ!」

ゴスンッ!

唯「あいたたた…」

律「まったく、職務怠慢でクビになっちゃうぞ?」

唯「えと、今日は…何もない日だよね?」

律「ああ、仕事絡みでは何もないけど、会社絡みでちょっとな」

唯「ん??」

律「実は、転勤になったんだ…
  唯のおかげというかなんというか、業績出せたのは実際ここの会社のおかげだったからな。
  しばらくは本社でのんびり過ごすつもりだ」

唯「そっか…寂しくなるね…」

突然の事態に、僕はただ俯くことしかできなかった。
すると、ピンッと軽い衝撃がおでこに走る。

律「ば~か、いつでも会えるだろ!?死ぬわけじゃあるまいしw
  それじゃ、他の会社も回らないといけないから、またなー」

唯「りっちゃん、送別会はー?」

僕はりっちゃんの足を止めようとしたが、彼女はそのまま手を振り会社を後にした。
そっか…りっちゃん、転勤なんだ。
現実を受け止められず放心状態でいると、パタパタとあずにゃんが走ってきた。

梓「田井中さんが転勤ってほんとですか?」

唯「うん、そうみたいだね… ちょっと寂しくなるね」

梓「せっかく楽しく会話できるようになったのに、残念です…
  …ん?平沢先輩の背広の肩部分、最近修繕したんですか?」

唯「えへへ、さすがあずにゃん察しがいいね。妻が昨日頑張って直してくれたんだ。」

梓「へぇ~、随分綺麗に仕上がっていますね、さすが奥さん!」
  (でも、少しツヤがある…素材が違う?)

唯「えっへん、褒めたって何も出ないけどね…あはは」

梓「あはは、コーヒーでもご馳走になろうと思ってましたw」
  (考えすぎかな、でも…どう考えても…)

梓「それじゃ、仕事に戻りますっ!」

唯「あずにゃん隊員、がんばっておくんなましっ!」


5