和「だって私はクレイジーなんだから」

衝撃が現在の時間軸に追いついた時、澪の体と意識は吹き飛んだ。
窓をぶち抜いた澪の体は、ガラス破片と共に空を飛び、学校近辺の家の屋根へと墜落した。
確認する必要はない。即死、である。
白目を剥き、内臓と糞便を撒き散らすその死体は、ファンクラブがあるほどの美少女のものだとはまず思えなかった。



さて、と。次の時間割でも確認するかのような軽い心持で和は部屋の隅を一瞥した。
黒いツインテールをした少女が、耳を押さえ、目も閉じてがたがたと震えている。
和は思わずため息をついた。「まったく情けない。このゴキブリ女めが」と心中で悪態をつく。

和「聞きなさい」

ひっと梓は小さく悲鳴を上げた。
和の発する声は、耳を塞いだくらいでは防げないデスボイスである。

和「貴女の先輩はみんな死んだわ。貴女だけを残して。
  言い返るなら、貴女を守るために死んだと言ってもいいんじゃないかしら」

梓の震えが治まった。その事実を認めざるを得なかったのだろう。
思い返せば、死んでいった先輩たちは皆、梓を背に置いて戦っていた。

和「それなのに貴女ときたら威勢がいいのは最初だけ。
  あれで自分の役目は果たしたとでも言うつもりなのかしらね?」

全く和の言うとおりだった。
腰が引けていた。化物に変貌した和を目の前にし、闘う意欲を無にしていた。
闘わなければならない。最後の一人になったから、ではなく、放課後ティータイムの一員として、勇敢に敵に立ち向かうのだ。

梓「やってやるです!」

梓はキッとした眼光を取り戻した。
例え勝ち目のない敵だったとしても、一矢報いるという気持ちで戦って―――


梓(あれ?)


目の前に和はいなかった。その代わりに、巨大な壁が、宙に浮いているのを見た。
その壁は……私に向って飛来してきている?

「まぁ、もう勝負は終わっていたのだけれど」と和は言い捨てた。

梓が震えて縮こまっている間に、和はティーセットを仕舞っている棚を投げていた。
そのタイミングが丁度、梓の戦意が回復したのと同時だったというだけである。
けたたましい音が音楽室中を支配し、一拍置いてしんと静まり返り、和は言う。

和「一つ何万とするカップたちに潰されるなら、ゴキブリとしては上等な死に方でしょ?」

生存者が自分だけとなった部屋で、くつくつと笑った。



呆気ないものだと和は思った。人の死に行く様もそうであるが、友情の崩壊というのもそうである。
今まで仲良くやってきた友人たちと殺し合うのは、不快感を巡らせる一方、始めて味わうようなカタルシスを和にもたらしていた。
優等生であることの反動かもしれない。人殺しという人間として最も犯してはならない禁忌を破るのは、端的に言うなら楽しかった。

和「この惨状を生み出したのが、一介の女子高生だなんて、誰が思うのかしらね」

と言ってから気付く。今の自分が一介の女子高生にはとても見えない容姿をしていることに。
とはいえ、精神においては変わる所のない和は、あられもない格好であるのに赤面した。
なにか身を隠せるようなものでもあればいいのだが、二メートルを優に超す巨人が身にまとえるような衣服が、
音楽準備室にある訳もなく、仕方なしに生徒会室に戻ることにした。

和「一度こうなると、丸一日は戻らないのは欠点よね」

自虐的に笑い、和はドアノブに手をかけた。

すると背後で物音がした。人の気配までしてくる始末である。
そこに元からいた人物は全員殺したはずだ。殺し損ねたというのも考えにくい。

もしも殺し損ねた人間がいるのなら、今度は十二分に舐ってから、徹底的に殺してやらなくては。
和は邪な考えを浮かべながら振り返った。



そこには存在してはならない人物が立っていた。
笑みを浮かべている。思考の読めない、妖艶さまで醸し出す不気味なものだ。

和「貴女は……憂?」

唯「ううん。私は紛れもなく唯だよ、和ちゃん」

そんな馬鹿な。和は床に転がっている唯の死体と思っていたものを見た。
そして戦慄した。唯の死体は、黒タイツも履いていなければ、上履きの色も和のそれとは違っていた。

和「いつの間に入れ替わったのよ?」

唯「和ちゃんに殺される寸前だよ。憂ったら、私を上に放り投げるんだもの」

仰ぎ見ると、そこには人型の跡が残っていた。
唯は天井にめり込んだまま気絶し、たった今目を覚ますと、この場に降り立ったというのだ。
与太話とも思いたくほど馬鹿馬鹿しい。だが、憂が絡んでくるとあながち否定できないのも確かだった。

和「唯も馬鹿ね。そのまま私が去るのを黙って見守っていれば、殺されることもなかったのに」

唯「私は馬鹿だからしょうがないよ。……それより和ちゃん、気付いてる?」

なんのこと? 和は唯に訊く。

唯「大袈裟ともいえる身代りに和ちゃんは気付かなかった。これって、とんでもないことだよね」

和「どういう意味よ?」

唯「つまりね、もし私を見捨てていれば、憂は簡単に和ちゃんを殺せてたよねって話」

ようやく見えた話の主軸に、和の腹の奥で何かが産声を上げた。
唯の言いたいのはつまり、お前がどれだけ粋がろうと、それは初めに憂が手を抜いてくれた結果に過ぎない、ということだ。
つまり今や最悪に近い力を手にした和を、唯は見下している。自分の妹の遥か格下の雑魚に過ぎないと。
和は腹の奥底で燻ぶる何かを高笑いにすることで発散しようとした。改造したバイクのマフラーの鳴らす爆音のようだった。

和「そうね! たしかに私は憂の下かもしれない。でも放課後ティータイムを皆殺しにしたのに変わりはないわ!」

唯「やだなぁ、和ちゃん! 筋肉ばっかり鍛えて、算数も出来なくなっちゃったの?」


和のギラギラとした眼光に、唯は中指をちょいちょいと動かす挑発をしながら言った。

唯「五から四を引いたら、残るは一だよ」

和の腹の奥底の何かがとうとう爆発した。魂が炎上する。殺せ殺せと騒ぎ立てる。
筋肉の化け物、あるいは化身である和は大音量の雄叫びを上げ、その巨大なる拳を打ち放った。

唯は避けようとしない。ただ左手を前にし、悠然と構える。

そして和の拳が唯の平手に激突した。ただし、破壊は訪れなかった。
和は何が起きたのか分からなかった。最大の力を込めて放ったはずの拳が、少女の片手によって塞がれている。
その代わりに、唯の足元の床が砕け散った。まるで和の拳の勢いが、唯の体を通して床に逃げたかのようである。


唯「……雲」


攻撃をする最中の人体というのは、攻めに使う筋肉が緊張している代わりに、防御が機能しない。
攻撃を吸収された和の体は、その無防備な状態で固定されているようなものだ。
ましてや防げる道理はないと高を括っていた和は、今や完全な混乱に陥っているため、防御という思考には到達できない。
つまり、唯の最大威力の一撃を、無防備な状態で、必然的に食らうこととなる。

唯は一歩踏み込み、和の巨大な腹筋の上に右手の拳を置いた。
和のような衝撃を置き去りにした訳ではない。唯にそのような真似を出来る筋力はない。
それは、衝撃を後から流し込む一撃だった。


唯「嘆ッ!!」


言霊を力に変えるように、唯は全身全霊を右手の拳に流し込んだ。

体全体から送られてきたエネルギーが右手で収束し、一つの塊になり、破壊エネルギーへと変化する。
全てのエネルギーが右拳の先端で変化を終えた時、和の体は空中を舞い、しばらくして墜落した。



和(有り得ないッ……こんなの!!)

派手な音を立てて床に落ちた和は、立ちあがることが出来なかった。
痛烈な想いを口にすることさえ叶わない。口から出たのは言葉にならない呻き声ばかりである。
内臓の至る部分が破壊されているのを和は感じていた。逆流してくる鉄臭い液体を、飲みこみ直すのに苦労を割かなければならない。
外部的損傷は強靭な筋肉のおかげて殆どないが、内部は一般人なら即死級のダメージがあるに違いなかった。

唯「あれを受けてその程度だなんて、和ちゃんはすごいね」

唯はいつも通りの、人懐こそうな笑みを浮かべていた。
まったく冗談でも笑えない話である。あれだけの一撃を放たれれば、いくら和でも致命傷は避けれないことなど明晰である。
虚仮にされているのを痛感するのと同時に、唯の浮かべている笑みが和やかなものではないのを知った。

唯「……私はね、憂のような完璧な能力を持っているわけじゃないの」

唐突に唯は語り始めた。和はどうしようもなく恐ろしかった。
醜く変貌してようやく巨大な力を手に入れたはずなのに、何も見た目に変化のないこの女が、どうしてここまで強い?

唯「あずにゃんのようなスピードもなければ、りっちゃんのようなテクニックがあるわけじゃない
  ムギちゃんのような優しい心もないし、澪ちゃんのようなパワーがある訳じゃない。でもそんな私でも持っているものがあるの」

和はまだ自由に動けるとは言い難い体を必死に動かし、這いずるように後ずさる。
しかしいくら唯の歩みがゆっくりであるにしろ、徒歩とナメクジのそれとでは明らかな差があった。

唯「皆からの想いと、皆への想い……私はね、皆が大好き。」

和「ごめんなさい唯。謝るから許して、ね?」

和は必死に懇願する。しかし唯は歩みを止めようとはしない。唯は笑顔とは裏腹に、その瞳は冷え切っていた。
それはかつての幼馴染を見るものではなく、ただ哀れな生き物を、上位の者として見下ろす冷酷なもの。

唯「そして何も出来ない私が、唯一出来ること……それはね」


和「来ないで。いや、来るな。私の傍に近寄るなぁあああああアアア!」


和の叫びも空しく、唯は和の体を蹴り上げた。


唯「皆を殺したお前をぶちのめすことだ!」


身の丈二メートル、体重一四〇キロを越えた体が宙に浮かびあがる。
いくらトランス状態に陥っている唯であっても、この体を生身の体でぶちのめすには骨が折れる。
ならばどこからかエネルギーを補給してくればいい。幸いそのエネルギーはどこにでも存在している。

それとはつまり、重力。

唯「極上のふわふわ時間をお前にくれてやるッ!!」

和の浮かんだ体が堕ちかけるのを、唯の拳が阻害した。
再び浮かび、また堕ちる。とうぜん唯はそれを許さない。再び拳を浴びせ、宙に和の体を固定する。

和が意識を失う直前に見たのは拳の壁。そして憤怒に塗れた幼馴染の顔だった。
唯がこうまでなるのはショートケーキのイチゴを食べてしまった時以来である。
私は許されざることをしてしまったのね。和が後悔をしても遅い。容赦なく打ち込まれる拳に、化物はとうとう永眠に就いた。

唯はそれに気付かなかった。いや気付いていたのかもしれない。それはどうでもいいことだった。
ふわふわ時間は終わらない。一六ビートの打撃音が音楽準備室に鳴り響く。

肉塊は空に舞いながら血飛沫を撒き散らしていた。
音楽準備室は鮮血に染まっていく。赤く、紅く、ただそれだけだ。意味なんてない。
美しいと思った。拳を打ちながら、血飛沫を浴びながら、その赤を唯は惚れぼれと見ていた。

いつしか肉塊は床に落ちていた。唯は呆然と膝をついたまま赤を眺める。
なにも考える気になれない。けれど、なんと歌いたい気分になった。
曲名は何にしよう。そうだな、こんなのはどうだろう。

唯「Kill & Die ……和ちゃん」

唯はひっそりと歌い始めた。
誰も観客のいない寂しさに埋もれないように、音楽を口から奏でた。



後にこの歌が世界中で流行り、強い者こそ正義という世界が形作られていくのだが、それはまた別の話である。

おしまい♪






おまけ


澪「おーっす。終わったかー」ガチャ

唯「あっ、澪ちゃん! 今終わったとこだよー!」


梓「あてて……棚がずっと上にあったからもう重くてしんどかったです」ガラガラ

唯「あずにゃん! 私の為に怒ってくれてありがとー!」ギュッ

梓「にゃっ! もう抱きつかないでくださいよ……///」


澪「梓はけっこう綺麗な死にざまだったんだな」

梓「はい、ていうか棚に隠れたんで、そのまま死んだことに」

唯「死んでませんでしたパターンも良かったんじゃないの?」

梓「うーん、でも和先輩が殺し損ねるなんてないかなって、潔く」

澪「にしても和……酷いなぁ、これ」ウゲッ


律「たしかに。今日の唯はやりすぎじゃね?」

唯「おはようりっちゃん! あはは! おでこがないー!」

律「うっせ! 目は床に転がってたの入れれば良いけど、デコは接着剤でもないとくっつかねぇんだよ!」

紬「私、持ってるわ」

律「おっムギ、サンキュー!」


澪「で、和はどうするんだ?」

唯「うーん、でもこれくらいなら新しい眼鏡買ってくれば治るんじゃないかな?」

梓「和先輩の本体が眼鏡みたいじゃないですか……」

唯「いやぁー、今日は学校に来るまでに三回もトラックに撥ねられてイライラしてて……」テヘヘ


憂「皆さんお疲れ様でした!」

律「うおっ! 憂ちゃんもう頭再生したの!?」

憂「あれくらいなら本気出せば十秒で治せますよ~」ニコニコ

梓「さすがチートだよ、憂選手……」


紬「最初の身代わりも全然気付かなかったわ」

澪「でもそのおかげで良い展開になったよ。憂ちゃんが無双する展開多いし」

憂「あはは……すいません……」シュン

唯「憂は謝らなくて良いよ~、本当に良く出来た子だねってことだし!」


律「にしても澪は酷かったな~」

澪「な、何がだよ!」

律「No way Go way キュン」プッ

澪「か、かっこいいじゃないか!」

律「これで萌え萌えキュンだってことに気付いたのは私くらいじゃないの?」


唯「うん、私気付かなかった」

梓「すいません、私も」

紬「私も~(って言うことにしておいた方が面白そう♪)」

憂「……私もです」


澪「うう……そんなぁ」

律「ついでに言えば、復讐をしますが合宿をしますのパロディなんて全くわかんないよな」ゲラゲラ


梓(むしろ分かる律先輩が……)


梓「そんなことより、早く練習しましょう! 練習!」

澪「そうだな、今日は時間かけすぎだ!」


唯「え~お茶してからにしようよ~」

梓「駄目です! ほら時間なくなっちゃいますよ!」

唯「ぶ~、あずにゃんのケチんぼ~」




唯「……じゃ、最後に言っておこうかな」

律「ん、そうだな言っとけ」


唯「けいおん、大好きー!」


終劇





暗転した後に丸い窓からキャラたちが覗くありがちな演出↓



憂(皆死んでお終いなんて悲し過ぎて、蛇足だと分かってても付けたさずにはいられなかったんだろうなぁ、きっと)





梓「そういえば、楽器全部壊れちゃってますね……」

唯「ぎゃー! ギー太ぁ!!」ウワーン



再度、暗転 終了