私の直感は当たっていて、『誰か』どころか『みんな』が月に吸われていっている。
何が起こっているのかわからない。恐ろしい。
脳が、言葉を発することさえ忘れていた。

でも、忘れている一方で、何かを思い出しそうで。


和「これが唯の望みだというのなら…私に異論は無いわ」

唯「!? 待って、和ちゃん! 私、本当に…これでよかったの!?」

和「何言ってるのよ唯。自分の望んだことに責任くらい持ちなさい?」

唯「でも、でも! 何が起こってるのかさっぱりで……」

和「唯も気づいているんでしょう? 吸われているモノの正体」

唯「……みんな、だよね。魂か命か、わからないけど」

澪「そうだよ、唯。皆で決めたこと。皆で一つ。私達全員が、世界そのもの」

和「その世界が不要だと唯に言われた以上、形作っていた私達も不要」


そう言い始めた頃、和ちゃんの身体が少しだけ、ジワリと光る。
その光は、徐々に頭のほうに集まっていって。


和「…時間ね。それじゃあね、唯」

唯「え……っ」


そのまま背を向けた和ちゃんは、少し後に、力を失ったように倒れた。


唯「和ちゃん!?」

澪「…顔は見てやるなよ、唯。和が背を向けた意味を察してやれ」


澪ちゃんのその言葉がなければ、すぐにでも走り寄って抱き起こして、身体を揺すっていただろう。
そういうありきたりなことをするな、と。現実を受け入れろと、澪ちゃんは言うんだ。


澪「……思い出すなぁ、一番最初の時を。唯はどうだ?」

唯「……え?」


一番最初というのは、きっと、この『世界』が始まった時。
でも、私の記憶にあるのは、私を責める瞳と、声と。
あと、私に気づいていない、親しいみんなの背中。それくらい。


梓「…唯先輩が覚えていたら困りますよ、こんな凄惨な光景」

澪「それもそうか。その時は唯はまだ産まれていなかったはずだもんな」


……おかしい。おぼろげではあるけど、この世界の真実に気づく程度には、私は覚えていた。
それは、澪ちゃん達にとっては、ありえないことだということ?


紬「そろそろ誰の番が来てもおかしくないわ……唯ちゃん、今度はちゃんとお別れを言わせて?」

唯「ムギちゃん……」

紬「最後だから、隠しもしないで素直に言うけど、唯ちゃんのことが大好きでした」


……また、その言葉。信じたくなる、嬉しい言葉。この世界で、ずっと私を包んでくれていた、優しい言葉。
ムギちゃんは嘘なんて言わない。なら、あの時のみんなの言葉は何なんだろう?
わからない。けど、むしろわからないから、私も本心を返す。


唯「…私も、ムギちゃんのこと、大好きだよ」

紬「うふふ、ありがと。たぶん、ちょっと意味合いはズレてると思うけどね」

唯「それでも、ずっと一緒にいたかったよ。自分勝手でごめんね?」

澪「おいムギずるいぞ! 唯、私にも言ってくれ!」

唯「あはは。澪ちゃんはこんな時でもそのノリなんだ」

澪「当たり前だ。恥ずかしがってる場合じゃないし、引っ込み思案な私じゃなにも得られないって、あの時思い知ったんだから」

唯「それは…私はなんて返せばいいんだろう」

澪「まぁ、確かに結局唯は私のものにならなかったけど……でも、こうしてお別れを言える機会が得られただけでもいいことなのかもな」

唯「うん……ありがとう澪ちゃん、大好きだよ」

澪「私も大好きだよ、唯。……ん、ムギ、光ってるぞ」

紬「澪ちゃんもよ?」

澪「時間か。どうしよう?」

紬「実はキーボード持ってきてるの~。これを抱いて眠るように、ってどう?」

澪「じゃあ私はエリザベスを抱いて、か。そういえば名付け親は唯だったな。本当にありがとう」

紬「ありがとう、本当に」

唯「……うん、バイバイ」


二人とも、本当に、私のことを好きでいてくれた。そのまま帰っていった。
……あの瞳は、あの声は、なんだったんだろう? 私の夢か何かだったんだろうか?




梓「……唯先輩?」

唯「……ねぇ、あずにゃん。みんな私のことを恨んでないの?」

梓「う、恨む!? なんでですか、そんなわけないじゃないですか!」

唯「……私、最初の日の光景、知ってる気がするんだ」


みんなが私を見ずに、何かを言っていた、歌っていた、その光景。
あれはきっと、お月様にお願いしていたんだと、今ならわかる。


唯「そこでね、みんな私に『許さない』とか『憎い』とか言ってた気がするんだよね…」

梓「えぇっと、そうですっけ……? ……あー、もしかして……」

唯「…やっぱり言ってた?」

梓「いえ、そうではなく……そうだ、せっかくですから語るより、お月様にお願いしてみましょうか」

唯「お願い?」

梓「はい。最後のお願いくらいサービスで聞いてくれますよ、きっと」

唯「そう言われても、やり方とかわからないんだけど」

梓「うーん……ちょっと唯先輩、お顔をこちらに」


言われるまま、あずにゃんの身長に合わせるくらいにかがんで頭を下げる。
すると、あずにゃんが自分のおでこを私のおでこに当てた。


梓「マンガとかでよくこうやってやりますよね。これであとはお願いを聞いてくれれば見えると思いますよ」

唯「そんな適当な……」

梓「ほら、目を瞑って、見たいって願ってください」

唯「はいはい……」


半信半疑だったけど、今の状況――というか世界そのものが非現実的だし、なんか案外見えそうな気がする。
目を瞑り、言われるままに願うと――




――
―――

律「なんでだよ、唯…」グズッ

澪「勝手に死ぬなんて、許されると思っているのか…」ポロポロ

紬「唯ちゃん……ひどい。私を置いていくなんて…」ポロポロ

律「…一生恨んでやる。こんな運命にした奴を…」


あれ? ここはどこだろう? グラウンドにいたはずだけど、少し違うようにも見える…
あ、そうか、これがあの時の光景――すごいよあずにゃん、見えたよ!


澪「死ぬまで忘れない。唯のことも、唯をこんなにした奴も…!」

梓「責任の一つも取らないで逝くなんて、許されると思いますか、唯先輩…! ずっと、ずっと大好きだったのに…! その気にさせといて…!」

憂「お姉ちゃん……ごめんね。何もしてあげられなかったね…」

和「唯…あなたは…あなたに、私は、言わなくちゃいけないことが…」


あれ、もしかして……


「唯……」

「ずっと一緒だって信じてたのに」

「勝手に死ぬなんて許さない」

「運命が、世界が憎い」


……私に向けられた言葉は、瞳は、全部、逆の意味?
そうだとしたら、私は……

―――
――




唯「――あずにゃん、もしかして……」

梓「ええ、ただの唯先輩の勘違いです」

唯「……ごめん」

梓「なにを改まってるんですか、よくある勘違いオチじゃないですか」

唯「違う、違うんだよ、あずにゃん……」


勘違いで済まされるものじゃないんだよ。
勘違いが元とはいえ、私は、みんなを信じきれなかった。それだけで、いくら謝っても足りないんだよ。


梓「……もしかして、勘違いしてたから、この世界を消すことを望んだんですか?」

唯「……それもある、かも。もちろん、私のためにみんなが自分を犠牲にするっていうのは間違ってると今でも思うけど、でも…」


でも、基本的に私というのは自堕落な甘えん坊で。だから。


唯「……何かのキッカケがあったら、みんなの優しさに甘えていたかも」

梓「……それは…やりきれませんよ、さすがに」

唯「ごめん、ごめんね、あずにゃん…!」

梓「…まぁ、今更どうこう言っても仕方ないんですけどね。唯先輩らしいといえば、らしいです」

唯「それでも、ごめん…!」

梓「もうやめてくださいよ、唯先輩。……そろそろ時間みたいですし」


あずにゃんの身体も、いつの間にか光っていた。まだまだ謝り足りないのに…!


梓「……そうですね、それじゃあ唯先輩、一つだけ私の言うことを聞いてくれますか?」

唯「…な、なんでも言って! 何でも聞くよ!」

梓「……では、さいごに抱きしめてくれませんか。好きだって、耳元で囁いてくれませんか」

唯「うん……! 大好きだよ、あずにゃん…」ギュッ

梓「……いい気持ちです。このまま逝きたいので、あとでどこかに寝かせておいてください…」

唯「そんな言い方――」


私の言葉は、最後まで発せられることはなかった。
言ってる途中で、わかってしまったから。


唯「――おやすみ、あずにゃん」




律「――帰依、って言ってたっけ。みんな、縋るものが欲しかったんだよ」

唯「りっちゃん…」

律「…なんか憂ちゃんはともかく、私がこんな時まで残ってるのはヘンな感じだな」

憂「律さんは、お姉ちゃんのことを誰よりも気にかけてくれてましたから」

律「誰よりも、じゃないな。憂ちゃんには負けるよ」


こうやってみんなを見てると、なんかいつもとあんまり変わらないように思えてくる。
お別れってもっと、涙を流して、わんわん泣き叫ぶようなものだと思ってたんだけど。


唯「まぁ、りっちゃんなら大丈夫だよね。元の世界に戻っても、憂達のこと、お願いね?」

律「………ああ、そうだな、任せとけ…」

憂「…お姉ちゃん、まさか――」

律「出来れば憂ちゃんより先に私が来て欲しいんだけどなー! 姉妹水入らずの時間をあげたいからなー!」

唯「…りっちゃん? どしたの?」

律「いや別に? 湿っぽいのは私には似合わないだろ? まぁみんなのことは私に任せとけって!」


……りっちゃん、さすがに空元気に見えるよ。


唯「…りっちゃん、私はね、本当に、みんな大好きだったよ?」

律「…知ってるよ。そんな唯だから、私も大好きだった」

唯「……あとは、お願いね?」

憂「お姉ちゃん!!!」


突然の憂の大声に、私もりっちゃんも硬直する。え、何、どうしたの?


憂「お姉ちゃん! 律さんは――」

律「ッ!? やめろ、憂ちゃん!」

憂「やめません! 律さんが欲しい言葉は、そんなのじゃないよ、お姉ちゃん!」

律「やめろって…! 言っちゃダメだ!!」

憂「お姉ちゃんは勘違いしてる! 私達みんなに『あと』なんて無いんだよ!?」

唯「………え…? どういうこと? だって、この世界が消えて、みんなは元の世界に戻るんでしょ?」

憂「戻らないよ! 戻れないよ! 命を犠牲にしておいて、戻れる訳ないよ!」

唯「えっ………」

律「憂ちゃん、やめろ、唯を苦しめるな…!」

憂「だから! 私も律さんも、本当に欲しいのは、ちゃんとしたお別れの言葉なんだよ!? だから――あ!?」

律「っ!? ……こんなタイミングって、ないだろ…!?」


呆然としている私の前で、二人が光りだす。


きっと、もう少し後で二人は倒れて、この世界から消えて…元の世界に戻る、わけじゃなくて。
そこで、消えて、そのままなんだ。そこで終わりなんだ。


私は――また勘違いをしていた。そのせいで、りっちゃんを、憂を、傷つけていた。
他のみんなには…どうだっただろう? みんなにはまだ先の人生があるからって、ぞんざいな対応をしてなかったとは言い切れない。
もし仮にしてなくても、明るく送り出そうとしていたのは間違いない。そんな気持ちで……これから消えるというのにそんな気持ちを向けられたみんなは、どんな気持ちだっただろう?


唯「…ごめん、ごめんね。りっちゃん、憂、みんな……!」ポロポロ

憂「お姉ちゃん、顔を上げてよ……最期なんだよ?」

唯「……ごめんね、ホントにごめんね…!」

律「唯、いいから。みんな気にしてないから、な?」

唯「でも、でもぉ……!」

憂「お姉ちゃん、お別れだよ。今までありがとう。お姉ちゃんの妹で、幸せだったよ…」

唯「憂、うい、ういぃ……!」


律「美しい姉妹愛だなぁ、ちくしょう、泣けるぜ…」グスッ

唯「りっちゃんも、ごめん、私、ずっとりっちゃんに迷惑かけてばっかだ…!」

律「私はそうは思ってなかったよ。唯、楽しい毎日をありがとうな…」

唯「うっ、っく、みんな、みんなぁ……!!」




【月の雫】


――私は、ずっと泣いていた。
ずっと謝っていた。

疑ってごめんね。
信じられなくてごめんね。
傷つけたよね、ごめんね。
いつも守ってくれたよね、ごめんね。


りっちゃん。
ムギちゃん。
澪ちゃん。
あずにゃん。
憂。和ちゃん。みんな。みんな……!


もう何度目かもわからないほど、叫んだ。みんなを呼んだ。咽がかれるほど。


――みんなに、会いたいよ…!!


私が馬鹿だった。お願いだよ、謝らせてよ。お願いお月様、もう一度だけみんなに逢わせてよ……!
このまま、勘違いしたまま、傷つけたまま、さよならなんて嫌だよ……!
お願い……!!


遠のく意識の中で、私の願いが届いたのか、それはわからないけど。


優しく、眩しい光を、私は最期に見た。



    『あっあっーまた帰ってきたー!!』

   もし きみきみ はねははえました?



唯「――う~ん…」

和「…何うなってるのよ、唯」

唯「あ、和ちゃん…どの部活入ろうか、まだ迷ってて――」


    エンド『蛹』