【残月にお祈り】


それとも……もしかしたら、前提が間違ってる?

私も、さわちゃんも、『誰か』が母親だと思い、探し出そうとしてきたけど。
よくよく考えたら、私達が、誰よりも仲良しな私達が、誰か一人を生贄にするような真似、するだろうか?

……私なら、そんなこと絶対にしないし、させない。だとすれば……


唯「…よし、とりあえず家に帰ろう」


うまく、あの二人を問いただしてみよう。


律「お、唯」

憂「おかえり、お姉ちゃん。何かおやつ食べる?」

唯「……まだいいや。それより、思い出したよ。たぶん全部」

律「そっか」

憂「よかったね、お姉ちゃん」

律「…よかったのかどうかは、わからないけどな」

唯「ううん、よかったんだよ。私一人が知らないままで、みんなに背負わせてるってのは、やっぱり間違ってる」

律「…やっぱり、唯ならそう言うよな。だから私達は悩んでるんだけど」

唯「……もう一度、みんなで答えを出そうよ。今度は私も含めて、さ」


これは私の願い。私の意見も聞いてほしかった。みんなわかってるかもしれないけど、それでも私の口から面と向かって言わせて欲しかった。
そして、ついでといっては何だけど、同時に核心を突いてみる。


唯「この世界は私のための世界って聞いたよ。だったら、この世界を支えてくれてる人というのは、私を支えてくれてる人。憂、りっちゃん、軽音部のみんな。きっとみんなで、一緒に私を支えていこうって決めたんだよね?」

律「……思い出した…というのとは違いそうだな。唯が知るはずは無いんだし。推理か?」

唯「うん。だけど自信はあるよ。誰かが犠牲になってこの世界を創ったんだとしたら、その誰かはきっとみんな。だって、りっちゃん言ったよね」

律「………」

唯「みんな、私のことが大好きだって」

律「……やれやれ。憂ちゃん、ここに皆を呼んでもいいかな?」

憂「入りきりますかね?」

律「それもそうだな。学校に集合とでも言おうか」

唯「……え? あれ? そんなに私の家狭いっけ?」

憂「…お姉ちゃん、もしかして完璧にはわかってなかった?」


え、だって、みんなでしょ?
軽音部のみんな、あと憂とか和ちゃんとか、多くてもクラスメイト何人かくらいじゃ……


律「『みんな』だよ、唯。命を捧げることを選んだのは、ウチの高校の生徒全員だ」

唯「え、ええええ!? なんで!?」

憂「お姉ちゃん、結構人気あるんだよ? 全校生徒の前で演奏しておいて、お姉ちゃんのことを知らない人がいると思った?」

唯「いや、そんなの、考えたこともなかったし…」


……衝撃。それ以上の言葉が見つからない。でも、好かれているというのは本来なら嬉しいはずだけど…今回に限っては、まったく嬉しくなかった。
私は、私が思っていたよりも多くの人の命の上に、生かされていたんだ。
その現実は、嬉しさよりも苦しさを私にもたらす。数え切れないほどの人の未来を、命を、私は奪ったんだ。

――あぁ、そうか、だからあれだけ多数の瞳と声が、私を責めていたのか……




――みんなの集まる学校へ、私と憂とりっちゃんが辿り着こうという時には、私の心は現実の重みに押しつぶされそうだった。

今までは、さっきまでは、軽音部のみんな達を助けてあげたいと思ってた。仲良しだし、大事な大事な仲間だから。
でも、事実を知ってしまった今は違う。名前も顔も知らない人まで、私のために命を捧げた。その命と決意に、私は何を返せばいいのだろう?

私は、何もわからなくなっていた。

周囲はもう夜の暗さを醸し出していることに今更になって気づく。そりゃそうか、授業受けて、さわちゃんと電話して普通に帰って、また学校まで来たんだから、そんな時間だよね。


唯「……そうだ、さわちゃん…!」


一縷の望みをかけて、蜘蛛の糸に、藁にも縋るような気持ちで、さっきの番号にリダイヤルする。
……でも、やっぱりというか、当然というか、誰も出なくて。


唯「…今から出張とか言ってたしねぇ」

憂「どうしたの、お姉ちゃん? 顔色悪いよ?」

唯「……ううん、なんでも」

律「お、澪達だ」


澪「遅いぞ、律」

律「わりーわりー。ってあれ、全校生徒集めろって言ったよな?」

和「ええ。私が全員に連絡したわよ」

律「……グラウンドに集合って言ったよな?」


全校生徒が集まれるような場所なんて、体育館かグラウンドくらいしかない。
その二択でグラウンドを選ぶのはなんともりっちゃんらしいけど。


澪「まぁ、大事な話をするのは主要人物だけでいいだろ」

和「私も入ってるのね。嬉しいやら申し訳ないやら」

唯「和ちゃんがいたらおかしいの? 私は想定してたけど」

律「あー、いや、違うんだよ唯。和は――」

和「私は唯を避けていたほうなのよ。大事だから、大好きだから、故に怖かった」

唯「……私が死んじゃったから?」

紬「というか、この世界は毎回、唯ちゃんが死んで終わるのよ」

梓「どうしても、その運命は変えられませんでした」

憂「だから次第に、どうにかして楽に終われる方法を、っていう方向になって。私がお姉ちゃんに睡眠薬を盛ったり」

紬「私が医者を手配したり」

和「皆はいろいろやってたんだけど、私は避けていた。唯と同じ大学に行くという夢を見ることさえ避けて、別の学校を選んでた。唯の最期を見たくないから」

澪「仕方ないよ。最初に唯が死んだ時、目の前にいたのは私と和だったんだ」

和「……それでも、澪は変われた。私は逃げた」

律「澪の変化だってどうかと思うし、今はそれを責める時でもない。な、唯?」


みんな、いろいろ悩んで、いろいろしてくれてたんだ。私のために。
でも、やっぱりそれは、間違ってると私は思う。


唯「…みんなが何を思って、何をしてくれたのかは大体わかったよ。私からは、ありがとうとか、ごめんねとか、そんなありきたりな言葉しか言えないし、そしてどれも何かおかしい気がする」

憂「お姉ちゃん……」


ずっと、ずっとひっかかっている違和感。大体のは解決したけど、まだ一つだけ、私の中に残ってる。


唯「私は……みんなの全てを奪ったようなものだよ。なのに、私はみんなに好かれてるの? 本当に?」


あの時、みんなは言っていた。
『憎い』と。『許さない』と。
その言葉が、ずっと私の耳にこびりついて。私は、やっぱり生きているべきではないと思っちゃって。
実際そうだと思うし、だから、やっぱり、私のために命を投げ出したみんなも、間違ってると思う。

私のために何かをしてくれるというのは、本当なら嬉しいはずだけど。
あの言葉があるから、私は、どうしても。


律「……本当に決まってるだろ? どうしたんだ、唯」


どうしても、みんなを、信じきれなくて。


唯「……みんながもし、私の意志を何よりも尊重してくれるなら…」


信じることが出来たら、私がみんなにとってそこまで必要な存在だと信じきることが出来たら、私もこの世界を受け入れてたのかもしれないけど。
もはや、みんなを信じていないのか、自分の価値を信じていないだけなのか、わからなくなっちゃったけど。
でも、今の私に言える事は。


唯「こんな世界、壊して欲しい」


みんなは私のことを忘れて、普通に生きるべきなんだ。




澪「……仕方ない、か」スッ

和「そうね……」スッ


二人が手を上げると、他のみんな――生徒全員が、どこからか出てくる。


律「なんだ、みんな聞いてはいたんだな」


澪「ああ。じゃ、多数決でも取ってみようか?」

律「なんのだ?」

澪「唯の本心を聞いて、これからどうするか、だ」

律「いや、声に出さなくとも、唯の望みを叶えてやりたいと思ってる奴が多いんじゃないか?」

澪「……そうだな。どうりで何か眩しいと思ったら…」


澪ちゃんとりっちゃんが空を見上げる。つられて私も見ると、頭上に浮かんでいたのは……


唯「……月?」


そう、そりゃ夜空に浮かぶのはお月様に決まってる。けど、私はそれに見惚れていた。
いや、見惚れていたというより、目が離せなかった。異様に近くにある、その月に。

どれくらい見惚れていただろうか。
ふと、月に吸い込まれていく『何か』に気づいた。

無数の『何か』が、月に向かって、月に吸い込まれて、消えてゆく。


直感でしかないけど、私はそれは『何か』ではなく『誰か』ではないかと思った。
そして、何かが倒れる音に気づき、視線を正面に戻す。

――みんなが、倒れていた。
正確には、特に私と親密だったみんな以外が、だけど。



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