唯『――おしまいおしまい』

梓『……聴こえました』


あずにゃんが涙を流しながら言って――書いてくれる。うん、頑張った甲斐があったかな……


唯『それはよかったよ』

梓『そうじゃないです! 音が――耳が聞こえたんです!』

唯「え、ええええええっ!?」

さわ子「どひゃー」ドヒャー

梓『嘘じゃないですよ! 例えばさっきの曲の冒頭…楽譜にすると、こうでしょう!?』ダンッ

唯「ゴメンあずにゃん、楽譜読めないんだ……」

梓『…帰ったら教えてあげますよ』

唯「……クロッキー帳使ってないのに会話できてる…」

梓『だからさっきから言ってるじゃないですか……』

唯「や、やったー、かんどー??」

さわ子「なんでイマイチ盛り上がらないのよ…」

唯「ものすごーく自覚がないといいますか…」

梓『私はものすごく感動してますけどね』

唯「そりゃそうだよ。耳が聞こえるようになったんだし」

梓『いえ、唯先輩が――唯先輩達が、あんないい曲を作ってくれたことに、です』

唯「それは……あずにゃんのためだもん。私一人の力じゃないけどね」

梓『そして、唯先輩が私のために演奏してくれたことに』

唯「それは……あずにゃんのためだもん!」フンス

さわ子「この二人って思ったより会話進まないわね…弾まないわけじゃないんだろうけど」




唯「じゃあさわちゃん、さよなら!」

さわ子「ええ。大学でも頑張って」


こういう会話をしていると、やっぱりさわちゃんは知らないんだな、って思う。本当に巻き込まれただけの人だったんだな、と。
まぁ、もう今更どうこう考える必要はないんだけどね、という結論に達してボーっと歩いていると、あずにゃんが袖を引っ張ってきた。


梓『家に行ってもいいですか?』

唯「いいけど、どうしたの?」

梓『あと3日です。少しでも長く一緒にいたいです』

唯「……私が死ぬまで?」


コクリ、と頷く。


唯「いいよ。っていうか断る理由も無いけどね」ギュ

梓「」ジタバタ

唯「かわいいかわいいあずにゃんと過ごす、残り3日、かぁ…」


――とはいったものの、過ぎてみれば特に特筆するようなことをする3日でもなく。
いつもどおりダラダラして、ゴロゴロして。大学の準備をしてるごっこをして。
誰かがいないから料理に苦戦して。一緒にお風呂に入って。一緒に寝て。そんな普通の3日間。
でもただ一つ、またあずにゃんと一緒に演奏できたのは、すごく嬉しいことだった。


唯「――今日かぁ……具体的にいつごろなの?」

梓『もうすぐ、とだけ言っておきます。なるべく普通に過ごしてほしいですから』

唯「それは無理じゃないかなぁ……こう見えても怖いんだよ?」

梓『大丈夫です、私も一緒ですから』


……そこに書かれた言葉の意味が、さっぱりわからなかった。


唯「…どういうこと?」

梓『世界の代償、です。私の命を苗に、唯先輩のために創った世界ですから、唯先輩の終わりにあわせて私の命も尽きるんです』

唯「……そんな、ダメだよそんなの…!」

梓『…どうしてです? 私に、唯先輩が死ぬところを見届けろと言うんですか?』

唯「そうじゃないけど、でも、死ぬってきっと痛くて苦しいよ!? ずっと覚えてるんでしょ!?」

梓『そういえば言い忘れてましたっけ。あれも失敗しました』

唯「……へっ?」

梓『唯先輩の記憶の引継ぎです。失敗っていうか、やめさせたんですけどね』

唯「……どうして!? どうしてそんな勝手なこと…!」

梓『それはもちろん私も一緒に死ぬからですよ。唯先輩は優しいですから、そんなつらい記憶を引きずって欲しくないです』

唯「だったら……その言葉、そのままあずにゃんにも返すよ!」

梓『そう言うと思って、私の記憶もリセットされるようにお願いしました』

唯「…あれ、そうなの? だったらいい…のかな?」


てっきり、またあずにゃんが背負うのかと思ってた。私だけが忘れて、のうのうと繰り返すのかと思ってた。
でも、二人とも条件が同じなら、別にいいのかな?


梓『これで唯先輩も、少し重荷が減るでしょう? それに……本当は、きっと私も、唯先輩の悲しい顔や苦しい顔をこれ以上引きずって生きるのは、無理だと思いますし』

唯「…ううん、それでいいんだよ。それが普通だよ。私達は誰も、そこまで強くないよ、きっと」

梓『ただ、一つだけ不安なことがあるんです』

唯「ん? なあに?」

梓『今回が終わって、全部忘れて、最初に戻って……私達は、また出逢えるんでしょうか?』


最初に……そうか、私が戻る時は、今まで通りなら高校の入学式。
その頃は、確かに私はあずにゃんの存在を知らない。


梓『もう、他の人はいないんです。戻った先の時間では、唯先輩はギターを持ってさえいません』

唯「……そうだね」

梓『そして、私ももう思い出せませんが、唯先輩にギターを買うきっかけを与えてくれた人も、もういません』

唯「…そうだね」

梓『私と唯先輩の絆は…演奏にあったはずです。それが…もう、次の世界では、無いかもしれないんです』

唯「そうかもね」

梓『だから……もう逢えないんじゃないかと、思うんです』

唯「それはないよ」

梓『…どうしてです?』

唯「だって、私にはあずにゃんしかいないんだから。あずにゃんにも、私しかいないんでしょ?」

梓『…はい、それは偽りない私の気持ちです』

唯「だったら離れ離れになるわけないよ。すぐに逢えるし、見つけてあげる。きっと、すぐに見つけられるくらい近くにいるよ」

梓『…そうですね。そうだといいです。信じてます』

唯「うん」


そこまで会話した後、あずにゃんが私に抱きついてきた。クロッキー帳を投げ捨てて。
……そうか、きっともうすぐなのかな。もう書く時間もないのかな。

そう察した瞬間、私は幻視した。

幻だと断言したのは、あまりに非日常的でオカルトな光景だったから。

私に抱きしめられて笑顔のあずにゃんから、あずにゃんの頭から、何かが伸びていく。
半透明の何かが、伸びて、天に昇ろうとする。

それは幻。
でも、幻だとしても。

私はそれに手を伸ばし、触れて、捕まえた。感覚なんてなかったけど、ちゃんと捕まえた。


――ホラね、あずにゃん。離れ離れになんてさせないよ。


次の瞬間、眩しい何かに貫かれ、私の意識は蒸発した。




――身体が揺すられている。

何かに、誰かに。なんだろう?

隣に人の気配。そして瞼の上からでも少し眩しい視界。ということは朝かな?


唯「ん………」


朝だとしたら、誰かが起こしてくれてるんだろう。そんなことをしてくれるのは、きっと妹――


梓『朝ですよ、唯先輩』


――のような、大事な大事なかわいい子。




唯「いやー、あずにゃんがいてくれて助かるよ。おかげでお父さんお母さんも安心して旅行に行けるって言ってたし」

梓『最初は旅行の間だけ泊まって面倒見てくれって話だったのに、どうしてこうなったんでしょうか』

唯「今やうちが第二の家だもんねぇ。あずにゃんの部屋も出来てるし」

梓『実家にいる時間がどんどん減ってるのに、両親もあまり気にしてないんですよね……』

唯「そういえばこの間『娘をよろしく』って言われたんだけど何だろ?」

梓『あの両親……!』


……私の妹みたいな存在の女の子、あずにゃん。
両親同士が知り合いで、ずっと昔から仲良しで。
あずにゃんは耳は聞こえるけど、声が出せない。たまに変な目で見る人もいるけど、私にとってはそんなことは関係なくて。
あずにゃんは可愛くて、ギターも上手で、私の一番大事な存在。それだけで充分。


唯「そういえばギターといえばね、入学祝いに買ってもらえることになったよ!」

梓『何が『そういえば』なのかわかりませんが、よかったじゃないですか。でも何でギターを?』

唯「そんなの、あずにゃんと一緒に演奏したいからに決まってるよ。いろいろ教えてね?」

梓『ええ、まぁ…私でよければ、いくらでも』


妹みたいな存在とか言っておきながら習うのもおかしな話だけど、少し照れてるあずにゃんが可愛いからいいんじゃないかな。
っていうか、あずにゃんは私と違って真面目だから、これまでもいろいろ教えてもらってるし。
……でも、私はちゃんと知ってるよ。あずにゃんは真面目でしっかり者だけど、本当は幼くて、弱くて、守ってあげないといけないところもあるってことは。
だから……


唯「これからもよろしくね、あずにゃん。大好きだよ」


    エンド3『廻る風車』