※梓

【尻尾の無い黒猫】


唯「あずにゃんがお母さん……は、一番ありえないよね」

梓「いきなり何ですか? 私はお母さんよりお嫁さん希望です」

唯「そうじゃなくって、いやあずにゃんくらい可愛いお嫁さんなら私も欲しいけどそうじゃなくって、この世界を創ったのはあずにゃんなの? って」

梓「……それを聞いてどうするんですか?」

唯「止めさせるよ。やっぱり、こんな世界は間違ってるよ」

梓「……人を好きな気持ちを、大切な人を想う気持ちを、間違ってると言うんですか、唯先輩は」

唯「そうじゃないよ。ありがちな言葉だけど、やっぱり前に進まないとダメなんだよ。停まってちゃ、ダメなんだよ」

梓「停まってて何が悪いんですか! 仕方ないじゃないですか! 一緒に居たい人がそこにしかいないんだから!!」

唯「……私は、あずにゃんには前に進んで欲しいよ。停まってるあずにゃんなんて見たくないよ」

梓「じゃあ唯先輩も一緒に来てくださいよ! 戻ってきてくださいよ!!」

唯「それは……できないよ」

梓「私も出来ないんですよ! 唯先輩が居ないと生きていけないし、生きていたくない!!」

唯「あずにゃん……」


状況が状況でなければ、「ワガママさんだねぇ」といって頭を撫でてやりたいくらい。
あずにゃん、元々は真面目でしっかり者だったけど、本当はこんなにも幼い子供だったんだね……


唯「ごめんね、でも私も譲れないよ。私のせいでみんなが進めないのは、見ててとっても辛い」

梓「私だって、同じくらい、いえ、きっとそれ以上に辛いんですよ。わかってくださいよ…」

唯「……ごめんね」ギュ

梓「ゆい、せんぱい…」ギュ


抱きしめると、素直に抱きしめ返してくれる。本当に、子供みたいに。
こうしてると私がお母さんみたいだけど、でもあずにゃんを困らせているのは元々は私で。
だからといってその元々の私をどうにかすることなんて出来なくて……


唯「…どうすればいいのかなぁ」

梓「唯先輩がどうにかして私を元の世界に――唯先輩の居ない世界に戻したら、その場で死んでやります」

唯「……困ったねぇ」

梓「……このままで、いいじゃないですか…」

唯「…ダメだよ。私が、耐えられないよ」


あずにゃんも少しは落ち着いたのか、私のその言葉に考える様子を見せる。
あずにゃんだって、私の気持ちをわかってないわけじゃない。あずにゃんはそんな子じゃない。
そうして、少しの間だけ考え込んだあずにゃんが、私をしっかり見て口を開いた。


梓「……じゃあ、私だけを、ずっと見ててくれますか?」

唯「……どういう意味?」

梓「私と唯先輩だけで、この世界に残りましょう、って意味です」


……あずにゃんの言ったことが唐突すぎて、予想通り私の頭はついていけなかった。


梓「簡単に言うなら取引です。他の皆は戻しますから、私が残ることを認めてください」

唯「それって……」

梓「……他のみなさんを見捨てるわけじゃないですよ。元に戻るだけ。唯先輩が望んだことです」

唯「…でもやっぱり、あずにゃんも戻ってくれないとダメだよ…」

梓「戻ったら死んでやるって言ってるじゃないですか……あ、でも戻って死んだほうが死後の世界で唯先輩と会えるかもしれませんね。そうですね、それもいいかも」

唯「よ、よくないよ! 死んじゃうなんて絶対ダメ!!」

梓「私の人生はもうその二択なんですよ、唯先輩。この世界に残るか、戻って死ぬか」


ダメだ、あずにゃんがワガママすぎる……
一見究極の二択のようだけど、実際のところはその二択なら選ぶほうは決まってるようなものだし。
あ、でも、そのあずにゃんの提案は考え方を変えればあずにゃんが『お母さん』ってことになるのかな?


唯「……本当に、他のみんなを戻せるの?」

梓「もちろんです」

唯「……じゃあ、それに加えて、私の記憶がリセットされないように出来る?」

梓「もちろんです。無理と言われてもやってみせます」

唯「…根拠は?」

梓「この世界は、唯先輩を除いた沢山の人の願いが叶った世界です。それが私と唯先輩、たった二人だけの願いが叶った世界になるだけですから、無理な道理がありません」


うん、だいたい納得できそうではあるけど……まてまて、そもそも認める気なの? 私。
認めるというか…あずにゃんだけ諦める、とも言える。そんなの、許されるはずはない。
でも、あずにゃんは本当にワガママで、子供で、きっと本当の世界に戻したら本当に死んでしまう。それよりはこっちででも生きてもらったほうがまだいいかな、とも思う。
それに、他のみんなは戻すって約束してくれたし……


唯「…さっき言った二つを、絶対に守るって約束してくれるなら……私は、あずにゃんだけを大事にするよ」

梓「……本当ですね?」

唯「あずにゃんこそ」

梓「ところで、二つ目の願いは、どういう意図があるんですか?」

唯「意図ってほどじゃないよ。そもそも私一人が忘れてのうのうと生きているのがおかしいんだし」

梓「おかしくは…ないと思いますけど」

唯「……それに、あずにゃんと二人だけで繰り返す世界になるんだから、あずにゃんのことを覚えておくのが私の責任だと思うし」

梓「……脅したというのにそんなこと言ってくれるんですね、唯先輩は」

唯「もうそういう脅しはゴメンだからね?」

梓「はい、もう言いません。私を選んでくれたんですから、私は唯先輩に身も心も尽くします」

唯「いや、そこまでかしこまらなくても……」

梓「まぁ、まずは約束を果たしてきますよ。少々日数はかかるかもしれませんが…信じて待っていてください」

唯「……うん」


頷いたものの、やっぱりどこか後悔はあった。
……私は、あずにゃんの人生を奪った。その事実を償うには…これから一生、一緒にいてあげるだけで足りるのだろうか?




――あずにゃんが戻ってきたのは、卒業式も前日になろうかという頃だった。

家のドアの開く音を耳にし、私は駆け寄る。


唯「あずにゃん!!」


駆け寄る勢いそのままに、あずにゃんに飛びつく。待ちくたびれたよとか、髪が少し伸びたねーとか、お風呂入ったほうがいいよとか、いろいろ言いたいことをそのままぶつけた。
けど……


唯「あずにゃん?」


あずにゃんからは一向に返事がなかった。さすがに怪訝に思い、体を離すと、あずにゃんが手に持っているものが見えた。


唯「…スケッチブック? いや、クロッキーブック?」


あずにゃんは私の視線に気づき、そのクロッキー帳(らしい)の最初のページを私に広げて見せた。


梓『ごめんなさい、唯先輩』

唯「え……なにが…なの?」


あずにゃんは黙って次のページをめくる。


梓『耳が聞こえません、声も出ません』

唯「えっ………」

梓『もう、一緒に演奏も出来ません』

唯「そんな……どうして!? なんでそんなことに…!?」




梓『理由を説明したほうがいいと思うので、一応書きますが』

梓『世界を創った代償です。私一人で創るのは思ったよりオオゴトで、失うものが大きすぎました』

梓『偉そうなことを言っておいて、こんなになってしまって申し訳ありません』

梓『私には、唯先輩と一緒にいる資格なんて、やっぱりなかったんです』


そう書いたページを私に見せ付けるように投げつけて、あずにゃんは私の元から逃げ出した。

……いや、正確には逃げ出そうとした。けど私だって、それが見えていてなお逃がすわけがなかった。
たぶん、人生で一番素早く動いたと思う。瞬時に私の手はあずにゃんの腕を掴んでいた。


唯「勝手なことばかり言って、勝手に出ていこうなんて――」


いろいろ言おうと思ったけど、そっか、耳が聞こえてないんだった。
まだ暴れる小柄なあずにゃんを引っ張り、クロッキー帳を拾って、適当な筆記具を探し出して。
とりあえず、私も勝手なことばかり言ってやる。自分勝手なあずにゃんに、思い知らせてやるんだ。


唯『逃げるなんて許さないよ』

唯『私からみんなを奪っておいて』

唯『最後は私を一人にするの?』


……あれ、みんなって誰だっけ?
名前も顔も出てこないや、大切な仲間だったはずなのに。
でもいいや、それもこれもみんなあずにゃんのせいなんだ。


唯『そんなことしたら私だって死んでやる』

唯『死んでやって、あずにゃんのことなんか忘れて』

唯『ずっと遠くで、あずにゃんなんかいない遠くの世界で生きて』


幸せになってやるんだ、と書こうとした。
でも、私の震える手は、どうしても一本の線が引けなくて。


唯『辛い』


思い知らせてやろうと、思ったのに。
思い知らされたのは私だった。私も、もう、この世界では、あずにゃんがいないとダメなんだ。
もう、私の大事な人は、あずにゃんしか残ってないから。


唯『あずにゃんがいないと辛いよ』

唯『もう私には他に誰もいないんだよ』


そこで、あずにゃんが私の手から鉛筆をひったくって。


梓『私にも、もう唯先輩以外誰もいません』

梓『でも、私はもうこんなんですから』

梓『一緒にいても、迷惑になるだけです』


いてもたってもいられず、もう一本、鉛筆を取りに走る。


唯『迷惑なんかじゃない!』

唯『私にはあずにゃんしかいないって言ってるのに』

唯『他の誰と比べてそんなこと言ってるの!?』

梓『……普通と比べて、ですよ』


ああ、口を開かずともあずにゃんは頑固だなぁもう。
……ごめんね、あずにゃん。私、もう少しだけ酷いこと言うよ。


唯『じゃあもう迷惑でいいよ。すごい迷惑。見てられない』

梓「」

唯『だからほっとけない。絶対助ける。見捨てない、手放さない。ずっと私のそばに置いておく』

唯『拒否権なんて無いよ。あずにゃんは私に迷惑かけてる悪い子なんだから』

唯『いい子になるまでずっと、私が面倒見る』

唯『それにあずにゃん、言ったよね。私に尽くすって』

唯『あれは嘘?』

梓『嘘じゃないです。でも……もう、何もしてあげられません』

唯『耳が聞こえなくて、声が出せなくて……でも他のことは出来るでしょ?』

梓『……たとえば、何でしょうか』

唯『私の気持ちを当ててみて』


それだけ書き殴って、あずにゃんを抱きしめる。
強く、強く。もう二度と、私の腕の中から逃がさないと、そんな思いを込めて。


梓『……どこにも行かないで、だったら嬉しいです』

唯『正解だよ。私の気持ちがわかるんだったら、大体のことは出来るでしょ?』

梓『唯先輩は……わかりやすいんですよ』

唯『困る?』

梓『いえ…助かるし、嬉しいです…』


――たった一人の卒業式を終え、私は音楽室に向かった。
別に部活とかは入ってないんだけど、そこには確かに思い出があって。私の持ち物――ギー太にも、大事な思い出がきっとあって。
今は思い出せないけど、不思議と罪悪感はなかった。思い出せないほうが、その思い出の人のためにはいいんだって、なぜか確信があったから。


唯「さわちゃん、いるー?」ガラッ

さわ子「うへぇー」グデー

唯「情けないなぁ……何か飲む?」

さわ子「いやいや、卒業生に何かさせるわけにはいかないわよ。何もいらないわ」

唯「私が準備するわ、くらい言ってくれればかっこいいのにー」

さわ子「イヤよそんな面倒な――っと、来たかしら?」

梓『遅くなりました』ガラッ

唯『大丈夫だよあずにゃん』


最近は、というかあれから私達はそれぞれ一冊のクロッキー帳を持ち歩いている。
なんだか書くのも最近は楽しくなってきた。


梓『ところで、そもそも何の用でしょう?』

さわ子「まあ、言えるわけないわよね。サプライズだものね」

唯「とはいえ、あずにゃんにどこまで届くか…わからないけど」

梓「???」

さわ子「通じるわよ。お互いを大事なら、きっとね。はい、メトロノームだけあげるわ」カチコチ

唯「うーん、心細い…」カチコチ

梓『あの、何が始まるんですか? 私、聴こえませんよ?』

唯『聴こえなくてもわかる!…かもしれない、なぜか覚えてる曲メドレー! 平沢唯ソロver!』

唯『はじまりはじまり~!』ジャラーン


――たった一人で、たった一人のために演奏する放課後。
誰が作ったのかもわからない曲と、誰が書いたのかもわからない歌詞を、私は一人で奏でる。
本当は、あずにゃんのために準備した曲もあったんだけどね、誰かと一緒に。でも、耳の聞こえないあずにゃんはさすがに新曲じゃ楽しめないよね。
だから今日は、私がなぜか覚えてる曲で。きっと、あずにゃんも覚えてるはずだから。
いつか、遠い昔に、一緒に演奏したんだよね。あずにゃんと、もう覚えてない仲間達と。
もう、今は誰とも演奏することは叶わないけど。それでも、私は後悔なんてしてない。
……してないけど、やっぱり、どこか涙が出てきそうで、ちょっと困るかな。


でも、私は泣けなかった。


唯「……あずにゃん?」


だって、あずにゃんが先に、涙を溢れさせていたから。


唯『ごめんね……あずにゃんを傷つけてしまうかもとは思ったんだ。けど、私に出来ることってこれくらいしかなくて……』


でもやっぱり、あずにゃんに『耳が聞こえない』という現実を見せ付けてしまうだけの行為だったのかな。
私にとっても、あずにゃんにとっても、高校生活で一番の思い出といったらコレだと思ったんだけど。


梓『いえ、傷ついてはないです、大丈夫です。それに、聴こえなくても…まるで聴こえているかのように、伝わってきますから』

唯『そう?』

梓『はい。だから、この涙は、嬉しいような、それでいてやっぱり唯先輩に申し訳ないような、そんな物です』

唯『申し訳ないは言いっこなしだよ。お互い様だから』


あずにゃんは、私からみんなを奪った。
でも、本当は私が先にみんなの人生を奪ったようなものだから。本当は私のほうが悪いんだけど、それを言うとあずにゃんは泣いちゃうから。
だから、この世界に二人っきりである以上、お互い様ってことにしとくのが一番いいよね。


さわ子『実は唯ちゃんの未発表曲が一曲あるのです!』ダンッ

唯「ちょっ、何勝手に入ってきてんのさわちゃん!?」

梓『…聴きたいです』

唯『でも…あずにゃんは……』

梓『聴きたいです。耳で聴けなくても、唯先輩の演奏なら心で聴ける気がします』

さわ子『言うじゃない。応えてあげないの? 唯ちゃん』

唯『…わかった。がんばるよ』


初めて人前で披露するこの曲。それもそのはず、この時のために作ったんだから。…もちろん、私一人の力じゃないけど。
上手く弾けるかな、という不安は無かった。あった不安は、ただ一つ。
――あずにゃんに、ちゃんと届くかな?


梓「!?」


弾き始めてすぐ、あずにゃんの顔色が変わった……ような気がした。
気にはなるけど…でも、途中で止めるわけにはいかない。これは、あずにゃんに贈る曲だから。


7