【産まれた時のコト】


――寒い。

確か一番最初に、そんなことを思った気がする。

人肌恋しい寒さ、とは違うんだけど、でもある意味当たっていた。
実際その時、『人』というものがこの世界には少なかったんだと思う。

いくら歩き回っても、親しいみんな以外の姿は見えなくて。
いくら泣き喚いても、親しいみんなでさえ聞いてくれなくて。

――そういえば、そこにさわちゃんはいなかった。

みんなは、私のことなど見えないように、何かを言っていた。
みんなは、私のためだと言いながら、知らない歌を歌っていた。


私のため、というその言葉を、その時の私は信じられなかった。だから、きっと忘れてしまったんだ。
だって、私のためって言いながら。
みんなは。


『なんでだよ、唯』

『許されると思っているのか』

『唯ちゃん……ひどい』

『一生恨んでやる』

『死ぬまで忘れない』

『責任の一つも取らないで逝くなんて、許されると思いますか』

『お姉ちゃん……』

『唯…あなたは…』

『唯……』

『信じてたのに』

『許さない』

『憎い』


みんなは、私を責める。
みんなの、その言葉が怖くて。瞳が怖くて。
私のことは見えていないはずなのに、その言葉の全ては、瞳の全ては、私に向けられていて。
いつの間にか、親しかったみんな以外の声も混ざっていて。瞳も混ざっていて。

怖くて。

恐くて。

私は泣きながら、震えながら、『それ』にお祈りした。

だって、憎まれるよりも、優しくしてほしかったから……




唯「――っ!?」ガバッ

澪「唯!? よかった、目が覚めたか…」

唯「……あれ、みお、ちゃん?」

梓「私もいますよ!」

唯「みんな……ここは、保健室?」

紬「よかった……さわ子先生から聞いて来てみたら、うなされてるんだもの」


さわちゃんの前で倒れちゃったのかな。少し恥ずかしい。
……でも、ここにさわちゃんはいないよね?


唯「さわちゃん、何て言ってたの?」

澪「登校してきた唯と会ったけど、辛そうだから寝かせてる、って」

唯「他には?」

梓「目が覚めたら連絡してくれ、くらいですかね。それより気分はどうですか? 調子悪いようならまだ寝ていたほうがいいですよ」


さわちゃんは私達の会話の内容は言わなかった。つまり、私達の問題に口出しするつもりはないということ。
だったら……私がまず、向き合わないといけないんだと思う。


唯「大丈夫だよ、あずにゃん。それより、教えてほしいことがあるんだけど」

梓「何ですか? 何でも言ってください! 唯先輩のためなら!」

澪「…なんだ唯、私達じゃダメなのか?」ムッ

唯「別に誰でもいいんだけど……よっ、ととと」フラッ

紬「唯ちゃん!」ガシッ

唯「おお……ありがと、ムギちゃん」


ベッドから降りようとしてフラついちゃった。寝すぎた…なんてわけじゃなく、理由はきっと、私自身。
思ったよりもショックを受けていたんだと思う。この世界の真実に。


梓「やっぱりまだ横になっていたほうが…」

唯「大丈夫だから……それより、質問に答えてね?」


澪「……? 待て唯、まさか――」

唯「待たないよ。みんな教えて? この世界は何回目なの?」


――みんなの驚愕に満ちた顔は予想通り。むしろもう見飽きた感さえある。


唯「ねえ、あずにゃん」

梓「っ………」

唯「ムギちゃん」

紬「………それ、は…」

唯「教えてよ、澪ちゃん」

澪「……誰から聞いたんだ?」

唯「誰でもないよ。思い出したんだ」

澪「また思い出したか……やっぱり私達の記憶も毎回リセットするべきだったんだ」

梓「澪先輩ッ!!」

澪「……何度目だろうと関係ないさ、唯。知ったところで何も出来ない。今までの唯がそうだったように」


澪ちゃんは『また』と言った。以前にも何度か私は気づいたんだろう。
そして、その度私は挑戦したはず。今の私と同じ想いを抱えて。
みんなを、こんな閉じた世界から解放してあげたい想いを。
……それなのに、ずっと失敗している、と澪ちゃんは言うんだ。


唯「みんなは……こんな閉じられた世界で、幸せなの?」

紬「唯ちゃん、その質問は残酷よ」

梓「……唯先輩のいない世界に比べたら、百万倍幸せですよ」

唯「私は……そんなこと言われても、嬉しくないよ…」

澪「唯なら…私達の大好きな、優しい唯ならそう言うさ。だからこそ、過去を繰り返すことを選んだ。犠牲を払い、唯が生き続けた世界を創れば、唯は心を痛めるから」

紬「だから、犠牲を払ってでも、唯ちゃんが全てを知らない時間にまで遡る方法を採った」

澪「まぁ、そもそも過去に戻るんだ、記憶があるほうが異常なんだが」


つまり、澪ちゃん達が記憶を引き継いでいることのほうが異常で。
少なくとも普通は―ー私とさわちゃんくらいしか当てはまらないけど、普通はリセットされる、と。
まあ、そこはとりあえずわかったけど……それより、さっきの会話でまた気になる単語が。


唯「……犠牲って、何?」

澪「聞いたところでどうにもならないよ。強いて言うなら『元の世界』かな」


……澪ちゃん達は元々の、時間が普通に進む、私達が最初に辿った世界を犠牲にしてこの閉じた世界を創り出した。
永遠に繰り返す、この世界を。


唯「……みんなの気持ちは嬉しいけど…それでも私は、みんなの未来を奪ったなんて……嫌だよ」

澪「奪ったわけじゃない。元々要らなかったものを私達が捨てた、それだけだよ」

唯「でも! みんなにはきっとこの先、もっと楽しい未来が――」

梓「ありません! 唯先輩のいない未来が楽しいわけがないです! 唯先輩のいない世界に、楽しいことなんてあるわけないです!」

澪「その点は、律も憂ちゃんも同意してたんだけどな……」

唯「…私が自分で思い出したんだよ、澪ちゃん」

澪「わかってる。律も憂ちゃんも善い奴だから、私達をハッキリと裏切るような真似はしない。ただ……」


澪ちゃんは、言いづらそうに私を見る。


澪「結局、私達が、私達のために唯を求めた結果がこの世界なんだ。自分勝手なのは私も認めるけど、それでも、その自分勝手さを悔いて、挙句に判断を唯に押し付けるようでは、それはただの偽善者だ」


そんな言い方やめて、とは口に出来なかった。
言いづらそうだったのは百も承知だし、澪ちゃんの言うことも一理あると思ってしまったから。


澪「本当に悔いるなら、唯に真実を告げて、唯の意思だけを尊重して、唯の味方になればいいんだ。そうしないから、唯は今、こんなに悩んでる」

唯「……そうかもしれない。けど、澪ちゃんだってりっちゃんに見捨てられたいわけじゃないでしょ?」

澪「そうだな。律も律なりに悩んでるんだってのはわかってる。憂ちゃんなんてもっと顕著なはずだ。唯のこと、大好きだからな」

唯「うん……きっと、憂もずっとずっと、悩んで苦しんでるんだよね…」

澪「……あの二人は、優しすぎるんだよ。誰も傷つけたくないから、一歩を踏み出せない。その一歩で誰かを踏みつけてしまうことを恐れてる。だから動けない」

唯「でも、私はそんな優しい二人も…大好きだよ」

澪「私達もだよ。だから、私達はこの世界はこのままでいいって言うんだ」


……澪ちゃん達の言い分はわかる。りっちゃんや憂の気持ちもわかる。
みんなも、私の気持ちをわかってくれてる。

だからこそ、私達は動けない……


わけじゃなく、動けないのは優しすぎる二人だけ。
私は動く。澪ちゃん達も、絶対動く。
話をして、お互い逆にその気持ちが強まったと思う。

私はみんなが大好きだから、みんなをどうにかしてあげたいと思う。たとえ、その先で私が消えるとしても。

澪ちゃん達も、そんな私を大好きだと言ってくれたから、意地でも止めるだろう。


でも私は止まる気はない。もちろん理由は前述の通りだけど、実はもう少しあったりする。
情けないからあまり言いたくはないけど、


忘れられないんだ。


私を責める瞳と声が。


きっと、あれが最初の世界の『犠牲』。


あれが私に何を求めてるのか、わからないけど。


きっと、あそこまで憎まれる私は、みんなのために命を捧げて、消えてしまうべきなんだ。




【母親】

ただ、決意は固いけど、方法がわからなかった。
さすがに『世界』を創っただなんて摩訶不思議で奇妙奇天烈な事象の対処法なんて調べる方法さえわからない。

とりあえず、りっちゃんがいないので部活は休み。さっさと帰って二人に聞こうかと思ったけど、二人はきっとまた教えてくれない。
教えれば澪ちゃん達を敵に回すから、ね。

いきなり八方塞がりだ、とトボトボと家に向かって歩いていると、知らない番号から電話がかかってきた。


唯「……も、もしもし?」

さわ子『そんなに警戒しないで。私よ、ギターマスターさわ子よ』

唯「さすがにギャグやってる空気じゃないと思います」

さわ子『私も思うわ。急いでるから簡潔に、今日私が調べたことを教えてあげる。この世界について、ね』


……! 珍しくさわちゃんが頼りになる!
珍しく、じゃないか、さっきも助けてもらったばかりだ。尊敬しよう。りすぺくと。


さわ子『――この世界はいくつもの命を捧げて作られている大樹。私達『被害者』の命を葉にして、あなたの仲間達の中の誰かの命を幹にした、ね』


捧げられた命。それはきっと最初の世界の犠牲。それはわかってた。
だから問題は次。木の幹。つまり、世界を支える根幹。そこに『誰か』の命があって、それでこの世界は成り立ってる、と。
いきなり光明が見えてきた…! さわちゃんすごい!


さわ子『つまり、こんな世界に私達を閉じ込めた、あるいはこんな世界を創った幹…『母親』がいるはずよ。その人を見つければ…あるいは』

唯「アテは……あるかも」

さわ子『そうよ。あなたに親密な誰か。あなたのことを大好きな誰か。ここから先は…あなた自身がやりなさい』

唯「…うん。というか、私がやらないといけないよね」

さわ子『ええ。じゃあ急いでるから切るわよ?』

唯「なにをそんなに急いでるの?」

さわ子『今から出張なのよ。じゃあ、頑張りなさい!』ブツッ


お礼を言う暇さえも与えてもらえなかった。そんなに急ぐことかな?
まぁ、とにかくさわちゃんのおかげでやることはわかった。

この世界を創った『母親』とも呼べる人を見つけて……

……あれ、それからは?
まぁ、きっと説得して止めればいいんだよね!

ということで、今までの雰囲気とかを総合して、『母親』だと思う人は……

りっちゃんと憂は違うよね、きっと。世界の根幹であったとしたら、もっと責任は重いはず。中途半端な立ち居地なんて選べないはずだから。

私を大好きで暴走しちゃってる澪ちゃん?
暴走気味だけど私の意思もちゃんと伺ってるムギちゃん?
いつになく素直でデレデレなあずにゃん?
それとも……


72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 00:58:54.44
最初ムギ澪どっちがいい?>>74

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 01:14:09.42
実はムギのほうが短いからムギがよかったなんて今更言えない