一つの卵が生まれ落ちました。
私の世界に、違和感と言う名の一つの卵が。

時を経て、殻を破り、中から出てきた幼な子は。

私の気づかぬうちに、秘密を喰らい、事実を喰らい、真実を喰らい。

養分を得て日増しに大きくなり、さなぎへと変態するのです。


他ならぬ私のために。


だって、さなぎから孵化する蝶は。


美しすぎて、みんなの目を惹きつけてしまうから――



何かがヘンだ。
気のせいじゃないよね? 私がおかしいんじゃないよね?
そう思いたいくらい、みんながおかしい。私、何かしたのかな?

どうおかしいのか、ちょっと見てみましょう。
以下、いつもの軽音部の風景です。どうぞー


唯「あずにゃんぎゅ~」

梓「………ぎゅ~」


はい、ここです、まずいきなりおかしいです。あずにゃんが抵抗しません!
……うん、これは別に私はうれしいんだけどね。なんか調子狂うというか、ね。
っと、そうじゃなくて、では続きをどうぞ。


唯「おぉ? なんかあずにゃんが素直だ! よしよし」ナデナデ

梓「………」ウットリ

澪「………」ジトリ


はい、次は澪ちゃんです。文字では伝わりにくいと思いますが、目が怖いです。マジです。本気と書いてマジです。

そして他にも――


律「こら唯、いつまでも抱きついてないで練習するぞ」

紬「唯ちゃん、いつまでも抱きついてないでお茶にしましょ?」

律「………」バチバチ

紬「………」バチバチ


こちらは私の知らないところで火花を散らしてます。とりあえず二人に共通するのはどうにかして抱きつきをやめさせたいようです。
りっちゃんに至ってはサボる側なのに私に練習を促す始末です。
ムギちゃんもムギちゃんで、遠回しにあずにゃんかりっちゃんかどちらかを威嚇しているかのような言い方です。

まぁ、これくらいは日常茶飯事です、最近の軽音部は。
軽音部だけならまだしも、さわちゃんや和ちゃんもやたら最近世話を焼いてくれるような気がしますが、それはきっと卒業が近い時期だからでしょう。
ともあれ、軽音部の皆は一体どうしたんでしょうか?


――というわけで、私なりに考えてみた。考えてはみたんだけど。
……うん、なんか思い上がってるみたいで言いたくないね。一度は言ってみたいセリフではあるんだけどね。
「私のために争わないで!」っていうのは。
勘違いだったらすごく恥ずかしいしね。確証が持てるまでは言葉にしないほうがいいかな。




――つぎのひ!

憂「お姉ちゃん、朝だよー? 起きてる? 起きてないよね?」

唯「ん~……起きてるよぉ」

憂「ちぇ、残念。いろいろして起こそうと思ったのに」

唯「いろいろって何……」

憂「聞きたい?」

唯「聞きたく…ない、かな……」

憂「ふふっ、じゃあ早く朝ごはん食べよ?」

……我が妹はどっち側なのか判断がつかないよ。
ともかく、そうこうしていつも通り家を出て、学校へ向かうワケですよ奥さん。奥さんって誰だろう。まあいいや。
要するに私が言いたいのは、通学路もまた……困難な道なのですよ。


憂「お姉ちゃん、もうすぐチャイムなるよ? 急いで!」

唯「………だったら腕から離れてくれないかなぁ」

梓「そうだよ憂、唯先輩迷惑してるじゃん」

唯「あずにゃんも腕から離れてくれないかな」


あずにゃんが右腕、憂が左腕。両手に花……とは言うけど、花だって重さもある立派な荷物だよ。
あ、荷物といえば……


唯「澪ちゃん、ギー太は……」

澪「返さないぞ!!」


両手が塞がっているから、と澪ちゃん達が荷物を持ってくれる。それは助かるんだけど…


唯「いや返してよ、私のだよ……まぁムギちゃんに安くしてもらったんだけど、それでもお金出したの私だし」

紬「今なら私も大安売りよ!」フゴフゴクンカクンカ

唯「ムギちゃんはナチュラルに私のカバンの匂いを嗅ぎながら会話しないで!」

律「私は隣の沢庵屋より一割安いぞ!」

唯「なにその売り文句。あとりっちゃんは特に持つ物無いからって腰に抱きついてこないで欲しいんだけど…」


正直、一番歩きにくい理由はりっちゃんだ。昨日はムギちゃんが抱きついてきた。
じゃんけんで負けた人がこのポジションらしい。よくわかんないけど。


唯「とにかくっ! 遅刻しそうだからそろそろ離れて!」

律「ふむ、唯は怒った顔も可愛い。けど」

梓「怒らせたい訳じゃないので」

憂「大人しく離れようかな」


……と、素直に離れる三人。なんか距離の取り方が絶妙だなぁ……いつかどこかで見習おう。
さて、あとは荷物を返して貰わな――


澪「」ペロペロペロ

唯「澪ちゃんなんでギー太なめてるの!?」

紬「」スーハースーハー

唯「ムギちゃんそれ私の体操着!?」

紬「って洗剤の匂いしかしないわ!」ダンッ

憂「できた妹ですから♪」


律「こら、澪ももうやめとけ、錆びたらどうする」

唯「そういうレベルの問題はもうとっくに越してる気がするよ!?」

梓「律先輩がここにきていい子ちゃんぶって点数稼ぎしてます…ムカつきます」

律「ハハッ、梓みたいなお子様とは違うのさ」

梓「ハッ、必死すぎて滑稽ですよ。自然体が一番です」

律「それじゃあ梓は永遠にお子様としか見てもらえないな、可哀想に」

梓「グヌヌ」

律「ウギギ」


……なんか言い争いまで始まったし……
遅刻しそうとかいっときながら、みんな勝手だなぁ…


唯「……あ~もうっ! みんな荷物返して! もう先行くから!」プンスカ



柄にもなく怒っちゃった私は、そのまま後ろを振り返らず学校まで一直線。
まぁ、どっちみち皆とクラス一緒だし、教室でまた会うんだけど……


律「……ゴメンな、唯」

憂「ゴメンね、お姉ちゃん」

梓「ごめんなさい、唯先輩」

和「――ほら、唯。そろそろ話だけでも聞いてあげたら?」


りっちゃんはともかく、憂とあずにゃんまでうちのクラスに来ちゃったし。わざわざ私に謝りに。


唯「……まぁ、三人は言えばやめてくれたし、特に憂は何もしてないし怒る事も無いんだけど…」

律「………」

梓「………」

唯「…もうケンカしないでね?」


りっちゃんとあずにゃんは、ケンカってほどじゃないけどよく口論してる。
そのたびに私はこうしてなだめてる気がする。
……よくやってるわりに、私のなだめ方は『もうケンカしないで』っていうのは少しおかしいかな?


律「別にしたくてケンカしてるわけじゃないけど…今回だって吹っかけてきたのは梓だし」

梓「だったら点数稼ぎなんて止めてください」

律「ホラみろ、またコイツは――」

唯「だからそーじゃなくて! あずにゃんはりっちゃんのことをそんな目で見ない! りっちゃんも先輩なんだから後輩には優しく!」

律梓「…はい」

唯「わかったら戻ってよし」

律梓「はい」

憂「じゃあね、お姉ちゃん」ガラッ


周囲のみんなの目も気になるし、早々に切り上げることにする。いつものことなんだけどね。
ともあれ、この二人と憂はまだ行動は常識的な方に思えるからこれくらいでいいけど……


唯「………」チラッ

紬「……ごめんなさい」

唯「……ムギちゃんってあんなキャラだったっけ?」

紬「…違うと言いたいけど、意外と違和感無いと思う…」

唯「私はいつものムギちゃんに戻って欲しいよ……」シュン

紬「っ…ごめんなさい、本当にごめんなさい…! もうしません…!」

唯「……信じていいの?」

紬「唯ちゃんのそんな顔なんて見たくないから……もう絶対にしない!」

唯「……ありがとう、ムギちゃん。ムギちゃんは優しいね」


違うと信じてるけど、もしかしたら、万に一つくらいは、あれがムギちゃんの本性なのかも、とも思っちゃう。見てしまった以上は。
ま、もしそうだとしても、私のために、私のお願いのためにその本性を隠すと言ってくれるムギちゃんは、きっと優しいよ。
一時の気の迷いだったと信じてるけど。


唯「………で、澪ちゃん」

澪「」ビクッ

唯「ギー太は今和ちゃんが拭いてくれてるけど……さすがにこれは擁護出来ないレベル…なんだけど、一応理由を聞こうか」

澪「……唯は、私が狂ってると思うか?」

唯「え? いや、そこまでは…」

澪「いや、いいんだ、狂ってると言ってくれていいんだ。だって私を狂わせたのは唯、お前だから!」

唯「え? え??」

澪「唯の顔が! 身体が! 匂いが! 全てが……恋しいんだ! 欲しいんだ! だから仕方な――」

律「落ち着けバカ」ザクッ

澪「ぁなルッ!?」ビクン

紬「……ドラムスティックがお尻の穴に…」

澪「」ビクンビクン


唯「澪ちゃん今日も縞パンなんだー」

澪「ひぃ!? み、見るな!」ガバッ

律「……浅かったか」


すごい食い込んでますけど浅いんですか。そうですか。私にはわからない世界です。


律「おい唯、いい方法を教えてやるから耳貸せ」

唯「うん?」

律「澪に言うことを聞かせるには、とりあえず『嫌い』って言葉をちらつかせるんだ」ボソボソ

唯「…なんで?」ボソボソ

律「お前に嫌われたら生きていけないからだよ。あ、もちろん加減には気をつけろよ?」ボソボソ

唯「加減間違ったらどうなるの?」ボソボソ

律「刺されるとか、飛び降りるとか…」ボソボソ

紬「かーなーしぃーみのーー」

唯「ひぃぃぃぃ」


律「まあ、まだ序盤だから死にはしないさ。ほら行け」


序盤って何さ、りっちゃん。
まぁとりあえず……言われたとおりやってみようか。


唯「……澪ちゃん、大丈夫?」

澪「うぅ……大丈夫じゃない…はじめては唯がよかったのに…」

唯「……そういう発言は止めようよ…ヒくよ…」

澪「え……っ?」


しまった、素でドン引きしてしまった…!


唯「あ、その、そうじゃなくて……」

澪「……私のこと、嫌いになった?」

唯「い、いや、大丈夫…たぶん」

澪「たぶんって……そんな、イヤだ! やめて! 嫌いにならないで! 何でもするから、言うこと聞くからぁ…!」


澪ちゃんが必死な形相で、私のスカートにしがみつきながら訴えかけてくる。
いつもの凛々しい澪ちゃんとは違う、稀に見せる臆病な澪ちゃんとも違う、それこそ命を賭けたような必死な訴え。
さっきまではドン引きしてたけど……さすがにこれは可哀想。


唯「え、あ、うん、大丈夫! 大丈夫だから! いつもの澪ちゃんでいてくれればそれでいいから!」

澪「……いいの? いつも通り唯を大好きな私でいいの?」

唯「…ギー太舐めるのは禁止ね」

澪「ギー太ぺろぺろしなければ私のことを好きでいてくれるんだな!?」

唯「え、うん、たぶん……」

澪「イヤッホオオオオオオゥ!」ガタン


律「押し切られてどーする…」

唯「いや、なんかテンションの上下幅の大きさについていけなくて…」

紬「ヤンデレでメンヘラねぇ♪」ウフフ

唯「笑い事なの? それ……」




――お昼!

梓「唯先輩! ご飯食べますよ!!」ガラッ

唯「んむ、まぐぁん」フゴフゴ

律「ほれほれ」

澪「食え食え」

紬「まぁまぁ」

和「解説をすると、みんなからお弁当を口に突っ込まれてる唯の図、です」

唯「はふへへ~」ヘルプ

梓「先輩方やめてください! 唯先輩困ってるじゃないですか!!」

律「……じゃあ私はそろそろやめよう」ガタッ

梓「そのポジション貰ったァァァ! はい唯先輩あ~ん♪」

唯「」


紬「唯ちゃん何か飲む? 何でも揃えてあるわよ~?」ズラリ

澪「じゃあ私がウーロン茶を飲ませてあげよう」

梓「じゃあ私はコーラで」

紬「私はやっぱりいつも通り紅茶かしら」

澪「さぁさぁ、唯」

梓「口を開けてください、さあ!」

唯「」


和「そろそろ止めるべきかしら」

律「そうだな…まぁ私が止めると梓に絡まれるから和頼むわ」

和「仕方ないわね…」ガタッ

憂「さすが私のお姉ちゃんは世界一!」

律「憂ちゃんもいたんなら止めてあげてくれよ」

憂「口いっぱい頬張ってるお姉ちゃん可愛い…///」

律「まぁ、それは否定できない///」

唯(ダメだこりゃ)


違和感を感じ始めてから、私がツッコミに回ることこそ多くなっちゃったけど、それでもこのメンバーでいる時間は嫌いじゃなかった。
みんなが変わっちゃった理由はわからないけど、それでも私はみんなのことが大好きだったから。


さわ子「そんなの簡単よ。みんな唯ちゃんのことが大好きだからよ」

唯「唐突に出てきて唐突に心を読まないでください」

さわ子「梓ちゃんの言ったことは的を射てるわ。みんな点数稼ぎに必死で、それでお互いがギスギスしちゃってる」

唯「唐突に出てきて過去を覗かないでください」

さわ子「一度、みんなを集めて腹を割って話し合うといいわ」

唯「話を聞いてください」

さわ子「たぶんこれから先は私の出番ないから出張ってみました!」

唯「帰ってください」


あんなんだけど、さわちゃんの言うことも一理あると思う。
なんだかんだで私もみんなとずっと一緒にいたいと思うし、こういう機会も必要なのかもしれない。
みんなとずっと一緒に、バンドしてたい。それは偽り無い私の気持ち。
そう、ずっと。進路もまだ決めてないような時期だけど、卒業後も……


唯「――そうだ、みんな」


放課後、部室で私はその意見をみんなにぶつけてみた。


唯「みんなで一緒の大学に行かない?」


我ながらいい提案だと思った。みんな合格してハッピーエンドの未来が見えた気さえした。
………現実は、みんなの呆気に取られた――いや、驚愕した顔が見えただけだったけど。


唯「……ど、どうしたの? みんな」

和「律ー? 書類また出してないでしょー?」ガラッ

律「うぉぉぉぉ和空気読め帰れぇぇ!」グイグイ

和「え、ちょ、ちょっと何?」

律「私が悪かったから早く戻れ!」グイグイ

和「わ、わかったわよ。ちゃんと出してね?」ガラッ

律「………ふぅ」




唯「…………?」

律「えー、っと……」

……本当にどうしたんだろう? みんな…

紬「ゆ、唯ちゃんこそどうしたの? 急にそんなこと言って」

唯「え? えーっと、だって、私みんなのこと大好きだし…一緒にいたいと思って。できれば和ちゃんも」

梓「そ、それは嬉しいですねー…って、私は来年ですけど…」

唯「大丈夫、待ってるよ。なんというか、みんな一緒にいるべきというか、ずっと昔にそんな夢を見たような気がして、ね」


……そしてその言葉でまた、みんなが固まった。
今度は間違わない。さっきと同じ、驚愕に満ちた顔。
そして私も、きっと同じ顔をしていた。


唯「……あれ、そんな夢、いつ見たんだっけ?」


澪「考えちゃダメだ」

唯「え? 澪ちゃん?」

澪「考えるな」

唯「え? どうしたの…?」

律「……そんな言い方があるか、バカ」

唯「りっちゃん、何の話?」

律「唯、その質問には答えない。けど、唯が何かをしようとするのも、私は止めない」


どうしたんだろう? りっちゃん、急にまじめな顔して……
そしてそのりっちゃんを、澪ちゃんとあずにゃんは恨めしそうに睨んでる…ムギちゃんは戸惑ってるみたい。
でもそんな空気も視線も、りっちゃんは気にせず、私に言うんだ。


律「ただ、一つだけ聞いておきたい事と、知っておいてほしい事がある」

唯「う、うん、何?」

律「唯は、今の私達の関係に不満を持っているか?」

唯「……そんなの、あるわけないよ。最高の仲間に囲まれて、不満なんてあるわけないよ」

律「…その言葉を、忘れないで欲しい」

唯「…知っておいてほしい事は?」

律「ああ、それは簡単な事だよ」


律「……みんな、唯の事が大好きだ、って事」


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