唯先輩の部屋に入るのは、もう今日が最後。
だから、出ていくのも最後。

唯「……なんで?」

半年も保たなかった理由。
それはちゃんとあるんだけど、どう言ったらいいのか。
それを言ったら、もしかしたら唯先輩は
この先誰とも優しくし合う事が出来なくなってしまうかも知れない。
私のほうも、我慢できなくなったから、としか言いようがない。

唯「ねえ……あずにゃん、どうして……?」

唯先輩は目に涙を溜めているけど、
もうそれも精一杯可哀想なフリをしているようにしか見えない。
そんな小賢しい人じゃないってわかっていても、
そう思ってしまうくらい冷めきった私の感情。

唯「ねえ、なんで?私が何かしたなら謝るから……」

とうとう涙は零れた。
それを見ても全くほだされる気配のない自分に驚いた。

一時はあんなに夢中になって全身全霊で愛情をぶつけた相手なのに、
一度そう決めたらこんなにドライになれるんだ、私って。

唯「やだ。やだやだ……。別れたくない。別れたくないよぉ……」

唯「あずにゃんお願い……」

―そういうところが嫌なんです

唯「う、う……」

全く、我ながらなんて冷たい声。きつい言い草。
唯先輩、いや、他の人にもこんな言い方をしたことはなかった。
嫌、と言ったけど、嫌いになったわけじゃない。
甘ったれなところは嫌いじゃなかったし、それはむしろこの人の愛嬌のはず。

唯「……えへへ」

唯先輩は、「泣いて駄々をこねるのをやめる」という意思表情なのか、
大粒の涙を流しながら、笑顔になってない笑顔を見せた。
前の私ならそこに悲痛を感じたんだろうけど、今は不細工にしか見えない。

―私の心はもう決まってますから

そう言うと、唯先輩はまた泣き出した。
今度は声をあげて。
それからすぐに床にうずくまって顔を隠し、
泣き顔を見られて叱られないように泣き続けた。


半年前……私が高校2年の夏、唯先輩は告白してきた。

他の先輩達が日直や掃除で遅れたその日、
部室には私と唯先輩の二人だけだった。

私と唯先輩は何気ない会話をしていて、ふと、言葉が途切れた。

私が次の話題を考えるともなく考えていると、
唯先輩は何の脈絡も無しに、突然言った。

唯「す、好きっ。あずにゃん……あずにゃんの事好き!」

言い終えて、私はもちろん、唯先輩自身も驚いていた。
唯先輩は口を開けたまま目を見開いて茫然としていた。

その様子を見て、いつもの「好き」とか「可愛い」とは別の意味だとわかった。

慕情が堤防を破って溢れたような、そんな告白だった。

唯先輩は立ち上がって、しばらく部室の中を行ったり来たりした後、

唯「あ、あの、だから、えっと……つ、付き合って。付き合ってくれない?」

と言った。

顔を真っ赤にした唯先輩を見て、私は思わず了承してしまった。

唯先輩は大喜びして抱きついてきた。

スキンシップはいつものことだけど、この無償の抱擁を今まで以上に享受できて、
恋人という肩書きに甘んじればもう意固地になって拒む必要もないんだと思うと、
私は嬉しくなった。


それから私はあっという間に唯先輩の虜になった。

今までもほとんど虜みたいなものだったけど、
恋人としての唯先輩の仕草、声、温もりは私の知らないものだった。

こんなに可愛い人だったんだ、唯先輩は。

私はそれを知って、青春を全てこの人に捧げようと思った。


最初の二ヶ月は、本当に幸せだった。
他の先輩達や、純や憂に関係を隠していることも、
幸せという至上のデザートに添えられたミントの葉程度のお飾りでしかなかった。

交わす言葉、見る風景、聞く音楽、それから二人での演奏、
全てが新鮮で斬新で、どんな娯楽も及ばないほどだった。


三ヶ月目になって、私の恋心に綻びが生じ始めた。



唯先輩と過ごす時間が増えた事で、
私は今まで知らなかった唯先輩の可愛いところを知ることができた。

でも、同時に、恋人にならなければ一生知り得なかったであろう、
唯先輩の嫌な部分も見えるようになった。

ひとつだけ。
たったひとつだけだったけど、
それは私の中の「平沢唯」を壊すには十分だった。

最初は見て見ぬふりをしたけど、目を逸らしきれるものではなかった。
次に私は、それを受け入れようとした。
でも私の小さい身体と心では無理だった。

元々唯先輩は完全無欠な人じゃない。
そもそもそんな人はどこにもいない。
欠点がそのまま愛嬌になる、それが唯先輩だ。
だから欠点を愛せない私がダメな子なんだ。

私は自分を責めるようになった。

すると、唯先輩と居るだけで、私は苦しくなった。
唯先輩が無垢な顔で私に愛情を示すたびに、
自分の卑小な心を責め立てられているような気がした。

それが続くと、唯先輩に会うのが億劫になり、
可愛いと思えた仕草も声も、肌の温もりも、嫌悪の対象になった。

唯先輩の無限とも思える愛情を享受するには、私という存在は小さすぎる。
一分の欠陥を唯先輩全体に当てはめてしまうような私に、恋人の資格はない。
いや、それは自己犠牲に見せかけた自己弁護だ。

本当は、私に生まれた愛情が、
あっけなく消えるのを認めたくなかっただけだ。
自分が酷薄な人間であるという事実から逃げたかっただけだ。

私はどこまでも醜い人間だった。


私の身体の上で腰を振る唯先輩を見ても、
私はもう愛しいとは思わなくなっていた。

ただただ、乾いた嫌悪感だけがあった。

それを自覚して、私は決断した。

「唯先輩と別れよう」



唯「うううう……別れたくないよぉ……」

――泣いてもダメです

唯「なん、で……なんで……?」

――ごめんなさい。冷めちゃったんです

私がそう言うと、唯先輩一際大きな声で泣いた。
その声が部屋の中に響き渡る。
ほとんど赤ん坊みたいな泣き方。

憂が出掛けていて良かった。
冷静にそう思う自分に、私はまた嫌になる。

唯先輩は顔を上げて、私の腕を掴んできた。

唯「お願い!あずにゃんお願い……!
  別れるなんて言わないで!私、ちゃんとするから!」

――離してください

唯「もっとあずにゃんのこと可愛がるから!
  優しくするし、私ももっと可愛くなるように頑張るから!」


そういう事じゃないのに。
唯先輩はもう、「平沢唯」としてこれ以上ないほどに可愛くなっている。
でも私には、その可愛さは欠点のマイナスが反転して、
より大きな欠点にしか見えない。

唯「やだよぉ……。離れたくないよぉ……」

唯先輩は私の首に腕を回し、力一杯抱きしめてきた。

一瞬、私が嬉しくなるのがわかった。

嫌気が差していたはずの抱擁。
唯先輩の、最上の愛情表現。
泣き声からではなく、肌から伝わる愛情と懇願。

嫌になるのはわかってるけど、短い間でも私の青春に輝きをくれたこの人に、
最後くらいは、その愛情の一部でも返してあげなきゃいけないのかもしれない。

――唯先輩

私が呼ぶと、唯先輩は腕の力を緩めて私の顔を見た。

私は涙を拭ったあとに、ゆっくりと唇を重ねた。
唇を離して、私は言った。

――泣いても喚いても、もう無理なんです。
だから、これで……最後にしましょう

唯先輩はまた大粒の涙を流して、それから観念したように無言で頷いた。


私はぐずる唯先輩のティーシャツを脱がせた。
もう見慣れた乳房が露になる。

私はそれにそっと触れる。

初めて触った時、私はそこから途方もない母性を感じた。
それは今も変わらない。

唯先輩はしゃくりあげながら、私の服の中に手をいれてきた。

――……っ、ん……

いつもは恥ずかしくてあまり声を出さないようにしてたけど、
今日くらいは……最後くらいは素直になってあげよう。

唇を重ねると、くっついた頬に唯先輩の涙が伝った。
唾液と涙が混ざって、妙な味がする。

唇が離れると、頬も離れた。

それでも私の頬に涙は残る。

――あ、れ……?

もう唯先輩とは離れたはずなのに、新しい涙が跡を作った。


私と唯先輩はベッドに移り、毛布にくるまって、その中で裸になった。

乳房を吸って、背中をなぞって、キスをして、
そうしていると、あれだけ冷めていた私の心は温かくなり、
理性の稜線がぼやけていった。

唯「やだよ……。あずにゃんとずっと一緒にいたいよ……」

唯先輩はまだごねている。

――ダメです……。さっき約束したじゃないですか

唯「……うん。そう、だよね……」

唯先輩は涙を拭いて、溜息をひとつ、それから私の上に跨った。

ああ、嫌だ。嫌だ。たまらなく嫌だ。
下から見上げる唯先輩。
乳房と、その間から覗く顔。
目を閉じたくなる。耳を塞ぎたくなる。吐き気すら覚える。

唯「い、くよ……」

唯先輩は自分の性器を私の性器にあてがって、それから腰を振り始めた。





唯「んっほおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」





唯「んおっ!んおっ!おっほおおおおおおおおおおお!!!」

唯先輩は怪獣の成体のような奇声を発して、腰を振った。

この声を聞いてしまっては、どれだけ普段可愛くても、
ついさっきまでほだされそうになっていても、一瞬で現実に引き戻される。

唯「おごっ!あず、んほほおおおおお!!あずにゃんんんんん!!」

あぁ、くそ。醜い。醜い。
どうしてそんな声を出す。
もっとしとやかに、ためらいがちに、健気に鳴けないのか。

――どいてください

唯「おほぉ!?」

もう限界だ。一秒たりとも聞いてられない。

私は伸ばしていた足を引き戻し、唯先輩のどてっぱらを思いっきり蹴飛ばした。
唯先輩は書くのもおぞましい悲鳴をあげてベッドの上から転げ落ちた。

私は急いで服を着て、足早に唯先輩の部屋を出た。

外に出て唯先輩の部屋を見上げると、明かりは点いたまま。
その中から、子供のような泣き声が聞こえる。

大丈夫。もう迷わない。
私は寒空の下、
コートの中にかつて恋心であった鉛のような不快感を隠して、家路についた。

おわり
戻る