そして来るべき日がやってくる。

   澪「キミを見てると~♪ いつもハートd……」バタッ

   唯「……澪ちゃん?」

   律「澪ッ!?」

   紬「いけません! 早く救急車を……!」

   とある日のライヴ。アンコールの『ふわふわ時間』の演奏中に、ついに澪は卒倒した。

   楽屋で三人が澪の鞄の中から注射器を発見したのはそのすぐ後のことだった。完全なるオーバードーズ。普通の3倍ものヘロインを、その日の澪は接取していたという。

   律「あの時は本当に大変だったな……。澪がヤク中なのをバレないように、わざわざムギに病院を手配してもらったりして」

   唯「ムギちゃんの家の息のかかった病院なら、マスコミに情報が漏れることがないからね」

   紬「マスコミには『秋山澪は高熱で体調不良だった』ということで報道されていましたからね。とにかくあの時は澪ちゃんが無事でよかったです」

   唯「何度呼びかけても目を覚まさなかったし……私てっきり……」

   律「でも死んでもおかしくない量のへロインをキメてたのは事実なんだよな……」




   澪「イヤ、ヤメてッ!」

   男「うるせえなぁ。澪だって本当はそう言うつもりで俺を呼んだんだろう?」

   澪「違う!!」

   男「どうしてそんなに嫌がるかなぁ……って、お前もしかしてまだ……」

   澪「……っ!!」

   男「図星か? キャハハ!! コイツは傑作だ!! あのロックンロール・プリンセスこと秋山澪がまさかまだ処女だったとはなぁ!!」

   澪「やだよ……やめてよ……こんなこと……」

   男「お前のファンのキモオタどもが喜ぶのが目に浮かぶぜ!!
     なにせ奴ら豚みたいに鼻息荒くして『澪タソは処女だ!!』なんて言って粗末なチンポ握って、マス掻いてるんだろうからな!!』

   澪「うう……お願い……やめて……」

   男「だけど残念だったなぁ。秋山澪の処女膜を見事ブチ抜くのはどうやらこのおr……」


   ?「ブチ抜かれるのはオマエのアタマだよッッ!! アホッッ!!」


   その瞬間――男の脳天に金色に輝く何かが激しくヒットした。

   男「ギブラウェイッ!!??」

   男はたまらず倒れ込み、そのまま気絶した。


   律「いやぁ、なんとか間に合った。それにしてもジルジャン製のシンバルはよく効くのー。
     こーんな私のかよわい細腕で殴っても、大の男があっというまにバタンキューだ」

   澪「り、律……!?」

   唯「いや……律ちゃん、それは誰でも倒れるって」

   澪「ゆ、唯も……!?」

   紬「澪ちゃんにオイタしたこの男は去勢してアメリカの刑務所に送っときますから安心してください♪ きっと新たな性癖に目覚めるはずですから」

   澪「ムギまで……」

   唯「ライヴ後の澪ちゃんの様子がいつにもまして異常だったから……」

   紬「私達、いてもたってもいられなくて……」

   律「それで急いできてみたらこのザマさ。ったく、だから言ったろ? この男は危ないって」

   澪「みんな……」

   澪が心底仲間のありがたみを感じたその時だった。

   律「さぁ澪、立てよ。早速行くぞ」

   澪「行くって……どこに?」

   律「決まってるだろ? リハビリ施設だ」

   澪「え……?」

   唯「澪ちゃんがいけないお薬やってるの、実は私たち知ってるの」

   紬「とは言っても、このことを知っているのはこの三人と、近しいスタッフだけだから安心して」

   律「だから澪、まだ取り返せる内にヘロインから足を洗うんだ」

   澪「……………」

   律「あ、心配は無用だぞ? お前の行くリハビリ施設はムギのお父さんの息がかかったところらしいから」

   紬「マスコミに情報が漏れることはありません」

   唯「だから澪ちゃん、ゆっくりキレイな身体に戻ろうよ、ね?」

   澪「……いやだ」

   律紬唯「え?」

   澪「嫌だと言ったんだ!!」

   律「ど、どうしてそんなことをいうんだよッ!!」

   紬「律ちゃん……落ち着いて。でもなんで……」

   唯「私達、澪ちゃんのことを思って……」

   澪「そうか……そういうことか……」

   律紬唯「?」

   澪「そうだよな……歌詞も忘れるしまともにベースも弾けない……子供みたいに駄々をこねてセルアウトすることを拒んで……
     結局あんなダメアルバムを作っちゃった私に三人が愛想を尽かすのも無理はないよな」

   律「はぁ?」

   紬「澪ちゃん……」

   唯「わ、私達はそんなこと思ってなんか……」

   澪「正直に言ってくれていいんだ!! 私が邪魔なんだろう!? 追い出したいんだろう!? 
     だから私からヘロインを奪って、リハビリ施設になんて押し込もうとするんだろう!?
     いいさ……三人の気持ちはよーくわかった!! 確かにありなんじゃないか? こんなダメな私なんかいない方がいい!!
     そうさ、それこそギャンズから梓を呼び戻して四人でやればいいじゃないか!! 
     それでいいじゃないか!! こんな私なんか放っておいて……」

   律「ダメだ……何を言っても聞いてくれそうにない」

   唯「もしかして……またキメてるんじゃ……」

   紬「とにかくこのままじゃ埒があきません。澪ちゃん、ごめんなさいね。えいっ」

   澪「私なんか……私なんか……あっ……」

   紬がどこからか注射器を澪の首筋に突き刺すと、澪は電池が切れたように倒れ込んだ。

   紬「睡眠薬を打ちました。メタドンも配合していますので、少しはヘロインも中和されるはずです。それより早く澪ちゃんを……」

   唯「そうだね……早く運ばないと」

   律「よしっ。ムギ、車はもう外につけてあるんだよな?」

   紬「ええ。抜かりはありません」

   こうして澪は、ドラッグ中毒のリハビリ施設へと半ば強制的に収容されることとなった。



   施設に収容されてからというもの、澪は地獄のような禁断症状に悩まされ続けた。
   そうしてフラッシュバックする過去の思い出。

   律に強制的に軽音部に入部させられたあの日。
   廃部寸前と知って律と二人で部員集めに奔走したこと。
   ムギが入部してくれて律と一緒に喜んだこと。
   唯が入部してくれて廃部を免れたこと。
   皆で唯のギターを買いに行ったこと。
   四人で初めて音を出した瞬間。
   海での合宿。
   顧問のさわ子との出会い。
   初めての文化祭ライヴ。
   皆で楽しく過ごしたクリスマス。
   素晴らしい演奏だった新歓ライヴ。
   そのライヴに感動してくれた梓の入部。
   初めてのレコーディング。
   インディーズでのCDデビュー。



   澪「どうして……どうして思い出すのは昔のことばかりなんだ」

    れはその時が澪にとって最高に楽しく、しあわせな『ふわふわ時間』であったから。

   澪「それなのにどうして……どうして今、私はこんな狭いベッドの上で苦しんでるんだ」

   澪「私は……律とムギと唯と梓と……五人で一緒にいる時間が楽しくて仕方がなくて……そんな仲間と一緒に音をだしていたかっただけなに……」

   澪「ああ……神様お願い……あの軽音部のDream Timeを……私にもう一度……」

   澪「でも違う……そんな時間を壊したのは……誰もない私……。私なんだ……」

   もう決してあの時間を取り戻すことは出来ない。
   そう悟った澪がとった行動は――施設からの脱走だった。



   施設から脱走した澪は辛うじて手元にあったお金で乗車券を買い、東京への新幹線に乗りこんだ。

   ふらつく足取りと思い頭でやっとのことで座席に座ると――

   梓「……澪先輩?」

   なんと隣に座っていたのは誰でもない、今はギャルズ・アンド・ローゼズのギタリストとなった梓であった。

   澪「……梓? どうしてここに……」

   梓「ソロアルバムのプロモーションで地方に行ってたんです。その帰りで……」

   ソロアルバムとは――梓がそこまで出世していたのは、施設に収容され外界の情報からシャットアウトされていた澪にとって初耳だった。

   澪「そう……」

   梓と澪、一時期はよき先輩後輩として放課後ティータイムのサウンド面を支えた仲だったが、衝突の末、今では犬猿の仲のはずだった。
   しかし澪にはなぜか目の前の小さな身体の後輩を、今更憎む気持ちになどなれなかった。

   梓「澪先輩こそどうしてここに? 最近、放課後ティータイムの活動もほとんどしていないみたいですし……」

   世間的には、放課後ティータイムはしばしの充電期間を置く――ということで活動休止扱いになっていた。
   これは紬が、デビューの際にすら使うことを是としなかった自分の家のコネというコネを駆使した結果、
   マスコミに対してとられた鉄のカーテンの如き報道規制のおかげだ。

   澪「ああ……ちょっと……ね」

   梓は澪がうつ病の末のヘロイン中毒という、深い泥沼にハマり込んでいることなど知らない。
   澪は適当にお茶を濁し、焦点の定まらない瞳で梓を見た。

   その後、特に会話を交わすこともなく、犬猿の仲のはずの二人は東京まで座席を隣にした。
   澪は、てっきり梓が血相を変えて席を変えるものだと思っていたが、不思議と梓は澪の隣を離れなかった。

   そして別れの時。そそくさと席を立った澪は、背中に梓の視線を感じた。

   澪「梓」

   梓「はい?」

   澪「ごめんね……」

   梓「え……?」

   それだけ言い残して澪はプラットフォームの人込みの中へ消えていった。


6