ここで話は数年前にさかのぼる。
   秋山澪、田井中律、琴吹紬、平沢唯の4人――所謂『放課後ティータイム』――がまだ桜が丘女子高校の軽音部で活動をしていた時のことだ。
   もっとも当時は、メンバーは4人ではなかったのではあるが。

   ある日いつものように、お茶とお菓子を囲んで雑談に耽っていたメンバーの前に、軽音部の顧問である山中さわ子がこんな話を持ちかけた。

   さわ子「きゃにゅうふぃー♪ きゃにゅうふぃー ざっ はいぶれっ レイインボウ♪っと。さてと、今日は実はちょっとみんなに聞いてほしい話があるの」

   律「なんだよー。新しいコスプレ衣装なら澪で試してくれよなー」

   澪「ちょ、ちょっと……律! へんなこと言わないで!」

   唯「澪ちゃんのメイド服姿、また見たいなー♪」

   紬「見たいなー♪」

   梓「いや……そろそろバンドの練習しましょうよ……」

   さわ子「ときにあなた達……CDデビューしてみない?」

   律澪唯紬梓「えっ?」



   話を聞くと、さわ子の高校時代の軽音部仲間で、今は音楽業界に身を置く人間が、
   この度新しくインディーズレーベルを立ち上げたらしい。

   さわ子「それでね、どこかにいいバンドはいないかってその子に聞かれてて。で、思いついたのがあなた達っていうわけ」

   澪「ちょっと待ってください……。私達、ライヴの経験だって学園祭でくらいしかないし……。CDデビューなんてそんな……」

   さわ子「大丈夫よ。所詮インディーズだし。今は立ち上げたばかりでとにかく所属してくれるバンドがのどから手が出るほど欲しいっていう状況らしいし」

   澪「でもお金が……」

   さわ子「CDの製作費は殆どレーベルで持ってくれるらしいわ」

   澪「いやでも……」

   律「いや、それはおいしい話なんじゃないか? タダ同然で私達のCDが作れるんだぞ?」

   唯「そうだね~。せっかくみんなで楽しく部活やってるんだから、記念として残るようなCD欲しいな~」

   紬「来年の新人勧誘の時に配布して宣伝するのもいいかもしれませんね」

   梓「わ、私もっ!! CD作ってみたいです!!」

   さわ子「アウイエッ! きまりね! それじゃその子には私から連絡しておくから」

   澪「そ、そうか……私達がCDデビュー……」

   梓「これは……いっぱい練習しなくちゃいけませんね」

   紬「音源として残るとなると、中途半端な演奏はできませんからね」

   唯「練習の前にお菓子全部食べちゃおうよ~」

   律「唯はもう少し緊張感を持て! って、さわちゃん、一応聞いとくけどそのレーベルなんてところなの?」

   さわ子「確かボブ・サップ(BOB SUP)っていう名前よ。
       言っておくけど、過度な期待はしないでね? 本当に立ち上げたばかりの弱小レーベルらしいから」


   その後、5人はさわ子の紹介でボブ・サップ・レーベル所属バンドのコンピレーションアルバムに提供するための楽曲『ふわふわ時間』のレコーディングにこぎつけた。
   さわ子の言うとおり、弱小レーベルだけあって借りられるスタジオも小さく、機材も紬の別荘に備え付けられていたそれより貧相とも思えるようなものだったが、
   5人が5人とも初めてのレコーディングを緊張しながらも楽しみ、楽しみながらも真剣にやり遂げたのであった。
   そして数ヶ月後、無事発売されたそのCDの参加アーティストには、『放課後ティータイム』の名が確かに記されていた。

   唯「いやぁ……しかし私達の曲がこうしてCDになるなんて……感慨深いね」

   澪「でも地元の高校生バンドばかりが参加したコンピレーションアルバムだろう?
     はたしてどれだけの人が買ってくれるのかな……」

   律「贅沢は言うなって。CD出せただけでも凄いことだろう?」

   紬「そうですよ♪ 私なんて嬉しくて毎日124回、リピート再生して聴いてます♪」

   梓「クラスの子たちも『凄い凄い』って、とても評判ですよ!」

   さわ子「アウイエッ! そんなあなた達に朗報よ!」

   唯「? さわちゃん?」

   律「いつの間に入ってきたんだ……」

   梓「朗報って……なんですか?」

   さわ子「実はね、あのアルバムの評判、凄くいいらしいの! この辺のレコード店でもどこも完売だって」

   律澪唯紬梓「!」

   さわ子「それでね、アルバムの中でも最も反響の大きかったバンドの名前が……なんと『放課後ティータイム』」

   律澪唯紬梓「!!」

   さわ子「で、ここからが本題よ。私の同級生のそのレーベルの社長がね、放課後ティータイムの単独音源をぜひリリースしたいって!」

   律澪唯紬梓「!!!」

   さわ子「と、いうわけであなた達、お菓子食ってダベってるのもいいけど、しっかりバンドの練習もしてね!
        ミニアルバムにしても5曲はオリジナルが必要よ! ちなみにレコーディングは一か月後!」

   澪「う、嘘だろ……」

   律「私達が……インディーズとはいえ……単独デビュー……?」

   紬「夢みたいです……」

   梓「私……軽音部入ってよかったです……!」

   唯「どうしよう……私、この前追試があったからその勉強したせいでまたCのコードから忘れちゃってるよ……」



   突然のグッドニュースに、5人は戸惑いつつも大いに喜んだ。
   そこから一ヶ月間、5人は普段の「ふわふわ」な部活動風景とは打って変わって、バンドの練習に明け暮れた。
   それはまさにストイックと言っても差支えがないほどの、普段の彼女達からは想像できない姿だったが、
   5人が5人ともレコーディングという大きな目標があることで、練習の苦痛など微塵にも感じていなかった。
   とにかく、軽音部の仲間で音を出すことが楽しい――。
   そして、そんな仲間達と一緒に出した音をもう一度CDに出来る――。
   そんな純粋な思いで、5人の頭の中は一杯だった。

   そしてやって来たレコーディング。
   澪と紬がこの日のために作ったオリジナル数曲と『ふわふわ時間』『私の恋はホッチキス』といった既存の曲を、
   5人は2日間という短い期間でレコーディングしてみせた。
   決して良いとはいえない音質、アレンジの甘さも窺える楽曲、技術的に未熟な演奏……それでもなお、それらの未完成な部分を補って余りある、
   キラキラとしたエネルギーと輝く希望が詰まったアルバム『放課後ティータイム』が完成したのだ。


   律「あの頃は楽しかったよな……」

   唯「うん……。CDも最初はあまり売れなかったけど……少しずつ学校以外のライヴハウスとかでも演奏できるようになって」

   紬「澪ちゃんも楽しそうでしたし……」

   律「それに梓も……」

   唯「いつからこんな風になっちゃったんだろう……」

   紬「それはやはり――」


   アルバムの売り上げは必ずしも思わしいものではなかった。
   それでも、少しずつではあるが放課後ティータイムには地元のライヴハウスで演奏をする機会が増えてきた。
   律が言うところの「目指せ! 武道館!」の目標はまだまだ遠かったものの、
   ライヴハウスで自分達の学校の人間以外のオーディエンスに向けて曲を演奏することは、5人にとって新鮮であり、そして何よりも成長の糧となった。


   律「だけど……本当に楽しかったのはそこまでだったんだ」


    いつの頃からか、放課後ティータイムのライヴにはライヴハウスが満員になるほどの客が入るようになっていたのだ。


   紬「たしか……私達がインディーズ専門の音楽雑誌に紹介されたのがきっかけでしたね」


    『とびきりの美少女バンドあらわる!』――そう題された雑誌の記事にはバンドの説明やリリースされて程ないアルバムの紹介もそこそこに、
   ベースを構えて凛々しくマイクに向かう澪の写真が大きく掲載されていた。


   唯「女の子だけのバンドなんて……珍しかったからね」


   要するに放課後ティータイムの曲や演奏でなく『彼女達自身』に何らかの偶像的なモノを見出したファン達が集まり始めたのだ。


   律「あん時の澪の人気は凄かったなぁ……」


   もともと整った顔立ちにモデルのような身体つき、そしてバンドではボーカルもこなし、反面、歌詞ではちょっと可愛らしい面も覗かせる
   ――そんな意外性を持つヒロイン、澪の人気はうなぎ登りであった。
   そしてライヴへの集客と比例するかのように、当初は伸び悩んでいたアルバムの売り上げが爆発的に伸びたのだ。

   さわ子「アウイエッ! ちょっとちょっと! すごいじゃないあなた達!
       『放課後ティータイム』、ついにオリコンのインディーズアルバムランキング1位よ!?」

   律「これは……マジで夢じゃないかもな武道館……」

   唯「わわ~、頬をつねってみてもちゃんと痛いし。律ちゃん! これは夢じゃないんだよ!」

   紬「今年のフジロックにも出演依頼が来ましたしね。ちょうど夏休みですし良かったです♪」

   梓「フジロック……私、憧れたんです……」

   律「それもこれも全部澪のおかげだな!! お前のおかげで私達も一躍ロックスター候補だ!!」

   唯「またインディーズ雑誌の表紙飾ったしね! すごいよ、澪ちゃん」

   紬「新曲の歌詞も評判ですしね」

   梓「澪先輩……尊敬します……」

   澪「……あ、ああ。そうだな……」

    思えばこの時から既に澪の様子は、おかしくなる兆しを見せていたのだ。



   そしてついに来るべき時がやって来た。
   とある日のライヴ後、楽屋で談笑しながら紬の用意したお茶とお菓子でしばしの休息を楽しんでいた5人の前に、
   とあるメジャーレコード会社の担当者を名乗る人間が現れた。
   そこで語られたのは他でもない、メジャーレーベルへの移籍話であった。 
   勿論、5人は自分達に成功のキッカケを与えてくれたさわ子やバンドを見出してくれたボブ・サップ・レーベルを裏切る形になることは認識しており、
   メジャー進出の話に即座に首を縦に振る気にはなれなかった。だが――

   さわ子「アウイエッ! そんなの気にする必要はないわ。
       みんながメジャーデビューして……学生時代の私がかなえなれなかった夢をかなえようとしているなんて、
       これほど嬉しいことはないもの」

   と、いうさわ子の言葉に後押しされた。
   そして、ボブ・サップ・レーベルにも、所属バンドの出世を素直に喜ぶだけの器量が備わっていた。
   『放課後ティータイム、満を持してのメジャー進出!!』――このニュースが世の音楽雑誌やインターネットにて一斉に報道されたのは、そのすぐ後のことだった。


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