優しい声が聞こえる。

私は瞼をうっすらと開き声がした方向に顔を向ける。

「……ね、聞いてた?」

優しい声の主は私を悲しい目で見ている。

紬(この人は誰だろう?)

口に出して言おうとしたがダメだ声が出ない。

「……寝てたの?」

辺りを見渡す。
どうやら此処は教室のようだ。

私は教室で居眠りをしていたみたい。

頷くと彼女はニッコリと笑った。

「目ちゃんと覚めてる?」

もう一度、頷く。

「じゃあ……話の続きをするね」

私は彼女とお話をしていたみたいだ。

何をお話ししていたのか分からないけど……きっと私は寝ぼけてるんだろう。

「今、私達が生きて感じている世界はひょっとして夢なんじゃないかな?」

そっか……夢のお話しをしていたんだ。

彼女の手を握る。

「そうだね……私達は今お互いを見て、感じている」

彼女も私の手を握る。

「それに、こうやって手を伸ばせば触れる事も出来る。この感覚はリアルだよね」

彼女は続けて言う。

「でもね……この感覚だって結局は脳が感じている事。その脳が夢を見ていたら…?」


今の彼女の目はさっきまでとは違い希望に満ち溢れた目をしている。

「今、自分が起きているのか、夢を見ているのか本当の事は誰も分からない……。」

欠伸を我慢して熱心に彼女の話を聞く。

私を眠くさせる彼女の声はまるで魔法のようだ。
別に話がつまらないと言う分けではない。

出来れば彼女の話しを永遠に聞いていたい。

「夢はさ、無意識が生み出す“見たい”と思ったイメージなんだよ」

彼女はより強く私の手を握る。

「あのね、こうしてアナタと幸せに生きている私、これは私の無意識が生み出したイメージなのかも知れない」

優しい風が吹く。
彼女の髪がなびいてとっても綺麗だ。

「そんな理想が生み出した世界だから、アナタはこんなに近くにいてくれて私はこんなに幸せでいられるのかもしれない」

私の頬を軽く撫でる。

「だって、夢の中なら何でも許されちゃうもん」

「私が我が儘を言ってもアナタは笑って許してくれる。そんな世界を私が望んだのかも」

「アナタは幸せ?」

私は首を横に振る。

「じゃあ私と一緒にいる時は幸せ?」

首を立てに振る。

「そっか……ありがとう嬉しいよ」

だんだんと瞼が重くなって行く。
頭がボーッとして何だかとてもいい気持ち。

「また、寝るの?」

コクリと頷き机に俯せる。

「いい夢見られるといいね」

「私も今日いい夢を見たんだアナタと一緒にいる夢……」

瞼を閉じる。

「アナタの頭上に綺麗な光の玉が浮かんでてさ」

「その玉から白い布が垂れて下がって来てね……」

意識が遠退いて行く…。

「アナタがその布を触ったかと思うとその布はアナタの背中に張り付いて翼になった」

「アナタは宙に浮かんでとっても楽しそうだった」

「私に手を差し出して……私がその手を握ろうとした瞬間に目が覚めた」

「寝たかな?……おやすみなさい」

「この夢が実現したらいいな……」

~~~


「……おい」

声が聞こえる……今度は嫌な声。

「おい!」

目を開き声がした方向に顔を向ける。

「起きるの遅いんだよ」

今度は知っている顔。
私が毎日見たくないと思う顔だ。

紬「……夢だったんだ」

「はぁ?何言ってんの?」

彼女は怪訝そうな目で私を見て何かを頭にかけた。

「消しゴムのカスだよー!」

私は俯いて頭に付いた消しゴムのカスを手で払う。

「何してんの?私がせっかく綺麗にコーディネートしてあげてんのに」

紬「………………」

私を夢から覚まさせてくれたのは私をイジメてる女の子だった。

中学三年になってから私は彼女にイジメられるようになった。

私がイジメられるようになった理由は私の父が彼女の父親をクビにしたからだ。

「ちょっとトイレ行こうよ」

私は首を大きく横に振る。
彼女は私の肩を強く強く握った。

紬「い……痛いわ」

「拒否すんなよ早く来いよ!」

私は何も抵抗出来ずに彼女に無理矢理トイレへ連れて行かれた。

トイレには誰もいない。

「ここに入れよ」

彼女はトイレの個室を指を指して言った。

紬「……どうして?」

「いいから入れよ!」

彼女から背中を叩かれた私は渋々トイレの個室へと入った。

「出てくんなよ!」

彼女はドアを勢いよく閉める……何処かから何かを取り出す音が聞こえた。

続いて蛇口が捻られる音……水が流れる音。

彼女がしようとしてる事がわかった。

ドアを開こうとし逃げようとした瞬間、冷たい水が上から降ってきた。

「アハハハハハハざまぁみろ!」

彼女はドアの向こうで楽しそうに笑っている。

私の父親が彼女の父親にした事に比べれば……まだ耐えられる。

「じゃあその格好で帰るんだよー」

彼女は帰って行った。

紬「びしょびしょね…」

上着を脱ぐ。

紬「あ……」

上着を着なおす、上着を着ていないとダメだ。
シャツが透けてブラジャーがまる見えだ。

紬「はぁ……」

濡れたままトイレを出て教室へ戻る。

他の生徒達が私を見てクスクスと笑っている。

私には友達がいない……一人ぼっちだ。

何故、私には友達がいないか分かっている。

私の父親が私の父親をクビにした事をみんなに喋ったからだ。

それだけじゃない……彼女は父親がクビになった後の事もみんなに喋った。

お肉が食べれない、マンションから借家に引っ越した。彼女の父親が300万の借家を残して自殺した事も……。

彼女を憐れんだ人達は私を嫌い除け者にした。

私がイジメられてる現場を見ても立ち止まり笑った。

でも、私は彼女を怨んでいない。
彼女の父親が死んだと聞かされた時、胸が酷く痛んだ。

お父様に何故クビにしたか?と聞いても「子供には関係の無い話だ」この一点張りでクビにした理由を話そうとしない。


私のお父様は仕事熱心だ。
社長だから当たり前なのかも知れない。

私はお父様に言った事がある。
アナタがクビにしたせいでクラスメイトの父親が死んだと。

お父様は顔色を変えずに「だからなんだ?出て行け」と私に言った。

きっと仕事に打ち込み過ぎて人としての心を失ってしまったんだと思う。
悲しい人。

カバンから蜂蜜の壷を持ったくまが描かれているタオルを取り出す。
そして頭を拭う。

紬「帰らなくちゃ」

タオルを肩に掛けてカバンを持つ。

早足で教室を後にし学校の校門を抜けた。


帰り道をゆっくりと歩く。
服が家に帰るまでに渇くようにね。

私はまだイジメられている事を家族には言ってない。

いや、言えない。
私をイジメている彼女事もある……それにお父様のせいでイジメられている何て言ったらきっと悲しむ。

お父様もお母様も悲しむ。
それに最近の二人は良く喧嘩しているから火に油を注ぐようなマネはしたくはない。

斎藤「お帰りなさいませ紬お嬢様」

玄関を開けると斎藤が1番に挨拶をして来た。

紬「お帰りなさい」

靴を脱ぎ自分の部屋へ行く。
服はもう渇いているから何も言われずに済んだ。

制服を脱いで部屋着に着替える。

「紬お嬢様入ってよろしいですか?」

部屋の向こうから声が聞こえる。

紬「えぇ、入っていいわよ」

ドアが開きお手伝いさんが私に一礼。

「制服を取りに来ました」

制服をお手伝いさんに渡す。

「ありがとうございます」

そう言ってお手伝いさんは出て行った。

疲れる……。
家に帰っても何かしらお手伝いさんや斎藤が私に気を使って話しかけて来る。

だから私も彼らに気を使ってしまう。

もう少し私の事は私にまかせて欲しいのに。

だけど、私にも安息の時間はある。
ピアノを弾いてる時やお風呂に入っている時。

……夕食の時間までピアノを弾いて時間を潰していようかな。

斎藤「紬様夕食の時間です」

私はピアノを弾くのを止めた。
部屋から出ると斎藤が待っていた。

紬「ありがとう」

斎藤「いえ、では食卓へ参りましょう」

斎藤はスタスタと歩いて行く。
私もそれに着いて行った。

食卓にはお母様とお父様を取り囲むように数人の人達が座っている。

私はお母様の横に座りエプロンを首に掛ける。

父親「それではみんな揃った事だし、いただきますかな」

お父様はワイングラスを片手に持ちお母様と乾杯をした。

それが終わると食卓に座っていた人達もお互いにワイングラスを持ち乾杯し始めた。

勿論、私も乾杯をした。
もう小さい頃から何度もやっているから慣れている。
たまには家族で食卓を囲みたいなぁ……。

食事が終わり私はお父様の知り合いの人達に挨拶をしながらお風呂場に向かった。

早くお風呂に入りたい。

「紬ちゃんこんばんは」

紬「こんばんは……」

初老の男性に挨拶をする。

私は逃げる様に初老の男性から離れる。
私は彼を知っている。

あの初老の男性は会社の重役らしく家に毎日来ている。

そして……私が将来結婚する事になっている男性のおじいちゃんでもある。

許婚って奴よ。
私にはまるで自由が無い。
将来、結婚する相手も決められない。
いざって時は逃げる予定だけどね。

多分、許婚と結婚したく無いと言ってもお父様は聞く耳持たないだろう。

私にも自由が欲しい。

許婚もいなくて好きな時に外に行けて。
友達と(友達はいないけど)一緒に遊んだりしたい。

もう中学三年だよ?
ある程度の自由が与えられていい頃だと思う。

こんな家に縛り付けられて毎日が嫌になる。

この事をお父様に言いたい……けどお父様が私に言う言葉は想像が付く。

「我が儘を言うな!これは教育だ」こう言うに決まってる。


やっとお風呂場に着いた。

服を脱いで洗濯籠に入れる。

そして、体と頭を洗い私には大き過ぎる浴槽に浸かる。

紬「ふぅ…………」

温かいお湯が一日の疲れを癒す。

紬「………………」

お風呂から上がったら、またピアノでも弾こう。
ピアノを弾いてたら時間が過ぎるのはあっという間だから。

お風呂から上がりバスローブに着替え真っ先に自分の部屋に向かう。

これから寝るまでは一人の時間だ。

何の汚れのないグランドピアノを見る。

毎日、私が手入れをしてるこのグランドピアノは私の1番の宝物だ。

椅子に座りピアノを弾き始める。
この時が1番幸せだな。

時計を見る。
時刻は11時を過ぎていた。

ピアノを弾くのに夢中になっていた。
そろそろ寝ようかな。

ベットに横になり目を閉じる。
そう言えば……今日、学校で見た夢。

凄く不思議な夢だったな。
あの人の手の感触も凄くリアルだった。

でも結局、誰だったんだろう?
知りたいな……。

可愛い顔をしていた髪にヘアピンをしていた。
笑顔もキュートだった。

もう一度あの人の夢を見れたらいいな。

紬「おやすみなさい」

おやすみなさい………。


~~~

「おーい起きろよ!」

声が聞こえる……。

誰かが私の体を揺さぶる。
目を開いて声の主を見る。
カチューシャを着けた元気そうな女の子が私の目の前にいた。

「よっ!」

誰なの?また声が出ない。

「遊ぼうぜ!」

彼女は私の手をグイグイ引っ張る。

ここで私は気が付いた……これは夢だ。

「早く立ってよ!ピアノ弾こうぜー」

私は立ち上がり彼女と一緒に椅子に座る。

「よーし!まずは弾いてみてよ」

頷き鍵盤に指を置く。
一呼吸置いて私はピアノを弾き始めた。

弾き終わり彼女を見る。

「うはー!すげー」

何でだろう……彼女と一緒にいると凄く安心する。

「やっぱりピアノ弾くのやめた!」

私は困惑の表情を浮かべて見せた。
声が出ないから、彼女とコミュニケーションをとる唯一の方法だ。

「あ……何で弾かないのかって思った?」

頷く、彼女は私に手を見せて指をウネウネと動かした。

「私こうやって指をチマチマ動かすの嫌いなんだ!」

指を動かすのを止め次は何かを叩く仕草をした。

首を傾げる。

「あー分からないか?この仕草を見て」

まったく分からない。

「そうだなー…まぁいっか!」

良くない、出来れば教えて欲しい。

「あ、もうそろそろ起きなきゃヤバイんじゃないのか?」

時計を見る……7時だ。

頷くと彼女は飛びっきりの笑顔を私に見せた。

「そっか、じゃあな!また会えたら会おうな」

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