『唯憂「愛のためいき!」』



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唯「モモ~クリさ~ん年っ、カキは~ち~年~♪」

憂「あ、あの歌だね」

唯憂「ユズは九年でなり下がる、ナシ~の~バカめが~♪」

唯憂「じゅうは~ち~ねん~♪」

憂「ららら~♪」

唯「あいの~実り~は」

――――――



和「入るわよ、憂」

憂がノックに応じないのはいつものことだ。

それでも私は一応断ってから病室に入る。

憂「やっぱりお姉ちゃんは歌が上手だね」

憂「いや~それほどでも~でへへ」

そしてこれもいつものこと。

でもそろそろ私に気がつく頃じゃないかな。

憂「あ、和さん! 来てくれたんですか。わざわざすみません」

和「いいのよ。憂は働き者なんだから、入院生活なんて退屈でしょ?」

憂「そうなんですよ~。まったく過労で入院だなんて大げさですよね」

お見舞いの果物を渡すと憂は屈託の無い笑顔をくれる。本当に唯にそっくりだな。

憂「でも今日はお姉ちゃんも来てくれて……あれ? さっきまでいたのに……帰っちゃったのかな」

もちろん、憂が入院した原因は過労なんかじゃない。

心の病だ。

三ヶ月前、合宿でムギの別荘へ向かう軽音楽部を乗せた列車が脱線事故を起こした。

唯、律、澪は即死。

ムギは救出されたが搬送先で死亡。

知らせを聞いて病院に駆けつけた憂はその場で倒れたらしい。



それから一ケ月、憂は全く学校に来なくなった。

一度だけ訪ねてみたが、かつての快活さの欠片も無い抜け殻のような憂を見るのが辛くてすぐに部屋を出てしまった。

こんな時どうすればいいのかわからない。

唯の、そして憂の幼馴染でもある私なのに……

情けなさに歯噛みし、今さらながら唯を失った悲しみに私は涙をこぼした。  

悪いことは重なる。

軽音楽部で唯一、奇跡的に軽傷で救助された梓が自殺した。

家から少し離れた公園で、自ら首を掻き切って土に埋まった死体が見つかったそうだ。

常軌を逸した死に方だが、彼女のクラスメートによれば事故以来梓の様子はおかしかったという。

敬愛する先輩を一度に四人も失い、自分一人が生き残った。

それが梓の心にどのような揺さぶりを与えたのか。

今となってはもうわからない。



そしてまた一つ事態が動く。

梓の死体が発見されてから二日後、憂は学校に出てきた。

梓の死を憂がどのように受け止めたのか、それも私にはわからない。



憂「あ、和さん。おはようございます」

和「ああ憂。おはよう」

いずれにせよその次の日から、私は憂と一緒に登校するようになった。

以前と変わらない利発そうな笑顔で私に挨拶をする憂。



和「元気そうね。安心したわ」

憂「え? ああ……梓ちゃん、本当に残念でしたね……」

和「そうね。やっぱりショックが大きかったんでしょうね」

憂「うん……あずにゃんどうして自殺なんか……うう、ぐすっ」

和「憂……ごめんね。元気そうだなんて無神経なこと言って」

憂「ううん、大丈夫だよ和ちゃん」

憂「お姉ちゃん、元気出してね」

和「……え?」

憂の精神が取り返しのつかないことになっている。

それは数日のうちに周知となった。

入院した憂の症状は一進一退。

しかし一ヶ月ほどで安定期に入り、他人の前で『唯』が出てくることは少なくなった。



憂「空のため息星くずが~ヒトデと~♪」

憂「ヒトデと?」

憂「出会って~♪」

憂「出会って~♪」



憂「和さん」

和「どうしたの?」

憂「この世で本当に愛し合った少女達だけが、コトブキ座行きの列車に乗れるんです」

和「……」

駄目だ。

憂「コトブキ座の入り口では、ジム・モリソンが、私達のために『Lovely Sister LOVE』を歌って、歓迎してくれるんです」

言っちゃ駄目。

和「……そうなんだ」

駄目

憂「そうなんです」

和「それ……」

言うな!

和「――妄想じゃ、ないの?」



すぐに私は我に返り、後悔した。何て迂闊なことを言ってしまったんだろう。

私自身の精神の疲れなんか言い訳にならない。

それは憂が見つけた最後の拠り所なんだ。

心の中にある唯との楽園。

それを奪う権利なんて、私にはない。

たとえ妄想の中に逃げ込む親友の妹に対してやりきれない思いを抱えていたとしても。

しかし

憂「違いますよ? 本当です」

憂は揺らがなかった。

和「あ、はは……あはははは」

憂「うふふふふふ」

私も憂も笑っていた。

憂の心はもうバラバラに崩れ去っている。

そしてその瓦礫は新しく、とても強固に積み重ねられていた。

もう何があっても崩れないように。



憂は二度と元には戻らないだろう。

それこそ、死んでいったみんなが帰ってこないように。

それならば私はいつまでも憂の側にいよう。

私は唯の、憂の親友なんだから。



憂「おくま~んねん♪」



おしまい!



終わります。
和「唯、頭をよくしてあげるわ」
澪「蜘蛛の糸」
紬「花園!」
唯「モブキャラが手を噛むので」
梓「さらばさわ子」
はお蔵入りということで。
お目汚し失礼しました。