『律澪「パリは恋の都!」』



律「来たぜ、おおパリ!」

澪「あ、あんまり大きい声出すなよ……」

律「ん、悪い悪い、でもまあいいじゃんか。私が注目浴びるだけだろ」

澪「そりゃそうだけど……ほら、あの女の人が変な目で見てるぞ」

律「ああ? 何だコラやんのかパリジェンヌ!」

澪「仕方ないだろ、はたからみたらお前一人で騒いでるんだから」

――澪は亡霊だった。



夏休み、私と澪はパリへの旅行を計画していた。

海外旅行なんて一大イベントを前に相当浮かれた気分だったことは否定できない。

澪も同じだった。

買い物の帰り道、澪は私の目の前でトラックに轢かれ、すぐに立ち上がった。

足下で原型を留めていない自分の体をぽかんと眺めながら。

そういうわけで、予定通りにパリに来たというわけだ。

律「ったく、こんなかわいい娘が見えないなんてな。エクトプラズムだけど」

澪「いやエクトプラズムじゃないだろ、たぶん」

律「しかし怖がりの澪が幽霊になるとはなー」

澪「まあ、確かに」



シャンゼリゼ通りを練り歩いた。

律「ほーさすが恋の道、カップルだらけだぜ」

澪「そうだなー」

律「澪と私もカップルに見えるかな」

澪「お、おいバカ!変なこと言うなよ!」

律「照れちゃってかーわいー」

澪「もうバカ律!」



まあ周りには澪自体見えないわけだけど。



律「凱旋門だー!」

澪「かっこいいなー」

律「メトロも乗るぜー!」

澪「おー」

律「フレンチキスしよーぜ!」

澪「言っとくけど周りから見たらお前一人で舌ベロベロする変な人だからな」



つっこみに気をとられ、キス自体は否定しないのが澪だった。



セーヌ川に架る新橋(ポン・ヌフ)の上、半円形に張り出したバルコニーから川面を眺めた。

律「なあ澪」

澪「ん?」

律「寂しくないか」

澪「……」

澪が少し薄くなった。

律「唯やムギにも見えなくなっちゃってさ」

澪「大丈夫だよ」

顔を上げた澪は優しげに微笑んでいた。

澪「律が見ていてくれたから」

律「そっか」

澪「だから」

――私の後を追おうなんて考えるなよ。



律「はは、そんなことしないさ。いつかは行くけどな」

澪「ふふ、気長に待ってるよ」

また薄くなった。

あの時、澪が立ち上がったのは、私が。

澪「みんなにもよろしくな」

私が、澪は、もう助からないってわかって。

澪「私は幸せだったよ、まさか死んでからパリに来られるなんてな」

でも、それがわからなくて。

澪「そんなこと無いよ律。私は確かにここでお前と話してる」

律「そうだ、そうだよな」

妄想なんかじゃない、確かに澪はここにいるんだ。

律「行くのか」

澪「……」

律「セーヌの流れに消えるのか」

澪「ふふ、そう言うとかっこいいな」

ほとんど見えないくらいに薄くなった。



あの時澪は即死だった。

葬儀の場、唯は泣きじゃくるし、ムギはずっと涙を堪えて慰めていたが、私はまるで泣かなかった。

澪は私の横でずっとおろおろしていた。

私にしか見えていない。

みんなには私が親友の死を前にして気丈に振る舞っているように見えたかもしれない。

でも、そうじゃない。澪すぐそばにいて、ちっとも悲しくなかっただけだ。



澪「律」

律「ん?」

澪「ありがとう」

律「私の台詞だよ」

澪は完全に消えた。

やっと私は泣いた。



日本に帰ってきた私は、初めて澪の墓に参った。

律「澪、改めてお礼言うよ」

律「お陰できちんと気持ちの整理がついた」

律「お前が幽霊になってくれなかったらほんとに後追ってたかも……なんてな~」

律「やっぱりお前は私の親友だったよ」

律「ありがとう」

澪「……ちょっと恥ずかしいんだけど」

律「ん? ……えええ!? お前消えたんじゃないのか!」

澪「よくわかんないけど出てきちゃった」

律「……はは~ん、やっぱり寂しかったんだな~?」

澪「ち、違う!」

律「照れんなって~」

澪「りぃつぅ~!」

おしまい!



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