私たちは、夜の海にいた。
あたたかさが感じられるようになった頃。桜が開き始める頃。
何がきっかけだったかは分からない。
きっといつものように律先輩が言い出したんだろう。
どうやってここまで来たか分からない。
きっと先輩たちに連れられて、いつの間にか着いちゃったんだろう。
海には他に誰も居なかった。
暗くてお互いの顔がやっと見れるくらいだった。
でもそれで十分だった。私たちのことが見れれば十分だった。
5人だけの海を占領して、私たちははしゃいでいた。

「じゃーん!りっちゃん特製花火だよん!」

「わーすごーい!」

「特製花火って…どう見てもそこのドンキで買ったやつだろ」

「ドンキってなあに?」

「知らないんですか…」

「何を言うか澪!これには光る虫よけ腕輪までついてるんだぞ!」

「はいはい」

「りっちゃん、それ私が欲しいっす!」

「え、すごい!折ると光るの!?あーん私も欲しい」

「もう、二人ともそんなにはしゃがなくても5つありますから」

「じゃあこのピンクのは、あずにゃんにあげるからね!」

「ありがとーございます」

「打ち上げ花火もたくさん買ってきたからな!」

「本当にたくさん買ってきたな」

「知ってるか?打ち上げ花火を道路の溝んとこに入れると、ドカンとでっかい音が…」

「やめろよ。絶対やめろよ」

「さすが律先輩。小学生男子ですね」

「なんだとおー!?」

くすくす、と笑いが漏れる。
私も律先輩に首を軽く絞められながら、きゃーっと笑う。
何だか今日はみんな変だ。いつもと違う場所だから。
いつもと違う時間だから。いつもと違う春だから。
誰も居ない春の海で花火なんて、変な話だから。

「唯、火くれ、火」

「あいさりっちゃん隊員!」

「ありがとう!この火、絶対無駄にしないからな…!」

「まったく花火くらいで大袈裟な…あ、わあああああ」

「すごいわ澪ちゃん!見て見て、こっちも綺麗ー」

「うわっムギ先輩危ないですよ」

「ムギちゃん、そのまま回してみて」

「え、こうかしら?」

「もっともっと!こんな風に!」

「こう?」

「もっともっと!そう!」

大きな光の円がふたつできる。

「ほら、あずにゃんもやりなよ~」

「私はそんな幼稚な形はやりません」

「おおっハート型!?」

「おお、綺麗だなー。よし、じゃあ私は星をかくぞー」

「ええ、ええと私は……ああっなんだこれ」

光の線で、いろいろな形ができては消えていく。途切れる事はない。
丸、星、ハート、十字、アルファベット、よくわからないギザギザ
ふらふらした5線符みたいなもの。

「あっ消えちゃう」

「あずにゃん、こっちこっち」

「ありがとうございます」

「すぐ消えるなこの花火」

「よーし私は本数増やしちゃうよん」

「あっこら」

「ムギちゃん、5本持ちとはやるね!」

「うふふ、楽しいわねーこれ」

「なにー。よし、こっちは両手で大回転だぞー!」

「あーりっちゃんずるい!私も」

「私もやってやるです!」

「ふふ、こーらこっちむけるなよ」

「あら、みてみてこれ光がすごい!」

「綺麗だねー」

「そうですね」

赤、青、黄、緑、紫
光がくるくる舞い踊る
回転して、弾けて、
消えそうになったらまた繋いで
ばかみたいに笑って、はしゃいで、駆け回る

「打ち上げ花火しようよ」

「待て唯。あれやろうぜあれ」

「あれ?…ああ!そうだね」

「1年生の時の合宿みたいだな」

「うふふ、手伝うわ」

「?」

あれ、とは一体何だろう。先輩たちはせっせと打ち上げ花火を並べ始めた。

「あの、一体何が始まるんですか」

「ふっふっふ、まああずにゃんはそこに座っててよ」

「はあ…」

「よし、できた。ムギそっちな!」

「うん!まかせて!」

花火の列は並び続け、やがて完成した。
律先輩は打ち上げ花火の列の端へ。ムギ先輩は反対側の端へ。
唯先輩と澪先輩は列の前へ。ギターとベースを持つ格好をとる。後ろに視線を送る
いいよ、とうなづく。後ろの二人はそれに答える。みんな、笑顔になる。
ああ、そっか。ここは。これは。

「「せーの!」」

音がはじける。光が視界を埋める

「それじゃあ、聴いて下さい!『ふわふわ時間』!!」

唯先輩のコール。その声と同時に、律先輩とムギ先輩が定位置につく。
聴いて下さいと言ったけど、誰も楽器は持っていない
けど、そんなの関係ない。嫌でも頭が再生する。
少しだらけながら、それでも毎日のように弾いてきたんだから。
まずギター。ここでベース。
で、次ドラム。キーボード。澪先輩が歌い始める。
一緒に口ずさもう。そう思ったけど忘れた。見惚れてた。
ひとつひとつの動作、音、全部見ていたい。聴いていたい。きれい。きれい。
でもそれ以上に弾きたい。弾きたい。一緒に演奏したい!
唯先輩がこちらを見る。まるで私の心を読んだみたいだ。
こっちに手を伸ばす。にっこりと笑う。私もきっと同じ顔してる。

「おいで!」

「はいっ!」

すぐにでも飛び出す準備は出来ていた。私の位置に立つ。ギターをもつ。かっこうだけだけど。
あーあー かーみーさまー おーねーがいー ふたりーだーけーのー
どりーむーたいむ くだーさーいー
思いっきりかき鳴らす
ふわふわ時間 ふわふわ時間
曲が終わる。カンカンカン、とスティックの小気味いい音が鳴る。

「アンコール!アンコール!」

セルフアンコール?なんだそれ。でも私も終わる気はない。
唯先輩がいたずらっ子のようににやっと笑う。

「じゃあ次の曲、『私の恋はホッチキス』!」

やれやれ。始まりは軽いノリで、知らないうちに熱くなってやりましょう。
もうなにが何だか分かんないんですから。
2曲目、3曲目、4曲目、と終わらずに続いていく。とっくに打ち上げ花火は消えていた。



……………………

もはや数え切れない曲数のライブを終えて、私たちは砂浜に寝そべっていた。
まだ残っていたロウソクを中心にして、円になっていた。
疲れた。叫んで腕を回して。でも心地良い。

「何曲やったのかなー」

「もう分っかんねー」

「疲れたー」

「誰だーアンコールなんかしたの」

「私だ」

「お前か!」

「でも、すごく楽しかった!ね、あずにゃん」

「はい」

えへへっと笑いながら、ごろんと体を横に向ける。唯先輩と目が合った。
同時にふふっと笑う。

「…………」

何となく、沈黙が走る。お互い相手の様子を窺ってる。

「えいっ」

先輩は私の腕をちょんとつついてきた。そうきたか。
何がそんなに嬉しいのか、にししって笑ってる。

「なに笑ってるんですか。それっ」

仕返しをしてやる。先輩の腕をつつく。
頬をつつき返される。ちょん。ふふふふ。
じゃあこっちも。ちょん。きゃー
今度はおへそをつつかれる。むう。そこか。
じゃあ脇腹だ。

「うひゃあっ」

先輩がくすぐったそうに身をよじる。どうやら弱いとこだったらしい。

(もー、そこはだめだよあずにゃん)

ひそひそ声で訴えてきた。
別にひそひそ声でしゃべる必要なんてないんだけど
でもなぜかなってる時ってあるよね

(先輩が先にやってきたんじゃないですか)

(そうだけど。…えいっ!)

脇に手が伸びてくる。必死に阻止するべく体を縮める。

(ほーら抵抗しても無駄だよ)

(にゃははは…っちょっ)

「くすぐったいです、ギブギブあはははは!」



「なにイチャイチャしてんだお前ら」

反対側の律先輩が呆れた声でツッコんだ。あはははは

「まったく急に静かになったと思えばっ…きゃあっ!?」

いきなり律先輩が悲鳴をあげた。しかも「きゃあっ」だ。
なんて女の子らしい。似合わない。でもちょっとかわいい。

「い、いきなり何するんだ澪!」

「いや、何か律の背中見てたらいたずらしたくなって」

悲鳴を起こさせた犯人は澪先輩だった。意外すぎる。
先輩も少しハイになってるのかも。目めっちゃキラキラしてるし。
この人は一見常識人のようで、一番突拍子もないことをする人だ

「私、友だちとくすぐりあいっこするのが夢だったの」

「ひゃあっ!む、ムギ!?」

あ、訂正。「一番」はこっちだった。一番読めないのはムギ先輩だった。

「あずにゃん、ボーッとしてていいのかな?」

「ひゃっ!」

ちょっと、やめ、み、みみは反則

「うふふ、じゃあ私もりっちゃんの脇腹を」

「ちょっやーめろ、やめろって。あははははは、このっ仕返しっ!」

「きゃあー♪」

「じゃあ、私は律のカチューシュを」

「あ、ばかっ返せっ」

「あははりっちゃんかーわいー」

砂浜でごろごろ笑い転げる。
まったくせわしなくて仕方ないんだから。
4人とも年上だけど、なんだかかわいいなって思ってしまった。
今は別に学年も先輩も後輩もない気がした。
学校とか町とか社会とかそんなの全部関係ないの。
ひとしきりきゃーきゃー言ったら笑い疲れた。冷たい風が気持ち良い。
皆ぼんやりと空を眺めていた。どんだけ笑ってたんだ。
腹筋が鍛えられてしまった。明日になったら割れちゃうんじゃないか。
明日。明日って何だっけ。明日って言葉がいやに非現実的だ。
来るんだっけ。来ないんだっけ。いや来るけど。なんか信じられない。
これは夢なんだろうか。
人間は一晩にたくさん夢を見るって言うけど、これもそのひとつなんじゃないかな。
しばらく、沈黙が続く。でも嫌じゃない。心地良い。



ざ―――――――………
波の音が耳を撫でていく。

「…………」

少し眠たくなってきたかも。目を擦る。

「……ねえ」

「ん?」

唯先輩が、口を開いた

「私たちも、大人になっていくのかな」

「何だよ急に」

「ううん、ただ何となく」

先輩の横顔を見る。空をじっと見詰めてる。何を考えてるんだろう。分かんない。

「大人、か。何だか考えられないけど」

「まあ、まずは大学だよな」

「そうね」

「大学生って、バイトとかするんだよな…」

「澪、バイトちゃんとできるかー?」

「な…ちゃ、ちゃんとできるって!」

「でも澪ちゃん、ライブして度胸ついてきたから大丈夫なんじゃない?」

「そうそう。いつの間にか人気店員のひとりになってたりしてねー」

「あはは。先輩目当てのお客さんとかできそうですね」

「おしゃれもしたりするのかなあ」

「うーん。おしゃれかあ…なんだか恥ずかしいな」

「でも、唯ちゃんっておしゃれしたら凄く変わりそう」

「あー分かる分かる。ヘアピン外してストパーかけてみたら大人っぽくなるんじゃね?」

「ほんと?ふふふ、ちょっと研究してみようかな」

「大人っぽい唯先輩…」

「おっと、梓さん。想像して赤くなってるんじゃないか?」

「な、なんで赤くなるんですか!」

「あずにゃーん♪」

「やめてくださいっ!砂でじゃりじゃりしますから!」

「飲み会っていうのもあるのよね」

「お酒っておいしいのかな?」

「さあ…飲んだことないから分からないな」

「みんなお子ちゃまでしゅねー」

「なっ…未成年だから飲んじゃダメに決まってるだろ!」

「りっちゃんは飲んだことあるの?」

「ふふ…小5の正月が私のデビューだったぜ」

「でも、りっちゃんって実はお酒弱そうだよね」

「なっ…なんでだよ」

「実は泣き上戸で甘えん坊なりっちゃんが見られそうだよ」

「私たちに迷惑かけるんじゃないぞー?」

「何で弱いこと決定なんだよ!ちげーし!」

「既にちょっと泣きそうですよ」

「大学生ってみんな恋人いるのかな?」

「そんなわけないだろ」

「澪ちゃんとムギちゃんはモテそうだよねー」

「そ、そんなことないだろ…」

「私もそんなモテるなんて…」

「おい、なぜ私は外されたんだ」

「そういえば、ムギちゃんってお見合いとかしないの?」

「おい」

「ああ、ありそうだよな。御曹司の息子と…みたいな」

「うーん…まあそういうのもあるけど」

「あるんだ」

「あるのか」

「おい」

「でも、私はみんなといるのが何より大事だから…」

「ムギちゃん…」

「ムギ…」

「ムギ…」

「……………」

「まあ、あとは就職だよな。唯は大丈夫か?ニートになるなよ」

「お前もな、律」

「りっちゃん…死ぬときは一緒だよ!」

「こらこらこら」

「まあまあ澪ちゃん。二人とも大学合格したんだから…」

「まあ…そうだな。2人とも就活がんばろうな」

「分かったよ澪ちゃん!死ぬときは一緒だよ!」

「だめっぽかった」

バイト。飲み会。おしゃれ。恋人。就職。次から次へと話題が出てくる。
女の子って何でこんなにおしゃべりが好きなんだろう。



ざ―――――――………

じりじりと中央のろうそくが音を立てる。
だいぶ眠たくなってきた。少し目をつぶろうか。
先輩たちの声と波の音とろうそくの音しか聞こえない。

「でもさー、なーんか現実味が沸かないよね」

「そうね。何だか信じられない」

「働きたくねー」

「ちゃんと働け」

「でも、勉強や仕事が大変でも、幸せだといいよね」

「………」

「………」

「………」

「幸せって何だろうね」

「何だろうな」

「望んだ大学に行って、好きな人と結婚して、新しい家族と一緒に過ごす、とか」

澪先輩が答える。

「それもひとつの幸せの形ね」

「自分の好きな仕事に打ち込んで、充実した毎日を過ごす、とか」

律先輩が答える。

「うん、それも幸せだ」

「みんなでおいしいお菓子食べて、おしゃべりして、ギー太弾いて、憂と一緒にアイス食べて、和ちゃんに面倒みてもらう」

「あはは、それただの唯の願望だろ」

「唯先輩らしいですね」

「っていうか今とあんまり変わらないじゃん」

「だからね、わたし今すごく幸せだよ」

「…そっか」

「…そうだな」

ざ―――――――――――……………

波の音が遠のいた気がした。もう空は随分暗くなってた。
妙に静かになった。

ああ
眠いな。



……………………
あれ?
いつの間に寝てたんだろう。いつの間にか話し声は消えてる。
右。だれもいない。左。やっぱりだれもいない。
のろのろと起き上がる。ろうそくはもう消えてた

「先輩…?」

辺りを見回す。少し寒くなってる。手で腕をこする。
もしかして、夢から覚めたのだろうか。
海の方を見る。いや違う。4つの黒い塊。もしかしてあれか。
近付いて見ると顔が見えた。楽しそうにくすくす笑ってる。
足は水につかって見えなかった。みんな手をつないでた。
海の向こう側を見てる。さっきは気付かなかったけど、きらきらしてる。
にぎやかな町があるんだろう。

「先輩っ」

大きめの声で呼びかける。でも向こうを見るばかりで気付いていないみたい。
本当にあれは先輩たちなんだろうか。いっつも一緒に笑って部活してた。

「先輩っ!」

「あっあずにゃん」

「起きたのか」

やっと気付いた

「梓。私たちあっちに行くから」

律先輩がきらきらした海の向こうを指す。

「はあ、そうですか」

冗談なのか本気なのか。暗すぎて表情が分からない。

「それじゃあね、あずにゃん」

「ま、待ってください」

本気なのか。脈絡がなさすぎる。ああ、やっぱりこれは夢なのか。でも、何だろう。
夢でも何でもとにかく今ここで引き止めなきゃ、一生先輩たちと会えない。そんな気がした。
それに、なんでこんなところに1人置いて行かれなきゃいけないんだろう。
何で平気な顔をしてそんなことを言うの。何でそんなにあっさりとしてるの。
何で別れを惜しんでくれないの。何で連れて行ってくれないの。

「いやです、行かないでください」

「ん?」

離れそうな唯先輩の手を追いかけ繋ぎ留める。少し汗ばんだ先輩の手の甲に額をくっつける。
震えているのはばれただろうか。
駄々をこねるように、赦しを請うように、静かに叫ぶように絞り出す。

「このまま、私も連れて行って下さい」

お願い、力強く手を引っ張ってよ、痛いくらいに、私が困った顔をしても気にせずに、強引に、しっかりと。
律先輩がふざけて、唯先輩がそれにのって、澪先輩が怒って、ムギ先輩がにこにこ笑って私もって言って
私が呆れて、でも結局みんなで同じ事をして、みんな楽しそうで。
そんな生活を続けてよ。お願い。

「先輩…」

ねえ先輩がた、私しっかりしてましたよね
お茶会が楽しみじゃなかったって言ったら嘘になりますけど真面目に練習してましたよね。
ギターもお父さんやお母さんほどじゃないけどそれなりに上手く弾けてましたよね。
ねえ律先輩。あなたが作った大切な部活に、たった一人入った新入生は私でしたよね。
嬉しそうな顔をして私を捕まえてくれましたよね。
ねえ澪先輩。唯先輩や律先輩がふざけている時に、一緒に注意しましたよね。
合宿で練習したいって言った時も賛成しましたよね。結局遊びになっちゃったけど。
ねえムギ先輩。ギターを弾きたいって言った時に一緒にやりましたよね。
私専用のティーカップも持ってきてくれてましたよね。
ねえ唯先輩。試験の後にコード忘れてもいつも教えてあげてましたよね
合宿の時に1人で練習してるときに付き合ってあげましたよね
演芸大会一緒に出ましたよね。トンちゃんの水槽の掃除一緒にしましたよね。
私を見つけたらすぐに抱き着いてきてくれましたよね。かわいいって言ってくれましたよね。
寂しそうにしてたらすぐに気付いてくれましたよね。手を差し伸べてくれましたよね。
私は先輩たちの役に立っていたと思うんです。先輩たちも私をかわいがってくれたと思うんです。
だから

「お願いします」

「嫌だよ」

あっさりと拒否。

「何でですか」

「だってここ海だよ?あずにゃんちっちゃいから溺れちゃうよ」

「なんですかそれ!それを言うなら唯先輩の方が転んだりしそうじゃないですか」

「むう。失礼な。転ばないよ」

「いいえ、転びます」

「転ばない」

「ちっちゃくない」

「ちっちゃい」

なんで、こんなことを言われなくちゃならないんだろう。
そもそも話がずれてるじゃないか。こっちは真剣なのに。
必死の思いで本当のことを言ったのに。
なんで なんで なんで なんで なんで なんで!
手で水をすくう。思いっきりぶつけてやった。

「わぷっ!…あずにゃん!?」

「梓!?」

もういい。もういいよ。言いたい事ついでに言ってやる。

「だいたい唯先輩はいっつもすぐに練習してくれないし、だらっとしてるし、覚えたコードすぐに忘れるし、
憂や和さんに頼ってばっかじゃないですかバカー!」

「えええええ!」

「おいおいどうした。なに急にケンカしてんだよ」

「律先輩だって!」

「お」

「律先輩だっていっつもティータイムが最優先だし、何回澪先輩が注意してもドラムは走り気味だし
大雑把だし、人のことからかうじゃないですかバカー!」

「な、なんだって。っつーかからかってんじゃねーよコミニュケーションだろコミュニケーション」

「澪先輩に怖い話するのがコミュニケーションですか!」

「う…」

「澪先輩は!」

「は、はいっ」

「澪先輩はベース上手いし歌上手いし勉強できるし美人だし、ちょっと怖がりだけどそこも可愛いし…えーっとバカー!」

「な…なんで澪だけべた褒めなんだよコノヤロー!」

バシャーッ
今度は律先輩が私に水をかける

「でもその通りだねコノヤロー!」

バシャー
唯先輩もそれに乗る

「ううっ…ムギ先輩は!」

「は、はいっ」

「ムギ先輩はおいしいお菓子持ってきてくれますし、かわいらしいですし、えーっと…かわいいんだよバカー!」

「ムギもかコノヤロー!」

「まあまあまあ」

「あずにゃんだって!」

「なんですか」

「あずにゃんだって私が抱きつくと嫌がるけど、ホントは嬉しいくせにー!」

バシャバシャ

「それに、私たちに練習しろって言って結局お茶飲んでるくせにー!」

バシャバシャ
おろおろとする澪先輩と律先輩。でも一緒に水をかけ出した。

「え、えっと。練習しようって言ってくれるのはいいけど、もっと素直になってもいいと思うぞー」

ぱしゃぱしゃ

「梓ちゃん、こんなに先輩がいるんだからもっと甘えてもいいのよー」

ぱしゃぱしゃ
4人からの一斉攻撃。バランスを保てなくなる。
その場にパシャンと情けない音を出して崩れてしまった。

「あ、あずにゃん大丈夫?」

「ごめん!」

4人とも駆け寄ってくる
先輩たちも水でぐちゃぐちゃだ
唯先輩が起こそうと膝立ちになる
トン

「お」

私はその胸に軽く拳を当てた。本当は思いっきり叩きたかったけど

「うっどーせ素直じゃないですよ。結局ながされてますよ」

トン トン トン

「あずにゃん」

「梓」

「梓」

「梓ちゃん」

手をゆっくりと掴まれた。下ろされた。抱きしめられた。とても優しく

「でも、そんなとこも全部大好きだよ」

ぎゅっと冷たい海の中で、あたたかさに包まれる。
なんですか。4人で抱きしめないで下さい。苦しいじゃないですか
それに私が言おうとしたこと言わないで下さいよ
ああ、だから素直じゃないって言われるのか
後ろから暖かい日差しがさしこんだ気がした。
朝焼けが近いのだろうか。先輩たちの顔もうっすら見えた。
その顔はみんな私のことを見ていた。まっすぐ見詰めていた。
いいや、もう。もういいよ。
全部、吐き出してしまおう。
これは多分夢なんでしょ?ちょっとくらいわがまま言ってもいいよね。
唯先輩の背中に両手を回す。胸に顔をうずめる。

「さびしいんです」

少し痛いくらいに力をこめる。

「大好きなんです」

言った瞬間、心臓が重くなった。このふたつをずっと言いたかったんだって分かった。いまさらだ。
ずっと溜めてた涙がぼろぼろこぼれた。
その上、先輩たちが背中をポンポンしたり、頭を撫でたり、ほお擦りしたりするもんだから、
もうぐちゃぐちゃのへろへろだ。わけわかんない。でもあったかい。

「私たちも寂しいに決まってんだろ、バカ梓」

「みんなで梓の前ではもう泣かないって言ってたのにな」

「もう、梓ちゃんったら」

「いいよ、泣いても大丈夫だよあずにゃん」

「先輩たちも…もう…泣いてるじゃないですかっ…」

「えへへ…」

「ふふふ…ふふ」

「あははははっ!」

「な、なんで笑い出すんだよっバカ…ふふふ」



私たちはしばらく泣きながら笑ってた。
冷たいのかも暑いのかもよく分からない。
夜中なのか朝なのかよく分からない。
夢なのか現実なのかも分からない。
でも、もういいよ夢なら覚めても。

いいよ、もう大丈夫。何の根拠もないけど大丈夫。
こんなに大好きなんだから。



これで終わりです。
ありがとうございました。