「……。」
「りっちゃんのおかげで……敵に大損害を与えられたわ。もう撤退が始まってるみたい。もう一息、がんばろ。」
スピーカーから聞こえる、天使のような優しい声。その声が、唯の心をギリギリのところで支えていた。
「……唯先輩?」
「ねぇ……私たちなんで戦ってるの?」
「……。」
「……あのままでよかったよ……あのままがよかったよ……。みんなでさ……ぐ……好きな音楽(こと)やってさ……うぐ……お菓子食べてさ……ひっく……。」
「……唯先輩。」
「……毎日が宝物だったんだよおぉぉお!!うわああああああん!!」
唯の心が、壊れた。
「……唯ちゃん。その幸せを、後世に伝えるために、今、私たちは戦ってるの……。だから……ね、泣かないでよ……。」
紬も涙声になる。
「うぅ……わかた……泣き、泣きや……うぅ。」
「……むぎ先輩。私達も撤退しましょう。弾薬も燃料ももうないですし、MSの収容は最後ですから、今ならギリギリ間に合います。」
「……そうね……!?危ない!!」
紬機が、唯機の肩を押さえ、覆い被さる。
鋭い音が響き、細いビームが紬機の胴を凪ぐ。
「……むぎ……ちゃん?」
かなり遠くに、動くものがある。
「伏せて!」
梓機が2機を押さえ、その方向にマシンガンを放つ。
「……むぎちゃん?」
「……うん。大丈夫。コクピット直撃は免れたから。」
しかし、荒い息づかいと液体の滴るような音、そしてザクの挙動から、紬が無事でないことは明らかだった。
「だめです!敵が遠すぎます!」
「きっと……スナイパータイプのジムね……。」
紬機が立ち上がったとき、梓機が飛び出し、マシンガンを構える。
「あれだ!見えました。」
その瞬間、崖の上でなにかが動いた。
「梓ちゃんダメ!!」
紬機のタックルが梓機に入る。紬機を再びビームが貫く。
「っつ……むぎ先輩!?」
「……ふふ、だめじゃない。ダミーなんかに……引っかかっちゃ。」
「ごめんなさい、ごめんなさい……。」
「梓ちゃんは……悪くないよ……。」
紬の喘ぎが激しくなる。痰が絡んだような声。もう喉まで血がたまっているのだ。
「唯ちゃん……最期にひとつだけ、いい?」
「なに?」
「私ね……唯ちゃんが好きだったの。お友達としてじゃなくて……もっと……もっと──。」
「むぎちゃん……。」
紬はもう、返事をしなかった。
「あずにゃん……。」
「はい……。」
岩陰に隠れながら、唯は言う。
「あずにゃんは先にHLVに向かって。」
「!?なにを言ってるんですか!!燃料もギリギリなんですよ!?」
「スナイパーの狙いは多分HLVなんだよ?今あいつを倒さなきゃ、みんなみんな死んじゃうんだよ!?」
「なら私も残ります!!」
発射台からサイレンが聞こえる。もうじき、一機目のHLVが飛び立つのだろう。
「私は……ひとりで大丈夫だよ。」
「でも!」
「先輩の言うことが聞けないの!?」
沈黙が、走った。
「……あずにゃんはね。HTTを、HTTの歌を、ずっと伝えなきゃいけないの。大丈夫だよ。あずにゃんならできるよ。」
「……こんなときだけ、先輩だなんてズルいです。今までそんなふうに見たことないくせに……。」
「えへへ、ごめんね~。」
梓機が、体勢低く立ち上がる。
「……憂に小型通信機を持たせてあります。周波数は138.96。ではお先に失礼します。ジーク・ジオン。」
「ジーク・ジオン。」
梓機がHLVに向かい走り出すのを見ずに、唯機は崖に向かい走り出す。通信機の周波数を合わせながら。
「……憂?聞こえる?」
「お姉ちゃん!聞こえるよ!!」
HLVの中で声を上げてしまう憂。隣の和がそれに気づく。
「憂、いつの間に……。」
「ご、ごめんなさい……。」
「……もっと小さな声で話しなさい。没収されるわ。」
憂は小さく頷く。
「ははは~憂怒られてる~。」
「お姉ちゃん、こっちに向かってるの?」
「……ううん。一機だけ残しちゃったからさ。でもあずにゃんはそっちに向かってるよ。」
唯のコクピットの警報がなる。残燃料が底をつきかけているのだ。
「……もう燃料ないんでしょ?聞こえるよ。警報。早く……早く帰ってきてよ……。」
「もう間に合わないよ。それにあのジムを倒さないと、HLVが落とされちゃう……あ。」
唯は見つけた。HLVに狙いを定める、ジムスナイパー。
「通信切るね。HLVの中の私の荷物の中にあるギー太、憂にあげるよ。」
「そんな……嫌だよ……。」
「憂、ばいばい。」
「お姉ちゃん、どうしたの?お姉ちゃん!!」
憂はシートベルトを外そうとする。
「憂!やめなさい!!」
「いや!!お姉ちゃんのところ行く!!」
「やめなさい!!」
和の平手が、憂の頬を叩く。
「なんで……なんでお姉ちゃんが戦わなきゃいけないの!?」
「これは……戦争なのよ。」
「戦争だからなに?戦争だからお姉ちゃんが死んでも仕方ないって言うの?ねぇ和ちゃん!!」
「口を慎みなさい!!私は上官です!!」
騒ぎを聞き、ほかの兵士がざわつく。憂はなにも言わずに和から顔を背けた。
ジムスナイパーは唯機に気づいていないようだった。
「でも武器はない……ヒートホークに回すエネルギーもないし……よし!」
ジムスナイパーの指が引き金にかかった瞬間、唯のザクが飛び出し、ジムスナイパーに突っ込み押さえつける。ロングレンジ・ビームライフルから放たれたビームは地面をえぐり、山を溶かす。
ジェネレーター出力をギリギリまであげるために、ジムスナイパーがビームサーベルを装備していなかったことが唯一の救いだった。
一機のHLVが飛び立つのが見える。
「下肢電源カット……耐えて……ザっ君。」
全てのエネルギーを上半身につぎ込み、ジムスナイパーを押さえつける唯機。ジムスナイパーは自衛のためにそばに置いてあったマシンガンに手を伸ばす。2機目のHLVが青空に吸い込まれる。
「うぅ~きつい~。……でもね、ザっ君。私達、このジムを絶対絶対止めなきゃいけないんだよ……。さわちゃんや、和ちゃんや、あずにゃん、憂のために。それに私達を守って死んでくれた、みんなのために……絶対、HLVは落とさせない。」
3機目。最後のHLVが飛び上がる。燃料がほぼ尽きたザクの、テンションが落ちる。
「あと少し……あと少しだけ保って!!」
ジムスナイパーの手が、マシンガンにふれる。
「ふふ……。何だろうね、ザっ君。こんな時なのにさ……。」
──歌いたい。
「……キミを見てると、いつもハートDOKI☆DOKI……揺れる思いはマシュマロみたいにふわ☆ふわ……。」
『お姉ちゃん。』
「う、憂!?」
『唯、通信機の電源間違えたんじゃない?』
唯はちらりとモニターを見る。
「あらら~。間違えちゃったよ。全部聴いてた?」
『全部聴いてたわよ。』
ザクの体が、震える。最期の力を振り絞るように。
「……憂、和ちゃん。一緒に歌おっか。」
「……うん。」
「……わかったわ。」
全てを悟ったように、憂と和は頷いた。
「じゃ、行くね。」
──あぁカミサマお願い
──二人だけの
──Dream Timeください☆
ザクの活動が完全に止まる。
──お気に入りのうさちゃん
──抱いて
──今夜もオヤスミ……。
ジムスナイパーはマシンガンを掴み、ザクの背に当てて引き金を引いた。
その音が聞こえた直後、和は憂から通信機を取り上げ、電源を切った。憂はなにも言わずに俯き、泣きじゃくる。
地上ではジムスナイパーが最後尾のHLVに狙いを定めるが、そこにはロックオン可能距離からギリギリ離れたHLVが、小さく小さく見えるだけだった──。
──唯遅いぞ。
──待ってたぞ~。
──唯ちゃん、早く早く!
──あれ?みんな!
──早く練習始めるぞ!
──まだお茶タイムだぜ、澪。
──このバカ律!
──あいたー☆
──あはははは!!
ユイ・ヒラサワ少尉
改め平沢唯
戦死
享年18
──。
平沢憂です
お姉ちゃんが命を張って私達を守ってくれたあの日から、たった3日後の0080年1月1日。
月面都市グラナダにて、地球連邦政府とジオン公国政府の間に終戦協定が結ばれました。
私と梓ちゃんと和ちゃんは、先生の作った小さな喫茶店で働いています。
そして毎晩、梓ちゃんと一緒にギターを持って駅前に座ります。
ユニット名はもちろん、『放課後ティータイム』。和ちゃんは怒るけど、使ってあげなきゃギー太もかわいそうだから……。
「じゃ歌おう、梓ちゃん。」
「うん。」
──ふわふわ時間 ふわふわ時間……
─完─
なんか、駄文並べてすまんかった
最終更新:2011年05月06日 12:43