「また何かに脅えていたんだろ?」

「うるさい。」

澪はこの律というおデコだけには強く当る。

幼馴染みだからだ。


とにかくよく揉める。

この二人の言い争いが無い日が珍しいくらいだ。


「お疲れ様。」と最後に入って来たのは紬だ。

紬は財閥の一人娘だ。

私達と同じ制服姿でありながら紬だけはどこか見栄えが違うのだ。

全てを兼ね備えた容姿はもちろん、決定的に私達と違うのは気品?というやつだろうか。
誰が見てもいい所のお嬢様だ。

人当たりも良く、金持ちである事を鼻にかけない。

これが生粋のお嬢様というものなのだろう。


この四人で音楽部を始めた。


そもそも私はクラブ活動などする気は無かった。

しかし、幼馴染みが、「君はこのままじゃ、ルンペンプロレタリアートになるぞ?」と脅してきたのだ。

クラブごときで大げさなと思ったがバツが悪く、
部員募集の掲示板でたまたま目にした音楽部に入る事にした。


なんの楽器が出来る訳でもなかった。

それどころか音楽部がどんな活動をしているクラブなのかさえ知らなかったのだ。
知らなかったのも無理は無い、部室を訪れるとまだクラブとして認可されていないという。

単に四人集まらないとクラブとして成立せず人数合わせで入ったようなものだ。

入ったはいいが活動に身が入らない。

おデコもいい加減な性格なので二人でをサボってばかりで澪に怒鳴られてしまう。

しかも紬が毎日のように余ったと言って高級菓子を持ってくるものだから尚更である。


澪も菓子が好物なのでこの場だけは揃ってムシャムシャと食べている。

「おいしいなぁ。」

私のような貧乏人では一生口に入らなかったであろう高額な菓子だけあって皆至福の表情だ。


「いつも悪いな。」

澪は必ず申し訳なさそうに言う。

「いいのよ、どうせ腐らせるだけだもの。」

「こんなの腐らせたら罰が当るぜ?いくらでも持ってきてくれよ、食べ切れなかったら持って帰るからな。」


おデコの無神経な一言で澪と言い合いになる。


その様子を紬は微笑んで見ている。

私は彼女が真剣に怒ったり泣いたり感情を剥き出しにした姿を見た事が無い。
いつも私達の前では微笑んでいる。

生まれた時から幸せな生活を送ってきた者の余裕なのだろう。

菓子メインのクラブ活動が終り家に帰る。

いつも通り妹が先に帰っている。
ネギを刻みながら、お帰りとこれもいつもの光景だ。

一年下の妹は私と違い頭も良く大抵の事はそつ無くやってのける。

両親がいない私達は国の保護を受けて生活している。


私は家事等が一切出来ない。
いや、やる気が無いので妹に全て任せっきりである。


妹は一言も不満を漏らさず黙々と家事をこなす。

そんな私がクラブなど入ったものだからますますバツが悪い。

菓子を食べ、遊んでるも同然の活動内容。

妹も遊びたいだろうに中等部の頃からクラブどころか毎日急いで下校し食材等を買って帰るのだ。

二人分の朝食、昼食の弁当、夕食。
休日には掃除洗濯。

それが終ると部屋に籠もり宿題、予習。


自由等ほとんど無い。

まるで下女のような扱いだ。

それを分かっていながら手伝おうともしない、
夕食が出来るまでギターを掻き鳴らす。


それでも笑顔。

私の前ではいつも笑顔なのだ。


私は甘える。


憎まれ口の一つでも叩いてくれれば少しは変わるのかもしれない。


「憂。」

「なに?」


両親は何を考えて妹にこの名を付けたのだろうか。
名に反し憂い等見せる事の無い妹。


「いや、いい。」


「そう。」



笑顔。

音楽部に入ったはいいが担当のギターを買う金があるはずも無かった。

おデコが皆で日雇いで働きギターを買う足しにしようと持ちかけた。
皆、それに賛成してくれた。

それはあまりにも申し訳がないので断ったが、
クラブ存続の為だと言うので断り切れず世話になる事にした。


普段人を使う立場であるお嬢様にまでそんな事をさせてしまったのだ。

しかもそのお嬢様の顔利きで安価で手に入った。


自分でも呆れるが一応音楽部の形にはなった。


夏に澪が合宿をしようと言い出した。

合宿と言ってもどこへ行くのか、私は電車賃でさえやっと払えるかどうか。
金が無いのはおデコも同じだ。

「父の別荘があるのでそこを借りましょう。」

私達はまたお嬢様に頼る事になった。



「冗談だろう?」とおデコ。

私も同じ事を思っていた。

私は遠い昔泊まった事のある民宿のような所を想像していたのだ。


別荘と言えど私の家がいくつ入るだろうか。
海辺の大きな西洋風の屋敷だった。


澪は本当に使っていいのか?と恐縮する。

おデコなどはすっかり興奮してしまい泳ぐ準備を始めている。

「遊びに来たんじゃないんだぞ。」と澪。

「ここまで来て遊ばずにいられるかってんだ。」



また口喧嘩の始まりだ。

紬は見かねて「せっかくだから少しくらい楽しみましょう。」と澪をなだめる。


私は泳ぐ気にはなれず浜辺で皆を見ていた。

「泳がないの?」と紬が近づく。

「うん、泳ぐより見ている方がいいな。」

「そう。」と隣に腰を下ろす。


波打ち際で澪とおデコが笑いながら会話をしている。

「仲が良いのか悪いのか分からないな、あの二人。」

「仲が良いからあんなに喧嘩が出来るのよ。」


澪はおデコの母親役、おデコは澪にとってなんなのだろう。
臆病で照れ屋な澪が本気で感情を表すのはおデコにだけだ。

「私には幼馴染などいないから羨ましいわ。」

「あなたにもいるんでしょう?」

「うん、いることはいるけど遠くに行っちゃったなぁ。」

「エリートなんだ、法律家にでもなるんじゃないかな。」

「幼馴染には変わり無いわ。」

「でもあの二人みたいにはなれなかったなぁ。」


あの二人は性格は正反対、言動もまるで違う。

結びつけてる物が何かは解らない。


「そろそろ戻りましょうか。」

館内に戻るもおデコが渋り演奏の練習にはならない。
澪は憤慨するが私もやる気が無かった。

そのくせ二人共、飯だけは人一倍ガツガツ食う。

滅多に口に出来無い牛肉など出されては仕方が無い。
入るだけ口に詰め込み犬のように汚い。

「なんて奴らだ。」と澪は呆れて言う。


私はこの中ではおデコと一番気が合う。
だらし無い所やいい加減な所がそっくりだ。

大抵二人で列を乱してしまう。
話も合うし、どっちも飽きっぽく貧乏人。


類は友を呼ぶ。

駄目人間なのだ。

床につく。

澪とおデコは隣に並んで話をしている。
相変わらず喧嘩から普段通りに戻る境目が分からない。

おデコは疲れて眠りたがってるが澪が話を止めないようだ。


私の隣には紬がいる。

「友達と泊まり込むのは初めてだったから楽しかったわ。」

「世話になってばっかりだったね。」

「私がした訳じゃないわ。」


「君は普段どんな生活をしてるの?」

「窮屈。」

「窮屈?」


「そうよ。」


「前から聞いてみたかったんだけど、」

「大金持ちのお嬢様ってどんな気分?」


「分からないわ、物心ついた頃からそうだったから。」


「でも辛い事なんて無いんでしょう?」

「…泳いだから疲れたわ、もう寝ましょう。」


最初で最後の合宿が終った。


季節は秋に変わったがいつもと同じ生活だ。

珍しくおデコが学校を二日も休んでいた。

澪に聞いても分からないという。


こんなものだから仕方無く担任に住所を聞いておデコの家に向かった。

よく考えると数年の付き合いになるが私は部の誰の家にも足を踏み入れた事が無い。
紬の家はこの辺では有名な豪邸なので外観だけは見た事があるが。


担任に貰った地図を手に数十分も歩いた所で酒屋から出て来るおデコを見つけた。


「なんだ、お前か。」

そんな言い草は無いだろうと思いながら。

「なにしてるんだ?病気にでもなったのかと思ったぞ。」

「病気は病気でも金欠病だ、ところでどうしたんだ?」

「学校に来ないんで家に行こうとしたんだよ。」


「今、家は駄目だ。向こうで話そう。」

私もなるべく家の中は見られたくはないので気持ちは分かった。


「なぜ学校に来ない。」

「ちょっと家がゴタついてな。」


「…そうか。」


「唯。」


「なに?」


「学校辞める事になったよ。」


余りにも唐突なので返事が出来ない。
顔を上げおデコの顔を見つめていた。


「今まで行けてたのが不思議なくらいさ。」

「クラブも抜けさせてもらう、申し訳無い。」


「これからどうするんだ?」


「さぁな。」


おデコが下を向いて口を開く。


「唯、500円ほど貸してくれないか?」

「私も持ち合わせがないんだ、300円でいいか?」

「あぁ、すまんな。」


「貧乏人は辛いなぁ、唯。」

「…そうだな。」


「明日学校で皆に話して手続きして終わりだ。」


「辞めるにしても付き合いは出来るだろう?」

「疫病神みたいなもんだぞ。」

「…そう悪い事ばかりじゃないさ。」


おデコは失笑する。

「じゃあこれで帰るよ、明日な。」


「…あぁ。」

おデコは背を向けて歩き出す。
私も溜息をつき立ち上がる。


「唯!」

おデコが振り返りながら叫んだ。


「運の悪い奴はな、とことん最後まで悪いんだよ。」


次の日、部室に入るとおデコと澪が口喧嘩をしている。

困った顔をしながら様子を見ている紬に訪ねると、
やはり辞める事で揉めているらしい。

いつもの喧嘩とは違う。


「まぁ、落ち着いて話そう。」、と澪を宥める。


「…もう話しても無駄だ。」

澪は泣き声で言い、早足で帰ってしまった。
紬がそれを追って出て行く。


私はおデコと下校する。

「チクショウ。」

「おい、家に来い。」

「今日は泊まっていけ。」


「いきなりなんなんだ?」

「いいから来い。」


断れそうに無いので渋々とおデコについて行く。

おデコの家に行くのは初めてだ。


「入れ入れ。」

玄関に入ると私は呆然とした。

まるで熊が暴れたかのように壁や家具が滅茶苦茶になっているのだ。


ふと横を見ると中等部くらいの男の子が扉の隙間からこちらを見ていた、
目を合わせるとすぐに閉じてしまった。

台所もおデコが昇っている階段も見られたもんじゃない。


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