今回はこの会社にハケンされた。
特に大きくも小さくもない普通の会社だ。

私を含めた数人のハケンたちは社内の一室に集められていた。

社員「えー、皆様お集まりいただけましたね。
   では、説明係の人に来てもらいますので……中野さーん」

梓「はーい……あ」

律「あ」


それは確かに梓だった。
高校を出てからもう何年も会っていなかったが、
あの頃の面影は残っていた。

梓も私に気付いたようだったが、
すぐに手元の書類に目を落として説明を始めた。

梓「えー、みなさんにやってもらう業務ですが……」

律(うわー、こんなとこで梓に会えるなんて、すごい偶然だな~。
  高校出て以来だからもう6年ぶりか)

私は旧友との久々の再会に心を躍らせていた。

が、その喜びもすぐに砕かれることとなるのを
私はまだ知らなかった。


説明を聞き終えた私たちはさっそく仕事に入った。
内容は書類の整理やデータ入力など、まあ簡単な事務仕事のたぐいだ。

私は仕事をしながら横目で梓の方を見やった。

律(ふうん……梓、けっこう周りからの信頼も厚いみたいだな……
  まだ入社2年目くらいだよな~、すごいな梓は)

そんなことを考えていると、梓が私の視線に気づいたようで、
私の方に振り向いた。

私はニカッと笑顔で返した。が。

梓「田井中さん、へらへらしてないで仕事してください」

律「え……」

やっぱり仕事中にふざけるのは良くなかったのだろう。
梓はクソ真面目だから、私に対しても毅然とした態度で注意をしてきたのだ。

私はパソコンの画面に視線を戻した。

律「♪~」
カタカタカタカタカタカタ

梓「田井中さん、ちょっといいですか」

律「ん?なに、梓」

梓「なっ……なんですか、その態度。
  確かに私のほうが年下かもしれませんが」

律「え、ああ、スマンスマン」

やはり梓は真面目だ。
楽しい談笑は仕事が終わるまで待ったほうがよさそうだ。

律「で、何か御用ですか」

梓「はい。データ入力間違ってませんか?」

律「え」

言われてみると確かに間違っていた。
今までやった分をすべて入力し直さねばならない。

律「あああああ、すみません……今すぐやり直します」

梓「はあ……時間ないんですからしっかりしてください」

律「はい……」

その日は結局データの再入力だけで終わってしまった。



夜遅くまで残業して、さあ帰ろうという時、
会社の玄関で梓の姿が見えた。

律「おーい、梓~」

梓「……」

律「梓~」

梓「……」

律「あず……」

梓「話しかけないでください」

律「え……何言ってんだよ梓、
  もう仕事終わったんだしさ~。
  今から暇?どっか飲みに行かない?」

梓「やめてください」

そう言って私を見つめる梓の瞳には、
まぎれもない軽蔑の意識が込められていたのだった。

律「あず……さ……?
  もしかして私のこと忘れちゃったかな、
  高校時代、一緒に軽音部で……」

梓「覚えてますよ。下手くそなドラムやってましたね」

律「梓……」

梓「なれなれしくしないで下さい、ハケンのくせに」

律「ははは、何言ってんだよ……」

梓「あなたみたいな低学歴のハケンと話すことなんてありません」

律「え」

梓「この社会は実力がものを言うんですよ。
  正社員で周りからも信頼されてて、
  入社2年目にしていろんな仕事や企画をこなしている私と、
  ハケンのあなたと、どっちが上だと思いますか」

律「いや、上とか下とかないだろ。
  そりゃ私より梓のほうが社会的地位は上だろうけどさ、
  それでも私は昔の友達として」

梓「昔のことなんて……忘れました」

律「え」

梓「とにかく今は正社員の中野梓とハケンの田井中律、そういう関係です。
  それじゃ」

それだけ言うと梓は去っていってしまった。
私は追いかけることもできずその場に立ち尽くした。

なぜいきなりあんなことを言い出したのか、私には想像もつかなかった。
昔のことを忘れたと言った。なぜだろう。
なにか思い出したくないことでもあったのか。

律「高校時代か」

私が所属していた軽音部は平和そのものだった。
厳しい上下関係も確執もなく、
のんびりと活動していた。

嫌な思い出とか、忘れたい過去とか、
そういうのを生み出す環境ではなかったはずだし、
梓自身も楽しく部活動をしていたように見えた。

3年目の文化祭が終わったと同時に3年生は引退し、
軽音部は梓一人になったのだった。

私たちは受験勉強に励んだ。

もっとも私はほとんど勉強なんてせず、
底辺大学に進むことになり、まともに就職もできなかったので
今はこうして。ハケンで食いつないでいる。

唯は音楽学校へ、
紬は有名な女子大へ、
澪は地元の一流大学へと進んだ。

私とほかの3人の間には、大きな壁があるような気がして、
大学に入ってからは3人と殆ど連絡を取らなくなっていた。
もちろん梓とも。

律「……」

とりあえず明日もう一度話してみよう、
私はそう思ってさっさと帰ることにした。



翌日。

私はまたも会社の玄関で梓とはちあわせた。

梓「オハヨウゴザイマス」

律「おはよう……ございます。
  あの、中野さん」

私は敬語で話しかけた。
ため口だとまた会話を拒否されると思ったからだ。

梓「はい」

律「昨夜のことなのですが」

梓「……そのことについてお話しすることはありません」

律「なぜですか!」

梓「あなたには関係ないからです」

律「私に関係してるからこそ話せないんじゃないんですか?」

梓「それは……」

今までと反応が違う。
どうやら図星のようだ。

律「教えてください」

梓「……お断りします。
  確かにあなたに関係がないとは言えませんが、
  これは私の問題ですから」

律「でも……!」

課長「ああ、中野君、おはよう」

梓「あ、課長……おはようございます」

律「オハヨウゴザイマス」

課長「もうすぐ始業時間だぞ、早く行きたまえ」

梓「はい、すぐ行きます」

律「はい……」

話はそこで打ち切られてしまった。


仕事が始まった。

とりあえず梓のことは忘れ、
目の前の仕事をこなすことだけに集中しようとしたが、
昨日と同じようなケアレスミスが続いてしまい、
そのたびに梓から厳しく注意されることとなってしまった。

そうこうしているうちに昼休みになり、
私はコンビニで買ったお弁当をひらいた。

梓はどこか別の場所で食べているようで、姿はなかった。

午後の仕事も何とかこなし、
梓が帰るのを見計らって私も帰ることにした。

会社から出たところで私は梓に声をかけた。

律「中野さ……いや、梓」

梓「……」

律「話してもらうぞ」

梓「言ってるでしょ、あなたには関係ないって」

律「嘘つけ。朝はあなたに関係ないともいえないって言ってたろ」

梓「……」

律「私と関係ないとは言えない、ってことは、高校時代の話か。
  なんだ?高校時代に何があった」

梓「……」

律「唯のことか?」

梓「……」

律「澪のことか?」

梓「!……」

律「……澪のことなんだな」

梓「……」

律「澪となんかあったのか」

梓「……」

律「だんまりかよ」

梓「……」

律「そういや澪は高校出たあとかなりレベル高い大学行ったんだったな」

梓「……」

律「いまはどっかの一流企業でバリバリ働いてんのかな~」

梓「……働いてません」

律「え?」

梓「……澪先輩は……引きこもってるんです、6年も前から!あなたのせいで!」

律「……え?」

律「6年前?澪が大学入った年じゃないのか」

梓「大学に馴染めなくって、すぐ辞めたらしいんです。
  それ以来、ずっと引きこもりで」

律「そうなのか……でも、それがなんで私のせいなんだ」

梓「分からないんですか?」

律「ああ、分からん」

梓「澪先輩には律先輩が必要だったんです」

律「え?」

梓「澪先輩は、ほんとは気弱で、億病で……
  でも律先輩と一緒だったから、軽音部では、あんなに明るく、元気でいられたんです」

律「……」

梓「でも大学にはいって、律先輩と離れ離れになってしまって……
  きっと澪先輩は心細くてしかたなかったことでしょう」

梓「澪先輩は大学で孤立して……居場所をなくして……
  今では部屋に籠ってネトゲと2ちゃんねるに明け暮れる生活を送っているそうです」

律「それが、私のせいだってのか」

梓「はい。律先輩は澪先輩の親友でありながら、澪先輩のことを何一つ理解していなかった。
  澪先輩のことを本当に分かっているなら、澪先輩と同じ大学に行って
  澪先輩と友達関係を続けて、澪先輩と同じサークルに入って、
  澪先輩と同じ講義を取って、澪先輩と一緒に居続けるべきだったんです。
  私が律先輩なら迷わずそうしますけど?」

律「……」

梓のあまりの剣幕に、私はひるんでしまった。
そして、梓の澪への執着ぶりが恐ろしく感じた。

律「で、でも……それは無茶だよ」

梓「ですよね。律先輩は澪先輩と違って勉強できませんから、
  クソみたいな大学に行くしかありませんもんね」

律「……」

梓「まあ、私もそこまで律先輩に期待してたわけじゃないですから。
  でも大学が違っても友達関係は続けられましたよね」

律「それは」

梓「メールしたり、電話したり、休みの日にお出かけしたり。
  それだけでも澪先輩の心の支えになったと思いますけど。
  なぜそれをしなかったんですか?」

私が低学歴で、澪が一流大学だから引け目を感じた、とは言えるはずもなかった。

梓「まさか自分が低学歴で、澪先輩が一流大学だから引け目を感じた、とか言いませんよね」

あっさり見抜かれた。

梓「そんなくだらない理由で友達を辞めるんですか」

律「……」

梓「別に律先輩を責めるつもりはありませんよ。
  むしろ律先輩なんかを心の拠り所としていた澪先輩が哀れすぎますよ」

律「……」

律「私のせいなのか」

梓「律先輩のせいとも言えなくもないですよ。
  でも今さら、しかも私に対して反省みたいなことされてもお門違いも甚だしいです」

律「……じゃあ、今から澪のところに」

梓「やめてください。
  澪先輩は、もう律先輩のものじゃありません」

律「なに?」

梓「律先輩は澪先輩のことを見捨てたじゃないですか。
  だから、私が律先輩の代わりになるんです」

律「どういうことだ」

梓「私が働いてお金を稼いで澪先輩を養うんです」

梓が何を言っているのか私は一瞬分からなかった。
しかし梓のその言葉を飲み込むと、
梓が澪に執着する理由、私を無視し続けた理由、
そして必死に仕事に励んでいた理由がなんとなく理解できた。

梓「もっと仕事を頑張って、出世して、お金をいっぱい貰えるようになったら、
  引きこもりの澪先輩は、私が面倒を見てあげるんです。
  私が澪先輩の心の拠り所になってあげるんです」

律「なんで、そこまで」

梓「私は澪先輩のことを愛していますから」

律「!?」

梓「今はメールしても、家を訪ねても、相手にしてくれません。
  だから、澪先輩が私を認めてくれるまで、頑張るんです」

律「……」

私は言葉が出てこなかった。
梓の言ったこと、梓の考えていること、すべてに反論しなければならない気がした。
しかし、そのための言葉が思いつかない。

私が何も言えないままでいると、梓はそのまま去って行ってしまった。

私はしばらくその場から動けなかった。


2