コンコン
父「おい澪」

澪「ん?」

ガチャ
父「入るぞ。田井中さん、怒って出ていったが、何か言ったのか」

澪「別に何も言ってないよ」

父「そうか。まあいい、それでやりたい仕事は見つかったか」

澪「全然ダメ。もうクソみたいな仕事しかないよ」

父「だろうな、そう言うと思ってた。
  でも安心しろ、お父さんの会社の工場にちょうど欠員が出てな」

澪「?」

父「そこの工場長さんとはもう話が付けてあるから、
  お前はそこで働きなさい」

澪「……はぁ?何バカなこと言ってんの?
  私がなんで工場なんかで働かなきゃいけないの!?」

父「簡単な作業らしいから、すぐ覚えられるだろう。
  明後日から出勤だからな」

澪「嫌だ!絶対行かないからな!」

父「……お前なぁ、分からんか?」

澪「何が?」

父「お前の将来がどうなるかだ」

澪「だからそれは」

父「お前は逃げてるだけだろう、現実から。
  それは、お前が貧しい人間だからだ」

澪「……」

父「お前が貧しい人間だから、学歴なんていうものに縋るんだ。
  周りの人間を必死に見下して、馬鹿にして、
  自分のコンプレックスから目を反らし続けているんだ」

澪「……」

父「でもこのままじゃどうにもならん。
  お前に必要なのは自分と向き合うということだ。
  社会に出て身の程を知れ。
  そして自分のことを自分で正しく評価しろ」

澪「……」

父「お前の人生はそこからやり直すんだよ」

澪「……」

父「分かったな。
  じゃあ、心の準備をしておけよ。
  お父さんはもう一度工場長の人に電話してくるから」
ガチャ

父は部屋から去っていった。
部屋にひとり残された澪。

澪「なに?私が貧しいって……?
  学歴だけしか誇るとこがないって……?
  はは、バカなこと言わないでよ……
  私は勉強頑張って……それで……
  周りの人はホントにバカ丸出しだったよ……
  私は……」

澪はVIPにスレを立てた。
ニートだけど父親に説教された、私は間違ってないのに……といった内容である。

案の定、澪は総叩きにあってしまった。

澪「くそ……くそ……こいつら何も分かってない……
  クソガキだらけのVIPで聞いたのが失敗だったな」

澪は捨て台詞を書き込んで、スレのログを削除した。

澪「ううぅ……みんな、どうしてんだろ」

専ブラを閉じた澪は、かつての仲間たちに思いを馳せた。

唯は歌手デビュー。
天才肌だったので専門学校でも良い成績を収め、
プロになった後もそこそこヒットしているようだ。

律は低学歴ハケン社員。
彼氏がいる。

紬は有名女子大を卒業したあと、
有名企業の有名御曹司と結婚したそうだ。
子供も2人いるらしい。

梓は普通の大学を出て普通に就職したらしい。

澪「……」

今まで彼女たちのことを負け組負け組と見下し続けていたが、
さきほど父に言われたことを踏まえて考えてみると
自分のほうがよっぽど負け組のような気がした。

澪「うう……私は……無駄な時間を……
  う……うわああああああああっ」

澪は泣いた。

自分の惨めさに、

恥ずかしさに、

悔しさに、

涙を流し続けた。



いつのまにか眠ってしまい、
朝になっていた。


その日、澪は美容院に行った。
セルフカットでボサボサだった髪を綺麗に整えた。

澪(私は生まれ変わるんだ……人生をやり直すんだ……)

澪(明日から、仕事を始めて……)

澪(新しい人生を……)

家に帰った澪は2ちゃんねるを開かず、
明日に備えてそのまま眠った。


工場。

澪「今度からこちらで働かせていただくことになった秋山澪です!」

工場長「ああ、話は聞いているよ。
     じゃあ説明するからこっち来て」

澪(よーし、ついに初仕事だ……
  頑張らないとな……)

工場長「ここに製品が流れてくるから、
     それにこの部品をここに組み合わせてね、
     そしてこれをこっちに」

澪「はい、わかりました!」

工場長「じゃあ早速やってもらうよ」

澪「はい!」

澪(お、製品が流れてきた)

澪(えーっと、この部品をこっち、これをこっちだったな)
カチャカチャ

澪(ははは、なんだ、楽勝じゃないか)
かちゃかちゃ

澪(よゆーよゆー)
カチャカチャ

澪(よし、もう50個くらいできたなー)
かちゃかちゃ

澪(単純作業してると眠くなってくるなー)
カチャカチャ

澪(うー……あー……)
かちゃ……かちゃ……

澪(…………)
……

工場長「秋山ああああああああああああああああ!!!!」

澪「びくっ……はい、なんれしょぉ」

工場長「寝てんじゃないよ!!
     隣の部署から苦情がきとるわ!
     部品がハマってないのが来てるって!」

澪「えっ、私寝てましたか!?」

工場長「立ったまま寝てたぞ!
     それから、部品のハメ方が全部間違ってるって」

澪「え」

工場長「そのせいで機械が壊れて」

澪「え」

工場長「損失が……」

澪「……」

澪はクビになった。



数日後。

澪「わー、今日もVIPはクソスレばかりだなー」

澪「わー、相変わらず+の人は見えない敵と戦ってるなー」

澪「わー、最近ν速も同じような流ればっかりだなー」

母「み、澪ちゃん……食事、持ってきたわよ」

澪「そこ置いといてー」

母「……」






母「あなた、澪ちゃんのことなんだけど」

父「……私としては、仕事をこなす→周りからの評価をもらう→自分に自信がつく
  という流れを想定していたんだ」

母「はい……」

母「どうしましょう」

父「……以前までは周囲のあらゆるものに反抗していたが、
  今ではもはや無気力になってしまっている」

母「はい」

父「もう何をする気もないだろう……
  毎日パソコンの画面を眺めるだけの生活……」

母「ううぅ……澪ちゃん……」

父「どうすればいいのか……」

ぴんぽーん

父「ん……誰だ?」

ガチャ
母「はい、どちら様でしょう」

唯「こんにちは。秋山澪さんは御在宅ですか?」

澪「はぁ……つまんないなぁ」

澪「あれだけ毎日のめりこんでた2ちゃんねるもネトゲーも……」

澪「もうやる気が起きないよ……」

コンコン

澪「ん?」

ガチャ
唯「やほー、澪ちゃん」

澪「ゆ……唯」

以前の澪なら唯のことをボロクソに罵倒していただろうが、
今の澪にとって、努力と才能で音楽界に飛び込みテレビで活躍する唯はまぶしい存在だった。

唯「久しぶりだね」

澪「あ、ああ……唯、忙しいんじゃないのか」

唯は最近出したシングルが50万枚を越す大ヒットとなり、
音楽番組に引っ張りだこの状態だった。

唯「うん、暇を見て来たんだ」

唯「今何してんの?」

澪「何も……してないよ。
  やる気が起きないんだ」

唯「最近働きはじめたって聞いたよ?」

澪「くだらない失敗して、すぐクビになっちゃってさ……
  社会に出てやっと分かったよ、自分は単純作業もろくにできない人間だ、って」

唯「澪ちゃん……」

澪「私なんて中身はなんにもなくて……
  根っからのダメな人間で……
  でもそれを、他人に知られるのが怖かったんだ。
  だから私は……学歴とか、2ちゃんねるの知識とか、
  そういうモノで自分の表面を塗り固めてたんだ」

唯「……」

澪「それで自分を必死にごまかしてきたんだ、ずっと。
  思えば唯たちとのバンド活動もそうだったのかもな」

唯「……」

澪「でも、社会に出て……
  学歴とか、くだらない知識とか、
  そういうのが一切通用しないとこに出て……」

唯「……」

澪「今まで塗り固めてきたものが全部剥がされて、
  ほんとの自分を露わにさせることになって……
  それで思い知ったんだ。自分がダメな人間だってことを」

唯「……」

澪「お父さんに言われたんだ。
  社会に出て、身の程を知って、自分を評価しろってな。
  ……ふふ、私を評価するとしたら、なんにもできないつまらない人間、ってとこかな」

唯「……」

澪「お前が羨ましいよ。
  音楽続けて、成功して……それに比べて私は」

唯を前にすると、
今まで胸の中に溜まっていた想いが自然と言葉になっていった。
澪は自分でも不思議だったが喋るのをやめることができなかった。

唯「ふふ」

澪「な、なんだよ」

唯「いや~、澪ちゃんがそんな弱音吐くの初めて見たからさ~。
  澪ちゃんはもっとカッコイイ人かと思ってたけど、あれは嘘だったんだね」

澪「っ……ああ、そうだよ……全部嘘だ。
  ほんとの私はこんなに醜い、糞みたいな人間だよ」

唯「じゃあ、あのベースの演奏も、綺麗な歌声も、独特なセンスの作詞も、
  全部嘘だったのかな」

澪「え……」

唯「あれは嘘じゃないよね。
  澪ちゃんは自分のことダメダメって言ってるけど、
  スゴイところはいっぱいあると思うよ」

澪「で、でも……そんなの……
  ベースは、プロになれるほど上手いわけじゃないし、
  作詞だって、あんな変な……」

唯「私は澪ちゃんの歌詞、好きだよ。
  なんか不思議で、かわいくって、
  歌ってたら幸せな気持ちになれるもん」

澪「唯……」

唯「私ね、澪ちゃんの頑張ってるとこ好きだったの」

澪「……」

唯「澪ちゃんはベースでも歌でも作詞でも一生懸命やってたよね。
  それは、自分で自分をごまかしてたわけじゃないでしょ?」

澪「……」

唯「私は澪ちゃんが本当の自分をぶつけて書いた歌詞とか、
  歌とか、演奏とかが好きだったの」

唯「大事なのは、頑張ることだと思うな。
  無責任な言い方になっちゃうけど」

澪「私なんかがいくら頑張っても、何もできないよ……」

唯「そういうことじゃないんだよ。
  頑張ってる姿は、誰かが好きになってくれるんだよ」

澪「え……」

唯「だから、とりあえず結果とか気にしないでさ、
  出来ることから頑張って見ればいいと思うんだ。
  その澪ちゃんの姿を誰かが認めてくれる、好きになってくれる、褒めてくれる。
  そしたらもっと頑張れるんだよ。
  やっぱり人とのつながりってモチベーションに繋がるもんなんだよ」

人とのつながり。
長い長い引きこもり生活の中で、澪がすっかり忘れていた言葉だった。

唯「私にそのことを教えてくれたのは澪ちゃんだよ」

澪「私が?」

唯「高校の時、私がギターをなかなか上手く弾けなかったとき、
  澪ちゃんは優しく教えてくれたよね」

澪「……」

唯「私のこと、応援してくれたよね」

澪「……」

唯「遅くまで練習しててスゴイって言ってくれたよね」

澪「……」

唯「ちゃんと弾けるようになった時は自分のことのように喜んでくれたよね」

澪「……」

唯「私、澪ちゃんがいたから、音楽の道に進むことに決めたんだ」

澪「……」

唯「澪ちゃんがいなかったら、今の私もなかったんだよ」

澪「う……うう」

澪はいつの間にか涙を流していた。

唯は澪をやさしく抱きしめた。

唯「澪ちゃん……」

澪「ううう、唯、唯……私……」





それから1週間後。

澪「いらっしゃいませー♪」

店長「秋山さん、だいぶ仕事にも慣れてきたね」

澪「はいっ」

某コンビニで仕事に励む澪の姿があった。

澪(少しずつ……少しずつでいいんだ)

澪(頑張って、そして人生を、自分自身を変えていく)

澪(それが、今の私にできること……)

こうして秋山澪は社会復帰を果たし、
数年後に結婚して幸せな家庭を築くのであった。






               けいおん 




         お       わ         り