母「ごめんね、澪ちゃん……」

澪「ったく……」

母「……澪ちゃん……いつまで部屋に籠ってるつもりなの?」

澪「はぁ?私がいつまで部屋にいようとあんたには関係ないじゃん」

母「関係あるわよ……お父さんの会社だって経営危ないし、生活に余裕は……」

澪「じゃああんたがパートとかで働けば済む話じゃん。はい論破~」

母「澪ちゃん……」

澪「はああ、うぜえんだよ、あのクソババア…………
  さて、更新……と。あ、スレ伸びてるな」

2ちゃんねるのスレッドを、ニヤニヤしながら眺める澪。
すべて読み終わると自分の意見を書き込み、また更新ボタンを押す。
こんなことを1日中繰り返すだけの生活がもう何年も続いていた。

澪「あーあ、またゆとりが湧いてるよ……せっかくの良スレが台無し」


澪「2ちゃんねるは面白いなあ」



秋山家、リビング。

母「はー……」

父「澪はどうだ」

母「……今日も部屋に籠りっきりだったわ……」

父「もう6年か……6年も部屋に籠って……」

母「いえ、たまに出てくるんですよ、2週間に1回くらい」

父「そうなのか?」

母「ええ、でも……」

澪「おい」

母「あら、澪ちゃん……」

父「おお、部屋から出てきたのか、澪……」

澪「金くれよ。3000円くらいでいいからさ」

母(部屋から出てくるのは……小遣いをせびる時だけ……)

父「……」

澪「おい、くれよ」

母「はいはい……」

父「いや、待ちなさい、母さん」

母「はい……?」

父「澪、話がある」

澪「は?何?」

父「単刀直入に言おう。いつまで引きこもっているつもりだ」

澪「はぁ?何であんたにそんなこと言われなきゃなんないの?」

父「お前ももう25だろう。せっかく良い大学に行ったのに、すぐに辞めてしまって、
  そこからず~っと引きこもり生活を続けている」

澪「それがどうしたんだよ。私がどうしようと私の勝手だろ?」

父「それはそうだ。しかしな、後悔したことはないのか」

澪「後悔?」

父「ああ。お前はな、大学生活という人生でもっとも楽しい時期を無駄にしたんだ」

澪「……」

父「サークルに入れば友達もできたろう。
  自由な時間を思いっきり使って、楽しい思い出をたくさんたくさん作れたはずだ。
  バイトとかでお金を貯めて海外旅行、なんて大学のうちでしかできないことだぞ。
  それに勉強だって、頑張ってやればいろんな資格を取れるだろう。
  お前、昔は幼稚園の先生になりたいとか言ってたじゃないか。
  その夢だって叶えることが出来たんだぞ」

澪「……」

父「そういえばベースもやってただろ、大学でもバンド仲間を見つけて……」

澪「くくっ」

父「澪?」

澪「あはははは、何を言い出すかと思えば……あははは」

父「なにがおかしい?」

澪「仲間なんてバカバカしい。
  大学は確かにいいとこに行ったよ?
  でも学歴と人間性はやっぱ比例しないもんなんだね~、
  私と比べて周りの人間が低レベルすぎて、会話もしたくなかったよ」

父「何をいっとるんだ」

澪「講義もつまんなかったね。
  簡単なことを小難しい表現で喋ってるだけ。
  あんなもん受ける意味ないない」

父「……」

澪「私は悟ったの。行く意味ないよ、大学なんて。
  周りはゆとり教育で育ったバカばっか、
  教授も頭固いウンコ人間ばっかりでね」

父「……」

澪「軽音部の見学にも行ったけど、そこも全然だめ。
  センス悪すぎて話になんなかったよ。
  誰も私の音楽の趣味についてこられなくてさ、
  もうほんとに低レベル。あんな奴らに使われる楽器がかわいそーだったね」

父「……」

澪「だから私は大学辞めたんだよ」

父「大学を辞めて引きこもるのか。
  何の生産性もない、時間を無駄に消費するだけの6年間を過ごしたのか」

澪「無駄にしてたわけじゃないよ。
  ネットで情報収集してたし、時期が来たら働いたりしようかな、って」

父「時期っていつだ」

澪「景気が良くなったらね。
  ま、売国犯罪民主党政権になったから4年間は無理だろうけど(笑)」

父「お前は……」

澪「それよりお金」

母「ああ、はいはい……」

深くシワが刻まれた手で、財布から1000円札を取りだす母。
その手から勢いよくお金をひったくると、澪は自室へと戻っていった。

父「……」

母「……」

父「どこで育て方を間違えてしまったんだろうな……」

母「……あの子は小さい頃から負けず嫌いで、かたくなで、感情を内に溜めこむほうでしたから……
  高校で軽音部に入って友達がたくさんできて……変わったと思ったんですけど……」

父「人間の根本的な部分はそう簡単に変わらん……」

母「ううう……」

父「それより……あの子をどうするか、だ……
  女の子だから結婚という手もあろうが……あの性格では」

母「まずはバイトで社会復帰からでしょうか」

父「そうだな……明日、会社の帰りに求人情報誌を手に入れてくるよ」

母「お願いします、あなた」



澪の部屋。

澪「ああ、これだ。VIPで面白いって言われてた漫画」

澪はアマゾンで数冊の漫画を注文していた。
何かを買うときはいつも親からせびった小遣いで、アマゾンを利用している。

澪「アマゾンのレビューは星4つか……まあアマゾンレビューなんて気にする方がバカだね。
  注文確定……っと。早く届かないかな~」

その後、澪はずっとゲームをやりながら2ちゃんねるを続け、
日が昇りはじめたころに眠りについた。


翌日、夜。

コンコン
父「おい、澪」

澪「ん?何」

父「お前に荷物が届いてたぞ」

澪「ああ、もう来たの?支払うの忘れてたよ」

父「そうか」

澪「ドアのとこ置いといて」

父「取りに来てくれ。お父さん腰が痛くてな、かがめないんだよ。
  床に落とせというならそうするが」

澪「はあ?まったく……」

澪がしぶしぶ部屋の鍵を開けると、
ドアが外から勢いよく開かれ、父が入ってきた。

父「ふん、かかったな」

澪「出てけよ」

父の手にはアマゾンの段ボール箱と、
数冊の求人情報誌。

父「まずお父さんの話を聞け。この荷物はその後に渡す」

澪「はあ?なに」

父「お前ももう25だ、立派な大人だからな、働くということを考えにゃならん」

そういって父は求人情報誌を差し出した。

澪「今はまだ働かないってば」

父「じゃあ将来どうする気だ」

澪「結婚すりゃいいんだよ。どっかの年収いい男を適当に捕まえて、
  後の人生はそいつの金で生きていけば済む話じゃん。はい論破」

父「お前なぁ……」

父「人生はそんなに甘くないぞ……いいか?
  年収ある人間はそれなりに高学歴だろ」

澪「うん」

父「それがお前みたいな高卒と付き合うか?」

澪「はあ?今はもう学歴とか関係ないだろ。
  どこまで脳みそ古いの」

父「あと、お前は料理、洗濯、掃除、何一つろくにできないだろ。
  そんな女を嫁にもらうなんて」

澪「だから、考えが古いっつーの!
  女だからってそういうの押し付けるなんてありえない。
  男って困ったらすぐそれだよね、女がやれ、女の仕事だ、って。
  うざいんだよ、なんでも女にやらせて」

父「じゃあお前は結婚したら何するんだ」

澪「何もしないよ?」

父「…………」

父「……まあ、この話は置いとこう」

澪「ああ、反論できなくなったから逃げるんだ」

父「ああ、そういうことでいい。
  で、その結婚相手をどうやって見つけるんだ」

澪「今はネットでも出会い系とか結婚相談とかあるし」

父「そういうのを使ってるのか」

澪「使ってないよ?」

父「……ああ、要するに結婚への具体的な行動は何一つ起こしていない、と」

澪「今はまだ結婚なんてしなくていいでしょ。
  まだ若いし、遊べるうちに遊ばないとさ」

父「……」

父「お母さんと相談したんだ」

澪「何を?」

父「もう澪にはお小遣いを渡さないことにする、って」

澪「はあ?なにそれ!ありえない」

父「だから、これからは自分で働いて稼げ」

父は改めて求人情報誌を差し出した。

澪「ふざけんなよ!働かないっつってんだろ!!」

父「甘ったれるな!!!」

澪「びくっ」

父「いいか、求人情報誌はここに置いておく。
  これを見てやりたい仕事が決まったら言いに来い。
  この段ボールはその時に渡してやる」

そう言い残すと、父はアマゾンの段ボールを小脇に抱えて
部屋から出ていってしまった。

澪「んだよ……出たい声出しゃ偉いと思いやがって……
  これだからオッサンはうざいんだよ……」

ぶつぶつと文句を言いつつも、澪は情報誌を手にとった。

耳障りな音を出し続けるテレビをふと見てみると、
そこには見覚えのある顔が映っていた。

澪「唯……」

平沢唯。
澪の高校の頃の同級生で、軽音部の仲間だった。
卒業後は音楽の専門学校に進み、数年前にプロデビューを果たしていた。

画面の中の唯はギターを弾きながら明るいアップテンポな歌を楽しげに歌っていた。

澪「はは、くだらん歌。曲も歌も歌詞も演奏もレベル低い。
  こんなの流行りもの好きのスイーツ(笑)しか聴かないよ、
  ν速のの音楽スレでも叩かれてたし」

澪はテレビを消した。

コンコン

澪「ん?」

母「澪ちゃん、お客さんよ。りっちゃんが来てくださったの」

律「入るぞ、澪」
ガチャ

澪「律……」

律「澪と会うのももう5年ぶりか~?
  はっはは、汚い部屋だな~」

澪「……何しに来たんだ」

律「幼馴染に何しに来たんだ、はご挨拶だな。
  あ、タウンワークじゃん。ついに働くのか?」

澪「……」

高校までずっと仲が良かったのだが、
今ではもう律のことをウザイとしか思えなくなっていた。


田井中律は高校を出た後、地元の底辺私立校へと進学していた。
そのために澪は律を見下すようになっていた。

律「澪、家で毎日何してんだ?ずっと籠ってても暇だろ」

澪「そんなことないよ。
  インターネットでは毎日新しい情報が見られるし、
  そこに参加してみんなと一緒に楽しんだりできる。
  ゲームだって漫画だってあるし、たまにはベースも弾いたりするし」

律「ふうん」

澪「そういう律こそ何やってんだ」

律「あはは、私はハケンだよ」

澪「ぷっ、ハケンって……あはははははは」

律「な、なんだよ」

澪「ハケンって……低賃金でくだらん仕事させられて、
  用済みになったらポイだよ?使い捨ての存在だよ?
  まさに社会の奴隷って奴じゃん、あははははは」

律「……」

澪「なんでハケンなんてやろうと思ったの?
  そんなんで将来どうすんのさ。
  新卒で正社員になれないとか人生積んだも同然じゃん。
  だいたい律は大学選ぶ時から……」

律「お前には言われたくない」

澪「え?何?」

律「この数年間!働きもせずに!一日中部屋にこもりっきりで!
  親のすねをかじり続けてきたお前には言われたくない!!」

澪「おーおー、逆切れだよ。
  もっと論理的に話せないもんかね。
  これだから低学歴は困る」

律「おまえなぁ……」

律「……もういい。かつての親友を心配してきてみたら……
  お前とは絶交だ。もう帰る」

澪「ああ、それで結構。
  お前みたいな低学歴底辺人間と友達なんて人生の汚点だからな」

律「そうかい。じゃあな」
ガチャ

律は振り向きもせずに部屋から出ていった。

澪「はーあ、低学歴の吐いた空気が混じっちゃったな~。
  換気しよ~」

澪は数日ぶりにカーテンと窓を開けた。
すると、外に律の姿が見えた。
律は男と一緒に腕を組んで歩いていた。

澪「なにあいつ……デート帰りに寄ったの?
  マジでありえないな、これだから低学歴は……」

澪「はーあ、バイトか」

澪はベッドに寝転がって、
求人情報誌のページをめくった。

澪「コンビニか……いや、こんな底辺の仕事はやってられないな。
  そもそも接客業自体がダメだな、バカな客の相手しなきゃいけないし、
  それでいて時給も低いしな~。まさに底辺の仕事だよね~」

澪「キッチンで調理の仕事か~、ダメだな~料理なんてできないし。
  スーパーの品出しか、力使うし疲れるよな~。
  宅配、引っ越し……ブラックなのばっかりだな。ダメだ」


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