姫子「……唯ちゃん」

唯「うん」

姫子「ごめん、本当にごめん」

唯「……」

姫子「私は唯ちゃんの事を、友達としてしか見られないよ」

唯「……そっか」


姫子「……私、最低だ」

唯「えっ?」

姫子「唯ちゃんの事、軽音部の事……。知ってたのに、全然気にしないで、結果的に、唯ちゃんを傷つけた」

唯「姫ちゃん?」

姫子「そうだよね。こうやって唯ちゃんと一緒にいれば、こうなっちゃう事くらい予想できたんだ」

唯「……」

姫子「でも、楽しかったんだ。唯ちゃんと屋上で過ごす時間が。八方美人の私じゃない、素の自分でいられるのは、ここだけだったから」

唯「姫ちゃん……」

姫子「それが結果的に、唯ちゃんの気持ちをもてあそんで、踏みにじる事になっちゃった」

唯「……」

姫子「私、唯ちゃんの事なんて何も考えてなかった。自分の事ばっかり考えてた。最低だよ……」

唯「謝らなきゃいけないのは私の方だよ、姫ちゃん」

姫子「……えっ?」

唯「私ね、姫ちゃん試すような事をしちゃったんだ」

姫子「……試す?」

唯「そう。試したのは姫ちゃんだけじゃなくて、私自身の気持ちも、なんだけど」

姫子「えーと、話がさっぱり見えない」

唯「うん、ちゃんと説明する。あのね、姫ちゃん」

姫子「う、うん」

唯「去年の夏休み、私が軽音部を辞めた理由は知ってるでしょ?」

姫子「そりゃ、有名な話だからね……」



軽音部は、私にとって宝物だった。
澪ちゃんと、律ちゃんと、紬ちゃんと。
1年生の間、みんなと一緒に過ごした日々は、本当に楽しかった。
そんな日々が、卒業までずっと続いていくと思ってた。

けど、続かなかった。
壊したのは、他ならぬ私だ。

きっかけは、あずにゃんが入部した事だった。
可愛い後輩だな、と最初は思った。
ふざけて抱きついた事もあったけど、ちょっとしたスキンシップに過ぎなかった。

でも、私のあずにゃんへの想いは、次第におかしな方向へエスカレートしていった。

あずにゃんが可愛い。
あずにゃんをナデナデしたい。
あずにゃんを抱き締めたい。
あずにゃんにチューしたい。
あずにゃんが欲しい。
あずにゃんを独り占めしたい。
あずにゃんを私のものにしたい。


そんな私の想いは、溜まりに溜まって、ついに爆発した。
夏休み、ムギちゃんの別荘で合宿した時だった。

夜、私はあずにゃんをこっそり呼び出して、告白する事にした。



梓「どうしたんですか、唯先輩……」ファァ

唯「ごめんね、眠かった?」

梓「そりゃ、あれだけ遊んで、あれだけ練習しましたから。それで、話したい事って何ですか?」



あずにゃんが眠い目をこすっていた時、私の目は興奮して血走っていた。
いつになく緊張した私の態度に、あずにゃんも、ただ事ならぬ雰囲気を察したらしい。
ピリピリした空気が、二人の間に流れていた。


唯「私、あずにゃんの事が好きなの」

梓「……えっ?」

唯「澪ちゃんや、律ちゃんや、ムギちゃんが好きなのとは違うの。あずにゃんが欲しくてたまらないの」

梓「えっ、えっ、えっ……」



私はジリジリと間合いを詰めて、あずにゃんの肩を乱暴に掴んだ。
心臓がバクバクして、鼻息が下品に荒くなっていた。

事態を把握したあずにゃんの顔から、血の気が引いていった。
私を見つめる瞳には、恐怖と、失望と、軽蔑がごちゃ混ぜになって浮かんでいた。

そう、あの目だ。
今でもあの目を忘れる事ができない。


梓「い、やぁっ、来るな!!」

唯「あずにゃん、私、あずにゃんが好きなんだよ!」

梓「来るな、来るな、あっち行け!!」

唯「あずにゃんが欲しいの、あずにゃん、ねえ、あずにゃん」

梓「嫌だ、嫌だ、嫌だ!!」



私は完全に暴走して、理性を失っていた。
あずにゃんを押し倒し、唇を無理やり奪ったところで、あずにゃんの火事場のバカ力が目覚めたんだろう。
あずにゃんよりも大きな私の身体が、思いっきり吹っ飛ばされた。
同時に、ホラー映画もびっくりの金切り声で、あずにゃんが悲鳴をあげた。
ムギちゃんたちが慌てて駆けつけ、私は取り押さえられた。


正気に戻った時には、後のまつりだった。
合宿は即時中止。ムギちゃんが呼んでくれた車に乗せられ、私は家に送られた。
あずにゃんの心に深い傷をつけた私は、軽音部から追放された。
後輩を犯しかけたレズ女、という不名誉な噂は、夏休みが終わる頃には全校に広がっていた。
9月になって登校した時、教室で私に話しかけてくる人は、誰もいなかった。

放課後ティータイムは、私がいなくなっても、放課後ティータイムだった。
文化祭では、あずにゃんがリードギターを弾いて、澪ちゃんがボーカルを務めて、ライブは大盛況だったらしい。
軽音部にはもう私の居場所がないんだ、という現実が、改めて私に突き付けられたようだった。



唯「あんな事があってから、私はひとりぼっちになった」

姫子「……うん」

唯「行き場所がなくて、お弁当はいつもトイレで食べてた」

姫子「そうだったね」

唯「そんな私を、屋上に誘い出してくれた姫ちゃんの存在は、私にとってすごく大きかった」

姫子「……」

唯「それから毎日ここへ来るようになって、私の中で、姫ちゃんの存在がどんどん大きくなっていった」

姫子「……」

唯「私ね、怖かったの」

姫子「怖かった?」

唯「このままじゃ私、あずにゃんにした事と同じ事を、姫ちゃんにしちゃうかもしれない、って」

姫子「そんな……」

唯「気持ちが膨らみすぎると、私は自分で自分をコントロールできなくなっちゃう。それが怖かったの」


唯「だから私、試したんだ、姫ちゃんの事」

姫子「……」

唯「私が告白した時、姫ちゃんの目、すごく申し訳なさそうだった」

唯「私を怖がったり、私を見下したりする目じゃなかった」

唯「姫ちゃんは、私を認めてくれるんだ、ってわかったんだ」

姫子「……」グスッ

唯「それがわかって、私はすごく安心した」

唯「本当にありがとう、姫ちゃん」

唯「それと、試すような事をして、本当にごめんなさい」


唯「もう一つ試したのは、私の気持ち」

姫子「……唯ちゃんの、気持ち?」

唯「私は姫ちゃんをどうしたいと思ってるのか、自分でもわからなかったんだ」

唯「あずにゃんと同じように、独り占めしてメチャクチャにしたいと思ってるのか」

唯「それとも、もっと違う何かを求めてるのか」

唯「もし私が、あずにゃんの時と同じ気持ちを姫ちゃんに抱いてるなら、いつか姫ちゃんを傷つけちゃう」

唯「もしそうだったら、私は姫ちゃんと一緒にいちゃいけないんだ、って思ったんだ」

姫子「……それで、自分の気持ちはわかったの?」

唯「うん、わかっちゃった。……どっちだと思う?」


姫子「たぶん、いや、きっと……唯ちゃんは私をメチャクチャにしたいとは思ってない」

唯「どうしてそう思うの?」

姫子「私をメチャクチャにすれば、唯ちゃんはまた何もかも失っちゃう。唯ちゃんは、そんな事、望んでない」

唯「……正解、さすがだね姫ちゃん」ジワッ

姫子「わかるよ、唯ちゃんの事だもん……」グスッ

唯「私ね、別に姫ちゃんを独り占めしたい訳じゃないの」グスッ

姫子「うん、うん」グズズッ

唯「姫ちゃんは八方美人だって言うけど、そんな姫ちゃんの事、みんな大好きだと思ってるよ」グスッ

姫子「そう、かな……」グスッ

唯「ただ、そうする事に姫ちゃんが疲れちゃった時に、私が姫ちゃんの役に立てればそれでいいって、……そう思うの」グスッ

姫子「うぅっ、唯ちゃん!」ギュッ

唯「姫ちゃん!」ギュッ

姫子「ありがとう、唯ちゃん、うぅっ」ポロポロ

唯「頼り、ない、けど、いつ、でも、力に、なるから!」グスッグスッ



こうして私は、姫ちゃんの親友になった。
……恋愛感情とは、きっと違うよね。だから、親友。

トイレでお弁当を食べてた頃では信じられないくらい、私は笑顔でいられるようになった。
あの日、屋上の鍵を持って来てくれた、姫ちゃんのおかげだよ。

これから二人は、路上ライブという目標に向けて、進んでいく。
姫ちゃんと一緒に、この屋上で、頑張ろう。
軽音部っていう居場所を失った私にも、新しい居場所ができたんだから。


唯「……そういえば姫ちゃん、覚えてる?」

姫子「何を?」

唯「ごめん禁止タイム」

姫子「……」

唯「……」クスッ

姫子「あははっ、完全に忘れてた!」

唯「まだ姫ちゃん、終わりって言ってないもん」

姫子「そうだっけ、あははっ」

唯「今日、二人とも謝ってばっかりだよ!」

姫子「何だよ、それは仕方ないじゃん!」

唯「へへっ、そうかもね。まぁいっか!」



おわり