梓「あっ……」

唯「あっ……」

梓「……」

唯「あの、えっと、おは」

梓「なんでギター持ってるんですか?」

唯「おは……よ……」

梓「もう軽音部には来ないって、約束したじゃないですか」

唯「それは……」

梓「……」キッ

唯「ち、違うよ。これはね、同じクラスの友達に、ギターを教えるために」

梓「別に、軽音部にさえ近付かなければ、理由なんてどうでもいいです」

唯「えっ……」

梓「じゃあ、これで失礼します」スタスタ

唯「あっ、行っちゃった……」


足早に学校へと向かっていく、あずにゃんの後ろ姿を、私はその場で見送るしかなかった。
なんでギー太を持って来ちゃったんだろう、なんて今更になって後悔した。

教室に入った時、その後悔はさらに大きくなった。
ギー太と一緒の私を見て、澪ちゃんたちがギョッとした表情になったから。
律ちゃんとムギちゃんが、ひそひそ話をしてる。その様子を見ると、泣き出しそうになった。

3年生になってから、教室にいる事がこんなにつらいのは初めてだった。
早く、お昼休みにならないかな。そうすれば、立花さんと一緒に屋上へ行けるのに。
そう思って、立花さんの姿を目で探すと、他の女の子たちと話をしていた。


唯「やっと、お昼休みだよ~」

姫子「なんだ、そんなに待ち遠しかったの?」

唯「うん、待ち遠しかったよ……」

姫子「……平沢さん?」

唯「あっ、何でもないよ。それより、今日はギー太を持ってきたよ!」

姫子「うん、ありがとう。……ギー太?」

唯「ギターのギー太だよ。私が名前を付けたの」

姫子「へえ、面白いね。ギー太、か……」

唯「それじゃ、まず私がお手本を見せるね」

姫子「うん、お願いします」


唯「……どう?」

姫子「す、すごいよ!」

唯「本当?」

姫子「うん、平沢さん、本当にすごい!」

唯「なんか、そんなに褒められると照れちゃうよ~」

姫子「言っておくけど、お世辞じゃないからね。そのまま受け取ってよ」

唯「うん、うん、わかってるよ」

姫子「いやー、上手だなぁ。失礼かもしれないけど、想像してたよりも、はるかに上手かった」

唯「そ、そんな」アセアセ

姫子「だって平沢さん、駅前で弾き語りしてる人よりも……、私が知ってる人の中で、一番上手いんだもん」

唯「私より上手い人なんて、たくさんいるよ……、あずにゃんとか」


なんでこのタイミングで、あずにゃんの名前を口にしてしまったんだろう。
立花さんの前で、あずにゃんの話なんてしたくないのに。
きっと、朝あずにゃんに会っちゃったからだ。
きっと、そうに違いない。

立花さんにベタ褒めされて、ふわふわしていた気分が、また一気に冷めていった。
なんか今日は、気持ちの浮き沈みが激しいな。


姫子「……あずにゃん?」

唯「あっ、えっと……軽音部の、中野梓っていう後輩」

姫子「中野、梓……」

唯「んっと、その子、すっごくギターが上手でね。その子が入部したから、ギターが下手な私はクビになっちゃったの」

姫子「……」

唯「あはははは、情けないよね。だから私なんかに教わっても仕方ないかもしれ」

姫子「平沢さん!」

唯「……うん」

姫子「その、中野って子の話は、それくらいにしよう」

唯「立花さん……」

姫子「それに私は、ギターの上手い人に教わりたいんじゃない。平沢さんに教わりたいんだ」

姫子「だから、昔話はこのくらいにして、早く私にギターを教えてよ」

唯「……」

姫子「大体、今日はまだ昼ご飯も食べて……」

唯「……ふぇ」グスッ

姫子「えっ?」

唯「ふぇーん、立花さーん!」ギュッ

姫子「わ、わっ、平沢さん!?」

唯「うぅー、あびばどぉー!」グスッグスッ

姫子「平沢、さん……」


感情が溢れ出して、もう止められなかった。

立花さんは、こんな私を必要としてくれる。
誰からも見捨てられた私に、居場所をくれる。
その事が、嬉しくて、嬉しくて、たまらなかった。

泣きじゃくる私を、立花さんはずっと抱き締めてくれた。
だんだん自分でも、なんで泣いているのか、わからなくなってきた。
それでも立花さんは、時々頭をポンポンと叩きながら、私の傍にいてくれた。

結局私が泣き止んだのは、お昼休みが終わる頃だった。
ギターの練習は、明日からに持ち越しとなった。


唯「昨日はごめんね、立花さん」

姫子「いいって、気にしないで。さぁ、今日はギターを教えてもらうよ」

唯「うん、じゃあ早速……」

姫子「あっ、ちょっと待って」

唯「うん、何?」

姫子「その、立花さんっていうの、やめない?」

唯「えっ?」

姫子「なんか他人行儀な感じがするからさ。もし嫌じゃなければ、私も唯ちゃんって呼びたいし」

唯「そっか……。じゃあ、私は姫ちゃんって呼ぶ」

姫子「うん、わかった。唯ちゃん、よろしくお願いします」

唯「姫ちゃん、よろしく!」

姫子「うん、いい感じだね!」

唯「よーし、じゃあ教えるよ。まず弦の押さえ方を……」


唯「姫ちゃん、だいぶ上手になってきたね」

姫子「この一週間、唯ちゃんが毎日教えてくれたからね」

唯「そろそろ、簡単な曲を実際に弾いてみる?」

姫子「あっ、やったー!」



唯「この曲、もう弾けるようになったね」

姫子「練習を始めて、もうすぐ1ヶ月経つからね」

唯「姫ちゃんが頑張ったからだよ!」

姫子「いや、唯ちゃんがよく教えてくれたからだよ」

唯「えへへ、ありがと!」


姫子「ねえ、唯ちゃん」

唯「何?」

姫子「そろそろ2ヶ月経つよね、私がギター始めてから」

唯「うん、そうだね」

姫子「だんだん上達してるよね、私」

唯「もちろんだよ!」

姫子「じゃあ、ここらで一つ、目標を立てたいんだ」

唯「目標?」

姫子「唯ちゃんと一緒に、路上でギターを弾きたい」

唯「……おぉ!」

姫子「路上ライブは元々夢だったんだ。でも、唯ちゃんと一緒にやりたいんだよ。……どうかな?」

唯「うん、いいと思う。一緒にやろう!」

姫子「ありがとう、私もっと頑張るよ!」


路上ライブという共通の目標ができて、私と姫ちゃんは、ますます仲良くなっていた。
けれど、私が笑顔でいられるのは、相変わらず屋上だけだった。
教室に戻れば、誰とも言葉を交わさず、休み時間は寝たふりをして過ごす日々。

他のみんなにどう思われても構わなかった。
今の私にとって大切なのは、姫ちゃんだから。



でも、一つだけ、ハッキリさせなきゃいけない問題があった。
それは、私が姫ちゃんに抱き始めた、モヤモヤした気持ちの正体。

姫ちゃんは私にとって大切な存在。
でも、それってどういう意味なんだろう。
私は姫ちゃんを、どうしたいんだろう。
そこをハッキリさせるのは、私にとって、とてめ勇気の必要な事だった。


唯「ねぇ、憂」

憂「どうしたの、お姉ちゃん」

唯「もうすぐ夏休みだね」

憂「そうだねー」

唯「……去年の夏休み」

憂「」ピクッ

唯「あんな事があってから、もう一年も経っちゃうんだ」

憂「……そうだね」

唯「……憂、正直に答えてほしい事があるの」

憂「……うん」

唯「あの時、お姉ちゃんの事、どう思った?」

憂「どう、って?」

唯「私の事、気持ち悪い、って思った?」

憂「……そんな事、思わないよ」

唯「本当に?」

憂「本当だよ」

唯「だって、あれからみんな私の事を気持ち悪いって思うようになったんだよ」

憂「……」

唯「そのせいで、私は軽音部にもいられなくなっちゃった」

憂「……お姉ちゃん」

唯「憂も無理しなくていいよ。家族だって、お姉ちゃんだって、気持ち悪いと思うなら、それは憂の正直な気持ちなんだから」

憂「お姉ちゃん、それは違うよ」


憂「お姉ちゃんは私にとって大切な人なんだから、気持ち悪いなんて思わないよ」

唯「憂……」

憂「どんな事があっても、お姉ちゃんは、お姉ちゃんだもん。私の大切な人に変わりはないよ」

唯「でも、軽音部のみんなは……」

憂「……離れていく人がいるのは、仕方ないよ」

唯「……」

憂「だからって、誰もいなくなる訳じゃない。ずっとそばにいる人も、必ずいる」

唯「……そっか」

憂「どんな事があっても、私はお姉ちゃんの味方だよ。だから安心して」

唯「ありがとう、憂」

憂「うん、どういたしまして」テヘッ


どんな事があっても、憂は私の味方でいてくれる。
軽音部のみんなに見捨てられても、幼馴染みの和ちゃんに見捨てられても。

わかりきっていた事かもしれない。あれから一年近く、憂だけは変わらず私に接してくれたから。
でも、確かめたかった。憂の口から、その言葉を聞きたかった。
これから私は、また全部、失っちゃうかもしれないから。


唯「姫ちゃん」

姫子「あぁ、唯ちゃん。今日は遅かったね、何かあったの?」

唯「ううん、そういう訳じゃないの。ただ、ちょっと……」

姫子「……何?」

唯「心の準備、といいますか……」

姫子「うーん、何が何だかさっぱりわからないよ」

唯「ねぇ、姫ちゃん」

姫子「……唯ちゃん?」

唯「姫ちゃんに聞かなきゃいけない事があるの」

姫子「……」ゴクッ

唯「もしも、もしもだよ?」

姫子「……うん」

唯「私が、姫ちゃんの事を好き、って言ったらどうする?」


姫子「……それって、どういう意味?」

唯「そのままだよ。恋愛対象として、好き、って意味」

姫子「……」

唯「……」


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