和「ジャアワタしオでコペロペろスルね」ミシミシ

律「が……はっ……」

和の腕の力が強くなり、あたしを持ち上げる

なんて馬鹿力だ……尋常じゃないぞ

このままじゃ殺されちまう

本能でそう感じたあたしは和のメガネ目掛け思いっきり殴る

和「ギゃッ!!」

メガネは割れ、和の腕の力が弱まった隙に離れる

律「ゲホッゲホッ」

息が苦しい。あたしはその場にしゃがんでしまう

和はその間に立ち上がりあたしに近付いてくる

和「せイトかイやスんデマデあナタヲまっテタのヨ、いイジャなイ」

一歩、また一歩。和の姿は少しずつ大きくなる

殺される。マジで殺される

どうにかしないと――

その時、あたしの視界の隅にあるものが映った

――やられる前に、やるしかない

あたしは隅にある消火器を手にし、和に向かって噴射した

和「ギャぁああァッ!!!」

消火器の煙をモロに受けた和が怯む。

やるならいまだ!

律「和、恨むなよ――!」

そしてあたしはその消火器で怯んだ和の後頭部を一発殴打した

和「ガはッ!」

和はそのまま倒れる

律「はぁ……はぁ……」

倒れた和の頭部からは出血が見られる

……またあたしは、友達を――

律「う……うわあああああああああああ」
もう、何が何だかわからない

和「リ……リつ……」

律「!」

和が起き上がろうとする

律「……ごめんなさい、和」

もう、嫌だ

あたしはその場から走って逃げた

………

……



和と会った場所から離れ、あたしは自分のクラスの教室に入った

少しでも馴染みのある場所で、少しでも落ち着きたかった

……もう、あたしはどうしたらいいんだろう

誰を信じればいいんだろう

いや、むしろ皆を信じられなくなっている自分が本当に嫌だ

律「……誰か、助けてくれよ」

その時、あたしのポケットの中の携帯電話が鳴った

色々なことがいっぺんに起こったお陰ですっかり存在を忘れかけていた携帯電話を取り出し、画面を確認する



080*******


律「……澪」

秋山澪

あたしの一番の友達、親友

友達に順番を付けるなんてあんまりいいことじゃないけど、それでもあたしは、澪を本当に大切な存在だと思っている

いまはとにかく、澪の顔を見たい

――澪がいれば、あたしはきっと大丈夫

律「……もしもし」

澪『あっ律!お前らどこにいるんだよ?部室誰もいなかったぞ』

律「澪……お前ペロペロとかしないよな?」

澪『……?ペロペロってなんだよ?』

律「信じて……いいんだな?」

澪『なにがだ?意味がわかんないぞ。まぁいつものことか』

律「……ふふっ」

澪のいつもの声を聞き、思わず涙が零れる。

澪『……律、泣いてるのか?』

律「泣いてないやい!」

澪『何か、あったのか?』

あたしは弱い。そう実感した。

そして今は澪に会いたくて会いたくて仕方がなかった。

澪が隣にいてくれれば、それで――

澪『律……いまどこにいるんだ?』

律「今は……教室』

澪『すぐ行くから、待ってろよ』

そう吐き捨て電話を切る澪。

澪に会える。

それだけでもう何も怖くない。

あたしは教室で澪を待った


……

ガラッ

澪「……律?」

律「わっ!」

澪「ひぃっ!……おい止めろよそういうの!」

教室の扉の横に隠れて澪を驚かせる

良かった。いつもの怖がりな澪だ。

……安心する

律「なに~澪ちゃんびびっちゃったの~?可愛いでちゅね~」

澪「うるさいっ!お前だってさっき泣いてたくせに!」

律「うっ……」

そうだ。ここにいたら危ない。もしかしたら澪まで襲われるかもしれないし。

律「そうだ澪!早く学校を出よう!」

澪「えっ?部活はどうするんだよ?」

律「そんな場合じゃないんだよ!」

澪「……なぁ律。今まで何があったのか、話してくれないか?」

律「……分かった」

そうだな。ここは一旦落ち着こう。

あたしはもう、一人じゃない。


……

澪「……俄には信じがたいが……まぁいい。律のそんな姿見せられたらな……大変だったな」

律「信じられないかもしれないけどさ……全く、本当に意味が分からないんだよ」

澪「みんな狂ってる……か」

律「……あぁ」

なんでこんなことになっちまったんだろうな。早くあの暖かい軽音部に戻りたい。

唯とあたしがボケて

梓と澪がつっこんで

ムギがそれを暖かく見守る

まぁムギもたまにボケるけどな

そんな当たり前だった日常に、時間に、世界に、戻りたい

律「とりあえず、早くここから逃げよう」

澪「いや、駄目だ」

律「なんで?」

澪「もしかしたら律の家に押し掛けてくる可能性だってなくはないだろ?」

律「……そう、だよな」

今の『あいつら』なら、その可能性はゼロではない。最早、普通の思考回路ではないからな。

澪「だから、唯たちが諦めて帰るのを待とう。とりあえず教室の電気は消しておいてここで凌ごう」

律「……分かった」

澪「よし。この状況だと結構遅くなるだろうし、悪いがちょっと家に電話かけてくるな」

律「うん」

澪がこんなにも頼もしく見えるのは初めてかもしれない。昔はよく泣いてたのに。まぁ今でもそれは変わらないかな

窓の外はすっかり暗くなっていた。

……

澪「悪い、待たせたな」

律「いや全然」

澪「とりあえず電気消すぞ」

教室が一瞬にして暗くなる。窓の外からの月の灯りが教室を微かに照らす

窓際の壁にもたれて座っていた私の横に澪がくっつくようにして座る

澪「……暗いな」

律「そうだな。澪は暗いのも駄目だもんな」

澪「怖いものは仕方ないだろ」

律「ふふっ。澪は全然変わらないな」

澪「律こそ。子供の頃からそのままだろ。何かと人にちょっかいだして」

律「……そうかもな」

付き合いの長い澪が言うのだから間違いないだろう。

澪「……なぁ律、覚えてるか?」

律「ん?」

澪「小さい頃、お前が私によくちょっかい出してきてさ」

澪「よく泣かされたよなお前には」

澪「でも私さ、本当に楽しかったんだよ。いやもちろん、今も律といられて楽しい」

澪「引っ込み思案だった私に少しの勇気をくれたのもお前だったよな」

律「そうだっけか?」

澪「そうだよ。律には本当に色々と感謝してるんだ。ありがとう。」

律「やっ止めろよ……照れるだろ」

澪「私はな、本当に律のことを大切な存在だと思ってるんだ。だから――」ガラッ

澪が何かを言いかけたその時、教室の扉が開いた

唯「リッちゃン、みツケたヨぉ」

紬「ペロペろサセてモラうワヨ」

梓「りツセンパいリつセンぱイ」

和「わタシがイチバんニペろペロスルわ」


律「――ちくしょう!」

まさかこんなに早く見つかるなんて……何でだよくそっ!早くここから逃げなきゃ――!!

あたしは澪の手を取る

律「澪!はやく逃げるぞ!」

しかし澪は立ち上がろうとしない。もしかして怖くて失神しちまったのか?

律「おい澪!どうしたんだよ!はやくしないとあいつらに――」

澪「なぁ、律」


澪があたしの名を呼び、

そしてあたしの腕を掴む

律「痛っ!」

あまりの馬鹿力に思わず叫んでしまう。

澪「そんなに慌てるなよ。」


澪「唯たちを呼んだのは、ワタシだ」


律「えっ……?」


もしかしてさっき澪が電話をかけたのは澪の家ではなく、唯たち……

っていうことはつまり澪は――

澪「律、聞いてくれ」

澪「人間ってさ、欲求を抑えすぎているといつか爆発してしまうらしいんだ」

澪「お前トは付き合イ長いからサ、ワタしの欲求も限界二来てたンだヨ」

澪「みンナ、リつノコと、だイスきナンだヨ」

澪の顔を見る

月明かりに照らされた澪の顔

しかしそれは最早、澪ではなかった

白目を向き、歯軋りをたてながら不気味に微笑む澪

澪の手の力が強くなる。あたしは完全に腰が抜けてしまいその場に座りこむ。もう声を出すこともできない。

澪「オ前のオデこが魅力的スギるカらいケナイんダゾ」

みんながあたしを取り囲む

唯「りッチャん」

これは夢だ

紬「ホうカごハコれカらヨ」

きっと夢なんだ

梓「ヤッてヤルでスやッテヤルデす」

夢から覚めたらまたいつものように――

和「ジャあアタしカラいクネ」

またみんなで――

澪「ケけケケケこケケけケケケケけケケケケケケケケけケケケケケケケケオデコペロペロオデコペロペロオデコペロペロオデコペロペロケケケケケケケケケケケケケケけケけケケケケケケケケケケケケケケケけけ」

あたしの意識はそこで途切れた

……

長い夢を見ている気分だった

今日は何だか学校に行きたくない気分で時計の針が午後4時を指した時点でもあたしはまだ家のベッドに寝ていた

体が、心が、きつい

昨日は、なにをしていたっけ

もしかしたら、夢、だったのかもしれない

律「……部室に行こう」

そうだ、部室に行ってみんなに会おう

唯とふざけあって

ムギのお茶を飲んで

梓につっこまれて

澪をからかって

そんな日常を、当たり前の日常を、求めに行こう


午後6時

あたしはいま部室の扉の前にいる

律「……みんな、来てるかな」

今日は無断欠席だったしな

みんなに色々と言われるかもしれないな

言い訳……考えないと

律「……よし」

そうしてあたしが扉に手をかけた時、中から微かに話声が聞こえた

「――マたペろぺロシたイネ」

……ペロペロ?

「唯チャンいッパイシてタジャなイ」

……そうか

「ツぎハくンカくンカシテやルデす」

あたしはまだ

「リつ、オソいナァあ」

きっと夢の中なんだ

?「……何をしているの」

律「!?」

背後から声がした

律「……さわちゃん」

さわ子「中、入らないの?」

帰ってもう一回寝よう。そしたらきっとこの悪夢は無くなっているはず

律「今日は帰ります」

さわちゃんの横を通り過ぎようとした時、さわちゃんに肩を掴まれた

さわ子「待ちなさい」

あぁ、またなのか

さわ子「ワタシ、昨日イナカッタカラ」

なんて長い夢なんだ

さわ子「わタシモモうガまンデきナイノ」


さわ子「オでコ、ペろペロさセナサい」


そのままなすすべなく部室へと引きずられる


あたしの放課後は、まだまだ終わりそうにない


おしまい