今日は学校が祝日で休み。

だけど何故か学校に行ってしまうのは、きっとあの軽音楽部の部室の居心地が良すぎるからだな。

祝日に部活をしている生徒の姿もなく、今日の学校は貸し切り状態みたいだ。

律「う~さむっ」

もう冬も近いし、この時期夕方はやっぱり冷えるな。

早くムギの入れた暖かい紅茶が飲みたい

そんなことを考えながら、あたしは部室のドアを開いた


ガチャ

律「うぃっす」

唯「律ちゃん遅かったね~」

紬「いまお茶入れるね~」

律「あれ?二人だけか」

唯「澪ちゃんと梓ちゃんは遅れるみたいだよ~それよりさぁさぁ!律ちゃんも座って座って!」

律「そっか。まぁ気長に待つか」

いつもの部室。いつもの雰囲気。やっぱり部室は落ち着くな。

紬「律ちゃんどうぞ~」コトッ

律「おお、サンキュームギ」

唯「はやく飲んで!はやく飲んで!」

律「?なんだよ唯、そんなに飲んで欲しいのか?」

唯「えっ!?いや~別にそういう訳じゃ~……」

紬「あああああったかい内に飲んで欲しいの!ほら!そっ外も寒かっし!」

律「……そうか」

怪しい。二人とも何か変だ。やけに挙動不審だし……

さては紅茶に悪戯でもしたのか?

律「お前ら、紅茶の中に何か入れたな?」ニヤニヤ

唯「!」

紬「……」

おいおいマジかよ!わかりやす過ぎるだろ!

律「お前らバレバレだぞ~何入れたんだよ?」ニヤニヤ

唯「……」

紬「……チッ」

えっ?なんだよこの雰囲気。

律「いや……バレて悔しいのは分かるけどさ、そんなに落ち込まなくてもよくないか?」

いくらなんでも沈み過ぎな気が……

唯「……アトチョットダッタノニ」

律「えっ」

紬「バレたなら仕方ないわね~」スッ

ムギがポケットから何かを取り出して机に置いた

律「これ……なんだよこの薬みたいなのは……?」

唯「睡眠薬だよ律ちゃん」ニヤニヤ

紬「ふふふ」

睡眠薬?なんでそんなもんを……

律「いや笑えないだろ!これ飲ませて何するつもり立ったんだよ!?」

唯「ペロペロだよ」

紬「ペロペロよね~唯ちゃん」

明らかに普通じゃない。あたしは二人の姿にどこか恐怖すら覚えた

それに……ペロペロ?何だよそれ

唯「律ちゃんがそんなに綺麗なおでこを出してるのが悪いんだよ~」

紬「そんな魅力的なおでこを前にしてペロペロしたくない人なんていないわよ~」

律「い、いや何言ってんの二人とも?おでこを舐める?訳がわかんな――」

唯「律ちゃん」

私の言葉を遮るように唯は冷たく私の名前を呼ぶ。

紬「おでこ、ペロペロ」

唯「リッちャんノ、オデこ、ペろペロ」

律「ひっ……おっおい、その手に持ってんのはなんだよ……?」

紬「コれアてルト、ビリビりシテきもチイイのヨ」ビリビリ

唯「リッちャンりッチャンリっチゃンリッチャん」ビリビリ

二人の手にはスタンガンがあった

あたしは思わず後ずさる

そして二人が私に近づいてくる。

全体的に力が入っていない感じで、まるで何処かのホラー映画のゾンビだ。

二人の目を見る。まるで死んでいるような、全く光の無い目をしていた。



――明らかに狂っている。

私は部室を飛び出した。


唯「マっテーリっちャン」

紬「ニげテもムだヨーきモチヨくなリまショウ」

律「うわあああああああ!!!!!!」

後ろから二人の声が追いかけてくる。

いや、最早あいつらは私の知っているあいつらじゃない。

全くの別人だ。何かに憑依されたのではないかと疑いたくなる程の。

あたしは振り向くことなく全力で走った。
学校の本館まで来たところで、ようやく2人を撒き、廊下で一息つく

律「……一人じゃ心細い。とりあえず澪と梓を探そう」

澪と梓はいざというときに頼りになる。

あたしは2人に絶対的な信頼を寄せている。

そして何よりも、今は誰かと一緒にいたい。

そう思っていたその時、向かいの方から歩いてくるよく知る顔を見つけた。

律「梓だ……梓ーっ!」

あたしが手を振り近付くと、梓は驚いたような表情を見せ、おじきをした。

梓「あっ!律先輩、お疲れさまです。……どうしたんですか?そんなに慌てて」

律「ぜぇぜぇ……いや、変なんだよ!」

梓「変?何がですか?」

首を傾げる梓

律「唯とムギだよ!狂ってるぞあれ!」

梓「えっと……先輩?」

梓「唯先輩はいつも狂ってるような気がしますけど」

律「梓……それは言い過ぎだ」

良かった……梓は普通みたいだ。

とりあえず今日はこのまま帰ろう。明日にはあの二人もいつも通りになるかもしれないし。

きっと何か悪いものでも食ったのだろう。そう思いたい。例え冗談だとしてもタチが悪すぎる

律「梓、今日は部活中止な」

梓「えっ中止ですか?」

律「悪いな。今日は何かもう部活って気分じゃないんだ」

梓「そうですか……分かりました」

律「よし!そうと決まれば一緒に――」


梓「そっちの方が都合がいいです」

律「……梓?」

梓が俯く。

俯いた梓が次に顔をあげた時には、すでにいつもの可愛らしい後輩の面影はなかった。

目は赤く充血しており、顔面は血が巡っていないのかと思う程蒼白していた

梓は不気味な笑みを浮かべ呟く

梓「リツセンパイ、オデコペロペロ」

律「おい梓……まさかお前も……」



梓「ヤっテやるデスケケケケケケケけケケケケケケケけケケケケけケケケけけケケケケケけケけケケケケケケケケけケケケ」



律「うわあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

私は梓――いや

『梓だった者』から逃げるために全力で走った。



何も考えたくない。

なんだこの世界は。

おでこが何だ?どうしたっていうんだ?


色々と滅茶苦茶過ぎるだろ。


あたしは完全にパニック状態だった

律「もう意味わかんねぇ!」

あたしは『梓だった者』から充分な距離を取れたことを確認し、トイレの個室に逃げ込んだ。


『誰にも入れない場所』と思って咄嗟にトイレに入ってしまったが……

よく考えたらこれ、かなり危険な状況なんじゃないか。逃げ場がない

律「冷静な判断なんか出来るかよ……」

駄目だ。とりあえずここで一旦頭を冷やそう。

もしかしてもしかすると、今までの出来事は長い夢かもしれないしな。

そんなことを考えていたその刹那、誰かの足音がトイレに響いた。

梓「リツセンぱイ、ドコでスカ」


律「――っ!」

この声は梓だ。

しかしいつもの柔らかく可愛らしい中にもしっかりとした梓のイメージは全く無く、まるで感情が無い機械的な声。


ここで見つかったら終わりだ。



梓「……トビらガひトツしマっテルでス」

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン

やばい……!

『梓だった者』があたしが入っている個室のドアを叩く

梓「りツセんパイリつセンぱイりつセんパイリツせンパい」

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン


怖い。怖い怖い怖い怖い。

私の脳内はその言葉だけで埋め尽くされた。

まさか梓に泣かされる日が来るだなんて思ってもみなかった。

今の梓を、梓とは認めたくないけど。

私はただ縮こまって『梓だった者』が踵を返すのを待つことしかできなかった。


梓「……コこニハイなイノかナ」

足音が遠ざかっていくのを聞いて私は緊張を解く。とりあえずは凌いだのかな。


律「……こういう時は上から覗いてたりしてな」

思い切って上を見る。




……良かった。誰もいない。



律「でもまだ油断はできないな」

もしかするとさっきの足音はフェイントで、まだドアの前にあいつがいるかもしれない。

私はドアと床との隙間から外を覗いた。





赤く充血した目と視線が合った。



梓「ミィィつケタぁ」

律「――っ!!!!!!!!!!?」



恐怖と驚きのあまり思わずその場から飛び跳ねて後ずさる。

外から『梓だった者』がこちらを覗いていた。

梓「ミつケタでスみツケたデスふフフフフふフフふフフフフフフフフフフフフふフフフフフフフふフフフフふフ」

ドンドンドンドンドンドンドンドン

そいつはまた個室のドアを叩き始めた。


梓「りツセんパイアけテクだサイペろペロシたイデすペロぺろシタいデす」

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン

さっきよりも更に激しくドアを叩いている。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン


このままじゃ唯やムギも駆けつけてしまう。そうなれば全て終わりだ

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン



――早くここから出なきゃ。


覚悟を決めたあたしはドアの鍵に手をかける。

本当はこんなこと、したくはなかったんだけどな

律「梓、ごめんな」

あたしはドアを思い切り引く。

ドアに寄りかかるようにしていた『梓だった者』が、あたし側に引かれたドアの勢い余ってあたしの方へと倒れ込むような状態になる。

そしてあたしはそいつの腹部を一発殴った。


梓「キェっ!!」

そいつは奇声をあげ、そのまま私の足元に倒れた。

律「……」

梓を殴ってしまった。

例えそれが狂っているとしか思えない状態だったとしても

『後輩を殴った』という事実は嫌でも私の頭には残る。

自分のことを嫌いになりそうだ


律「……今は逃げることだけを考えよう」

そうだ。今は逃げるしかない。

逃げて逃げて逃げまくって

この狂った世界が終わるのを祈ろう。

倒れた梓を気にしつつ、私はトイレを出た。


律「さて、これからどうするか……」

トイレからだいぶ離れた所で足を止める

学校にいるのは危険かもしれない。

あの三人はきっとあたしを捕まえるまで追い続けるだろう

律「……もう足が限界だ」

廊下に座り込み、息を整える

澪は学校に来ているのだろうか

いやもしかしたら澪も……

それだけは考えたくないな


律「……誰かと一緒にいたい」

こんな状況を一人で乗り越えるなんて、流石に精神的にやられそうだ

まぁこんな状況、めったにないけどな

?「こんなところでなにをしているの?」

律「――っ!」

いきなり誰かの声がして心臓が止まりそうな程驚いてしまう

?「?大丈夫?田井中さん」

律「……和?」


和「なにをしているの?こんなところで」

律「えっ……いや……」

和と距離を取る

もしかしてこいつも――

和「……何かあったの?」、

律「……」


あたしはいま、友達を疑っている

そういう思いがあたしを自己嫌悪の渦に飲み込む

……らしくないな。

そうだ、試しに和に話してみよう。何か分かるかもしれないし

律「和、実はな――」


……
和「要するに、みんなが田井中さんのオデコを狙ってゾンビになっている、ということね」
律「……あぁ」

和「そう。大変だったのね」

律「……こんな話、信じるのか?」

和「えぇ。さぁ、早く学校を出ましょう」

こんな馬鹿げた話を随分と簡単に信じた和。

律「和、今日生徒会だろ?いいのか?」

友達だからこそ分かる

和「いいのよ、そんなの」

和はこういう時に、一番冷静に判断できるやつだ。空想話は唯との長い付き合いで慣れているはずだからな

律「大事な生徒会を『そんなの』ねぇ」

これは疑っている訳じゃない

和「……何がいいたいの?」

あたしは確信している

律「お前は、本当の和じゃない」

和「……バレちャッたカ」

和の表情が変わる。唯たちと同じような雰囲気――

やっぱりこいつもか

律「友達、だからな」

和「ジャあシカたナイわネ……」

あたしは和と一歩距離を取ろうとする

が、しかし和はその瞬間すでにあたしの胸元にまで迫っていた

そして和はあたしの首を掴んだ


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