唯「あははー」

律「メソトッポナズ」

紬「うふふ」

澪「ヌマチュッポナズ」

律「ピッポ?」

澪「ピッポ」

唯「あははー」

紬「うふふー」





後日談

 涼しい風、爽やかな太陽に照らされて、私は川を眺めていた。
自分を支えてくれている芝生を手でこすると、まるでトンボのように宙を舞う。
きらきらと光るお魚に、目を奪われる。私も、あんな風に自由に水の中を泳いでみたい。
何も考えずに、ただゆらゆらと揺れていたい。
そうしたら、こんなにも自分の気持ちに悩むことはないのにな。

人に気持ちを伝えることが、こんなに勇気のいることだとは思わなかった。
何度もチャンスはあったはずなのに、いつも足がすくんでしまう。
そのたびに、自分が情けなくって、涙を流してしまう。
私は弱い。
だからこそ、あの人の強さに憧れて、好きになってしまったのかもしれない。

唯「今日もかっこよかったな、りっちゃん」

 気がつくと、あたりは夕陽に照らされていた。
さっきまで青く光っていた川も、今は綺麗に赤に染まっている。
私の顔も、川と同じように、熱気のある赤色になっているだろう。
でもそれは、表面の色でしかない。心の本当の部分は、今だ青々としていた。

ここに座っている間、何度もりっちゃんが

「よう唯、何してんだ?」

なんて言いながら、私の横に何食わぬ顔で座ってくれる妄想をした。
恋は精神病の一種なんて、どこかで聞いたことがあるけど、まさにその類だと思う。

私の頭の中には、一日中りっちゃんの顔が浮かんでいた。

 やがて夕陽も沈み、空には金色の星が輝きはじめた。
なんで星はいつも輝いていられるのだろう。
落ち込んで、自分に自信がなくなって、何もかもする気が起きなくなって、輝きを失ってしまうこととか、ないのかな。
今の私は、まさにそうだ。
星は、地球の裏側にいってしまっても、輝き続けている。
太陽みたいなりっちゃんに、私を照らしてほしい。
私が落ち込んで、自分の裏側に引きこもってしまっても、光りを当てつづけてほしい。
でも、それは叶わない夢なんだ。

だって、りっちゃんが好きな人は、澪ちゃんなんだもん。

「こんなところにいたの?」

ただただ、何をすることもなく、ぼーっと空を見上げていると、親しみのある声が響いた。

唯「りっちゃん?」

ずーっとりっちゃんのことを考えていたから、反射的にそう呼んでしまった。

憂「違うよ、お姉ちゃんの妹だよ」

ふっと顔を上げると、微笑んでいる妹の憂がいた。
こんな遅くまで帰らない私を心配して、探しにきてくれたんだろう。

憂「お姉ちゃん。……帰ろう?」

唯「……うん」

憂「今日の晩御飯はね、シチューだよ。あったかいあったかい、シチューだよ」

唯「……うん」

憂「私、がんばって作ったんだ」

唯「ありがとね、憂」

 憂「このシチューを食べるとね、なんでも願い事が一つ叶うんだよ」

私の気持ちとは裏腹に、憂は楽しそうにしゃべっている。

唯「そんなシチューないよ」

憂「あるよ」

唯「ないよ。そんなのがあったら、私悩みなんかなくなるよ」

憂「そうだよ。だから今日で、お姉ちゃんの悩みはなくなるの。
  私が作ったシチューを食べれば、大丈夫だよ」

唯「ふぅん。……そうなるといいね」

憂「なるよ。私が、お姉ちゃんの悩みが解決しますようにって願いながら作ったんだもん。きっと届いてるよ」

肌寒い夜の風が、私の頬を撫でた。
隣では、憂が目を輝かせながら夜空を見上げていた。


 家の前に到着すると、突然憂が立ち止まって私の方を向いた。

憂「お姉ちゃん」

なにかこの先にすごい楽しみがあるかのような表情をしている。

憂「今叶えてほしい願いって、何?」

私の明るい未来が、憂には見えているのかな。
だからそんなに明るい顔をしているのかな。
このまま家に帰ったって、いつもと変わらない夜が過ぎていくだけなのに。

唯「……」

今叶えてほしい願い。
それは、私の中で明確だった。
でも、そんなの叶いっこないんだ。
だから私は、今日一日中一人で悩んでたんだ。
そんなものが、シチューを食べたくらいで叶うのなら、私は今こんなに暗い顔をしていないだろう。

憂「お姉ちゃん!」

中々答えない私を、妹の憂がせかす。

 言っても無駄なのはわかっていた。
でもここでごまかすと、自分の中にある確かなこの気持ちに嘘をついているみたいで、嫌な気持ちになる。
それは、りっちゃんにも失礼なことなんだ。
だから私は、言った。

唯「……りっちゃんに、会いたいよう」

流れる涙を、拭うこともなく。

それを聞いた憂は、笑顔を崩さずに、

「そっか」

と呟いた。

憂「その願い、きっと叶うよ」

そう言う憂の目が、街頭に照らされて光った。

唯「憂? ……なんで泣いてるの?」

私がそう言うと、憂は慌てて目を袖で拭い、

「なんでもないよ」

とだけ言って、扉の方まで歩いて行った。

 私もそれに続き、我が家の扉の前まで移動した。
中々家の中に入ろうとしない憂に、私は問い掛けた。

唯「なんで家に入らないの?」

その言葉を聞いた憂は、またニコりと笑った。

憂「お姉ちゃん、楽しいご飯になるといいね」

訳がわからずに、うんと頷いた。

家に入り、ずんずんと奥に進んで行く憂。
そして、リビングの扉を開けた瞬間、中の景色が私の目に飛び込んできた。

そこには、通常ならあるはずのない姿が存在していた。

「何やってんだ唯、おせーぞ」

ケラケラとスプーンを片手に笑うその人は
私の憧れの人であり、精神病の原因でもあるりっちゃんその人だった。

 律「早くしないとせっかく憂ちゃんが作ってくれたシチューが冷めちゃうぞー」

スプーンと食器で、チンッと鳴らしながらそう言う。
隣に澪ちゃんがいたら

「行儀悪いぞっ!」

なんて言われて、頭を打たれていたに違いない。

憂「さっ、お姉ちゃん、食べよ」

颯爽と椅子に座りながら、この光景がさも当然のことであるように振る舞う憂。

憂「律さん、食べてください。冷めちゃいますから」

律「おっ、悪いねー。じゃ、お言葉に甘えて……いただきますっ!」

私にはまだ状況がうまく掴めていなかった。
なんでりっちゃんがここにいるの?
なんで憂は驚かないの?
なんでご飯食べてるの?
それらの思いが爆発して、声にならない声が響いた。

唯「なっ……んで……?」

 そんな私を見たりっちゃんが、頭をポリポリと掻きながら言った。

律「いや、なんか唯落ち込んでたしさー。
  ……な、なんか力になれることないかなーって。へへ……」

憂「急に家に来てくれたの」

りっちゃんが?
私のために?

律「ほ、ほら、なんか悩みとかあったら言えよなー。
  私達の仲だろっ!? このっこのっ!」

私を肘で小突く真似をするりっちゃん。
とにかく、私は嬉しかった。
りっちゃんが、私のためにわざわざ来てくれたんだ。
あの河原でした妄想が、現実になったんだ。
そう考えると、自然に頬が緩んだ。

唯「えへへ」


 ふとりっちゃんの方に目を向けると、なんだかぽーっとしていた。

律「……」

少しの間見つめてみても、反応がなかったから呼んでみることにした。

唯「りっちゃん? どうしたの? 固まっちゃってるよ?」

私がそう問いかけると、りっちゃんは慌てたように正気に戻った。

律「な、なんでもないっ」

律「い、今の唯、かわいかった……」

憂「ふふっ」

りっちゃんと憂が、なんかコソコソ話をしてたけど、私には聞こえなかった。

唯「ねえ何話してたの?」

律「唯には教えてやんねー」

唯「えー! いいじゃん!」

憂「私と律さんだけの秘密だよ」

唯「なにそれー、憂だけずるいよー。ぶうぶう」

律「へへ」

 椅子に座って、ご飯を食べはじめた私に、憂が話し掛けてきた。

憂「言ったでしょお姉ちゃん? 私のシチューは願いを叶えちゃうんだから」

なんだか自信満々だ。

律「ん? 願いって何のことだ?」

憂「それは」

唯「わーっ!」

それだけは言われたらまずいので、必死に止めた。

憂「ふふっ、お姉ちゃんかわいい」

唯「そ、それは言っちゃダメだよう!」

律「な、なんだなんだ? めちゃくちゃ気になる!」

唯「これは私と憂だけの秘密!」

律「えー、なんだよそれー。憂ちゃんだけずるいぞー」

憂「ふふっ」

そんな感じで、とても楽しい夕飯の時間だった。

食器を三人で片付けると、憂がお風呂に入ってくると言った。

憂「今日は疲れてるからゆっくり入ってくるね」

なんて言い残してきたけど、きっと気を使ってくれたんだと思う。
憂には後で感謝しなくっちゃ。

律「……」

唯「……」


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