真っ白なテーブルクロスの上に、幾つもの綺麗な皿が並んでいる。
もちろん皿だけじゃなくて、料理も美味しいものばかり。
私がグラスを空けると、メイドがすぐにフレッシュジュースを注ぎに来た。

「お父様、お仕事の調子はどう?
 最近、海外に出掛けられる事も少なくなったわね」

「若手の部下が育ってきたから、仕事を任せられるようになったのさ。
 紬も近い将来、その一員として活躍してもらわないとな」

お父様はそう言って、ワインを飲み干した。
間髪入れずにメイドがボトルを持って来たが、それを柔らかく断る。
メイドは頭を下げて、元の場所へ戻っていった。

私のお父様は、琴吹グループの実質的な最高責任者だ。
その一人娘である私には、後継者としての役割が期待されている。

とはいえ、能力の無い者に世襲を認めるほど、世間は甘くない。
一日も早く、琴吹グループのトップにふさわしい人物となるために、
私には普通の高校生よりも高いハードルが設定されている。

「……お父様。実はまた、素晴らしい逸材を見つけたのよ」

「……ほう、今度はどんな人だい?
 また先日のように、単なる勘違いじゃないだろうね?」

「前回はごめんなさい。でも、今度こそ本物よ。
 いとも簡単に呪術を使いこなす、才気に溢れる2人組を紹介したいの」

「呪術、か。詳しく話を聞かせてもらおうか?」

お父様は身を乗り出して、私の話に興味を示した。
権力者になるほど、科学で説明できない、オカルト的なものを信じる割合が増えるという。
きっと、お父様もその1人なんだ。

桜ヶ丘高校の卒業生には、どういう訳か、大きな成功を収める女性が多い。
学力偏差値だけで見れば、決して全国トップクラスの進学校ではないのに。
お父様はそれを知ってか、私が桜高に入学するとき、一つの課題を与えた。

「将来、琴吹グループの戦力となるような、金の卵を探すんだ。
 これは、と思う才能の持ち主がいたら、私に直接紹介してほしい」



入学直後、私は立て続けに『才能の持ち主』と出会う事ができた。

1人は澪ちゃん。
ファンクラブを擁するほどの美貌と人徳、そして他に類を見ない言語感覚。
圧倒的なカリスマとなる素質を、澪ちゃんは持っていた。

1人は唯ちゃん。
やる気を出した途端に、凡人の数年間の努力を、あっという間に追い抜いてしまう。
天才としか形容できない、特別なものを持っていた。

当時はまだ中学生だったけど、憂ちゃんも金の卵の1人。
一点集中型の唯ちゃんに対して、万能型の憂ちゃん。
どちらも琴吹グループに欲しい人材だと、お父様も太鼓判を押した。

あっ、りっちゃんには何の才能も無かったみたい。
ごめんなさい、でも平凡は悪い事じゃないの。
どこにでもある平和な家庭を築いて、幸せに過ごしていけるって事なんだから。

でも、それ以降はなかなか『才能の持ち主』を見つける事ができなかった。
次第に私は焦り始めて、だんだん選球眼が鈍ってきてしまった。
つい先日も、同じクラスのエリちゃんをお父様に紹介したところ、

「日本の伝統工芸を守り抜くほどの人物と聞いたが……。
 ただのにわか仏像ファンじゃないか、勘違いも甚だしい」

と、お叱りを受けてしまった。
そんな訳で今回、オカルト研の2人をお父様に紹介するのは、
私にとって名誉挽回・一発逆転の大チャンス!

「呪い、か……。その話が本当なら、彼女たちの力は非常に有用だね」

「この目で実際に見たのよ、すごい効果だったわ」

「よし、その子たちに一度会ってみたいな。
 ただし、その時に呪いの効果も一緒に見せてほしい」

「わかった、そのように手配しておくわね!」

久々にお父様に認められるチャンスを迎え、私は浮かれていた。
ここで軽率に、その条件を受け入れてしまった事が、後々で悩みの種となった。



「……それは光栄な話」

「私たちは喜んで、琴吹の剣となり盾となる」

オカルト研の2人にこの話をしたところ、快諾してもらう事ができた。
普通、お父様に紹介する前に趣旨を伝える事は滅多にない。
事前に伝えておきながら、お父様のお眼鏡に適わなかった場合、とても失礼になってしまうから。
でも今回の場合、そうしないと、呪いの実演なんて出来ないからね。

「……ところで、ひとつ疑問がある」

「呪いの効果を見せるとは、どのようにすればいいだろう」

「えーと、そうね。お父様の目の前で、誰かに呪いをかけてくれないかしら?」

「……つまり、ターゲットもその場にいる必要がある」

「既に呪いのかかった秋山澪、田井中律、真鍋和を除く誰かを、そこに連れて行かなければ」

「その通りね。安心して、ターゲットの手配は私に任せてちょうだい!」

とは言ったものの、そんな依頼を誰にしようか?
呪われてください、と頼まれて、はいそうですか、と引き受けてくれる人なんて……。

校内の友達を、ひとりひとり思い浮かべてみる。
うーん、こんな事、どんなに仲の良い子でも頼みづらい。
ならば、屋敷の使用人やメイド?
いや、立場的に断れない人に、こんな役を押し付けるなんて非道すぎる。

色々と考えるうちに、ふと気付いた。人に呪いをかけるには、それなりの大義名分が必要だ。
強い恨みや憎しみであったり、あるいは、誰かを守るためであったり。
そんな大義名分の成り立つターゲットならば、本人の承諾がなくても、遠慮なく呪いをかけられる。

「まったく……。酷い目にあったな、律」

「ちょっとイタズラにしちゃ度が過ぎてるよな。澪もそう思うだろ?」



ちょうど私がそんな事を考えている時に、澪ちゃんとりっちゃんが話し合っていた。
数日前、梓ちゃん・純ちゃん・憂ちゃんによる演奏のせいで、2人とも大変な事になった。
演奏後まともに歩けるようになるまで、確か30分くらいかかったっけ?

「さすがに我慢の限界だ。梓にお灸を据えてやらないと」

「おうっ。ビシッと仕返ししてやらないと、ますます調子に乗るからな!」

……見つけた、大義名分。

「ねぇ、澪ちゃん、りっちゃん」

私は、トーンを抑えた声色と、溢れんばかりの笑顔で話した。
新しい提案をする時は、謙虚かつ自信満々の態度で臨まなければならない。

「その手配、私に任せてくれない? いい考えがあるの」



土曜日の早朝、私の家の最寄り駅に、梓ちゃんがやって来た。
斉藤の運転する車の窓から、チョイチョイと手招きする。

「おはようございます、ムギ先輩」

「おはよう、梓ちゃん。こんな早い時間から来てもらっちゃって、ありがとう」

「いえ、ムギ先輩のお宅にお邪魔できるなんて嬉しいですから」

梓ちゃんの笑顔に、一瞬だけ胸が痛んだ。
でも澪ちゃんやりっちゃんへの狼藉を思い返すと、情状酌量の余地は無し。
心を鬼にするのよ、私、ファイト!

「もうすぐ着くわ、ここが私の家よ」

「うわぁ、大きいですね……」

車窓から母屋を見上げて、梓ちゃんはぽかんと口を開けた。
澪ちゃんを連れて来た時も、唯ちゃんと憂ちゃんを連れて来た時も、
こんな感じのリアクションだった事を思い出す。
いつか、りっちゃんも家に来てほしいなぁ……。

梓ちゃんの右肩には、ギターケースが掛かっている。
今日は一応、練習の名目で梓ちゃんを呼び出しているからね。

「大きな音を出すから、地下の部屋を使おうか。こっちに来てね」

「地下室まで備わってるんですね、本当に凄い……」

階段を下りて、廊下の奥の小部屋まで歩く。
教室よりちょっと狭いくらいの小部屋は、防音設備が万全になっている。
窓も無いし、出入り口の扉は一つだけ。おまけに携帯電話も通じない。
これだけ聞くと、都市部の貸しスタジオみたいだけど、ちょっと違う。

「この部屋よ。梓ちゃん、どうぞ」

「わぁ、広々としてますね。あれっ、でも……」

「どうかしたの?」

「なんでベッドがあるんですか。トイレも剥き出しで置いてあるし」

私に促されるまま部屋に入った梓ちゃんは、簡素なベッドと洋式トイレをすぐ発見した。
何も無い空間に、その二つだけ置かれていれば、当然目に付くんだけどね。

「……ムギ先輩。なんかこの部屋、スタジオというよりも、まるで監獄みたいな」

ガチャン

「えっ、ムギ先輩?」

部屋の中にいた梓ちゃんと、部屋の外にいた私は、強化ガラスの扉で隔てられた。
きょとん、とした表情でガラス越しに私を見つめる梓ちゃん。
閉じ込められた、という現状を把握するまで、もう少し時間がかかりそうだ。

「ごめんね、梓ちゃん」

それだけ言い残して、私は小部屋の前から去った。
強化ガラス越しに、この声は梓ちゃんに届いたのかな?
こちら側からは、ドンドン、と内側から扉を叩く音しか聞こえない。
梓ちゃんは、何やら叫んでいるみたいだったけどね。

「皆さん、お待たせしました」

リビングではお父様と、先に来ていたオカルト研の2人が待っていた。

「やっと来たか、紬。お客様を待たせてしまったぞ」

「……大丈夫」

「それで、うまくいったの?」

「えぇ。ちょっとモニターを付けてくれる?」

モニターの電源を入れると、複数の角度から撮影された、小部屋の様子が映し出された。
梓ちゃんは相変わらず、強化ガラスの扉を叩いていた。

「……小部屋には現在ターゲットが一人だけ。
 今からこの小部屋に音楽を流すから、変化を観察してみてね」


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