という訳で、番外編その1
昨日はさるさんを喰らいまくったから、ゆっくり投下します

※地の文あり注意


オカルト研の部室のドアは意外にもシンプルで、装飾も何も無い。
内装の禍々しさとは正反対だ。
そのドアの前に、私と和ちゃんが2人で立っている。

「……唯、そろそろ説明してもらえるかしら?
 どうして私が、オカルト研の部室に連れて来られたのか」


和ちゃんはいつもの調子で、淡々と私に疑問をぶつけてきた。
だから私もいつもの調子で、それに答える。

「だって和ちゃん、呪いなんて暗示にかかっただけだ、って言ったでしょ。
 だから、呪いは本物だって信じてもらうために連れて来ました!」

「どうやって私に信じさせるつもり?」

「実際に和ちゃんが呪われるんだよ」

「……はぁ?」

呆れた表情と声。これも、いつも通りの和ちゃんだ。

「澪ちゃんも最初は疑ってたけど、自分が呪われたら信じるようになったんだよ」

「そうなんだ、じゃあ私生徒会行くね」

決め台詞を残して、和ちゃんは向こうへ歩き出した。

「逃がさないよ!」

「……もう、離してよ」

「実は和ちゃん、呪われるって聞いて怖くなった?」

和ちゃんに抱きついて、その歩みを止めて、単刀直入に聞いてみる。
ちょっと今、私の顔はニヤけてるかも。
だって、たぶん、これは和ちゃんの本音だと思うんだ。

「……そんな訳、ないでしょ」

「じゃあ別に構わないよね。和ちゃんは呪いなんて信じてないんだし」

「霊的な力の存在を認めない、って言ってるだけよ」

あれっ、なんか期待してたリアクションと違うような?
本心を言い当てられて、焦っちゃう和ちゃんが見られると思ったのに。
すごく冷静というか、冷酷な態度でビックリしちゃうよ。

「だからって、誰かが私への悪意をもって儀式を執り行うのは、不愉快でしょ。
 そんな儀式を目の前で見せられて、笑って許せるほど大人じゃないわ」

「うぅ……」

「もう私、本当に行くからね。用事もあるし」

再びこの場を去ろうとする和ちゃんに、思わず大声で呼び掛けてしまった。
今、焦っているのは、私の方だ。

「の、和ちゃん!
 本人がいなくても呪いはかけられるんだよ!」

「……どういう意味よ?」

「和ちゃんの髪の毛、こっそり取っちゃったからね!」

おかしいな、こんな言い方する筈じゃなかったのに。
確かに、念のため、と思って和ちゃんの髪の毛は事前調達しておいた。
けど、こんな脅すような使い方をするためじゃなかった筈だよね。
どうしよう、売り言葉に買い言葉で、思ってもない事が口から出ちゃう。

「……それがあれば、私に呪いをかけられる、って言いたいのね」

「そうだよ!」

「ちょっと理解できないわね。私、そこまで唯に恨まれるような事をしたかな」

「違う、違うよ、そうじゃなくて!」

「わかってる? 今、私、すごく怒ってるのよ」

あっ、なるほど。
空気が凍るって、こういう事を言うんだ。

どうしてこんな事になっちゃったのかな。
和ちゃんは結局、怒って生徒会に行っちゃうし。
オカルト研の部室前で、1人で立ち尽くしていると、ドアが開いた。

「……ごめんなさい、中から話を聞いていた」

「真鍋和は行ってしまったようだけど、どうする?」

出てきたのは、例の怪しい衣装ではなく、制服を着たオカルト研の2人。
今は昼休みだから、制服を着ているのは当たり前なんだけどね。

「もう知らないよ、和ちゃんなんて」

怒りとか、悲しみとか、色々グチャグチャの感情が、そのまま言葉になった。
そして気が付けば私は、恐ろしい事を口に出していた。

「和ちゃんなんか、呪われちゃえばいいんだ!」

「……本当にいいの?」

「いいよ、呪いをかけちゃって!
 軽い呪いじゃなくてもいいよ、和ちゃんはどうせ信じないんだから!」

元々の計画では、こうなる筈だった。

1. 和ちゃんをオカルト研に連れて来て「呪いをかける」と伝える
2. 拒否したら「それなら呪いが存在する事を認めて」と迫る
3. 認めなければ、一番軽い呪いをかけて、認めざるを得なくする

そもそも、なんでこんな計画を立てたのか。
呪いで苦しんでる澪ちゃんに、和ちゃんは「そんなの思い込みよ」と言った。
なんだか、すごく澪ちゃんに対して失礼だと思った。
だから、和ちゃんに、呪いが存在する事を信じてほしかった。

それだけ、たったそれだけの話だったんだよ。
別に和ちゃんを苦しめたいとか、和ちゃんが嫌いだとか、そんな訳ないじゃん。

「終わった。真鍋和には『囚われのロキ』という呪いがかけられた」

「言霊によって、真鍋和は拷問の痛みに身体を苛まれる」

「鍵となる言霊は……」

色々な事を考えているうちに、儀式は終わっていた。
オカルト研の2人の説明を、私は半ば放心状態で聞いていた。



「失礼します」

「はい、……なんだ、唯じゃない」

ちゃんとドアをノックしてから、生徒会室に入る。
この時期の生徒会室にはあまり人がいないから、和ちゃんが1人でいる事が多い。
特に、昼休みにわざわざこの部屋に来るのは、和ちゃんくらいだ。

「何よ、謝りに来たの?」

「謝るのは和ちゃんの方だよ」

私はもう、完全に意固地になっていた。

「澪ちゃんやりっちゃんが苦しんでるのに、そんなの思い込みだって……。
 そんな事を言う和ちゃんには、呪いをかけちゃったからね!
 自分の身体で、思い知ればいいんだよ!」

涙目で、大声で、私は言霊を叫ぶ。

「ブーリブリチャカ、ビガッビガッ!!
 ブーリブリチャカ、ビガッビガッ!!」

その瞬間、和ちゃんの身体が、ビクンと跳ねた。
少し遅れて、生徒会室に悲鳴が轟いた。

「きゃああああっっ!?」

悲痛な叫びに驚いて、私は我に返った。
和ちゃんは椅子から転げ落ちて、床にうずくまっている。
動作は、肩で大きく息をするばかりで、立ち上がる気配すら見せない。

「の、和ちゃん!?」

「……い、痛いよぉ」

絞り出すような声で、和ちゃんが呟いた。
真っ赤な顔で、涙をポロポロと流している。

こんな和ちゃん、見た事がない。
いつもしっかり者で、毅然とした態度の和ちゃんが、こんな……。
ようやく私は、自分が犯した過ちに気付いた。

『囚われのロキ』の効果は、茨のムチに叩かれる痛み。

お尻を叩かれなきゃいけないのは、和ちゃんじゃない。
悪い子は、私だ。平沢唯だ。



午後の授業に、和ちゃんの姿は無かった。
とてもそんな状態ではないと判断して、私が保健室に連れて行った。
たまたま保健の先生がいなかったけど、ベッドだけは使わせてもらえた。
2時間くらい安静にしていれば、きっと快復する。……するよね?

キ-ンコ-ンカ-ンコ-ン

放課後になった。
近くにいたムギちゃんに、一言だけ伝えて、私は教室を飛び出す。

「ごめん、今日は遅くなるよ。もしかしたら部活に行けないかも!」

……もちろん、向かう先は保健室だ。
ドアに掛けられたホワイトボードには「本日、保険医不在」の文字。
もしかしたら和ちゃんは、眠っているかもしれない。
そっとドアノブを握って、静かにドアを開けた。

「失礼します……」

途端に、悲鳴のような、和ちゃんの声が聞こえてきた。

「あぁっ、はぁっ、はぁっ……」

まだ痛いんだ。まだ苦しいんだ。
私の心は罪悪感でいっぱいになった。

静かに、静かに、和ちゃんのベッドに近づいた。
吐息の多く混じった声が、断続的に聞こえる。
でも、次の瞬間、私は自分の耳を疑った。

「もう一回、だけ……
 ブーリブリチャカ、ビガッビガッ……」

えっ、ダメだよ、その言霊を唱えたら……

「あふぁっ、あふぁっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」

なんで、なんで自分から言霊を?
和ちゃんは誰に謝ってるの?
訳がわからないまま立ち尽くしていると、寝返りをうった和ちゃんと目があった。

「はぁっ、はぁっ、えっ、ゆっ、唯!?」

息を荒くした和ちゃんは、恋する乙女のようなトロンとした目で、私の顔を見た。
私は何も言えないまま、妙に色っぽい和ちゃんの寝姿を眺めていた。

「ちがっ、これは、違うの、その、えーと……」

慌てて何か言おうとして、和ちゃんはしどろもどろになった。
……と思ったら、急にため息をついて、ムクッと起き上がった。

「はぁっ、誤魔化そうと思っても無駄ね。バッチリ見られちゃってるし。
 ねぇ、唯。正直に話すから、私の事を軽蔑しないでね?」

私は黙って、和ちゃんの告白を聞く事にした。
どんな話を聞いたって、私が和ちゃんを軽蔑なんかする訳ない。

「ずっと秘密にしてたんだけどね、私はマゾヒストなのよ。
 あっ、マゾヒストって意味、わかるかしら?」

うん、言葉の意味は知ってるよ。
だけど、和ちゃんの言ってる意味が全然わからないよ。

「特定のパートナーがなかなか見つからないから、
 ずっと自分で自分を虐めてたんだけど、物足りなくてね。
 特にムチ打ちなんて、自分の身体に当てるのは難しいから」

なんか吹っ切れた様子で色々語ってくれるのはいいんだけど、
聞く方にも少しは心の準備をさせてくれないかな?
こう見えて、結構ショックを受けてるんだよ、私。

「でも呪いをかけられて、言霊を唱えれば痛みを感じられるようになった。
 しかも外傷が残らないから、後処理の必要も無い。
 最初こそ驚いたけど、そう気付いたら嬉しくなっちゃってね。
 保健室で何十回も、セルフスパンキングしちゃった。ふふっ」

こんな和ちゃんの素顔、知りたくなかったなぁ。
スパンキングって言葉は意味がわからないけど、
出来れば知らないままでいた方が、いいような気がするよ……。

「そうだ、唯。ひとつ謝らせてもらうわ」

「えっ、何を?」

「呪いは確かに実在するのね。疑って悪かったわ。
 この身体で体感してみるまで、イメージだけで語っていた自分が恥ずかしいわ。
 澪や律も、素敵な呪い体験ができて良かったわね」

そう言って和ちゃんは、ニッコリと笑った。
私も笑顔で返そうとしたけど、絶対に引きつってるよね、これ。

「わ、私こそ、ごめんね。和ちゃんの気持ちを考えないで、勝手に呪いをかけちゃって」

「唯は謝る必要なんて無いわ。
 だって私、呪われて、むしろ感謝してるもの!」

えーっと、今回の目的は、和ちゃんに呪いが存在する事を認めさせる。
だから目的は達成。……達成でいいのかな、本当に?
最初の計画と、だいぶ違う結末を迎えたような気がするけど……。
あー、もういいや。これでOKって事にします!



おわり?



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