ミスに気づいた…が、大したことじゃないからそのまま行きます



澪がいなくなってムギが休んだ日、私は罪悪感に耐えきれなくなり今度は空メールではなく短い文章をムギに送った…これで澪を拐ったことを第三者に知られているという事実を認識してすぐに澪を解放してくれればいい。そんな思いだった…

『校舎の裏口が開いてたわよ』

直接的ではないにしろ私はなんらかの手を打った…それだけでだいぶ楽になった気がした

放課後、軽音楽部の顧問でもある山中さわ子先生とすれ違った…直接面識がある先生ではないが軽音部経由で何度か話をしたことがある程度だ。挨拶のついでに何気なく聞いてみる…

和「あの山中先生、秋山さんのことなんですが…」

さわ子「ごめんなさい、ちょっと難しいことだから教えてあげられないの」

和「すいません…これからお帰りですか?」

さわ子「軽音部の琴吹さんって知ってるかしら?あの子、今日はお休みなの。秋山さんのことで悩んでるんでしょうね…だから少しお話に行くのよ」

会釈をして山中先生を見送る…私が送ったメールでムギが改心したに違いない。澪を解放したいけどすべてを無かったことにはとても出来ない…だから山中先生に仲裁を頼んだのだろう

この時はそう信じて疑わなかった

翌日、生徒会経由で山中先生の死を知らされた。生徒には公開されていないが居眠り運転のトラックに跳ねられ引き摺られ死体は原形を保ってなかったらしい…

私は恐怖した…ムギはメールの送り主を山中先生と勘違いし始末したのだと直感的に理解した。すぐさまアドレスを変えて様子を伺うことにする

ムギは落ち込んだ素振りをしているものの全てが演技にしか見えなかった。あの女は普通じゃない…関わってはいけない存在に違いない

しかし関わらざるをえない、ムギの側には唯がいるのだから…



その日から私はムギを監視生活を送り続けた。唯を守る為だけに…

ムギが駅前でビラを配るとか言い出した時は耳を疑った…自分の監禁してる人物の所在地を探す人間がどこにいる。律は見ているこっちが痛々しく思えるくらい必死だった…こいつは律の一生懸命さを見てほくそ笑んでいるのだろう

全てを糾弾して白日の元に曝してやりたかった…でもそれはとても恐ろしいことであることも理解出来た

失敗したらどうなるんだ?澪みたいに失踪させられるのか、山中先生みたいにゴミクズのようになるのか

私は今はまだ堪えることにした

ムギに恐怖を抱いたまま季節は移ろい、いつしか澪の話題も出なくなった…いや、敢えて口にしなくなったのだろう

私は英語の辞書を借りるため唯のクラスを訪れた…その時ムギの肩に一本の髪の毛を見つけた。黒く長い…すぐに澪の髪の毛ではないかという猜疑心が芽生えた

頭を回転させる…ほんの少しの隙間に指を差し入れドアを開け化け物を日の光の下に引き摺り出す為の策を練る…自分が疑われては意味がない、軽い冗談のようなノリで…

予想以上だった…ムギは想定外のアクシデントに対処出来ずにいるらしい…このまま私の握っている証拠を突き付けるか?気分が高揚してくる

しかし気づいた時には律に殴り倒されていた…一気に冷静になる。調子にのって無謀な戦いを挑むところだった…

律は教室を飛び出し唯も追い掛けていった…完全に失敗だった。ムギから借りたハンカチに澪の髪の毛と思われるものを包んで教室をあとにする…これが澪の毛だとしたらきっと澪は生存しているのだろう

ムギに見つからない時を見計らって律を呼び出す。自分の持っている情報を全て伝えた…律は激昂してその全てを否定する。無理もないだろう、只の中傷にすぎないような突拍子もない情報ばかりなのだ。私だって信じられない

数日後、律からメールが来た。放課後ムギの家に行くらしい…やめさせる為に何度も携帯電話にかけ続ける…一度も律が出ることはなく呼び出し音ではなく繋がらなくなった…



唯を自宅に泊めさせ思い出にふけていると深夜にも関わらず携帯電話が震えた…嫌な予感しかしない

和「……もしもし」

紬『もしもし和ちゃん、唯ちゃんそこにいるかしら~』

冷や汗が溢れる、心拍数が上がる、頭が真っ白になる…

和「いや、来てないけど…」

紬『あらそう、また嘘ついたのね憂ちゃん…嫌だわ』

憂…ちゃん…?なんで憂ちゃんの名前が出るの?

紬『嘘つきにはお仕置きが必要よね~今度はどうしようかしら』

や、やめてよ…唯はここにいるよ…憂ちゃんは嘘をついていないから…思ってはいても言葉には出来ない

機械の作動音が響く…モーターを軸に高速で回転するような音が…それに加え柔らかい物と少し硬い物を削るような音が続く…口を押さえられうまく発生出来ない叫び声と共に…

唯「何の音なの?和ちゃん…誰からなの?」

紬『憂ちゃんってば健気で可愛いわ~でもね唯ちゃんが欲しいの、偽物じゃつまんないわ』

和「あんた無関係な人間を巻き込んで何がしたいんだよ!?」

紬『私、唯ちゃんたちをダルマにして地下に監禁するのが夢だったの…それだけなの、他の人はオマケにすぎないわ』

紬『すぐに迎えを出すわ…来なかったり下手な策を練るようなら憂ちゃんは殺すわ。じゃあね』ブチッ

和「ムギッ待って、待ちなさい」

唯「ムギちゃんだったの?」

唯は震えている。あんな化け物に唯を差し出すのか?そんなこと出来るわけない…

和「ねぇ唯…二人でどっか遠くに逃げちゃわない?」

唯「………」

和「私ね、いっぱい働くから…唯はなにもしなくていいの。アイスも好きなだけ買ってあげる。だから…」

唯が私を抱き締める…石鹸の香りと女の子の…唯の甘い匂い

唯「ごめんね和ちゃん、ホントは少し聞こえてたの。ムギちゃんが私を呼んでて行かなきゃ憂が酷い目にあっちゃうんだよね?だったら行かなきゃ」

唯「ごめんね、和ちゃん…わたし憂のお姉ちゃんだから行かなきゃ…なんで憂を虐めるのかわかんないけどムギちゃんだって話せばきっとわかってくれるよ」

私はただただ泣き声を上げて子供のように唯の腰にすがり付いた。唯は少し困ったように微笑んで絡んだ私の手を優しくほどき立ち上がる…もう止めることは出来ない、かといって共に地獄に堕ちる勇気もない。唯はともかくムギにとって私の命などゴミクズに等しいのだから…

唯のいなくなった部屋で泣きじゃくっていると再び携帯電話が震える

和「……」

紬『斉藤から聞いたわ~唯ちゃんだけ向かわせたようね。私ね、そういった人間臭いのって大好きなの…もう会うこともないだろうし和ちゃんのことは忘れてあげる、唯ちゃんは私がずっと大事にしてあげるから心配しないでね』

パジャマのまま外へ出る…ふらついた足取りのまま唯の家に向かう…唯のいない生活なんて耐えられない。最期は唯の部屋で死ぬのもいいかもね…そんなことを考えていた



憂ちゃんは余程抵抗したのだろう…リビングの家具は酷い有り様だった。床に落ちている包丁を拾い上げる、近くに鍵があることに気づく。急いで外に出る。車、鍵…車の運転なんてしたことない。でもどうせ死ぬんなら…急いで使えそうな物をかき集める

紬「唯ちゃんいらっしゃい…さ、来て来て」

唯「ムギちゃん…憂はどこなの」

紬「わかってるわ…すぐ会わせてあげる、斉藤!!憂ちゃんを運んできなさい」

運転手さんが病院で使うような担架を運んでくる…

唯「え?憂?嘘よね…」

全身に血が滲んだ包帯を乱雑に巻かれ微かに眼光が残る右目がわたしを捉えると明らかに指の数がおかしい左手を震えながら上げ担架の上の人物が短くなった舌べろで不自由そうに喋った

憂「お、おべぇひゃ」

唯「憂…本当に憂なの」ギュッ

紬「感動的な姉妹の再会だわ~…憂ちゃんね、凄く頑張ったのよ。いっぱい誉めてあげて欲しいわ。ここに連れてくるまでもすっごく暴れるしなかなか唯ちゃんの居場所を吐かないし…」

唯「ひ、酷いよムギちゃん」

紬「生きてるうちに再会も果たせたしお役御免よね」

震える憂の手があたしを突き飛ばす。次の瞬間真上に振り上げたムギちゃんの右手が憂の首辺りに力強く降り下ろされた。

憂の頭は担架から転がり落ちる…担架の上に残された身体から作り物のように赤黒い血液が撒き散らされ、ムギちゃんはその中で嬉しいそうに微笑む…わたしは気を失った



塀や壁に擦りもしたがだいぶ運転になれた気がする…カーナビでおおよその位置を設定する

間に合うのか…たどり着けるのかもわからないのにな。計画なんてなにもない…それでも行くなんて自分でも愚かだとは思っている。少しアクセルを強く踏んでみる、車はスムーズに加速する



頭が凄くぼんやりする…歯医者さんみたいな光源…身体は動かない。視界の端に白衣の人が見える…痛いのやだなぁ…ぼんやり考えているとまた意識が混濁して…



この塀がずっと?…どれだけ大きいのか想像もつかないような敷地、着いたのはいいけどせめて入り口ぐらい見つけないと…

立派な門はあったけれどそんなとこから入ったんじゃムギの元に辿り着けるとは思えない…どうしよう…焦ってくる

塀の側に立つ。とても上まで届くような高さではない…いっそ正面から突っ込もうかしら。余裕がなくなり視線が泳ぐ

薄暗くてわからなかったが事故でもあったのか…車が塀に衝突したような跡をベニヤ板で補修してある。ベニヤ板をずらし最低限の道具を持って内側に潜り込む…おそらく生きては帰れないだろう


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