斉藤「まさかこのようなことになっていようとは…申し訳ございません。それと旦那様が…」

紬「いいのいいの…斉藤、りっちゃんの手当てしておいて♪りっちゃんには聞きたいことがいっぱいあるの~」

髪に血がこびりつきごわごわになって固まっている…腕の傷から流れた血がブレザーとシャツの袖を赤く染め上げている。端から見たらどんな風に思われるだろう?

私は体験したことがないが小さい子供が泥遊びで服を汚して帰る時には同じような気持ちなんだろうか?急ぎ足で本宅に向かう

紬「紬です。入ります」

瞬時に部屋の空気が変わる。父と母、執事とメイドが数人…離れのことも車のことも知っているのだろう…父も母も言葉を発せずにいる

紬「お見苦しい格好で申し訳ございません、お友達とじゃれてたら汚れてしまいましたわ」ニコッ

紬父「……車で友達を轢くのはじゃれるとは言わないだろう。それにあの離れはなんだ!?当主である私に断りもなく勝手な真似を…斉藤がついていながらこの体たらくはなんだ!!」

紬「当主なら当主らしく私が後を継ぐまでグループを保持することに専念して下さればいいのですわ」

紬父「な、父親に向かってその口の聞き方はなんだッ!!」

紬「父親か…さんざん放任教育しとおいて虫のいい話ですね。それに…お父様は…本当に私のお父様なのかしら?どう思いますお母様?」クスクス

話を振られ母は俯く…顔は倒れそうなくらい青ざめている

紬父「!?なにを言っている?」

紬「では道路の掃除と車の片付けお願いしますわ~あと警察がグタグタ抜かしたら追い払っておいて下さいね」

廊下に出ると斉藤が待っていた

斉藤「…ご存知でしたか」

紬「なんとなくよ…父、いや兄になるのかしら。面倒だからお父様でいいわ」クスクス

紬「お父様は琴吹の血筋にしては甘すぎるの~今時和を重んじるなんてナンセンスだわ。やっぱり欲しい物はガツンガツンと攻めなきゃ」

紬「ところでりっちゃんは?」

斉藤「先生が予定より早く見えられたので処置はお任せしとおります。意識は混濁してますが薬品で処理すれば尋問も可能かと思われます」

紬「いいわ、まぁ聞かなくてもわかってるし…りっちゃんは回復を待って唯ちゃんを先にしようかしら」

斉藤「…平沢様ですか?」

紬「今さら策を労するつもりなんてないわ、今度はペロッと拐ってくるわ。行くわよ斉藤!!」

斉藤「…御随意のままに」



和(…律の携帯に繋がらなくなったわね)

唯「ねぇねぇ…のどかちゃん。そろそろ帰ってもいいかな?憂も心配してるだろうし…」

和(さすがに律を拐ってすぐ唯を狙いに来るとは思えないけど…念のためにね)

和「唯、今日は泊まってきなさい。憂ちゃんには私から電話しておくわ…冷凍庫のアイス食べていいわよ」

唯「うん泊まってく~いただきま~す」パタパタ

和(唯にはなにも知らせたくない…憂ちゃんに伝えとかなきゃ)prrr prrrガチャ

和「……もしもし憂ちゃん?和だけど…」

憂『こんばんは、和さん』

和「唯だけどさ、今晩うちに泊めるから。急でごめんね」

憂『も~そういうことはもっと早く教えてって伝えといて下さいね』プンプン

和「それとムギ…いや琴吹が家に来ても絶対に出ちゃ駄目よ。あとこの話は唯には内緒にして?約束よ」

憂『琴吹先輩ですか?』

和「あいつは唯の敵…いや唯だけじゃないわ。いい、絶対に出ちゃ駄目よ?」ガチャ

憂『和さん?』

憂「なんなのかしら…お姉ちゃんの敵?喧嘩でもしてるのかな」



唯「和ちゃんの家に泊まるのって久しぶり~」ヌクヌク

和「そうだな…別にいつだって来ていいよ。ふふふ…ザリガニ風呂は勘弁だけどね」

唯「そんなこともあったね~またみんなでお泊まり会したいな~りっちゃんと澪ちゃんと~ムギちゃん…さわちゃん先生、憂に…それに和ちゃん!!」

和「そうだな…またやりたいな」

それはもう叶わない願い、さわ子先生、澪、おそらく律も…警察には通報したがまともに取り合ってもらえたことなどない。おそらく根回しがされているのだろう…無理もない相手は強大すぎる。

もし、もしあの時ムギを止めていたらこんなことにはならなかったのかな

あれは澪が失踪する前日、他の生徒会役員が帰った後も一人で作業を続けていた。ほんの少しの気の緩み…私は生徒会室で居眠りをしてしまった。気がついた時には辺りは暗くなっていた

生徒はもちろん教師すら残っていない校舎、鍵をかけ廊下に出る…昼間は賑やかな校舎もこうも静かだと薄気味も悪くなる…

すると階段を昇る足音が聞こえてくる…心臓を鷲掴みにされたような緊張が走り思わず物陰に潜む…

琴吹紬?ムギと呼ばれる唯たちの仲間だ。いつも美味しいお茶とお菓子を出してくれる子だ…部室に忘れ物をしたのだろうか?

特別親しい訳じゃないが戻ってくるのを待って一緒に帰ろう…そんなことを思っていた。ムギが戻ってくるその時までは…

階段を降りてきたムギは別の誰かを背負っていた…その表情は禍々しい笑顔に満ちて声をかけられる様子ではない…そして背負われているのは秋山澪、軽音楽部のメンバーで校内にファンクラブが出来るほどの人気者だ、階段の段差で首が揺れているがピクリとも動かない

直感的に死んでいないことは理解した。死体を運ぶにしてはムギの表情に不安が見えなかったからだと思う。そのままムギは校舎の裏門から夜の闇に消えていった

あの時はまだ楽観的に捉えてたのかもしれない、身近でそんなことが起こるわけがないという根拠のない自信…自分と自分の回りだけはミエナイチカラで守られている、そんなはずはないのにね…

始業直前になっても澪は学校に来なかった…急いで唯のクラスに向かう、ムギはいる…律となにか話しているみたいだった。始業ベルが鳴ったので急いで戻る。もしかしてあのままムギが…

授業にも身が入らず…昨夜のことばかり考える。何が目的なのかもわからない。もし、もしもムギが軽音楽部の部員を狙っているのだとしたら…

唯の身にも危険が迫るかもしれない。大袈裟だとはわかっている…生徒会の活動を休ませてもらうことを告げ唯を迎えに行った



唯「和ちゃんと帰るなんて久しぶりだね~」

軽音楽部と生徒会…唯と二人で帰る日なんてほとんどないようなもの、たまに軽音楽部のメンバーに私が加わるくらい。

軽音楽部のメンバーは中学の同級生と違い唯を虐げるようなやつはいなかった、唯を受け入れその才能を芽吹かせ…萎みかけていた大輪の花を再び咲かせるのを手助けしてくれた

単純に嬉しかった…唯が自分の殻に閉じ籠ることなく笑顔でいてくれることに

そして嫉妬した。その笑顔の元が自分でないことに

生徒会に入り、生徒会役員になり果ては生徒会長になって影から唯を守れる存在になりたい…それが目標だったのに

久しぶりに唯と二人きりで過ごす時間は夢のようだった…アイスを食べ楽器屋に行きゲームセンターで遊ぶ、特別なことなんてない…ただの放課後

唯とこんなに楽しく過ごせるなら生徒会なんかに入るんじゃなかった…それとも唯が軽音楽部に入るのを止めていれば…あるいはその両方か

『澪がこのままいなくなれば軽音楽部はなくなるんじゃないか?』

突然誰かが心の中で呼び掛けるなにを馬鹿なことを…

『澪がいなくなって悲しむ唯に頼られたくないか?』

澪がいなくなったと決まった訳ではない。今日は偶然休んだだけに決まっている

唯「和ちゃんどうかしたの?もう家だよ」

和「ん?あはは、考え事してただけよ。それじゃ唯、また一緒に帰りましょ」

唯「うん、約束だよ」

澪は次の日も来なかった…その日はムギも来なかった。律によると親御さんは捜索願いを出したらしい…



最早疑いようがない事実…原因はわからないが澪を拐ったのはムギに間違いない、あの夜から澪は監禁され続けているのだ。唯か律に電話番号を聞いて早く澪を解放するように忠告するべきだということはわかっていた…警察でも構わない事態になっているかもしれない

結局その日、私がしたのは空メールだけだった…なんて打てばいいのか見当も付かなかった…

その日も唯と一緒に帰った…澪がいなくなり少し不安げな唯を元気づけ、そんな唯に頼られる満ち足りた時間を過ごした


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