例の医者はしばらく来れないらしく悶々とした日々を過ごす。目の前を大きな魚が泳いでいるのに釣り上げる道具がない…学校でりっちゃんと過ごす度にこのまま無理にでも拐ってしまいたい欲望にかられる

斉藤「お嬢様、三日後から来れると連絡がありました」

紬「ほんとうッ!?待ってたわ~」

斉藤「……ですが本当に田井中様を?」

紬「本気よ~澪ちゃんとりっちゃん、二人は一緒にいるべきなの」

斉藤「秋山様、山中様…田井中様とさすがに軽音楽部から三人ともなると…」

紬「うふふ、斉藤…期待してるわよ」



紬「ごめんねりっちゃん休み時間に呼び出しちゃって…」

律「いいんだよムギ、で伝えたいことってなんだ?」

紬「え~とね、絶対に内緒にして欲しいの。約束できる?」

律「ははっ…ムギにしちゃもったいぶるな。約束するよ」

紬「澪ちゃんが見つかったわ」

りっちゃんは丸く大きな瞳をより大きく見開き掴みかかってきた

律「見つかったってどこでだ!?生きてるのか?元気なのか?」

紬「…りっちゃん…苦しいわ」ケホケホ

慌てて襟首から手を放すりっちゃん…なりふり構わず幼馴染みを心配するなんて。いい、すごくいいわ

律「ご、ごめんなムギ…頭に血が昇ってちまって」

紬「いいのよりっちゃん…無理もないわ。まず順をおって説明するわね」

ビラ配りをやめた頃から琴吹グループの力を使い捜索を続けていたこと。捜索の範囲は関東、本州、日本、アジア、欧州と広めていき中東で見つかったこと。交渉の末、身柄を確保したこと

全て嘘だがりっちゃんは想像以上の大規模なスケールに顔を青くして立ちすくんでいた…

律「で、澪は今どこにいるんだ?」

紬「うちの離れにいるわ…いろいろ事情があってまだ公開は出来ないの。それにマスコミが騒いだりしたら澪ちゃんも傷ついてしまうわ」

律「そ、そっか…唯には?」

紬「ごめんなさい…澪ちゃんがまずはりっちゃんにだけ会いたいって。ご家族にもまだ伝えてないわ」

律「いいんだいいんだ…さすが琴吹グループだよな!!あたしも澪もこんなな頼れる友達を持って幸せだぜ!!」バシバシ

紬「うふふ、りっちゃん痛いわ~」ハァハァ

律「じゃあムギん家に行けばいいのか?」

紬「迎えは用意してあるわ~」

りっちゃんは澪ちゃんに会いたい。私はりっちゃんと澪ちゃんにそばにいて欲しい…きっと澪ちゃんも同じ気持ちに決まってるわ~



りっちゃんを離れに誘き寄せるのは呆気ないくらい簡単だった。こんなにうまくいくのならもっと早く行動してれば良かったわ…

律「すごい仕掛けだな…地下があるなんて思いもしなかったぜ」カツンカツン

紬「お祖父様の趣味なの…きっと秘密基地みたいなものを作りたかったのね」

律「金持ちの考えることはわかんねぇな~」

紬「うふふ、そうね…ここよ」

小窓から中を覗き見る。澪ちゃんはソファーに座りテレビで何かを見ているようだ…ソファーの上から覗かせる後頭部でしか判断出来ないが見る人によっては澪ちゃんだと認識出来るだろう

りっちゃんの背中をそっと押す。りっちゃんは頷きドアを開ける

律「み…澪?」

澪「り、律なのか?」

律「澪、良かった…ずっと会いたかったんだぞ」

いいわ、離ればなれになった幼馴染みの再会…これからはずっと一緒にいさせてあげるからね。ポケットから小型のスタンガンを取り出しグリップを握る…



律「ムギ、澪に会わせてくれてありがとう…一つ言っていいか?」

りっちゃんが振り向く、スタンガンは死角にある

紬「なぁに?なんでも言って」



律「校舎の裏口が開いてたぜ!!」



紬「!!??」



何で?りっちゃんが!?頭の中が真っ白になり『ドスッ』何かを突き刺す音がして左腕に激痛が走る。『グチュ』りっちゃんが手を捻ると痛みが増し思わずスタンガンを落とす。

カシャンカシャン…落ちたスタンガンはすぐさま蹴られ部屋の隅に転がっていく…




律「あいつの言ったとおりかよ…チクショウ。信じてたのによ」グスグス

あいつって誰?なんでりっちゃんは泣いてるの?痛みで膝をつきうずくまる…頭がうまく働かない。なんで?りっちゃんも私の物になるはずなのに…いや、私のものにする!!

顔をあげりっちゃんを睨む…大丈夫、まだいけるまだいける。これまでだって手に入れてきた、これからだってずっと!!膝に力を入れる。飛び掛かって捩じ伏せる

律「おらぁ!!」

『ガシャーンッ』澪の食事を運ぶワゴンだろうか、両手で上げるにはそれほど重くはないが金属製だ充分に効くだろう

ムギの頭は床には沈み鮮血が金髪を赤く染め上げる…死んじゃいないだろうな。ビクビク痙攣するムギの腕から鍵の束を引き抜く。嫌な感触が手に伝わる



律「さ、逃げるぞ澪」

澪「律…ムギは?」

律「まだあんなヤツの心配するのか?こっから出たら救急車でも呼んでやるよ」

澪「律…驚かないのか?手足が無いんだぜ…笑っちゃうだろ」

律「馬鹿言うなッ…どれだけ心配したと思ってる!?あたしは澪が生きててくれれば今はそれだけで構わない!!」

澪「律…」



澪を抱え廊下に出て地上へ駆け上がる。辺りは既に暗く離れの玄関の灯りと本宅の灯りしか足元を照らしてくれない。本宅は危ない気がする…おそらくムギの息がかかった連中しかいないだろう

外の塀へ向けてひた走る、足元が悪い、何度も澪を抱えたまま転びそうになる。それほど距離はないはずなのにえらく遠く感じた…あった、塀だ

律「チクショウ、思ったより高いな…門を探すしかないか」

澪「律…もぅいいんだ、私は置いていってくれ。そしてここであったことは全部忘れてどこか遠くで生きて欲しい。ムギには私から頼んでおくから」

律「なに言ってるかわかってるのか!?ふざけんなよ!!」

澪「律…わかってもらえないかもしれないけど…ここでの生活はそれほど悪くないんだよ」

あたしはその言葉を聞いて絶望の淵に立たされた。手足を奪われ地下に閉じ込められ自由を与えられない生活が悪くないだと!?狂ってる…澪もムギも…

澪が首を捻り腕に噛みつく。痛みに耐えきれず澪を地面に落としてしまう

澪「律、行ってくれ…私の分まで幸せになってくれッ…お願いだから…」

塀にとびつく、必死によじ登る…一瞬だけ振り返る。街灯の灯りに照らされた澪の頬に流れる涙の線は光を反射してただただ綺麗だった。もう二度と振り返らない

律「澪ッ…すぐ、すぐ助けに来るからなッ」



塀から飛び降りる、固いアスファルトに足から落ち冷たい道路に転がる…立ち上がれない程の痛みではない

塀に手を付きながら前へ前へ進む…方向なんかわからない。ただその場に立ち止まるのが酷く恐ろしい。ケータイ、ケータイ…ブレザーのポケット、スカートのポケットを探る。見つからない…

心細さで膝から落ちそうになる。嫌だ…もう嫌だ…澪、助けてくれよぉ。

あたしの呼吸と鼻をすする音しか聞こえない静寂の中でいやに底抜けに陽気な音楽が響く…

振り返ると塀から落ちた辺りにケータイの着信を告げるイルミネーションが瞬いていた

希望の元に…壁から手を放しケータイの元にひた走る。ほんの数メールのところでイルミネーションが消えた…代わりに車のハイビームが禍々しい光を放ち思わず目をつぶる

息を呑む…光に目が慣れる…傷だらけの高級車…運転手が耳元からケータイを放す…運転しているのはムギ…振り返りダッシュで走る…車が急発進する…ケータイを踏み潰す…衝撃…視界が暗転する

気がつくと全身が痛い…痛すぎてどこが痛いのかわからない。ズルズルと仰向けに足から引き摺られ星空が流れている…ムギの幸せそうな鼻歌が聞こえる…ごめんな澪、助けにいけそうにないや…


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