紬「憂ちゃん?」

憂『紬さんのその提案は絶対に守られるものなんですか?』

紬「……ええ。どちらかは手を出さないわ」

憂『どちらかは確実に辱めを受けるという条件で』

紬「そうよ」



憂『そうですか。じゃあ私を辱めてお姉ちゃんを助けてください』



淡々とした声で憂は言った。紬はその意思の強さに驚いた。

今憂が言ったことは単なる幻聴ではない。本気で言っている。



紬は監視カメラから覗いた映像を凝視する。
声こそ淡々としていたが憂の表情は、可愛かった。

口をぎゅっと結んでいる。可愛い。

紬「それでいいの?」

憂『お姉ちゃんが助かるのならいいです』

紬「唯ちゃんのこと好きなの?」

こんなことを聞くつもりはなかったが、気づいたら口走っていた。


憂『好きです。大好きです。だからこそ、そんな大好きなお姉ちゃんを守りたいんです』


目に涙すら溜めて憂は言った。

紬「……」

もう、いい。十分だ。紬は胸に清々しい気持ちが広がるのを感じた。
期待した以上の返答があったのだ。

紬はマイクのスイッチをオフにした。

なるほど。これが姉妹愛か。

紬「……憂ちゃんはすごいわ」

紬は知らず知らずのうちに浮きかけた腰を椅子に下ろす。

おそらく彼女は今の音声が録音されていることは知らない。

後で唯ちゃんにいっぱい聞かせてやろう。

紬「本当に……大したものね」

紬の唇は自然と綻んでいた。

今まで相手に見てきた人間の中で一番愛を表現した人間。

それが平沢憂だった。
その人に愛された平沢唯は本当幸せ者だ。
同性愛。バンザーイ。

紬「……もう満足、日常に戻りたい」



斎藤「紬お嬢さま」

いきなり背後から名前を呼ばれて紬は振り返った。

紬「なに?」

斎藤「あの……」

紬は憂の部屋の画面を見た。
最後にちょっとだけ嫌がらせをしようと思った。
憂の部屋のマイクのスイッチをオンにする。

紬「唯ちゃんを縛って憂ちゃんの前でえっちなコトするのが夢だったの

――プツン

斎藤「もう…やめましょう」

一瞬、斎藤の顔になにか言いたげな雰囲気を感じとったが、それについて言及する前に、彼は踵を返していた。

斎藤「お嬢さま……」

紬「なに?」

斎藤「……いいえ、なにもです。失礼します」

紬「……斎藤」

斎藤「……はい」

紬「お誕生日。おめでとう」

斎藤「……!」

斎藤「お、おぉぉおおおおお嬢様ぁぁああああああああああああああああ」



斎藤は部屋で大号泣した。そう、今日は斎藤の誕生日の半年後だった。



休日の今日、天気は晴れだった。
憂は珍しく、自分の家で朝食をとらずに起きてすぐに家の近くの喫茶店を訪れた。待ち合わせしていたのだ。彼女と。

 「珍しわね。憂が遅刻するなんて」

憂「うん、ごめんね。少し寝すごしちゃった」

アンダーリムの眼鏡のレンズ越しから真鍋和が、心配げに憂をうかがう。

和「大丈夫? 夜は随分とお楽しみのようで」

憂「だ、大丈夫だよ! それよりなにか早くたのも」

憂は無理やり話題を変えた。そんな憂を見て和が言った。

和「唯と上手くやってる?」

憂「……お姉ちゃんはいつも通り。変わんないなー。彼女って感じしない…かな、へへ」

何かを思い出したように憂は悶える。

和「のろけちゃって…」

和が眼鏡のフレームを指で押し上げる。

憂「だってお姉ちゃん可愛いんだよ~。朝起きたら、ち、ちゅーしてきたり」

憂は唯とののろけ話を和に披露していた。

憂「それもね、夕飯後とか、寝る前とか――」



……

和「はいはい、もし私に力になれることがあったら言ってね」

憂「うん、ありがとう。じゃあまたね」

和「また、ね」

憂は和に背中を向けた。和はこれから予備校らしい。

あれから、数日が経過していた。
振り返ってみると、どうして紬さんがあんなことをしたのか、不思議で仕方がない。
ただすぐ日常が帰ってきた。

いや、正確にはまだまだ周りにギコちなさがあるが、憂たちはそれなりに平和な生活を送れていた。

紬さんはいつも通りのおっとりとした人に戻っていた。あ、そうだ琴吹家から牛肉もらったんだからお返ししないと。

澪さんや梓さんや律さんも「ナニも無かった事」にしているらしい。お姉ちゃんからちょっと聞いたけど殆どナニも知らない。


憂「ただいま、お姉ちゃん」

憂はお姉ちゃんがいるリビングの扉を開ける。



唯「あ、憂、おかえりー!」

唯がとびっきりの笑顔で憂をむかえる。
憂はお姉ちゃんの頭を撫でて、それから優しく抱きしめた。

憂「お姉ちゃん、ごめんね。今日は朝ごはんは和ちゃんと食べてきたんだ」

唯「ぶー。私も連れてってくれたっていいじゃん」

憂「ごめんごめん…」

あの日の夜にお姉ちゃんから告白を受けた。紬さんから電話で「おめでとう」と祝ってもらった。
誰もが似たようなことを言った。

憂は唯の抱く力を強くする。
相変わらず傍にいるだけで心を満たしてくれる大好きな人。

憂は唯の首を両腕で包むようにしてみた。

憂「あの場に紬さんとお姉ちゃん以外いなくてよかった」

唯「ふぇ?なんで」

憂「私もね、えっちに興味があったんだよ。お姉ちゃん」

唯「もう~憂のえっち」

お姉ちゃんは笑う。今こうやって怒ったり泣いたりなど色んな表情をしてくれる。憂と呼んでくれる。

お姉ちゃんとえっちはしてみたいと思っていた。ただ、叶わない夢だと思っていた。


えっちをすれば、その快感によって姉を気持ち良くできる――姉を幸せにできるかもしれない。

そう思ったのだ。



遅かれ早かれ、憂は唯に告白していただろう。
紬が後押ししようがしまいが実際にはそこまで代わらなかったのかもしれない。

「身体のつながり」なんて幸せなんかじゃない。「心の繋がり」これが私たち。

唯「へへ♪うい~」

憂「……」

だが、これは本当によかったのだろうか。この答えは分からない。
姉に恋をしてしまった妹。妹に恋をしてしまった姉。

私のお姉ちゃんは恋人です! そう堂々と言える日がくるのだろうか。


憂「……お姉ちゃん」


唯は憂の首に包みこむように両腕を回していた。


唯は憂を抱きしめた。思いっきり。

唯「うい、どうしたの?」

私が悲しそうな顔をしていたせなのだろう、唯の笑った顔が引っ込み、目を丸くした。
それはあまりさせたくないお姉ちゃんの表情だった。

憂「……お姉ちゃん好きだよ」

唯「えへへ、私もだよ」

唯は憂の唇に自らの唇を重ねる。憂の頬に一筋の涙が流れる。

姉のキスは私を幸せにしてくれる。いつものおどけた唯の表情が『姉』に変わる。

唯「んっ…うい」

だから――


憂「これからも私がお姉ちゃんをいっぱい幸せにしてあげるから」

憂は笑顔で唯を更に抱きしめた。



抱きしめ合う姉妹の側にあるテレビ画面には、紬が出演する「徹子の部屋」が映しだされていた。