琴吹紬には忘れられない思い出がある。


彼女の父親の友人である科学者の簡単な実験に付き合ったことがある。

実験と言ってもそんな大袈裟なものではない。

今でも覚えているが耳にスピーカーをつけられたことは鮮明に覚えている。
そして腕や首になにかわけのわからない装置をつけられたことも記憶に残っている。

「今から何人かの女性の写真を見せます」

男が言った。紬は特になにも考えずに頷いた。
好奇心旺盛な彼女ではあったが、これはあまり面白そうではないな、と漠然と思ったのだ。

それから女性の写真を、パソコンのディスプレイで見せられた。
紬が不思議に思ったのは写真を見せられている間
ずっとスピーカーから心臓が拍動するような音を聞かされたことぐらいだった。

写真の女性はどれも美人だった。


「誰が一番美人だと思いましたか?」


すべての写真を見終わったあと男が尋ねた。

紬は迷うことなく『私』と答えた。


 「どうしてご自身を選んだのですか?」

紬は首を傾げた。理由を聞かれてみると、明確な理由が思い浮かばなかったのだ。
ただ直感的に紬は自分が一番美人に思えた。好意に近い感情さえ抱いた。

 「紬お嬢さまはナルシシズムというものをご存知ですか?」

聞いたことがあったので紬は少し得意げに知っていると答えた。
男はそんな紬を見て微笑ましそうに笑った。

 「お嬢さまはナルシズムです 
  間違いありません。ナルシストです」

はっきりとそう言われると、なんだかムカつく気がした。
しかし、それを意味することがわからなかった。

どういうこと、と紬は男に尋ねた。


 「ナルシストというのは自分自身を性的な対象とみなすことなどいいます」

男の言おうとしていることがわかって、紬は嬉しそうに言った。

紬「変態ね」

 「さすがは聡明な紬お嬢さまですね。その通りです」

確かに改めて女性たちの写真を見比べてみると、優劣をつけることはできないように思えた。
しかし、それでも自分自身が一番自分の『好み』だと思ったのだ。

 「なかなか面白いとは思いませんか?」

紬「ええ、とても」

男は続けて言った。その次の言葉は紬にとって一生忘れられない言葉になった。


「同じ顔の相手を愛する事ってできっこないよね~ましてや同性なんてね~、いたら奇跡奇跡」


この言葉が今の紬を形成するきっかけになった。少なくとも紬はそう考えている。


それから紬は更に男から様々なことを聞いた。
その中でも特に面白かったのは、人間の動作についての話だ。

「お嬢さまは近親相姦というものをご存知ですか?」

紬「近い血縁関係にある者による性的行為をすること?」

紬は冗談でそう言ってみた。男は苦笑いをして紬の言ったことを肯定した。

 「当たりです」

紬「続けて」

 「これは最近私も知ったことでしてね――」


本来人間というのは、どっかで運命的な出会いをして、それから子供を生む。
しかし、外への「侵略」「縄張り」を大きくするという本能レベルの人間の考え方を否定する考え方である。
ましてや子作りすら出来ない同性間の近親相姦はとてつもない狭義の考え方となる。

近親相姦と近親相姦でない行動の差は、外部から血が混じるかどうかなのである。
血筋が違うからこそ、人と人とは繋がっていき、繁栄するのである。


 「だから、我々人間というのは――」


だが、実は我々人間というのは本能的な考え方を抑えて生きている。そう、喧嘩しない、戦争をしない。などだ。
たとえば、かわいい女の子がいたとする。しかし、その子に手を出したら犯罪だ。「本能に従った」と言ってもブタ箱行きだ。
人間は本能行動から離れること、でまず、平和が成立する。

ようするに、そのわずかな平和の連鎖が、このくそったれな「大量破壊兵器持ってる国が最強だからな!」世界の撲滅に繋がるのだ。


紬「つまり、同性間近親相姦だって決して間違いなんかじゃない」

極論を紬はぽつりとつぶやくと目の前の扉を開いた。


扉を開いた先には鎖に繋がれた平沢姉妹がいた。



唯と憂が紬を見た。

紬「お久しぶり。あれからどれくらい時間が経過したのかしらね?」

紬は二人をなめ回すようにねっとりとした視線で観察する。
二人には文字通りの意味でなにもしていない。危害は一切加えていない。
しかも、それなりに良い待遇で彼女たちを迎えた。

充分な水分や食事の摂取はきちんとさせ、一緒の部屋に寝かせたり、一緒にお風呂に入れさせたりもした。

なにより、彼女たちにはまだ律たちのプレイを知らせていない。

唯「む、ムギちゃん……」

紬「どうしたの? どうして私をそんな目で見るの?」

紬はキョトンとして、不思議そうに首を傾げる。それはあまりにもあどけない仕種だった。

憂「……律さんたちはどうしたんですか?」

紬「特になにもしていないよ?」

紬はさらりと嘘をついた。

憂「……お姉ちゃんになにをする気ですか?」

紬とは違う種類の視線で、憂は彼女を観察する。
その瞳には強い意思が秘められていた。姉を絶対に守ろうという強い意思が。

紬「ふふ、そんな目で見られても困るな。私はなにもしていないの」

もっとも紬は、憂のそんな視線を気にした様子もない。
自分の金色の髪の先を指で退屈そうにいじって相手にすらしない。


唯「じゃ、じゃあ……りっちゃんや澪ちゃんに合わせてよ!」


紬「ふふふ……」

紬の髪に絡められた指が止まる。やがてその指が痙攣でもするかのように、ぴくぴくと動き始める。
小鼻を膨らませると、紬は身をよじらせる。


紬「ふふふ、ふふふふふ、そう、りっちゃんたちに会いたいの?」

紬の目が見開かれる。



人間の瞳孔は興奮すると最大で7ミリまで開かれる。
紬の瞳はまさに極限の興奮によって、最大まで開かれていた。

紬「そう、唯ちゃんたち次第ではきっと会えると思うよ」

紬は言った。唯と憂は紬から得体の知れないなにか変態的なものを感じ、息を呑んだ。


紬「とりあえず、二人にはここでお別れしてもらうね」


男たちが唯と憂を捕らえる。

紬「唯ちゃんと憂ちゃんをそれぞれ、お部屋に案内してあげて」

紬は引き裂かれようとしている姉妹をうっとりと眺める。

唯「憂……!」

憂「お、お姉ちゃん!」

紬「連れていきなさい」

二人が扉の向こうへ連れていかれていく。

紬は電話を手にとった。



紬「斎藤、新しいプレイをやるわ。『徹子の部屋』の準備をして」



床を踏み鳴らす音がやけに耳についた。

唯は男たちに連れられて、ある部屋の扉の前まで来ていた。

唯「あ、あの……」

唯は男たちに尋ねる。できるかぎり、誠意のこもった声で。

唯「澪ちゃんたちは……澪ちゃんたちはどうなったんですか?」

男たちはなにも答えない。ハナから答える気などないのだろう。

 「入れ」

扉が開く。開いた扉の先は――

唯が足を踏み入れた部屋は、真っ暗だった。

唯「……?」

が、途端に明かりが点る。唯が眩しさに目を細める。

唯「あ……」

唯は自分の認識が間違いだということに気がついた。
明かりがついたのではなかった。

部屋の壁に隙間なく備え付けされたテレビの電源がついたのだ。

唯「あ、ああ……」

唯の背筋が震える。口許を押さえる。今にも嬌声が変な気分にしてしまうような気がしたのだ。

無数にあるテレビの画面には、律、澪、そして梓たちのプレイシーンが映し出されていた。



なにこれ!?



唯は二度見しかけて、なんとかこらえる。二度見したらなにもかも崩れてしまいそうだった。

 「これをつけろ」

男たちが唯に差し出したのはヘッドフォンだった。
さすがの唯にもこのヘッドフォンが自分になにをもたらすのかはわかった。

紬は嘘をついていた。ナニもしていないなどとんでもない嘘だった。
唯はクシャミしそうになった。すると涙が溢れた。

 「お前がこれをつけなければ妹がどうなるかわかるか?」

淡々とした声で男が言う。
唯に選択肢はもちろんない。

唯はヘッドフォンをつけた。



ヘッドフォンをつけた途端、唯は反射的にそれを外そうと手が動いた。

唯「――――!?」

耳孔を舐めるような音が、鼓膜を震わす。
それは頭蓋骨の中で反響し、溶ける。
外したくなった。

もっとも憂を人質に取られている唯は、ギリギリのところで踏ん張ったが。

 「拘束するぞ」

唯は椅子にエスコートされ座らされると、男たちにより手足を縄で拘束される。
自力でヘッドフォンを外すのはこれで不可能になった。

唯「ぅぅ……耳がかゆいっ、外し……」

唯は出かかった言葉を強い意思で飲み込む。

が、再び唯は声をあげるはめになる。



『んぁっ、んっ、んっんっ、んぁ』


聞き慣れない後輩の嬌声が、頭の中に響き渡る。
最初はなんの音か認識できなかったが、耳がわずかに慣れたのだろう。
叫び声の主が誰かわかった途端、唯は名前を呼ぶ。

唯「あず…にゃん?」

音声はひとつではなかった。

澪『んはぁ……んくっ……ん……ちゅ……っ』

律『んあっ、あっ、んっ、みおっ!、ああ、んっ』

律の嬌声と澪の嬌声も梓のそれに混じり、不協和音を奏でる。

 「部屋を出るぞ」

男たちは唖然とする唯をあとに部屋から出ていった。



―――――――――――――――――――――――――

憂が入った部屋はごく普通の部屋だった。

憂「……?」

憂「なんですか、この部屋?」

男たちは憂の質問に答える代わりに、憂の拘束をほどいた。

 「あなたにはしばらくの間、この部屋ですごしてもらいます。
  なお、三食の食事などそのほかのサービスも承ります」

慇懃な口調でひとりの男が言う。
が、容赦なく憂の背中を優しく押す。憂は一歩前に出る。

憂「質問に答えてください。お姉ちゃんは?」

 「あなたが知る必要はない」

男は淡々とした口調でそれだけ告げると部屋から出ていった。


部屋はほとんどホテルのそれと変わらない。唯一の違いと言えば、窓がないことぐらいか。

憂「お姉ちゃん……」

自分にできることはない。憂はベッドに身をまかせた。



憂「お姉ちゃん……お姉ちゃん、大丈夫だよね?」

憂は独り言を口にする。
そうでもしていないと、不安に押し潰されてしまいそうだった。

自分はこうしてなにもされていない。だから姉も大丈夫だ。
そう考えられればどれほど幸せだっただろうか。だが、そんなことはない。そんな予感がした。

憂「お姉ちゃん……」

憂がギュッとベッドのシーツを握る。希望はまだある。


 『元気にしてる?』


不意に紬の声がして慌てて憂はベッドから飛び起きた。
天井を見上げるとスピーカーがぶら下がっていた。

紬『お姉ちゃん……唯ちゃんのことが心配なんでしょ?』

憂「お姉ちゃんは無事なんですか?」

紬『さあ? でも安心して。少なくとも身体に傷をつけるようなことはしていないわ』

どこか嘲りを含んだ声は続けてこう言った。

紬『ねえ、ひとつ提案があるんだけど?』

憂「……なんですか?」

紬『唯ちゃんか憂ちゃんのどちらか。どちらかとえっちしてあげる』

憂「えっちしないどちらかはどうなるんですか?」


紬『寝盗られ』


憂「……え?」

紬『憂ちゃん。憂ちゃんは唯ちゃんのために辱s 憂「受けます」

紬の声がそこでピタリと止まる。

憂の答えが速すぎたのだ。



紬「…………」

紬は憂の返答を待っていた。心待ちにしていると言ってもいい。
姉を溺愛する憂が、どのような返事を返すのか非常に興味があった。
もっともこの時点では、まだ憂は律たちがどのような末路を辿ったのかを知らない。
プレイされたということ自体を知らないのだ。
ただ早過ぎる。この妹やばい。

憂『……』

間違いなく彼女は、自分の体を差し出す。姉のためならなんだってするはずだ。

憂は即答だった。紬はいつの間にか自分が失禁していることに気づいた。

憂『……お姉ちゃんは助かるんですか?』

紬「え、ええ……」

予想外の速さに紬は返答にわずかに詰まってしまった。


―― ・・・


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