紬「唯ちゃん?」

唯ちゃんが何を言っているかわからなかった。

唯ちゃんは黙りこんだ。

私は話題を変える事にした。

紬「唯ちゃん、来週は大学来るよね」

唯「んー、わかんない」

紬「でもずっと家に一人だと退屈じゃない?いつも何してるの?」

唯「ケータイ触ってるよ」

そう言えば、昨日もすぐに電話に出たし、部屋でもずっと携帯電話をいじってたっけ。

紬「ケータイ、楽しい?何してるの?」

唯「メール読んでるんだ」

紬「そう」

唯「でも何て送ればいいのかわからないんだよ」

紬「誰に送るメール?」

唯「んー」

それから唯ちゃんは、私の方を見た。
口調は軟らかかったけど、目は真剣そのもので、まるで……。

唯「ムギちゃんとあずにゃん」

まるで大人みたいだった。



唯ちゃんは二回深呼吸をしてから、話始めた。

唯「あずにゃんがいなくなった日に、あずにゃんからメールが来たんだ」

心臓の音が鳴るのがわかった。
鼓膜は体の中の音も拾う。
それでも私の心は見えない。
まだ見えなかった。

唯「見る?」

私は答えない。

唯ちゃんは私が答えるのを待たずに、携帯を操作して、それから私に画面を見せた。

そこにははっきりと、梓ちゃんの言葉が書かれていた。


From あずにゃん
Sub 無題
============
たすけて


紬「たすけて」

私は声に出して読んだ。

それは単にメールを読んだだけじゃなく、誰かに向けた私自身の言葉でもあった。

私は川の方を向いて言った。

紬「梓ちゃんはね」

唯「ん?」

紬「知ってた?梓ちゃんは私の事が大嫌いだったんだよ」

唯「えー?そんな事ないよ」

唯ちゃんはまた携帯電話をいじり始めた。

唯「私このメールが来たときびっくりして、あずにゃんに電話かけたんだ。でもあずにゃんは出てくれなかったから、その後メールを返したんだよ」

唯ちゃんはせっせと携帯電話を弄った。

唯「はい。そこのボタン押せば送信メールと受信メールを見れるよ」

そう言って唯ちゃんは私に携帯電話を渡した。

私はボタンを押して、メールを読んだ。


To あずにゃん
Sub Re:
===========
あずにゃんどうしたの!?



From あずにゃん
Sub Re2:
===========
ムギ先輩を助けてください



To あずにゃん
Sub Re2:Re:
===========
ムギちゃんに何かあったの??


From あずにゃん
Sub Re2:Re2:
===========
ムギ先輩はきっと怖いんです
ケーキを壊したくないんです


To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re:
===========
ケーキが壊れちゃったの??


From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2
===========
壊れてません
でもムギ先輩は壊れると思ってるんです
だから壊れないってことを確かめないと怖いんだと思います


To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re:
===========
よくわかんないよ~


From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:
===========
箱は壊れちゃっても、
中身は無事だって伝えてあげてください


To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
===========
ムギちゃんにケーキは無事って
教えてあげればいいんだね??


From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
==============
やっぱり教えないでください
気づかせてあげてください


To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re
==============
ええ~!それは教えてあげたほがいいよ~


From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
==============
教えちゃったら壊れたと思っちゃいますよ


To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
==============
あずにゃん先輩
イミがわかりません!


From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
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とにかく教えちゃダメです
それとなく気づかせてあげてくださいね


To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
====================
う~


From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re
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他の先輩方にも言わないでください


To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2
====================
ぶ~


From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
====================
ていうか誰にも言っちゃダメですよ!
このメールの事も!


To あずにゃん
Sub 無題
====================
スパイ大作戦??


From あずにゃん
Sub Re:
====================
なんでもいいですけど
とにかく絶対言っちゃダメです
何があっても言っちゃダメです
あと泣くのもダメですからね


To あずにゃん
Sub Re2:
====================
よくわかんないけどわかった!
言わない!
泣かない!


From あずにゃん
Sub 無題
====================
ありが


To あずにゃん
Sub Re:
====================
途中送信かい??


From あずにゃん
Sub すみません
====================
ありがとうございます
唯先輩のこと尊敬してます
律先輩も澪先輩もムギ先輩も大好きです


From あずにゃん
Sub Re:すみません
====================
でへへ
急にどうしたの~??



私が梓ちゃんに電話をかけた直前の時間で、メールは終わっていた。

紬「ありがとう唯ちゃん」


私は唯ちゃんに携帯電話を返した。


私が梓ちゃんにあんな事を続けたのは、私と梓ちゃん、それからみんなとの関係が壊れる事を恐れたからだ。

私が最初にケーキを壊した時、梓ちゃんは悲しんだ。
私はそれを見て、何かの弾みで私とみんなの関係が崩れる可能性を考えた。

だから壊れないって証明したかった。
何度落としても、どれだけ踏みつけても、壊れないって証明したかった。

梓ちゃんは、私が納得するまで、それに付き合ってくれようとした。
そのために、唯ちゃん達にも話さず、私との絆を守ろうとした。

でも、私は最後に梓ちゃんの髪を切り、顔に傷をつけた。
それを誰かに見られたら、私達の関係は壊れる。

梓ちゃんはそうならないように、自分を壊す事で、箱の中身だけを残し、私に差し出してくれた。


私は自分の携帯電話を取り出した。

梓ちゃん、ありがとう。

私達の絆は壊れないの。
私が梓ちゃんに電話して、謝れば、全部元通り。

私は梓ちゃんの番号に電話をかけた。


『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、もう一度おかけ直し下さい』

私は何度もかけ直した。

唯ちゃんは私を訝しげに見た。

梓ちゃんは電話に出てくれなかった。
出てくれないから、私は謝れなかった。


もう意地悪しないから、泣かせないから、お願いだから。


紬「お願いだから出て……」


梓ちゃんが死んでから、私は初めて涙を流した。



唯「ムギちゃん。私、あずにゃんがいなくなってから、ずっとこのメールの意味を考えてたんだ」

私は髪をぐしゃぐしゃにしながら嗚咽を漏らした。

唯「四十九日になれば、あずにゃんの事も納得できて、ムギちゃんの事もわかるのかなって。でも私馬鹿だからわかんなくて」

唯ちゃんの声が震えた。

唯「だからもうこうするしかムギちゃんに伝える方法がないんだよ」

唯ちゃんは私を抱き締めて、泣きながら言った。

唯「ムギちゃん、ケーキは壊れてないよ……」

私は唯ちゃんを抱き返したかったけど、腕に力が入らず、癇癪をおこした子供みたいに泣き喚いた。

それからしばらく、私と唯ちゃんは地べたにしゃがみこみ、梓ちゃんを思って泣き続けた。



涙が枯れると、思考は少しずつクリアになった。

目を擦り、私は立ち上がった。

紬「唯ちゃん、私今日は帰るね」

唯「どこに行くの……?」

紬「唯ちゃん、教えてくれてありがとう」

川はもういつもの様にゆったりと流れていて、向こう岸もよく見えた。

私は公園を出て、駅に向かって歩いた。

がらんどうの駅はまだ開いてなかったから、私は改札に続く階段に膝を丸めて座った。

梓ちゃんの声を聞き続けた左耳を弄ると、冷たい金属が指先に触れた。
私はそれを煩わしく思い、引きちぎった。
そうすると耳は暖かくなり、私は少しだけ嬉しくなった。


左の耳たぶから血を流したまま、私は目を閉じた。

それから四十九日である事を思い出して、呟いた。

紬「梓ちゃんが天国に行けますように。梓ちゃんが天国に行けますように」

天国でも笑って過ごせますように。


紬「そうだ」

私は梓ちゃんに曲の作り方を教えてあげるって約束してた。
ちゃんとお菓子を持っていくって約束してた。

私が届けてあげなきゃ、私が聴かせてあげなきゃ、梓ちゃんは泣いちゃう。



始発の時間になると、駅員が私の身体を揺すった。

私は改札をくぐり、ホームに立った。

唯ちゃんの家の最寄り駅に、特急電車は停まらない。
私を置き去りにして通りすぎる。
でもそれに乗る事が出来れば 、梓ちゃんに会わせてくれる。


駅のすぐ横の踏切の警報機が鳴り出した。


「今ならどんな曲が浮かびますか?」

ごめんね梓ちゃん。
私、嘘ついちゃった。
楽しい時や嬉しい時に曲が浮かぶって言ったけど、本当は今みたいな時でも曲は浮かぶの。
でもそういう曲をみんなに演奏してもらいたくなかったし、何より不出来だったから、言わなかったの。


警報機は鳴り止まない。
私の耳に、それは音符となって届く。


紬「今なら、こんな感じだよ」

私は頭の中に流れる、単調で退屈で出来の悪い曲を口ずさんだ。

紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」


私はゆっくりと線路に降りた。


紬「ご清聴ありがとうございました」

線路の上からホームはよく見えない。
思ってたよりここは深い。


足下の揺れが大きくなる。


私は天を仰いだけど、そこに台風後の広い空は無く、コンクリートの天井があるだけ。



『間もなく、電車が通過します。危険ですので、白線の内側までお下がり下さい』



視線を天井から少し下におろすと、桜高の制服を着た女の子がホームから私を見下ろしていた。

紬「危ないよ」

女の子の袖を引っ張って白線の内側に戻してあげたかったけど、残念ながら今私がいるのは外側。

せめて、何か楽しい曲を聴かせてあげられればいいんだけどな。
でも、あの時の曲は即興だから、もう思い出せないの。

「私達には楽しい曲のほうが合ってると思います」

私は「梓ちゃん」と呟いた。
女の子が天使みたいに笑った。
私はその女の子に手を伸ばした。
女の子が顔を曇らせた。

私は生きたいと思った。


それから私の身体の潰れる音がした。







おしまい



終わりです
保守&支援ありがつ

最終更新:2011年05月05日 18:39