梓ちゃんが霊柩車で運ばれていった後、私は客間に用意されたお料理を食べた。

澪ちゃんとりっちゃんは一口も食べなかった。

憂ちゃんと純ちゃんは泣きながら互いに何か言葉を掛け合っていて、食事には興味も示さなかった。

唯ちゃんだけが、私と一緒に食べてくれた。

唯「ムギちゃん、それおいしい?」

紬「うん。おいしいよ。唯ちゃんもどうぞ」

唯「ありがとう。おいしいね」

澪ちゃんはそんな私と唯ちゃんをなじったけど、りっちゃんがそれをやめさせた。

さわ子先生は私達に何度も励ましの言葉をかけてくれた。
でも自分が泣くのを我慢できていなかった。
りっちゃんと澪ちゃんは泣きながら何度も頷いていた。

唯ちゃんは話の途中で抜け出し、和ちゃんと一緒に、また泣き出してしまった憂ちゃんを慰めていた。

憂ちゃんが落ち着くと、唯ちゃんは私の隣に座り、手を握って笑顔を見せた。

結局私と唯ちゃんは、お葬式の間、一度も泣かなかった。



帰宅すると、私は服のボタンを外し、ベッドに身を投げた。

目頭をぐっと押していると、服の袖からお香の匂いがした。

それが不快だったから、私はすぐに着替えた。



それからシャワーを浴びた後に携帯電話を開いて、梓ちゃんに電話をしようと思った。

でも、今日は梓ちゃんに何もしてないから、かける理由がなかった。

私はベッドの上で梓ちゃんから電話がかかってくるのを待ったけど、結局電話は鳴らず、私はそのまま目を閉じて眠った。



【平成23年 9月14日】 

お葬式から二日後、私達は唯ちゃんの部屋に集まった。

律「梓の事は残念だったけど、私達が泣いてたら梓も悲しむと思うんだ」

唯「そうだよー」

律「だからさ、これからも梓の話が出る事はあるだろうけど、それで泣くのはナシ!」

澪「うん、わかった」

律「唯とムギもいいな?」

唯「はーい」

私はそもそも梓ちゃんが死んだ事もよくわかってなかったけど、「はい」と言った。

それから、りっちゃんの言葉とは裏腹に、私達の間で梓ちゃんの話題は出なかった。
むしろ梓ちゃんの話を避けてすらいた。
「泣くのはナシ」だけど、澪ちゃんとりっちゃんは自分が泣いちゃうのがわかっていたから、梓ちゃんの話はしづらくなったみたい。
でも、時々お互いを励ますような事を言うようになり、その言葉は私にも飛び火した。

唯ちゃんはアルバイトに顔を出さなくなり 、大学も休みがちになった。
私は店のオーナーに事情を話し、しばらくの間みんなにお休みを与えてもらった。

梓ちゃんがいなくなってから、 私の左耳は前みたいに暖かくならなくなった。
私はそれが寂しくて、腹立たしかったから、左耳にピアスを開けた。



【平成23年 10月27日】

梓ちゃんがいなくなってから四十七日目、その日は台風が来た。

この日も私達は唯ちゃんの部屋に集まった。
特に用は無かったけど、ただ集まれればそれで良かった。

唯ちゃんは、梓ちゃんの話を何度もした。
最初、りっちゃんと澪ちゃんは何とか話を逸らせようとしたけど、唯ちゃんがしつこく梓ちゃんの話をするから、りっちゃんが怒鳴った。

律「いい加減にしろよ!わざとやってるだろ!」

それからりっちゃんは台風の中部屋を飛び出し、澪ちゃんもそれを追いかけた。

私はどうしようか迷ったけど、唯ちゃんが、

唯「台風で危ないから泊まっていきなよー」

と言ったので、結局二人を追いかけなかった。

すぐにりっちゃんから電話が掛かってきて、ちゃんと家についたから心配しなくていい、と言われた。
私は唯ちゃんに電話を渡し 、二人はすぐに仲直りした。

その晩、唯ちゃんはずっと夢枕で私に冗談ばかり言っていたけど、外の風の音でほとんどよく聞こえなかった。



【平成23年 10月28日】

コンビニに唯ちゃんの姿はなかった。

私は出来るだけ大人しくしながらお酒を買い、コンビニを出た。

澪ちゃんとりっちゃんは寝ちゃってるから、必要なお酒は私と唯ちゃんのぶんだけ。
唯ちゃんもいつもより控えめに飲んでいたから、それほど量は必要ないと私は判断して、新発売のカクテルを4本だけ買った。

唯ちゃんはどこに行ったんだろう。

携帯に電話をかければすぐにわかるけど、それをしないで探したほうが楽しそうだったから、私はその辺を散歩しながら唯ちゃんを探す事にした。

腕時計は11時57分を指していた。

紬「あと三分」



コンビニの周りをうろうろした後、私は近くの河原に向かった。

公園のガス灯が河面に反射して揺れている。
いつもなら綺麗な場所なのに、台風の後だから水かさが増していて、水面の光を飲み込んでしまいそうで不気味だった。
それを見たくなかった私は上を向いた。

星が散りばめられた夜空を見て、人工物の灯じゃやっぱり及ばない、と私は思った。

不意に、聞き慣れた声の耳慣れない響きがした。

水面の前の柵に、唯ちゃんはいた。

紬「いた」

私は唯ちゃんに近づき、声をかけようとして、それをやめた。

唯ちゃんは子供みたいに声を上げて泣いていた。

唯「あずにゃ……ん……うあ……うぁぁぁん……」

唯ちゃんは顔も隠さないで泣いていたから、涙は水面に、泣き声は夜空に、それぞれ吸い込まれていった。

私はそれを見て、足がすくんだ。


私は子供だから、梓ちゃんが死んじゃってもわからなかったの。
私は大人だから、いちいち泣いたりしなかったの。


唯ちゃんも同じだと思ってた。


でも、今まであっけらかんとしていた唯ちゃんは、ただ泣くのを我慢していただけで、その上私達にそれを見せないために、今ここでこうして泣いている。


梓ちゃんは子供だから、あんまり泣くのを我慢できなかった。


りっちゃんと澪ちゃんは子供だから、振り返り方がわからない。
だから前しか向けない。
私はちょっとだけ大人だから、後ろを見ても泣かない。


でももう、子供なのは私だけで、大人なのも私だけ。



紬「唯ちゃん」

私は唯ちゃんを呼んだ。

唯ちゃんは、はっとした顔で私の方を見た。

唯「えへへ」

唯ちゃんは目をごしごしと擦ってから笑った。

私は唯ちゃんの隣に並び、柵に両手をかけた。

紬「唯ちゃん、大丈夫?」

私は平然を装った。

唯「うん」

紬「よかった」

唯ちゃんは携帯電話を開き、時間を確認してから私に訪ねた。

唯「ムギちゃん、今日が何の日か知ってる?」



【平成23年 10月29日】

私は答えた。

紬「うん。知ってるよ。梓ちゃんの四十九日」

唯「あずにゃんが天国に行けるように拝んであげないとね~」

紬「そうね」

唯「澪ちゃんとりっちゃんは知らないのかな?」

紬「うん、知らないみたい」

唯「二人とも子供だなぁ」

紬「たまたま知らないだけだよ」

唯「りっちゃんなんてあずにゃんの話したら怒るし」

紬「唯ちゃん、怒ってるの?」

唯「んーん。りっちゃんも澪ちゃんも、思い出し方がわからないだけだし」

紬「私もよくわからないわ」

唯「もう大学生だよ。私達大人だよ。お酒も飲めるようになったし」

紬「本当は飲んじゃダメなんだよ」

唯「あ、そっか。じゃあまだ子供だね~」

私達の言葉は川の水流に飲み込まれ、それが立ち上って空を彩った。
唯ちゃんは一足先に大人になったけど、言葉は子供みたいに燦然としていた。

唯「私、色々調べたんだよ」

紬「何を?」

唯「法事のこと。新聞とか読んで」

紬「新聞には載ってないと思うよ」

唯「うん。だからおばあちゃんに教えてもらったんだ。でね、四十九日って、人が死んじゃった事を受け入れて、納得するのにちょうどいい日数らしいよ」

紬「そうなの。知らなかったわ」

唯ちゃんは笑いながら続けた。

唯「そんなわけないのにね~。そんなすぐに納得なんて出来ないよね~」

紬「きっと昔の人は忘れっぽかったんだよ」

唯「私より?」

紬「多分」

唯「ムギちゃんは?もう納得できた?」

わからない。
私は悲しんでないから、きっと唯ちゃんより前の段階にいる。納得するのは、私が泣けるようになってからだと思う。

私が何も答えないでいると、唯ちゃんは川面に視線を移した。

唯「高校の時に私とあずにゃんが演芸大会に出たの覚えてる?」

紬「うん」

唯「えへへ。ゆいあずってね、川原でお話してる時に結成したんだよ」

紬「そうだったんだ」

唯「この川って、その時の川の下流なんだよ~」

紬「だからあのマンションにしたの? 」

唯「ううん、たまたまだよ。この川の事を知ったのは最近だもん」

唯ちゃんは柵を擦った。



唯「あずにゃんごめんね。私、約束破るね」



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