【平成23年 4月29日】

高校を卒業し、大学に入ると、私達はすぐに軽音サークルを探した。

でも最初に参加した飲み会で澪ちゃんが散々な目に合ったから、結局自分達でサークルを作る事にした。

その立ち上げ会議は、まだ家具の揃わない唯ちゃんの部屋で行われた。

律「んじゃとりあえず会長は私で」

澪「異議あり」

律「ええー?なんだよ、私じゃ嫌なわけー?」

澪「律が会長やったらまた申請とか忘れるだろ。高校の時は和が生徒会だったから良かったけど、大学じゃそうもいかないし」

律「大丈夫だって。大船に乗ったつもりで任せてもらおうか!」

澪「絶対氷山にぶつかるだろその船。信用できません」

律「なっ?それが大親友に言うセリフかよ!?」

澪「それとこれとは別」

紬「私はりっちゃんでいいと思うけど」

唯「私も~」

澪「ええ?じゃあ梓はどう思う?」

梓「えーっと……ていうかその前に……」

梓ちゃんはみんなの顔を見渡してから言った。

梓「なんで私がこの会議に参加してるんですか?」

みんなそれを聞いて不思議そうな顔をした。

律「いや、なんでと言われても」

唯「あずにゃんは会議嫌い?」

梓「そうじゃなくて、これみなさんのサークルを作る会議ですよね?」

澪「うん」

梓「なんで私が……」

憂「みなさん、お茶どうぞ」

お茶を運んできた憂ちゃんは、にこにこしながら座った。

律「だって梓も頭数に入ってるし」

梓「でも私、まだ高校生ですよ?それに高校の軽音部もありますし」

唯「えー?あずにゃんも一緒にサークルやろうよー」

梓「でも……」

梓ちゃんは私の顔をちらっと見てお伺いを立てるような表情をした。
私は笑顔を見せてそれに答えた。

紬「梓ちゃんも一緒にやろう?」

梓ちゃんは照れ臭そうな顔をした。

梓「私は……はい。構いませんけど」

律「まーったく梓は素直じゃないなー。卒業式の時なんて「卒業しないでよ~!うえーん!」とか言って可愛かったのに」

りっちゃんは梓ちゃんと肩を組んで茶化した。

梓「そ、そんな言い方してません!」

憂「へえ~梓ちゃん、泣いちゃったんだ」

梓「あーっ!もう!そんなことより会長を早く決めましょうよ!そのための集まりなんですから!」

結局なんだかんだで澪ちゃんもりっちゃんが良かったらしく、投票の結果、満場一致で会長はりっちゃんに決まった。



【平成23年 5月3日】

梓ちゃんは学校の軽音部の活動と平行して、私達のサークルにも参加した。

よくよく考えてみれば、それはサークルじゃなくてあくまでも放課後ティータイムだった。
一応サークルの申請は出したけど、会員の募集はしなかった。
もう「放課後」ではないから、バンド名を変えようという話も出た。

唯「じゃあ、自主休講ティータイムとか?」

結局バンド名は据え置きで活動を続ける事になった。

大学では高校の時より自由な時間が増えたため、私達四人は高校の時に働かせてもらった喫茶店でアルバイトをするようになった。
バイト代の一部はスタジオを借りる費用に使われた。

ゴールデンウィークは梓ちゃんを入れた五人で練習をして、唯ちゃんの部屋に集まった。

梓「やっと引っ越し終わったんですね。……ていうか……」

梓ちゃんは室内を見渡しながら言った。

梓「実家の部屋とあんまり変わりませんね」

唯「そうなんだよ。大学生なんだから、もっと新鮮な感じが良かったんだけどなぁ」

梓「家具とか新しいの買わなかったんですか?」

唯「いやぁ~愛着があるもんでね~。あ、でもあずにゃんのためにソファーとクッションを買いました!」

梓「私はセレブに飼われるネコですか……。前に来たときも思ったんですけど、このマンションの外観って唯先輩にはもったいないくらいかっこいいですね」

唯「やっぱり?だよね~。いつかもっと可愛いところに引っ越したいなぁ」

律「唯、今の皮肉だぞ」

梓「一人暮らしってことはもしかして自炊もしてるんですか?」

唯「うん!憂がご飯作って持ってきてくれるんだ~」

梓「通い妻!?ていうかそれ自炊って言わないですから!」

唯「えっ、そうなの?」

梓「はぁ……やっぱり唯先輩は唯先輩ですね」

梓ちゃんは呆れたように言ったけど、どこかほっとしている様に見えた。



律「さて、では我々の新しい門出を祝ってー」

「かんぱーい」

唯ちゃんとりっちゃんと私はお酒を、澪ちゃんと梓ちゃんはジュースで乾杯した。

梓「いいんですか?みなさんまだ未成年ですよね」

梓ちゃんは抱いたクッションで口元を隠しながら言った。

唯「大学生は大人だから大丈夫だよ~」

さわ子「法律で20歳未満の飲酒は禁止されてるから本当はダメなのよ」

もちろんさわ子先生はビールで乾杯。

律「あー……もうさわちゃんがいきなり現れても驚かなくなったなぁ」

梓「って律先輩、先生の前で何堂々と飲んでるんですか」

さわ子「いいのいいの。私はもうりっちゃん達の先生じゃないんだから、いくら飲んでも私は止めないわ。さあ!どんどん飲むわよー!」

そう言ってさわ子先生はビールを飲み干した。

澪「職務から解放されて前よりのびのびしてますね……」

律「ところで梓、制服なんだよな~」

梓「え?まぁ、そうですけど。それがなにか」

唯「制服ですよりっちゃん」

律「初々しいなぁ」

唯「若々しいなぁ」

梓「一歳しか違わないじゃないですか!ていうかついこないだまで先輩達も着てましたよね!?」

唯ちゃんとりっちゃんはしばらくそのネタで梓ちゃんを弄り倒した。

さわ子「あ、梓ちゃんは飲んじゃダメよ。まだ教え子なんだから」

梓「わかってますよ」

律「梓が酔ったら怖いだろうなー。一升瓶振り回して、バキッ!ガシャーン!オラー!って」

唯「あなた、もうやめてー!子供がみてるわー!」

梓「はいはい」

紬「ふふっ」

梓「ところで、みなさんが酔っ払ったらどうなるんですか?」

唯「えっとね、澪ちゃんはおえーってなって」

澪「おい」

唯「りっちゃんは面白くなって、私は楽しくなるよー。ムギちゃんはあんまり変わらないなぁ」

梓ちゃんは、ぷっと笑った。

梓「つまり、みなさんほとんど変わらないんですね」

律「そういやさわちゃんが酔ったところは見た事ないな」

さわ子「私も大して変わらないわよ」

唯「ふうん。ところでさわちゃん」

さわ子「なあに?」

唯「今日休日だよね」

さわ子「そうよ?」

唯「休日の夜に私達と遊んでるってことは、本当に彼氏いなかったんだねー」

一同沈黙。

律「唯、それそろそろ私達にも跳ね返ってくるから!」



お酒は進み、夜が更ける。

先生は少ししてから身支度をして、「いつでも音楽室にきてね」と言って帰っていった。

高校の時は気づかなかったけど、先生はずっと、私達に大人の手垢がつかないように守ってくれていた気がする。
私達が持っている根拠のない全能感や、漠然とした希望を、そのまま残して生きていけるように。
だから私達は振り返らないし、反省もしない。

先生が帰ってしばらくすると、りっちゃんは梓ちゃんにお酒を勧め始めた。

梓ちゃんは押しに負けて飲んでしまい、思いの外その味を気に入ったらしく、何杯も飲んだ。

結局澪ちゃんも、

澪「私だけ飲まないなんてなんか嫌だ……」

と言って、苦い苦いと言いながら先生が開けずに置いていったビールを飲んだ。

梓ちゃんは意外とお酒に強くて、唯ちゃんとりっちゃんと澪ちゃんが潰れた後も、私と二人で飲み続けた。

私達は大学の様子、新しい軽音部の話、それから作曲の話をした。

私が梓ちゃんにした行為については、一切話題に出なかった。
私はいつその話を出されるのかと内心怯えていたけど、梓ちゃんはそんな様子を全く見せなかった。

梓「ムギ先輩、今ならどんな曲が浮かびますか?」

紬「うーん、さすがに今はお酒も入ってるし……。あ、待って」

私は立ち上がり、部屋の窓を開けてベランダに出た。
それから梓ちゃんに手を差し出した。
梓ちゃんは一度その手を取ろうとして、すぐに引っ込めた。

紬「大丈夫。ベランダに置き去りにしたりしないから」

梓ちゃんは申し訳なさそうな顔をして、私の手を取り、ベランダに出た。


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