【平成23年 10月28日】


律「かんぱーい!今日もお疲れー!」

りっちゃんの音頭で、私達は缶の蓋を開けた。

唯ちゃんとりっちゃんはゴクゴクとお酒を喉に通し、澪ちゃんはちびちびと飲んだ。
私はみんなが飲み始めたのを確認すると、ゆっくりと缶につけた。

時計は10時を回っていて、テレビは何度目かわからないくらい放送した映画を流している。
筋肉質な男がテロリストに占拠されたビルに取り残される、有名なアクション映画。

澪「この映画って最後どうなるんだっけ」

律「え?テロリストやっつけて終わりだろ」

澪「そりゃそうだけどさ、どういう流れだったかなーと思って」

唯「どうだったかなー?何回も見たけど忘れちゃったよ」

私はみんなほどテレビも映画も見ていなかったけど、この映画のラストは覚えていた。
結局テロリストは思想家でもなんでもない、ただのこそ泥。
敵のボスは死闘の末、哀れビルから転落。

律「流れなんてどーでもいいって。悪い奴は最後死んで地獄に落ちるの!」

唯「そうなの?」

律「そう!」

唯ちゃんがりっちゃんに笑顔を向けて言った。

唯「じゃああずにゃんは悪い事してないからいなくならないね~」

りっちゃんは、しまったという顔をして、澪ちゃんに目配せして助けを求めた。

澪ちゃんもどうしていいかわからず、苦手なはずのお酒をぐいっと飲んだ。

テレビから響くマシンガンの音がとても耳障り。
なんで男の人はこう乱暴なのが好きなんだろう。

紬「かんぱーい!」

空気を変えるために、私は空気を読まずにわざと間抜けな調子で二回目の音頭をとった。

みんなもそれに続き、お酒は進んだ。

澪ちゃんがリモコンのボタンを押してテレビを消したけど、今度は唯ちゃんも止めなかった。

律「おらー!澪飲め飲めー!」

りっちゃんが大袈裟に澪ちゃんに詰め寄った。
澪ちゃんはりっちゃんを小突いてそれをやめさせる。
唯ちゃんはそれを見て笑顔になる。

みんなお互いの胸のうちはよくわかっていた。
私はみんなの考えている事が手に取るようにわかったし、きっとみんなも私の事
をよく知ってくれている。
ひょっとしたら、私の知らない私の事も。

だから、いっその事みんなに聞いてしまいたかった。

「どうして私はこんな事を続けているの?」

梓ちゃんならきっと知っている。
私の気持ちは、私の手元にない。
全部梓ちゃんに叩きつけたから、もし梓ちゃんが棄てていなかったら、きっと今も梓ちゃんが持っている。

みんなが談笑を続ける一方で、私は時計が気になって仕方なかった。
さっき確認したばっかりなのに。

時計の針はほとんど進んでいない。

私はまた缶に口をつける。

スクリュードライバーはあんまり好きじゃない。
もっと甘いのが私は好き。
もっと甘いものを飲んで、食べて、それからもっと甘い曲を書くの。

中身を一気に飲み干して缶をテーブルの上に置いた時、私は唯ちゃんが時計に目をやっているのに気付いた。

唯ちゃんは時計から目を離すと、澪ちゃんと話しながら携帯電話に手を伸ばした。



【平成22年 12月12日】

私が音楽室に行くと、梓ちゃんは水槽の中でふわふわと泳ぐトンちゃんに向かって何か話していた。

紬「梓ちゃん、こんにちは」

梓ちゃんは私のほうを向くと、会釈だけをして、またトンちゃんに向かって何か呟き始めた。

紬「何のお話してるの?」

私は梓ちゃんの隣に行き、水槽を指先でつついた。

梓「いえ……」

と言って、梓ちゃんは目を伏せた。

紬「そっか、トンちゃんは知ってるんだもんね」

梓ちゃんが私の顔をじっと見詰めた。

紬「なあに?」

梓「今日もあそこに入ってなきゃいけないんですか……?」

梓ちゃんは物置をちらっと見て言った。
私は無視して訊ねた。

紬「梓ちゃん、トンちゃんの事好き?」

梓「……はい。好きです」

紬「じゃあ一緒にご飯食べよっか」

梓ちゃんは拳をきつく握りながら言った。

梓「わかりました」

私は梓ちゃんのティーカップにトンちゃんの餌を入れて、梓ちゃんに差し出した。

梓ちゃんは眉間にシワを寄せ、目に涙を浮かべながらそれを食べた。

紬「泣いたらダメだからね」

梓「はい。わかってます」

梓ちゃんの物分かりが急によくなった事に、私は疑問を抱かなかった。
梓ちゃんと二人っきりで音楽室にいると、得体の知れないものが私の心を支配して身体を動かし、そういう思考を奪った。

梓「食べ終わりました」

紬「うん」

私は梓ちゃんの頭を撫でた。
梓ちゃんはびくっと身体を震わせた。
それが気に入らなかった。

私は梓ちゃんの髪の毛を掴み、そのまま頭を机に叩きつけた。

梓「……っ」

梓ちゃんが抵抗してくれなかったから、私はすぐに止めた。

もう物置に閉じこめても、梓ちゃんは泣かない。
ああ、私が禁止してるんだっけ。
どっちでもいいわ。
何か他の事をしないと。

紬「梓ちゃん」

私は座ったまま椅子をひきずり、梓ちゃんのすぐ隣に行き、顔を近づけ、梓ちゃんの頬を触った。

柔らかい。
暖かい。
唯ちゃんが気に入ってる気持ち、何となくわかる。

梓ちゃんは唇を震わせながら、じっと私を見据えた。

紬「梓ちゃん、前に言ってたよね」

梓ちゃんは何も答えなかった。

そっか。そんなに私が嫌いなんだね。

紬「こういうのに憧れてるって」

私は梓ちゃんのおでこに唇を押し当てた。

梓ちゃんは、「ひっ」と声を漏らした。

私は一度梓ちゃんの頭をぶってから、今度は梓ちゃんの唇に自分の唇を重ねた。

カサカサに乾いた唇。
生臭い。
こんなのに憧れてるなんておかしいよ。

唇を離すと、梓ちゃんは私を突き飛ばす事もなく、膝の上で拳を丸めて微動だにしなかった。

紬「平気なの?」

梓ちゃんは小さく首を横に振った。

紬「嫌?」

梓ちゃんは黙ったまま首を縦に振った。
その拍子に、目から涙が溢れた。

紬「泣かないで」

私は梓ちゃんの足を蹴った。

梓「すみません」

梓ちゃんは急いで涙をごしごしと拭き取り、私に顔を向けた。

私はまた梓ちゃんに唇を重ねた。
梓ちゃんはぎゅっと目を瞑った。
私は目を開けたまま、梓ちゃんの唇を噛んだ。

梓「……つっ……!」

梓ちゃんは声を漏らして痛みに耐えた。
私の口の中に、血の味が広がる。

おいしくない。
私はドラキュラじゃないもの。
おいしいわけない。

私は唇を離し、梓ちゃんに立つように言った。
梓ちゃんは机に両手をつき、私は梓ちゃんの後ろに回って制服のシャツの中に手を入れた。

私に、梓ちゃんに対する情欲があったわけじゃない。
恋愛感情もない。

梓ちゃんの事は大好きだけど、それは恋愛とかそういう事じゃない。
私はただ、梓ちゃんを可哀想な目に遭わせたかっただけ。
それだけの理由で、私は梓ちゃんの身体を触った。

でも梓ちゃんが可哀想になると、私の心は軋んだ。
骨が歪み、皮が千切れるんじゃないかと思うほど、辛かった。

紬「よかったね梓ちゃん。憧れてたんだもんね」

梓ちゃんは、ふっ、と息を吐いた。
暖房をつけていなかったから、それは白く立ち上ぼり、すぐに消えた。

私は梓ちゃんのスカートの中に手を入れ、下着を脱がせた。

それから私の指は、そっと梓ちゃんの脆いところに触れた。

梓ちゃんの呼吸が乱れた。
それは性感によるものではなく、泣くのを堪えていたからだ。

紬「泣かないで」

梓ちゃんの声が震える。

梓「泣いてません」

紬「泣いてるよ」

梓「泣いてません」

紬「嘘。泣いてるよ。私の指、梓ちゃんの涙で濡れてるもん」

梓ちゃんは身体を机に倒し、顔を隠しながら言った。

梓「……すみません」

梓ちゃんはいよいよ泣くのを我慢できなくなり、机の上に涙をこぼし、しゃくりあげた。

私は梓ちゃんの中に指を入れた。

梓「っ……く……」

梓ちゃんはまた声を漏らした。
太股に血が伝う。

紬「痛いの?」

梓「……は、い……」

紬「でも憧れてたんだよね?」

梓ちゃんは答えなかった。

紬「そうなんでしょ?」

私は梓ちゃんの中に埋もれた指を動かしながら言った。

梓「あ……っ。違い、ます……」

梓ちゃんは泣きながら言葉をひりだした。

紬「泣いちゃダメって言ってるのに」

私はまた指を動かした。

梓「いっ……た……痛、い……痛い…………」

紬「じゃあ痛くなくなるまで動かすから」

それから私は指を動かし続けた。
梓ちゃんは随分長いこと涙を流しながら、痛みに耐え続けてくれた。

窓の外の日が落ちて部屋が暗くなる頃、梓ちゃんの声色が変わった。

動物的なその声に、私は少し怯えながら指を動かした。

指先に当たる、梓ちゃんの子宮の入り口が気持ち悪い。
こんなに小さくて弱々しい身体なのに、子供を作る事はできるなんて、なんだか不思議。

いつもならみんなの笑い声と演奏だけで構成される部室の音景は、単調に展開する梓ちゃんの声だけになり、私はそれがとても嫌だった。

添加物をどっさり入れて作ったお菓子のような下品な声を出し続ける梓ちゃんの身体から、雌の匂いが撒き散らされているような気がして、私は顔をしかめた。

梓ちゃんは一際大きな声で鳴くと、がくりと膝から落ちた。
梓ちゃんから私の指は抜け、てらてらと光る指先に私は寒気を覚えた。

それから私は念入りに手を洗うと、泣きながら項垂れる梓ちゃんの腕を掴んで立たせた。

紬「帰ろっか」

梓「……はい」



冬の通学路に、人は疎らだった。
街灯は頼りなく揺れ、私と梓ちゃんを導く。

ごめんね街灯さん。
いくら照らしてもらっても、梓ちゃんは元気にならないの。
私が家に帰って電話をかけないと、梓ちゃんは元気にならないの。

不意に、指先に冷たいものが当たった。

紬「梓ちゃん、雪だよ」

梓ちゃんは俯いたまま。

紬「早く帰らないと風邪引いちゃうね」

駅に着いて、私は梓ちゃんの手を離した。

バッグから消毒薬を取り出し、ティッシュを湿らせて、私が噛んだ梓ちゃんの唇に当てた。

梓「っ……」

紬「ちょっとだけ沁みるからね」

手当てを済ませても、梓ちゃんは私の顔を見てくれなかった。

紬「じゃあね」

梓ちゃんはようやく顔を上げ、目の周りを赤く腫らした顔で、毅然と言った。

梓「はい。失礼します。また明日」


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