家に着くと、私は梓ちゃんに電話をかけた。
梓ちゃんはすぐに出てくれた。

梓「はい……」

かすれた声が受話口から聞こえた。

紬「梓ちゃん、ごめん」

梓ちゃんは答えない。

紬「酷いことしてごめんなさい……」

鼻をすすり、梓ちゃんは私に訊ねた。

梓「なんで?なんであんな事させたんですか……?」

今度は私が無言になった。

梓「昨日せっかくムギ先輩と仲良くなれたと思ったのに……何でですか……?」

紬「ごめんなさい……」

私にもわからないの。
でも、今謝ってるのは本当に悪い事をしたと思ってるからだよ。

梓「いたずら……ですか?」

紬「そう、かも」

体のいい理由を梓ちゃんが用意してくれたので、私はそれに乗っかることにした。

梓「やりすぎですよ……。私、ムギ先輩に嫌われたのかと思いました……」

紬「私が梓ちゃんを嫌いになるわけないじゃない」

梓「ならいいんですけど……ああいうのはもうやめてくださいね。本当にヘコむんですから」

紬「うん。ごめんね」

電話の向こうで梓ちゃんがはーっと息を吐いて、受話口からばたばたという音がした。

梓「良かったです。私、ムギ先輩に何か失礼なことしちゃったのかと思って色々考えちゃいました」

紬「ううん、私が悪いの。だから気にしないで」

梓「はい」

紬「じゃあ梓ちゃん、また明日ね」

梓「はい。失礼します」

そこで私達は電話を切った。

私の左耳は、また暖かくなった。

私はベッドに寝転んで、壁とにらめっこしながら考えた。

なんで私はあんな事をしたんだろう。
梓ちゃんが傷つくのはわかりきっていたのに。
梓ちゃんが傷つけば、私も悲しくなるのに。

その疑問に私の頭が全部持っていかれたおかげで、罪悪感は枕の横に置いたままになった。



それから一週間、唯ちゃん達も部室に通い続けた。

梓ちゃんが唯ちゃん達に何か言った様子はなく、いつも通りの時間が過ぎていった。

梓ちゃんも私がした事に言及してこなかった。

私だけがいつも通りじゃなかった。

私は音楽室に入るたびに、怖れと好奇心を募らせた。
みんなに知られた時の事を考えると身が竦む。
竦むのに、好奇心は堆積して私を隈なく覆っていく。


私はこっそり、音楽室の物置の内側の鍵を壊しておいた。



【平成22年 12月6日】

梓「今日はみなさん来ないんですか?」

紬「うん」

梓「そうですか」

そう言って、梓ちゃんは少し残念そうな顔をした。

みんなが来なくて寂しいの?
それとも私と二人でいるのが嫌なの?

梓「あ、でもムギ先輩と二人っきりなら、この前みたいに作曲の話ができますね」

私はそれに答えず、部室の物置を指差した。

紬「梓ちゃん、ちょっと取ってきてほしいものがあるの」

梓「なんですか?」

紬「物置の中なんだけど……」

梓ちゃんは不思議そうな顔をしながら、物置に入っていった。

梓「どれですか?」

紬「奥の方」

梓「うーん、散らかってて何がなんだか」

私は物置のドアを閉め、鍵をかけた。

梓「あっ、もう!いたずらしないでくださいよ」

私が何も答えないでいると、梓ちゃんは内側から軽くドアを叩いた。

梓「ムギせんぱーい、開けてください」

梓ちゃんはしばらくドアノブをガチャガチャと回した。

梓「はぁ……。ていうか内側にも鍵あるんですからね」

ドアの向こう側から鍵を外そうとする音が聞こえた。

梓「……ムギ先輩、開けてくれませんか?」

紬「嫌」

そう言った私の声は、自分でも驚くほど冷えきっていた。
梓ちゃんもそれを感じ取ったのか、声のトーンを変えた。

きっと、梓ちゃんは私がケーキを無理矢理食べさせた時の事を思い出したんだと思う。

梓「ムギ先輩、お願いします。開けてください」

紬「ダメよ」

梓「お願いします」

紬「梓ちゃん、私もう帰るね」

私はバッグを肩にかけて、音楽室を出ようとした。

梓「ちょ、ちょっと待ってください!もういたずらはしないって約束したじゃないですか!」

梓「待って!ムギ先輩待ってください!出してください!」

私は音楽室のドアに耳を当てて、梓ちゃんの声を聞いた。

梓「出して!お願いします!出してください!」

梓ちゃんは数分間叫び続けた後、急に静かになった。

静かにすれば私が戻ってくると思ったのかな。

梓ちゃんはしばらくしてから、さっきより必死に叫び出した。

梓「やだああああ!出して!助けて!!」

私はまたドアに耳を当てる。

梓「誰か!やだ!やだああっ!いやああああっ!!」

物置のドアを何度も叩く音が聞こえた。

それから一時間近く、梓ちゃんは泣き叫び続けた。

最後の方は声もほとんど掠れていたし、なりふりかまっていられないといった様子だった。

梓ちゃんが静かになって更に一時間くらいしてから、私は音楽室に入った。



物置のドアを開けると、梓ちゃんは泣き疲れたのか諦めたのか、抱えた膝に顔を埋めて座り込んでいた。

紬「梓ちゃん、帰ろう?」

私が声をかけると、梓ちゃんは力なく顔を上げた。

紬「ね、帰ろう?」

梓ちゃんはほっとした顔を見せると、ぽろぽろと涙を流した。

梓「はい……」

私は梓ちゃんの手を引いて、物置を出た。



家に着くと、私はまた梓ちゃんに電話をした。

紬「梓ちゃん、ごめんね」

梓「もういいです……」

紬「よくないよ。私、梓ちゃんのこと泣かせちゃったんだし。本当にごめんね」

梓ちゃんは涙声で言った。

梓「いたずらはしないって約束したじゃないですか……。狭いところは嫌だって言ったじゃないですか……」

知ってるわ。
だから閉じ込めたの。

紬「ごめんなさい」

梓「……私の事嫌いなんですか?」

紬「そんなことないよ。大好きだよ」

梓ちゃんはしばらく黙った後、ぽつぽつと言った。

梓「今日のことは忘れます。唯先輩達にも言いません。もちろん、憂にも純にも。だからムギ先輩も忘れてください」

紬「うん、ありがとう」

梓「それから、約束してください。もう意地悪しないって」

紬「うん。約束」

それからお互いを慰める言葉をいくつか掛け合い、私達は電話を切った。

私はお茶を淹れて一息つくと、梓ちゃんに「本当にごめんね。もう絶対に意地悪しないから」とメールを送った。

梓ちゃんは、「はい。ていうか忘れてくださいね。また明日部室で。おやすみなさい」とすぐに返してくれた。

そのメールを見て私は安心したけど、その気持ちも翌朝には綺麗さっぱり消えていた。



この日から五日間、私は毎日梓ちゃんを物置に閉じ込めた。
梓ちゃんは抵抗したけど、私は力ずくで押し込めた。
二日目は特に激しく抵抗したから、私は梓ちゃんをぶった。
何度もぶつと、梓ちゃんは大人しくなった。
閉じ込められた梓ちゃんが泣き喚き、しばらくして私がドアを開け、手を繋いで帰る。
それから電話をかけて、私は梓ちゃんに謝って仲直りをする。
電話で交わす言葉数は少しずつ減っていった。

四日目で梓ちゃんは抵抗しなくなり、物置の中で啜り泣くだけになった。

梓ちゃんが泣くと、私は悲しくなった。

お願いだから、泣かないで。
お願いだから、「どうして」なんて訊かないで。


五日目、私は梓ちゃんに「泣いたら絶対に出してあげない」と言った。
梓ちゃんはそれに従ってくれた。

私の好奇心は確実に梓ちゃんの重荷になっていたはずなのに、梓ちゃんはこの事を誰にも話していなかったらしく、唯ちゃん達は普段と変わらず私に接してくれていた。


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