― 17時51分 桜ヶ丘駅前北口 コンビニ

降りしきる雨はガラス窓を濡らし、客足は鈍い。

姫子はレジで18時の現金チェックに勤しんでいた。

純「ふんふん♪」

店内にはいつもの立ち読み常連の癖毛爆弾爆発頭が20分ほど前から蔓延り、

客が1人になってからは鼻歌まで歌いだす始末、姫子の神経は激しく逆撫で続けられていた。

姫子「…」

雨というのもあり苛立った姫子は現金チェックを中断し、レジを片付けて売り場へ出る。

姫子「あの、お客様―」

今日こそ癖毛爆弾頭を店内から駆逐すべく声をかけた瞬間だった。

凄まじい揺れが襲い、棚という棚から商品が大量に落下する。

姫子「な、何?地震!?」

二度目の揺れで今度は店内の照明が消える。

それは大雨の中、イリスが桜が丘に再び帰ってきた瞬間だった。

純「あ、あれ!」

姫子「!」

濡れた窓の外には巨大な生物がいた。

展開した虹色の飛行膜が光を受け艶かしく光る。



― 同時刻 桜が丘駅前踏切

帰宅ラッシュとなり混雑していた桜が丘駅一帯は一瞬でパニックに陥った。

イリスの飛来は人々が目の当たりにした渋谷のトラウマを呼び起こし、一層混乱を拡大させる。

怒号と悲鳴、クラクションが鳴り響き、踏切では乗り捨てられた車が引っかかり、遮断機が降りきらず鐘を鳴らす踏切。


市民「逃げろー!」

市民「助けてー」

市民「わああああああああああ!!!」


逃げ場もわからず走りまわる人々で小さな駅は大混乱に陥り、自転車はところ構わず乗り捨てられ、傘や持ち物が辺りに散乱した。

そしてその中には阿鼻叫喚をかき分けて走る澪の姿があった。



― 同時刻 寿町 三十七総合病院

澪「律!」

唯「りっちゃん!」

律は急に走り出す。

まるで何かに呼ばれたかのように廊下に飛び出すと、一目散に消えていく。

和「待ちなさい!」

唯「りっちゃん!」

その後を三人が追う。

時を同じくしてイリスは市街地を踏みつぶしながら何処かへ進んでいた。



― 桜が丘女子高等学校

律「…イリス」

一行が律に追いついたのは桜高の屋上だった。



律が見つめるその先には美しくも巨大で禍々しい生き物がいる。



紬「あれが…」

恵「ギャオスを生んだ者達は滅ぼされたがその末裔はこの国へ来た!縄文弥生を生き抜いてかつて巫女だった者、あの怪物と交わる役割は本来私」

恵は叫ぶようにまくし立てた。

恵「しかし時は私の家の血を薄めた!交わって悪魔を産むにはこの時代の少女の方が相応しい!選ばれたのが田井中律だったのよ!」

振り返った恵の目には嫉妬とも憎悪とも取れぬ狂気があった。

和「!」

その後ろ、凄まじい暴風雨の中、ほとんど直角に急降下してくるガメラ。

イリスはそれを迎え撃つかのように触手を振り上げた。

振り上げられた触手に沿って街並みには火柱が上がっていく。

律「…」

和「街が…」

イリスの長い腕は一瞬で慣れ親しんだ街を燃え上がらせた。


5人の頭上をかすめたガメラは住宅街を舐める様に水平飛行に移る。

その風圧によって信号機、屋根瓦、アンテナ、標識、電信柱、看板、自転車、車と、ありとあらゆるものが掠め取られて宙を舞う。



警察官「急いで!早く早く早く!」

人「ああああああああああああああああ!」

人「逃げろー!」


架空線を引きちぎり、電柱や家をなぎ倒しながらガメラが着地すると、咆哮を上げる。

桜が丘が炎に包まれる中、南北の二対が対峙した。

雨は止み、一瞬の静寂に包まれる。

雲は晴れ、濃青色の空には月が覗いた。


逃げまどう人々の雑踏をかき分けて進む澪には邪魔が入った。


警察官「ああー!?桜高の方は立入禁止や!止まりなさい!」

誘導灯片手の太った警察官が澪の前に立ちはだかった。

しかし次の瞬間には凄まじい咆哮とともに二対は再びその姿を表した。

警察官「出たああああああああああ」

警察官は驚きのあまりなのか澪の手を掴む力が弱まる。

それを振り払い澪は再び二体の怪獣の方へ走った。



誰もいなくなった生活道路の水溜りに二匹の影が映る。

がっぷり組み付いた二体はどんどん桜高の方へ進んでいく。

その足元では民家はマッチ箱か何かのように簡単に押しつぶされて瓦礫と化していく。

駅ではガメラが押されて、桜ヶ丘駅の小さな駅舎を押し潰して架線柱をなぎ倒す。

停車中の電車はそれに吹き飛ばされて宙を舞い近くの建物に落下する。



― 桜が丘女子高等学校 屋上

明々と燃え上がる街を背景に今や二体は直ぐ側まで迫り、その火災の激しさは夕闇の中でも詳細なディテールが見て取れる程だった

律「イリス。殺して!」

それに呼応するかのようにイリスは手甲をガメラの腹部に突き刺した。

ガメラの苦悶の声と共に夥しい緑色の血が飛び散る。

律「殺して!」

唯「りっちゃん!違う!」

唯は律の腕を掴んで引っ張った。

和「唯、ガメラとまだ!?」

律「…」

唯「違う、りっちゃんの方!」

唯「りっちゃんがガメラと戦ってる!」

和「!?」

唯「ガメラは誰も殺したくないの!りっちゃんがやめないとみんな死ぬの!あの火を見て!あの中には!りっちゃん!」

唯は街を指差しながら絶叫した。

和「律!」


恵「!」

恵は突然律が下げていた勾玉を奪い取った。

そして目の前に迫って来る二対。

和「律!」

和は咄嗟に律を引っ張った。

その瞬間、遂にガメラとイリスが桜高の敷地になだれ込んだ。



恵「我、直日神と交わりて、悪しき魂と戦わん!」

恵は屋上の端ギリギリまで歩み、律から奪い取った勾玉を上に掲げてガメラとイリスを見据えた。

だが、二体の戦いに何の変化も見えては来ない。

恵「無理なの?」

恵が絶望したように呟いたとき、勾玉が鈍く光りだした。

時を同じくしてガメラは甲羅まで貫いたイリスの手甲を無理やり引き抜く。


しかしそのまま押して来るイリスと共によろめいて校舎の方へ倒れこんだ。



和「律!」

律「…」

和は咄嗟に棒立ちしている律を手前へ引っ張る。

一瞬空けて校舎が半分一気に吹き飛ぶ。

3年間の思い出が詰まる音楽室も何ら抵抗することなくそのまま一瞬で瓦礫の山と化す。

水槽のトンちゃん、律のドラムセット、梓が運悪く置き忘れたむったん、壊れた扇風機の果てまで、全てが破壊された。


恵「これが死…」

それは一瞬で端に佇む恵も消し去った。



律「殺してくれ!そいつを殺せ!」

律の叫びは異常な熱気を帯び、その目は狂気に満ちていた。

唯「りっちゃんダメ!」

唯が叫んだ。

そこへ支持を失って落ちてくる校舎の一部が倒れこみ、和と律を遮る。

加えてその残骸は和に襲い掛かった。

和「!」


唯「く…」

和「…うっ」

唯「和ちゃん!?」

砂埃が晴れたそこにはコンクリート片に挟まれた和の姿があった。




澪「はぁ…はぁ…」

更なる崩壊を目にして咄嗟にロッカーの陰に隠れた澪は無傷だった。


学校にたどり着いた時には既に校舎はほとんど崩壊し、イリスとガメラが取っ組み合っている光景に澪は目を疑った。

律「…」

そして校舎の屋上には律の姿があった。


澪「律…!」

それを確認した澪はそのまま傾いた階段を駆け上がり、ここに至っていた。


今や瓦礫の向こうでガメラはそのまま倒れこみ、死んだように動かない。

邪魔がいなくなったイリスは律の方に向き直る。

律「イリス…お前なのか…」

その声に呼応するようにイリスが金色の光を放ち始めた。




澪が押し倒されたロッカーをようやくどかしてスロープ状態となった3階から、

2階の廊下に降り立つと、廊下の先で律が呆然と立ち尽くしてイリスと見つめ合っていた。

律「…」

澪「律!」

しかし律は澪の声が耳に入らないのか全く反応を示さない。

この後起きる事態は最悪の結果しか生まないと悟った澪は、

思いっきり片手の十握剣をイリスに向かって放り投げた。

澪「なんとかして!」

澪の手を離れた十握剣は回りながらイリスに当たり、そのまま跳ね返った。

律「…!」

その切っ先が頬を掠めた律は急に目を覚ましたようにこちらを振り返る。

澪「律!」

十握剣がカランと床に落ちた。

律「澪…」

律はゆっくりと澪に向かって歩き出した。



しかし油断していた二人の隙を突くようにイリスの腹部が開き触手が飛び出す。

澪が十握剣を拾い上げたときには既に遅かった。

律「イリス!ダメ!」

そしてイリスがもう律の言うことを聞くこともなかった。

澪「!」

澪はそのまま吹き飛ばされ、律はそのままイソギンチャクのような触手に引き摺り込まれる。

澪「…律」

澪は遠のく意識の中、必死に手を伸ばしていた。



唯「り…り…りっちゃん…」

律が引きずり込まれていく瞬間を見た唯はへたり込んだ。

和「ゆ…融合した!?」



律(イリス…)

律は気づくと奇妙な世界にいた。上も下もないような不気味な液体の中だ。

ふと目を開けると聡が見える。

手を伸ばそうとするとすぐに聡は焔の中に消えていった。


次に気づくと部室の真ん中に立っていた。

誰もいない音楽室。トンちゃんの水槽は空だった。

窓の外を覗くとガメラが立っている。ガメラはそのまま窓に向かって拳を振り上げた。


次に意識が戻るとイリスが見たであろう光景が広がった。

夜の住宅地。砕け散るガラス。振り向く風子の恐怖に満ちた表情。

(イリス…お前なのか?…私なのか…?)

続いて現れた光景でも登場する人々の表情は揃って絶望と恐怖に満ちていた。

(私がみんなを殺したのか…?)


律の意識はどんどん遠くなっていく。足元が崩壊し地面に向かって行くような異様な感覚に全身が包まれる。

(崩れる…助けて…誰か……)



その瞬間だった。ガメラのクローはイリスを貫いた。

イリスは苦悶の声をあげながら、そのまま返すようにガメラの左腕を己の触手で突き刺す。

唯「!」

二体は唸りながら再び睨み合う。

ガメラは腕にイリスのクローが突きさっているにも関わらず一歩も引くことはない。


和「巻き込まれる!唯!逃げて!」

和はコンクリートの下から叫ぶ。

唯「諦めちゃダメ!最後まで!」

唯はそばに落ちていた鉄骨をテコのように隙間へ突き刺した。

唯「ガメラも闘ってる!」


ガメラの手を突き刺しているイリスの触手に異様な閃光が何度も走る。

やがてイリスの両方の触手からはまるでガメラのような火球が作り始められる。


しかし、それを阻止するかのようにガメラは至近距離で火球を放った。

ただ、その火球の行く先はイリスではなくガメラ自身の右腕であった。

手甲を突き立てられていた右腕は吹き飛び、ガメラは自由を取り戻す。


和「腕を!?」

唯「ガメラ!」

その弾みの振動で瓦礫がずれ、和が抜け出す。

唯は和の腕を引っ張り、二人は転がるようにそこから離れた。



遂にイリスはガメラのようにプラズマ火球を放った。

ガメラはそれを右腕の切り口で受け止めると、火球で燃え上がる腕をそのまま振り上げた。

その炎の拳はイリスの腹部に突き刺ささり、イリスはそのまま強烈な光に包まれた。


夜目に映える巨大な火焔が立ち昇り、市街地を明るく照らし出した。

その砂煙と爆炎が晴れたとき、ガメラは倒れこんだイリスにトドメを刺すかのようにその頭を踏み潰した。


和「…」

唯「…」


離れて見守っていた二人の下に近づいてきたガメラは、まるで拾った何かを渡すように和と唯の足元に手を下ろす。

その手にはイリスの一部と思われる肉塊があった。

ガメラはそれをそっと二人の前に置いて離れる。


和「まさか!?」

唯「和ちゃん!」



― 同時刻 東京都府中市 航空総隊司令部 作戦指揮所

今や作戦指揮所では総隊司令官以下、指揮所の全員がLCD画面を睨んでいた。

幕僚「司令官。長官よりお電話が入ってます」

司令官は片手をあげると手元の受話器を取った。

司令官「はい」



― 同時刻

ガメラが見守る中二人は粘液質の肉塊を必死にかき分けた。

やがて律の姿が現れるとすかさず律を引きずり出す。

唯「りっちゃんしっかり!」

しかし律の息はない。

和「律!」

和が張り付いた粘液を払いのけて心臓マッサージを始める。


冷たい雨が再び降り出す中、ガメラはそれを黙って見つめている。



その雨はまるで律の意識を暗黒から引き戻したかのようだった。

和の膝の上で律は再び目を開けた。

律「…」

?「律!」


和「まさか…」


瓦礫を押しのけて澪が現れた。

澪「律!」

唯「澪ちゃん!」


律「どうして私を助けたんだ…?」

律はゆっくりと起き上がりガメラの方を見る。

ガメラはそんな律をただ黙って見つめている。

澪「律…」


澪は駆け寄ってくるとそばに座り込んだ。

澪「イリスは…?死んだのか…」

律「ごめんなさい…ごめんなさい…」

律はそう言いながら俯く。


右腕を失ったガメラはそれを見届けたかのように咆哮した。



―同時刻 東京都府中市 航空総隊司令部 作戦指揮所

司令官は直通回線の受話器を置くとしばらく黙りこみ、手をこねていた。

その沈黙に指揮所内の視線が一斉に司令官へ集まり、静寂が広がる。

幕僚長「長官はなんと!?」

幕僚長は待ちわびたように沈黙を破った。

司令官「アメリカ中国並びにロシア軍からの情報によると、わが国にギャオスの群れらしき多数の飛行体が向かってきているとの事だ」

幕僚長「その数は…」

指揮所の隊員達が一斉に色めき立つ。

司令官「把握されていない!」

そして司令官は立ち上がり、指揮所内を見回しながら声を張り上げた。

司令官「総理から命令が下った!直ちに攻撃目標をガメラからギャオスに変更、陸海空全自衛隊の総力を結集し、これに対処せよ!」

そしてLCD画面のマーカー、は不明敵を示す黄色から青に変わった。




燃え上がる炎と雨の中、ガメラは去っていく。

和「ガメラは何か…」

和は唯に尋ねる。

唯「なにも…。でもわかってる。ガメラは闘うつもり。最後まで、独りになっても」

和「…ガメラは独りじゃないわ」


その後ろで律は小さく呟いた。

律「ガメラ…」


ガメラの次の敵は日本に迫るギャオスなのか。

ガメラは炎の中をどこかへ歩んでいく。

4人はそれを黙って見つめる。

そしてガメラは再び高らかに咆哮を上げた。


糸冬