澪「律……どこ?」

律「ここだよ、澪」ぎゅっ

澪「律ぅ」

澪は視力と聴力を失っていた。



律は毎朝、澪の手を引いて学校へと向かう。
もう澪は白杖を使うことにも慣れていたが
律は「なんか危なっかしい」という理由でそうしている。

澪「最近、ようやく暖かくなってきたな」

律「……」

目も耳も不自由な澪のため、
律は澪の手のひらに指で文字を書くことで
意志疎通をおこなう。

『うん、そうだな』

澪「もう、春なんだな」

『ああ』

澪「今日の気温は昨日よりも2度くらい高くなるよ」

『分かるのか』

澪「なんとなく」

『なんとなく?』

澪「うん、目と耳は利かなくなっちゃったけど、
  最近まわりのことが敏感に感じられるようになったんだ。
  ある感覚器官が不自由になると
  その他の感覚が冴えるってのは本当みたいだな」

『澪のそれは感覚器官っていうより
 第六感って感じ』

澪「はは、そうかも……」

声と指との会話をしているうちに
二人は学校に到着した。



教室。

「わいわいがやがや」

ガラッ
律「……」

澪「……」

紬「あら、おはようりっちゃん」

律「ああムギ、おはよ」

澪「……」

紬「澪ちゃんと一緒にくるようになってから、
  遅刻しなくなったわねりっちゃん」

律「はは、そりゃまあな

紬「……」チラッ

澪「……」

紬「はぁ……」ぷいっ

律「……」

律は澪の手をとり、指で字を書く。

『澪、ムギがおはようって言ってるぞ』

澪「えっ、ああごめん……
  おはよう、ムギ」

紬「……」

律「ムギ……」

ガラッ
唯「おはよー」

紬「おはよう唯ちゃん」

唯「ムギちゃんおっはよー!」

律「あ、唯……おはよう」

唯「りっちゃんもおはよー!
  そして澪ちゃんにはおはようの代わりにローリングソバット!!」ドカッ

澪「ぐぇあ!!」

律「み、澪っ……!」

唯「あははははは、あはははは、澪ちゃん無様~」

紬「ぷっ、うふふふ」

同級生「くすくすくす」
同級生「あははは……」
同級生「今の見た~?」
同級生「ぐぇあ、だって~w」

澪「うう……痛い、痛いよう」

律「澪……」

唯はうずくまる澪のそばにしゃがみ、
澪の手をとった。

『澪ちゃん、毎朝蹴られて大変だね!
 目も耳も不自由な澪ちゃんを狙うなんて絶対許せないよ!
 犯人には私から注意しとくから!』

澪「……あ、ありがとう、唯」

『立てる?
 私に捕まって』

澪「あ、うん……」よろり

唯「あははは、生まれたての馬みたい。
  おーい、ムギちゃんも蹴ったり殴ったりしていいよ」

紬「遠慮しとくわ、そんなことしたら
  聾と盲がうつっちゃう」

唯「それもそうだね! あはははは」

澪「……」

律「……」



キーンコーンカーンコーン

さわ子「はいみんな席について~」

唯「はーい」

さわ子「えーと、今日の連絡事項は特になし……
     あ、5時間目のLHRで修学旅行の班決めするから、
     スムーズに進めるために
     5時間目までにある程度は決めといてね」

律(修学旅行、か……)

さわ子「じゃあ今朝のHRはこれで終わり。
     今日も一日頑張ってね」

同級生「はーい」

澪「律、さわ子先生の話、なんだって?」

『5時間目に修学旅行の班決めするって』

澪「そっか、もうすぐ修学旅行なんだな」

『うん』

澪「行き先は京都だっけ。
  楽しんでこいよ」

『え? なんでそんな他人事みたいに』

澪「私は行かないからさ」

『何言ってんだよ、澪も一緒に行くんだよ』

澪「いいよ、私が行っても迷惑かけるだけだし……」

『そんなことない、私がちゃんとサポートするから!
 それに唯やムギもいるじゃないか、な』

澪「でも……
  目も見えない耳も聞こえないんじゃ
  京都観光なんて……」

『みんなで旅行にいくってことが大事なんだよ、
 な、一緒に行こうぜ』

澪「でも……」

『一生に一度の修学旅行なんからさ、な!』ぎゅっ

澪「わ……わかった」



紬「唯ちゃん唯ちゃん、
  修学旅行の班、一緒にしない?」

唯「うん、いいよ~。
  私もムギちゃんと組むつもりだったし」

紬「ありがとう、唯ちゃん。
  確か4人で1班だったわよね。あと2人、どうする?」

唯「どうするも何も……
  どーせ澪ちゃんとりっちゃんが入るでしょ」

紬「えっ、澪ちゃんも修学旅行に……?」

唯「うん、行くと思うよ。
  澪ちゃんは遠慮するかも知れないけど、
  りっちゃんが強引に説得して参加させるでしょ」

紬「あー、そっか」

唯「いい迷惑だよ」

紬「あ、じゃあさ……
  りっちゃんと澪ちゃんが私たちと班を組もうって言い出す前に、
  私たちは他の人と班組んじゃおうよ」

唯「ダメだよ、そんなの。
  そんなことしたら、私たちがクラスの他の人たちから恨まれるよ。
  『よくもあんな障害者を押し付けたな!』ってね」

紬「それもそうね……」

唯「私とムギちゃん、りっちゃん、澪ちゃんが
  ひとまとまりになることで、
  澪ちゃんっていう障害者を抱えながらも
  このクラスは上手く回ってるんだから。
  もうそれは仕方ないことだよ、残念だけど」

紬「……どうしてこんなことになっちゃったのかしらね」

唯「りっちゃんのせいでしょ……
  あ、授業始まっちゃう」

キーンコーンカーンコーン



授業中。

先生「んーそうここはーそのーあー
    そういうことでーあるからしてぇー
    なにがこうでーというのはーそのー」

律は澪の隣の席だ。
授業中には机をくっつけて、
教師の話をかいつまんで
澪の手にそれを指で書いてやる。

もともと澪は物覚えがいいので
こんな方法でも授業の内容を理解することができた。
また律も、以前よりも注意深く真剣に
授業を聴くようになったので、
すこしばかり成績が上がっていた。

『~だって、分かった?』

澪「うん、ありがとう……」

唯「ぐーぐー」

紬「……」



昼休み。

澪「……」

律「唯、ムギ、お昼食べようぜ」

紬「はあ……」

唯「……良いよ」

律「お、おう、ありがとう……
  ほら澪」

澪「あ、うん」

澪の昼食はもっぱら菓子パンだった。
最初はお弁当を持ってきていたのだが、
ある日そのお弁当に砂が入れられていたのをきっかけに
お弁当を持ってこなくなった。
ちなみにその犯人は唯である。

唯「もぐもぐ」

紬「ぱくぱく」

律「な、なんだー二人とも、暗いな~。
  もっと楽しく食べようぜ、あはは……」

唯「障害者がいるのに楽しくなんてできないよ。
  ねームギちゃん」

紬「そうね~、障害者がいちゃあね」

唯「あーあ、なんで障害者が普通の学校にいるのかな~。
  なんで障害者用の学校に行かないのかな~」

紬「そうね~、障害者用の学校に行くべきよね」

唯「なんでかな~、何でだと思う? りっちゃん」

律「っ……おいおい、澪は友達だろ……
  そんなこと言うもんじゃないぜ、まったく……
  昔はみんな仲良くしてたじゃないか、はは」

唯「……」

紬「……」

律「ど、どうしたんだよ」

唯「はあ、もういいよ……」

澪「……」

紬「そういえば、澪ちゃんも修学旅行に行くの?」

律「ああ、そうだよ。なあ、澪」ぽん

澪「ん? 何?」

律「……」かきかき

『澪も修学旅行に行くんだよな』

澪「え、ああー……
  うん、最初はやめようかと思ったけど……
  行くことにしたんだ」

紬「そのままやめれば良かったのに」

唯「それは無理だよムギちゃん、だって……」

紬「ああ。そうね……」

律「……」

澪「あの……迷惑かけるかも知れないけど、
  よろしく……な」

唯「はあ……」



5時間目、LHR。

さわ子「はーいじゃあ4人組つくってー」

わいわいがやがや

同級生「一緒に組も~」
同級生「あ、私も入れて~」
同級生「風子ちゃん、組もうよ」
同級生「あーこっちの班もういっぱいだ」

唯「はあ……」

紬「みんな楽しそうね」

唯「そりゃそうだよ」

律「おいおい、こっちも盛り上がろうぜー、はは」

澪「……」

同級生「よーしこれで4人だねー」
同級生「先生ー班できましたー」
同級生「修学旅行楽しみだね~」
同級生「この班だったら絶対楽しいよ~」

和「あれっ、どこかの班、一人足りないとこない?
  あの、私どこの班にも入ってないんだけど……あの……」



さわ子「これで班は作れたわね~。
     友達いなくてハブられちゃった可哀想な子はいない?
     いるわけないか~」

和「あの……私、余ったんですが……」

さわ子「えっ? 真鍋さん、ハブられちゃったの?
     友達いなくて? 可哀想な子なの?」

和「そ、そこまで言わなくても……」ぐすっ

さわ子「ああ、泣かないで泣かないで……
     おかしいわね、4人組でぴったりになるはずなんだけど」

和「いや、うちのクラス33人ですから」

さわ子「うん、そこから秋山さんを抜けば32人で
     ぴったり4で割れるじゃない」

和「……澪も修学旅行に行くらしいんですが」

さわ子「えっ?」

同級生「ざわざわ」

さわ子「ど、どういうことなの? 田井中さん」

律「えっ、どういうことって言われても……
  澪もこのクラスの一員なんだから、
  修学旅行に行くのは当然だと思います!」

さわ子「はあ……あのねえ田井中さん、
     秋山さんは目も耳も不自由なのよ?
     そんな人を連れていってどうなるの」

律「先生、それは障害者に対する差別ですよ」

さわ子「差別なんかじゃないわ。
     秋山さんを連れて行って、
     もしトラブルや事故が起こったらどうなるの?
     それを防ぐには四六時中秋山さんを見ていなきゃならないのよ。
     私たち教員にはそんな余裕はないわ」

律「私がちゃんと澪に付きっきりになるんで大丈夫です!
  先生、澪を修学旅行に行かせてください!」

さわ子「でもねえ」

律「お願いします!」

さわ子「……秋山さんは行きたがってるの?」

律「はい、私が聞いたら行きたいって言ってました!」

澪「?」

唯「……」

さわ子「そう……じゃあ、分かったわ。
     田井中さんがちゃんと面倒をみるのね?」

律「はいっ」

さわ子「それなら仕方ないわね……
     秋山さんも連れて行って構わないわ。
     ただし、なにか起こっても私たち教員じゃ責任を負い切れないわよ」

律「はい! ありがとーさわちゃん!」

唯「はあ……」

紬「……」

和「で、私はどの班に入れば……」


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