その夜、私たちはむぎの家に集まった

聞きしに勝る豪邸である

律が口をあんぐりと開けて、まるで呆けたように威容を見つめていた

「いらっしゃい。さあ、入って」

むぎの案内で、門をくぐり、庭へと入る

そのまま真っ直ぐ家の玄関に…は向かわなかった

右に折れ、家の周りに沿うように歩いていく

「なあむぎ、どこへ行くんだ?」

むぎは答えなかった

しばらく歩くと、2階建ての、旅館風の大きな建物が目に入った

「あそこよ。うちの離れなんだけど」

「うちよりずっと大きい…」

梓が呟いた

むぎは扉に手をかけ、がらがらと開く

そうして私たちのほうを振り返り、言った

「ここに入った以上、4日間は何があろうと、外に出ることは許さないわ
 そして、今後…まともな人生を歩めなくなるかもしれない
 その覚悟が出来た人だけ、入って頂戴」

扉の奥は漆黒の闇だ。まるで地獄の怪物が口を開けて、憐れな獲物を待っているかのよう…

身体がぶるりと震える

でも、もう後戻りする気はないのだ

私は深呼吸をすると、玄関に足を踏み入れた

律も、梓も、純ちゃんも…それに続いた

「そう…いいのね」

むぎが扉をぴしゃりと閉めた

私たちは真の暗闇に包まれた

「ようこそ、『裏 琴吹』へ…」

むぎの声が、ひどく歪んで聞こえた気がした



5日後の朝

離れの地下の修錬場に、私たちは車座に座っていた

「みんな、お疲れ様。本当に…よく頑張ってくれたわ」

むぎが感慨深げに呟く

律は笑って、あざの残る手で頭をかいた

「いや~、まったく初めはどうなることかと思ったぜ~」

「本当です。殺す前に殺されるかと思いましたよ」

「ほんとほんと」

梓と純ちゃんも楽しげに答えた。よく見れば身体のあちこちに傷やあざがある

私も、そうなのだろうな

むぎが一つ咳払いをして口を開く

「とはいえ、この4日間の修行は…所詮は付け焼刃に過ぎないわ、酷なことを言うようだけれど
 力を過信するのは危険なの。そのことをよく肝に銘じておいて」

みんなの顔に陰りが浮かぶ

むぎはそれを見ると、にこりと笑った

「でも…大丈夫、私たちなら…きっとできるわ」

それから私たちは、最終的な打ち合わせを行い、段取りを確認し、朝食をとった

食後のお茶を飲みながら、むぎが言った

「今から集合の7時までは自由時間とするわ。それぞれ、好きなことをして大丈夫よ
 それに顔を見せておきたい人もいるでしょう?…これで最後になるかもしれないから」

私は顔を見せておきたい人、会っておきたい人を思い浮かべた

両親よりも先に、唯の顔が浮かんだ


私は家に戻り、両親に、この4日間の、嘘の思い出を話した

軽音部の合宿に行っていた、ということにしてあったのだ

両親は変わらぬ笑顔で私の話を聞いていた

私は思わず泣きそうになるのを、必死でこらえていた

お父さん、お母さん、あなたたちの娘は…今夜、人を殺します



私は両親とお昼を食べた後、唯の家に行ってみることにした

唯のご両親は…あれからどうなったのだろう

ほどなくして、唯の家に着く

呼び鈴を鳴らすが、反応がない。ドアノブに手をかけて回すと、ドアが開いた

「すみませーん!どなたか、いらっしゃいませんか?
 あの、秋山と言います!唯さんの同級生の、秋山澪と言います!」

反応はない。諦めて、帰ろうかとしたその時、人の動く気配がした

「……唯のお友達ですか…。さあ、どうぞ、上がってください」

現れたのは唯のお父さんだった。さらにげっそりとやつれて、あの唯や憂ちゃんのお父さんとはとても思えない姿だった

茶の間に案内されると、そこには唯のお母さんが机にもたれるように座っていた

ゆっくりと顔を上げて、会釈をしてくれる。私はこの人の声を、まだ聞いていないと思う

「さあ、お線香をあげてください。唯も憂もきっと喜びますよ…」

お父さんに誘われて、私は祭壇の前の座布団に腰を降ろす

黒い縁取りの中に、笑顔の唯と憂ちゃんがいた

私はお線香に火をつけ、鈴を叩き、手を合わせた

「もうすぐ…もうすぐだからな。待っていてくれ、唯。憂ちゃん」

私は心の中でそう唱えた

私はそれから、お父さんに許可をもらい、唯の部屋を見せてもらった

雑然としている。唯が家を出てから、誰も手をつけなかったのだろう、あちこちに埃が積もっている

私は目当てのものを見つけて、その前に座った

「久しぶりだな、ギー太」

ギタースタンドに立て掛けられた、唯の相棒

「お前もずっと…寂しかっただろう?
 唯はな、もうこの世にはいないんだ。つらいだろうけど、本当のことだ
 だから私は、唯の無念を晴らす。みんなで唯の恨みを晴らしてやるんだ
 だからギー太、お前も見守っていておくれ、な」

私はそうギー太に語りかけた

と、その時

ギタースタンドにしっかり置かれているはずのギー太が、ゆっくりと私のほうに向かって倒れてきた

私はギー太を両腕で受け止めた

「……そうか、そういうことか…ごめんな、ギー太
 そうだよな、お前だって…悔しいんだよな。わかった、お前だけ仲間外れになんかしないよ」

私はゆっくりと、ギー太のペグを弛め始めた


時刻は6時半。私は両親にお祭に行くからと断って、家を出た

ぼんやりと薄暗い道を、私はゆっくりと歩く

今日までの想い出が、ぐるぐると走馬灯のように、糸車のように私の頭の中を回る

唯と初めて会った日のこと、一緒に楽器屋に行ったこと、合宿、文化祭の初ライブ、
クリスマスパーティー、お正月の初詣、新歓ライブ、梓が軽音部に入った日…

唯の笑顔が 憂ちゃんの笑顔が

私の中でぐるぐると回る



道の途中で、律と合流した

互いに一言も交わさず歩き続ける

次第に暗くなっていく夜道

しかし、私たちの足取りは強く、乱れることもない

私たちは、ただお互いの足音だけを聞いていた

待ち合わせの場所には、もうみんなが待っていた

梓も純ちゃんもよく見るような私服

むぎは、襟元だけ真っ赤な、黒い浴衣を着ていた

「準備はいいわね…?」

むぎの問い掛けに、私たちは強くうなずいた

「応」



時刻は7時半をまわったところ

標的の4人は、出店の射的に興じている。周りを考えぬ、狂気じみた声だ

「倒れねー!!おいおっさんコレ倒れねーぞ!!サギだろ!サギだろこれおい!!」

「ひゃはははは、つーかお前そもそも当たってなくね?」

「ざけんなよ当たってるってマジでー!!」

「というか当たってたとして欲しいか、これ」

「いやいや、恐竜は男のロマンだからね。まあいらないけど」

律が吐き捨てるように言う

「盛り上がってやがんな、馬鹿どもが」

私は梓に声をかける

「準備はいいか、梓?」

「…はいです!」

そう言って梓は、左手にかき氷を持って駆け出した

「先輩!早く早くー!!きゃあっ!?」

梓が『三谷』にぶつかる。かき氷がこぼれて、その腕にかかる

「うぉ冷たっ!!おい何すんだてめえ!!」

「ごっ、ごめんなさい!ごめんなさい!あ、あの、よそ見してて、その…」

そこに、私たちは駆け寄る

「おーい、どうした梓…まったく、何をやっているんだお前?」

「あちゃー、このドジっ子め~」

むぎが『三谷』に駆け寄り、ハンカチで腕を拭きながら謝る

「ごめんなさい、大丈夫ですか?お召し物に汚れはありませんか?」

むぎの丁寧な対応に戸惑ったのか、『三谷』は声を上ずらせながら

「お、おぉ…ま、まあ大丈夫だけどよ…気をつけろよマジで」

と言った

『三谷』の腕を拭き終えたむぎが、

「あの、ご迷惑をお掛けしたお詫びに、何かご馳走させていただけませんか?
 お連れさんたちもご一緒に…いかがですか?」

と下から見上げるように『三谷』を見つめて誘う。この目つきに勝てる男はそうはいまい

『三谷』はオロオロしながら仲間に問い掛けた

「お、おいどうする?なんか言ってっけど」

「いいじゃん!何かおごってもらおうぜ!はいはーい!ゴチになりまーす!」

『岡本』がいかにもお調子者という風に返事をした

よし。第一段階クリア

私たちはそれから、近くの出店でクレープを買い、4人組と一緒に食べた

観察すると…『岡本』と『川口』がなにやらささやき合い、クスクス笑っている

その目線は確かに、私たちを舐め回すように見ていた

クレープを食べながら、律が提案する

「あのさー、私たちこれから色々見て回ろうと思うんだけど~よかったら一緒に見て回らない?」

むぎが同調する

「それはいい考えだわ~。大勢で見たほうがきっと楽しいもの~!」

「だろ~?ねえ、どう?お兄さん・が・た?」

男たちは二つ返事だった。第二段階クリア

私たちはそれから、男4人組と一緒に出店を見て回った

その間、それぞれの男の好みをそれとなく観察する

『岡本』はむぎに積極的に話し掛けている

『川口』は純ちゃんと話しながらもちらちらと梓を見ている

『杉田』は口数が少ないが、律に興味を示しているようだ

そして『三谷』は…

「へー、みおちゃんてゆーの!?かわいい名前ー!!どんな字書くの?え?わかんね!いいや!!わっかんね!!」

…ともかく、これで標的は定まった

私たちはしばらく歩き、出店の終わるところにまで至った

今までの明るさとは打って変わり、その先はあえかな街灯の光しかなく、暗く寂しい

「もうお店ないねー、もどろうか」

『川口』がそう言った。そうはさせない

私は『三谷』の腕に抱きつくようにすると、無言で闇のほうへと歩いていく

「あれ?ちょっとみおちゃん?」

『三谷』は初めこそ慌てたが、すぐに顔をほころばせて

「あー、なるほどね、うん、いいんじゃね」

と納得し、私と共に歩き出した

それを皮切りに、律と『杉田』、むぎと『岡本』も、別方向へと歩き出す

「あれ?ちょっとお前ら?」

うろたえる『川口』の両腕にそれぞれ梓と純ちゃんが絡みつき、

「もー、あんまり大きな声出さないでくださいよ~」

「それとも…私たち二人じゃ…イヤ?」

と猫なで声で誘った。陥落

私たちはそうして、暗闇の中に溶け込んでいった

みんな…上手くやれよ…!



私は少し歩いて、『岡本』さんを人気の少ない小学校の裏手あたりに誘い込みました

「にゃははは!つむぎちゃーん、何でこんなトコ来ちゃってるわけ~?」

「何でって…本当はわかっているんじゃありませんか?」

「え~?やっぱりそうなの~?うーん、おじさんショックだなあ
 こんなにかわいい子が、はじめて会った男と会ったその日にこんなことするなんてさ~」

私は少し甘えるような口調に変えて、こう言いました

「もう…そんなこと言わないで…いじわる」

『岡本』さんはますますニヤニヤと笑います

私はそこで、『岡本』さんの目を見つめて、こう言いました

「もう…じゃあ、ちょっと待って。お願いがあるんです。少し、目をつぶっていてもらえますか?」

「そんなお願い?いいよ!聞いちゃう!いくらでも聞いちゃう!」

『岡本』さんはそう言うと、その場で目をつぶって棒立ちになりました

私は、右手の関節をボキボキと鳴らすと、『岡本』さんの喉もとを右手で掴みました

「むぐう!?」

力を込めて、一気に締め上げます

ぐっ、ぐぐっ、ぐいっ、…ぶぐっ

『岡本』さんの全身の力が抜け、両手両脚をだらりと投げ出しました

目の玉が飛び出るかというほどに、目が見開かれています。きっと、何が起きているかわからないうちに死んだのでしょう

私は強く息を吐くと、

「私、一度でいいから外道を縊り殺したかったの」

と呟きました



私は道の上を『杉田』と歩いていた

『杉田』は口数が少ない。しかし、折に触れて、偶然を装うかのように私の身体に触れてくる

ムッツリスケベが…

「なあ、律ちゃん。どこに行く気だ?」

「ちょっとこの先にな…いいムードのところがあるんだよ」

私はそう言って、目を細めて『杉田』見つめた

『杉田』は目をそらした。頬が赤らんでいたかどうかはわからない

そのまま少し歩くと、ひときわ明るい場所が見えた。公衆トイレである

「あのさ、ちょっとトイレ。あんたはどうする?」

「ああ、俺は…いいよ」

トイレに駆け寄り、中に入る。『杉田』はトイレの壁のすぐそばで、立って待っている

私は『杉田』に気付かれぬように、トイレの窓から外に出る

そしてトイレのふちにジャンプして手をかけ、トイレの上に登った

足音を立てないようにゆっくり進む。トイレの上から、『杉田』の頭が見えた

私はドラムスティックを両手に持ち、心の中で数えた

「ワン…ツー…スリー…!」

私は飛び上がり、『杉田』に肩車するような形で飛びついた

「うわぁっ!?」

『杉田』が驚きの声を上げる。騒がれてはまずい

私は即座に両脚を交差させて、『杉田』の首を絞める

声が出せなくなった『杉田』は、長袖の腕で私の両脚を強く掴んだ

私は手の平でスティックを半回転させ、『杉田』の両目めがけて突き入れた

ぶしゅっ!

まだだ

ずぶぶっ!

まだまだ…

ぐじゅっ!

深々と突き刺さったスティックは『杉田』の脳にまで達した

『杉田』はそのまま、前のめりに倒れた


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