それからのことは、よく覚えていない

みんな、泣いていたような気がする

タクシーに乗って、帰ったような気もする

お葬式に、行ったような気がする

和、信代、姫子…クラスのみんなが泣いていたような気がする

和や信代に何か聞かれたような気がする。私は何か答えたのだろうか

頭の中に靄がかかったような気がして

自分の意志で動いているような気がしなくて

何かを考えることを脳が拒んでいるような気がして

ただ起きて、ただ眠ってを繰り返す日々

私は、夢をみた



私は部室にいた

窓の外は暗い。きっと、夜なのだろう

電気がついていないのに、部屋の中はほんのりと明るく輝いていた

「澪ちゃん」

あ…唯だ

「ごめんね、遅くなって」

「まったく、お前はいつもそうなんだから」

「えへへへ~」

「…なあ、唯。私は、お前に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」

「うん…知ってるよ」

「そうか…知ってたのか」

「うん。澪ちゃんは、嘘をつくのが下手だからね~」

「そうかな…。唯、ごめんな」

「…ううん、いいよ。それに、私も謝ることがあるんだ」

「謝ること?」

「私もね、約束を破っちゃったんだ」

「…軽音部に、戻ってくること…か」

「それもあるけど…もういっこ」

「何だろう」

「あの日ね、私は、いつもどおりにお客さんを探してたんだよ」

「うん…」

「そうしたら、若い男の人が、背中を向けて立っていたんだ」

「うん」

「私、その人に声をかけたよ。『お兄さん、私と遊ばない?』って」

「それで?」

「その人が振り向いて、私の顔を見たの。すぐに、すごく驚いた顔になったよ」

「…何でだろうな」

「その人は、すぐにもとの顔に戻った。そして今度はニヤニヤ笑い始めたんだ」

「ニヤニヤ?」

「その人はこう言ったよ。『お前さあ、前に俺とヤったことねえ?商店街の裏で』」

「…まさか」

「うん。その人が、憂を傷つけた人。私と憂はよく似てるから、戸惑ったんだね、きっと」

「唯…」

「私ね、頭に血が上った。こいつだ、こいつが憂をってそう思ったら、大人しくなんかしていられなかった
 その人に掴みかかった。殺そうとしたんだ、首を絞めて
でも、私には力が足りなくて、振りほどかれて、倒されちゃった。でもその時に、そいつのネックレスを引きちぎってやったよ。ざまあみろだよね、たまたまだけどさ
そいつ、悲鳴を上げながら逃げ出した。私は起き上がって、必死になって追いかけたよ。そいつの背中しか見てなかった
それでね、そいつが交差点を突っ切って逃げたから、私も交差点に入ったの。そしたら…」

「わかったよ、唯。もういい。言わなくていい」

「澪ちゃんと約束したのにね、犯人を見つけても、まずは相談するって。約束…破っちゃった」

「いいよ、気にするな」

「ごめんね、澪ちゃん。ありがとう」

「うん」

「…あのね、澪ちゃん。お願いしたいことがあるんだ」

「…何だ?」

「ギー太を、もらってくれるかな?」

「…わかった」

「ありがとう。かわいがってあげてね」

「うん」

「もう、行かなきゃ」

「…そうか」

「うん。さよならだね」

「唯…ひとつ、聞いていいか?」

「うん。何?」

「まだ…恨んでいるのか?」

「…うん」

「…そっか」

「それじゃあね、澪ちゃん」

「ああ」

「みんなにもよろしくね!」

「ああ!」

「さよなら、澪ちゃん!」

「さよなら、唯!」



そこで私は、目を覚ました

頭の中の靄は、すっかり晴れていた



枕元の携帯電話を見る

時刻は午前10時過ぎ。日にちは…何と

あの日から私は、一週間以上もぼんやりとし続けていたようだ

私はお風呂場へ行くと、汗でびしょ濡れになった服を脱ぎ、脱衣籠に叩き付けた

冷水のシャワーを体中に浴びる

水のつぶてが火照った身体を容赦なく責め苛む

死にかけた感覚が息を吹き返していく

身体の中をどくどくと血が流れる音が聞こえる

覚醒しろ、私

仕事はまだ、終わっていない

シャワーから上がった私は、冷蔵庫の中にあったお茶のペットボトルをラッパ飲みしてのどを潤した

両手で両頬をパンパンっと叩き、気合を入れる

「さて、と…」

私は部屋に戻り、携帯電話で電話をかけまくった

律、むぎ、梓、純ちゃん…同じ秘密と傷を持つ仲間達だ

律もむぎも、塞ぎ込んでいる様子が電話口からひしひしと伝わってきた

梓は電話に出なかった

純ちゃんは、他の3人よりは、比較的元気を取り戻しているようだった

私は律とむぎに、それから純ちゃんに、私の家に来るようきつく言い含めた

純ちゃんにはさらに、途中で梓の家に行き、無理矢理に引きずってでも連れてくるよう言った

強引だ。独善的だ。一人よがりもいいところだ。だが、それがどうしたというのだ

私の胸には最早、迷いはなかった

全員が揃ったのは、それから2時間半ほどたってからだった。時刻にして2時少し前

律もむぎも、純ちゃんも、その表情は一様に暗い

梓にいたっては表情が見えないほどに、背筋を丸めてうつむいている

無理もないことだと思う。私も昨日の夜までは、みんなと同じような状態だったのだから

でも、昨日と今日は、やはり違うのだ

深呼吸をひとつ

「私は唯に、後のことを託された」

全員が顔を上げて、私を見た。梓もだ

私は、昨日見た夢の一部始終をみんなに話して聞かせた

「……そこで、目が覚めたんだ。…どうしたお前たち。私がおかしくなった、とでも思うのか?
 確かにたかが夢の話だ。一から十まで私の妄想の産物かもしれないよ
 でも、それでも私はやっぱり、唯の魂が私のところに来たんだと思うんだ…
 唯の無念を、憂ちゃんの悲しみを、私は晴らしてやりたいと思う
 それに何より…私は憂ちゃんと唯を死に追いやったやつを絶対に許せない
 あいつらがのうのうと生き続けるなんて、絶対に許せない。まあ、これは完全に個人的な恨みだけどな
 だから、私はこれからも、復讐のための活動を…いや、ハッキリ言う。犯人を殺すための活動を続けようと思う
 まともな生活には戻れないかもしれない。それも覚悟の上だ
 それで、みんなには、私に協力してくれるかどうか、正直な意見を聞かせて欲しい」

みんな黙り込んでいる。それはそうだ、無理もないことだろう

夢のお告げで、しかも殺人を決意するなんて…まるで三文ミステリ小説だものな…

「私は協力しますよ、澪先輩」

沈黙を破ったのは純ちゃんだった

「みなさんお忘れかもしれませんが、私のそもそもの目的は憂の仇討ちです
 覚悟なら、この中の誰よりも先にしているはずです
 もし私以外の全員が復讐を諦めていたとしても、私は決して諦めていなかったと思いますよ
 力をお貸しします。だから、私にも力を貸してください、澪先輩」

純ちゃん…

と、今度はむぎが口を開いた

「二つ、条件があります。」

「条件…?」

「私を作戦参謀に任命すること。そして、私の提案には素直に従うこと
 これを守ってくれるのなら、私も力を貸すわ
 …私にだって、どうしても許せないことはあるんだから…」

「むぎ…わかった。その条件を飲むよ」

「うん!」

それから、梓が顔を上げた

「この一週間、ずっと考えていました
 私…唯先輩の気持ちがわかりませんでした
 いくら大切な、大好きな妹のためとはいえ、殺人を犯そうと思うなんて、絶対におかしいと思っていました
 でも、今ならあのときの唯先輩の気持ち…よく、わかるんです
 本当に、本当に大好きな人を奪われたときの気持ちは…たぶん、理屈じゃないんでしょうね
 …うん、澪先輩、私もやります!このまま泣き寝入りなんて死んでもごめんです!
 私も、私のこの手で唯先輩と、憂の仇を討ちます!」

梓…!

あと、答えを出していないのは律だけだ

律は腕を組み、目をつぶってじっと考えているようだった

私は律に声をかけた

「律…私たちに合わせなくていいんだ。律が思う、率直な意見を聞かせて欲しい
 律が反対したって、誰も律を責めたりしない。裏切ったなんて思わない
 むしろ反対するほうが正しいんだからな。だから、私たちのことは気にしないで…」

「私はさ、すっげームカついてるんだよな!」

私の言葉を遮り、律が言った

「律…」

「何で澪の夢にしか唯は出なかったんだよ!私だって唯と話したかったしお別れも言いたかったんだぞ!
 部長をさしおいて副部長のところにだけ出るなんて、ま~ったくあのドジっ子は~!
 …私のところにも来てくれてれば、澪の代わりに私が発起人になってカッコつけられたのにさ」

「じゃ、じゃあ律…お前も…」

「あったり前じゃんか!考えてたのは梓ばっかじゃないんだぜ?
 私だって、この一週間いろんなことを考えたんだ。考えて考えて…
 もう全部忘れて今までどおりに生きた方がみんな幸せかもな~何てことも思ったけどな…
 やっぱり駄目だ。このままじゃ収まりがつかない!私も、この手で恨みを晴らすぜ、澪!」

「みんな……ありがとう、本当に」

私はタオルで、顔をごしごしとこすった

「さて、と」

お茶を新しく淹れて一息つくと、律が話し始めた

「でも、結局犯人が誰なのか、ってことははっきりしてないんだよな~」

痛いところを突かれてしまった。だが、いずれ突かれるところではあったろう

夢で見た唯の言葉を信じるにしても、犯人の顔や名前、特徴などは唯の言葉にはなかった

「また地道な捜査に戻るほかないか…」

私のそんな言葉にみんなが落胆の色を見せた、かに思えた。しかし

「犯人はあの4人組で間違いないと思います」

そう言ったのは純ちゃんだった

「何でそう言い切れるんだ?」

という私の問に、純ちゃんは

「私はみなさんよりもほんの少しだけ復帰が早かったんですよ」

と言って、パソコンの前に座った

「みなさん、この一週間で『三谷』のブログにアクセスしましたか?」

誰も答えない。それはまあそうだろう、そんな状態ではなかったはずだ

「私も昨日の夜にやっとチェックしたんですけど…これ、あの日の日記です。読みますね

『マジで最悪!!街で変な女にからまれて首しめられたっつーの!!
しかも後ろからおっかけられて足ひねるし!お気ニのネックレス引きちぎられるしよォー!!
 もーホントカンベンしろっつの!基地外さんはみんな死んでくださーい(笑)』

…これ、唯先輩ですよ、間違いなく。やっぱり唯先輩、『三谷』が犯人だと見抜いたんですよ」

「本当だ…間違いないな。少なくとも『三谷』は犯人グループの一人だ」

梓が純ちゃんに問う

「でも純、これだけじゃあの『4人組』がとは言い切れないんじゃないの?」

純ちゃんがそれに答える

「まだ続きがあるんだ。こういうブログってね、閲覧者が自由にコメントをつけられるようになってるんだよ
 で、このコメント欄を使って、擬似的な会話をすることもできるんだ
 芸能人とか有名なブログなんかだと不特定多数のユーザーがたくさん書き込むから、かなり雑然としてわかりづらいけど、
 ほぼ固定ユーザーしか訪問しない個人ブログなんかは、必然的にコメント欄も仲間同士でのダベりに使われちゃったりするんだよね」

「まさか…!」

「そう、そのまさかです。あの3人と『三谷』が、この日の日記のコメント欄でおしゃべりしてるんです
 読み上げますね

『1:お前何やらかしたんだよwwww         カズヤ
 2:元カノだな。よりを戻すといい          キョウヘイ
 3:イヤイヤ、ちょっと前にトラブった女だよ     管理人
   つかお前らも顔知ってるし            
 4:セブンのバイトのあれか             キョウヘイ
 5:ちげーよジュンPの始めての女だよ         管理人
 6;あー、そりゃ首も締められるわwwwwwww   カズヤ』

この管理人というのは『三谷』です。『ジュンP』は『川口純平』のことでしょう。『カズヤ』と『キョウヘイ』はそのまま『岡本和也』と『杉田恭平』ですね
5のコメントから察するに、ニクシィの『ぐっさん』の日記にあった『良いこと』とは…童貞の喪失、それもレイプによる…ものですね。そして3のコメントから察するに、4人全員がそのレイプ被害者の顔を知っている…」

「間違いない…こいつらが諸悪の根源だ…!!畜生!!」

律が床を叩く。梓は伏目がちになって呟いた

「こんなやつらに唯先輩と憂は汚されたんですね…」

むぎがぽつりと呟いた

「唯ちゃんが無茶をしたおかげで、犯人が特定できたのね…」

むぎの言うとおりだった。唯が暴走したおかげで、この日記が書かれたのだから…

唯、お前の頑張りは…無駄じゃなかったぞ…!

標的は定まった。あとは…実行に移すのみだ

いつ、どこでやるか。それを決めなければならない
むぎが口を開いた

「私は、犯人だけに罰が下されるべきだと思うの。みんなの生活は守りたい。できれば、これからも今まで通りに暮らしていけるようにしたいと思っているの
だから…そのために、私の計画に乗ってもらうわ。いいよね澪ちゃん、そういう条件だったものね?」

私は小さくうなずいた。自分から買って出た作戦参謀だ、確かな策があるのだろう

「まず、出来れば夏休み中に実行に移したほうが都合はいいんだけれど…」

夏休み中…そういえば、夏休みは残り10日ちょっとしかない。自分の中の時間の流れ方がおかしくなっている気がした

律が不安そうに言う

「夏休み中ったって…もうあんまり残ってないぞ?」

「うん…そうなのよね…この、お祭の日に4人まとめて始末できれば都合がいいんだけど…」

「お祭の日って…あと5日しかありませんよ?しかも4人まとめてですか?」

「一人一人別々の日に殺すよりも、同じ日に全員のほうが安全なの。お祭の日ならなお都合がいいわ
 でも…今のみんなじゃ到底無理だわ…」

むぎはあごに手を当ててしばらく考えこんだ後、

「みんなの時間を、丸ごと私にちょうだい」

と強い口調で言った


9