私たちはお店を出た

唯はそのまま、夜の街へと戻っていった。知らない制服のスカートをはためかせて

「勝手なことしてんじゃねえよ…」

律。まあ、そうだろうな

私はみんなの方に向き直り、言った

「これからのことを話したい。もう少し、時間をもらうぞ」

純ちゃんとむぎがうなずく。律はポケットに手を突っ込んで舌打ちをした。梓はまた泣いている

私たちは少し歩いて、カラオケに入った。ここなら周りに迷惑もかけないし、話が聞かれることもない

そういったことに私はようやく気がついた。間の抜けたことおびただしい

ドリンクバーのコーヒーを一口飲み、私は口を開いた

「みんなの意見を聞きたい」

「意見…ですか…?」

梓が問い掛ける

「そうだ。これから私たちはどうするべきか、みんなの思うところを聞かせて欲しい
 何だって構わない。今の自分の気持ちでも、唯への思いでも、とにかく何でもいい、少し考えてまとめてくれ」

室内には、隣から聞こえる流行のJ-POPの旋律だけが溢れていた

「私は、さ」

律が口を開いた

「正直、凄い悔しいんだ。唯はずっと前から、それに今も、心と身体をすり減らして苦しんでる
 それなのに、私は何もしてやれなくて、今だって何もできない。仲間なのに…!それが、悔しくてたまらない」

むぎが続けて言う

「私も、りっちゃんと同じよ。何も出来ない自分がもどかしい。唯ちゃんのために、何かしてあげたい
 でも、何をしてあげればいいのか…まるでわからなくて…
 私たちは、仲間として何をしてあげればいいのかしら。後押しなのか、制止なのか、それとも放っておくべきなのか…」

梓が恐る恐る口を開く

「私は…怖いです。憂のことは本当に悲しいし、唯先輩が憂を思う気持ちも、痛いほどよくわかります…
 でも、やっぱりおかしいです…。唯先輩も…それに、澪先輩も、律先輩も、むぎ先輩も、純も!
 みんなおかしいです!怖いんです!だって…」

「だって?」

「人を殺すっていうことに、みんな平然としすぎてる…!
 そんなの…絶対におかしい…」

そう言って梓は涙をこぼした

確かに…唯が、人を殺す、と言ったことに対して…私たちの反応はドライすぎるのかもしれない

ここのところの異常な日々のおかげで、感覚が麻痺しているのか

それとも

梓の背中をさすりながら、純ちゃんが口を開く

「私は、皆さんとは決定的に違う立場にいるんだと思います」

「気を悪くしないでいただけますか。…私にとっての唯先輩は親友のお姉さん、という立場でしかありません
 友人でも、同級生でも、部の後輩でも、バンドのメンバーでもない
 だから、私は皆さんとは違うモチベーションで動いていたんだと思います」

確かに、純ちゃんはこれまでに、私たちとは違う立場での言動をちらほらみせていたように思う

「きっと私の気持ちは、みなさんよりも、唯先輩のほうにずっと近いと思います
 私がみなさんと行動を共にしていたのは、唯先輩の所在が心配ってこともありましたが…
 それ以上に、唯先輩が憂のために何をしているのか、ということが気になっていたからなんです」

梓がびくりとして顔を上げた

「純…まさか…?」

「…うん。私もね、気持ちは唯先輩と同じ。仇を討ちたかった。私は憂が大好きだったから
 絶対に、許せないと思ってた。でもね、それはきっと唯先輩も同じ…いや、唯先輩のほうが思いは大きいはずだから
 だから、まずは唯先輩を探さなきゃと思った。そして、叶うなら、唯先輩と一緒に復讐したいと思ってた
 でも…唯先輩の気持ちは、私なんか入り込んじゃいけないようなところにあり続けたんだね…なんか自分が情けなくて」

私はコーヒーを一口すする。不快な苦味が口の中に広がる

「私は…さ、唯の願いを…叶えてやりたいと思ってる。梓の言うとおり、異常なことかもしれないけど…仇を討たせてやりたい
 それが、…私たちの、仲間としての、責任なんだと思う」

「責任…」

「ああ、責任だ。私たちのうちの誰一人として、今日まで唯の力になれなかった。そのことに対する、責任だ」

梓が反論する

「でもでも!力になれなかったのは唯先輩が勝手に姿をくらまして、私たちの力を欲してもいなくて、だから…」

「求められてからやっと力を貸すのが仲間か?…私は違うと思う
 それに今になって思えば…唯のために、仲間のために、もっと遮二無二頑張ることだって出来たはずなんだ」

私はコーヒーをまた一口すすった

「私たちは、もうすでに…仲間失格なんだと思う」

「……かもしれないな」

律が呟いた

「私は…それでもやっぱり唯の仲間でいたい。だから、私は唯の気持ちを大切にしてあげたい、そう思う」

純ちゃんが聞く

「つまり、澪先輩は現状維持に努めたいってことですか…?」

「いいや」

私は答える

「私たちは私たちで動く」

「え…?」

「唯は唯で、自分の思うようにさせる。それとは別個に、私たちも出来る範囲で捜索をする
 今日会って話した限りじゃ…唯の方は、あまり期待できないと思う
 だから、私たちでも時間を見つけて調べて、何か手がかりがあったら、唯の頼んでいる探偵なりに匿名で知らせるんだ」

むぎが口元に手を当てて考える

「確かにそうすれば…効率はずっと上がるわね…」

律が反論する

「でもそれだと…唯の気持ちを裏切ることになるんじゃないのか?」

梓が同調する

「そうですよ!唯先輩は私たちの力に頼りたくないから…」

「バレなきゃいいんだ」

私はきっぱりと言い放った

「私たちが何もせずに唯が目的を達しても、私たちが動いてることを知らないままに唯が目的を達しても
 唯が満足できることに変わりはないと思う」

「それは、そうですが…」

「私たちは唯の力になれる。純ちゃんの目的の手助けにもなる
 その分、私たちは大変になるけどな」

みんな、押し黙ってしまった

「ああ、いや、あくまで私のいち意見だから…別に聞き流してくれて…」

「私は、いいと思います」

私の言葉をさえぎるように、純ちゃんが言った

「まあ、そもそも私の目的がアレだからかもですけど…」

純ちゃんはそう言って頭をかいた

律が続いて言う

「ま、なーんにもしないでボサっとしてるよりは兆倍マシかなー

「そうね。それに、唯ちゃんの覚悟と決意を…私は無駄にしたくないもの
 出来る限りのことは協力するわ!」

むぎも…。梓は、どうだろう…

「わ、私は…私も、力になれるのなら、なりたいです…でも…でもやっぱり、人殺しの手伝いなんて…」

「殺すかどうかはさ、犯人を見つけてからあらためて考えても、遅くはないんじゃないか?」

律があっけらかんとして言った。でも、確かにその通りだ

「梓、律の言う通りだよ。犯人を見つけることと、その、仇を討つことはイコールじゃない
 唯にも、犯人が見つかってもすぐ動くなとは言ってあるしな」

梓はうつむいてじっと考えていた

梓は顔を上げた。意を決したようだった

「わかりました。私も、できる限りのことはしてみます!私にも手伝わせてください!」

そう言って、微笑んだ。私は久しぶりに梓の笑顔を見た気がした

「そういうことだ、澪。あたしらは満場一致だ。澪の作戦に乗るよ!」

「みんな…」

私は顔を上げて、みんなの顔を見回す。力強い視線がまぶしかった

「…わかった。私たちは私たちで、責任を果たす!いいな、みんな!!」

「応!!」

待っていてくれ、唯…!



私たちはその後、今後どうするかを話し合った

唯のことも自分たちのことも、基本的には他言無用にすること

唯に、私たちも動いていることを気取られぬよう、細心の注意を払うこと

一人だけで深入りをしないこと

連絡は密に行い、有用な情報を共有すること

周囲の人に怪しまれぬようにすること、など…

それから、明日は、梓が憂ちゃんを見つけた場所に行こうということになった

何かヒントになるものが残っているかもしれないからだ

「もう何もないんじゃないか?唯が頼んだ探偵が見つけてるかもよ」

と律は言うが、可能性が少しでも残っているなら、行くべきだろう

カラオケを出た頃には、もう深夜零時をまわっていた

月が妙に明るかった



翌日11時。私たちは商店街の一角にあるファーストフード店の奥の席にいた

早めの食事と簡単な打ち合わせのためである

むぎの用意してくれた防犯グッズを確認し、私たちはお店を出た

純ちゃんの先導。梓は純ちゃんの腕に抱きつくように歩いている

向かうべき場所へは、そこから5分もたたぬうちに到着した

商店街の裏路地、空きテナントの丁度裏に位置するところ

忌まわしい場所。全てのはじまり

「梓」

私は梓に声をかけた

「はい…何ですか?」

「あの時のこと、詳しく説明してくれないか。頼む」

梓は小さく悲鳴を上げて、純ちゃんの腕を強く抱き締めた。純ちゃんが頭をなでている

しばらくして、梓は顔を上げた

「……わかりました」

「あの日…私は唯先輩と純と別れて、憂を探してました…20分ぐらいして…かな?路地裏の方にも行ってみようかなって思ったんです
 適当に見回ってるうちに、悲鳴が…聞こえた気がしました。それから、男の人が怒鳴るような声も微かに聞こえて…
 私、嫌な予感がして、走りました。そしたら…」

「憂ちゃんが…いたんだな」

梓はこくっとうなずいた

「男の人が一人、憂に覆い被さっていました。もう一人が、憂の両腕を押さえてて
 それから一人、地べたに座ってニヤニヤ笑ってました…」

「男は4人いたんだよな?あと一人は…」

「それは…その…ビ…」

ビ…?……まさか!?

「ビデオを回していました」

「…何だよ、それ…!」

律が壁を叩いた。むぎも純ちゃんも絶句している

「ニヤニヤ笑って、ビデオ回して…私、わけがわからなくなって、大きな声で叫んだんです
 そうしたら、その男たち何だか凄いあわてて、逃げていきました
 私怖くて、怖くて…唯先輩に電話して…」

梓は語り終えると、また涙を流した。私は梓を泣かせてばかりいるような気になった

「よく言ってくれたよ梓、ありがとう」

私は梓をねぎらった

むぎが梓に問い掛ける

「その男たちの特徴は…覚えていない?服装とか、髪型とか…」

梓は涙を拭きながら答える

「特徴…ですか…。すみません、顔はあんまり覚えてないです、よく見えなかったし。でも、全員若い感じでした
 それから…白いシャツ。長袖と半袖を着た人がそれぞれ一人ずついました
 どっちも似たような感じで…あの、ワイシャツみたいな感じのです」

「似たような感じの白いワイシャツ…?」

「…学生服」

純ちゃんの言葉に全員がハッとした

「若くて、似たような白いワイシャツを着ている。それって学生ってことじゃないでしょうか
 衣替えが終わっても長袖着てる人はいるし…
 ねえ、梓。その二人、ズボンも似たような感じじゃなかった?思い出してみて」

「うん……。ごめん、両方は思い出せない。でも、憂に…覆い被さっていた半袖の男は…
 緑、そうだ、濃い緑色のスラックスを履いてた」

緑のスラックスか…

律が腕を組んだまま言った

「もし学生だとしたら、学ランじゃなくてブレザーの学校ってことになるな」

私も喋った

「それに、緑のスラックスなんてそう多いわけじゃない。ある程度絞り込めるかもしれないぞ」

「お手柄だ、梓!!」

律が梓の肩を叩いた

「喜んでいいんですかね…」

「とにかく、少しずつだが希望が見えてきたような気はするな…」

「そうだな、よぉし、他に何か手がかりがないか、探してみようぜ!」

律の提案を容れて、私たちはあたりを探してみることにした

もし人が来た時に不信感を抱かれぬよう、むぎと純ちゃんをそれぞれ見張り役にし、

私と律と梓で目を皿にする。何か、何か手がかりになるものはないか…!

「おいっ!みんな!ちょっと来てくれ!」

探し始めてから5分もたたぬうちに、律が声を張り上げた

まさか…そんなに早く手がかりが見つかるのか!?

律は側溝の縁に生えている小さな雑草を指差していた

「何だ?ただの雑草じゃないか?」

「違う!この影に…」

律が葉をめくった。そこには

中心に糸くずの残った、白いちいさなボタンが転がっていた

「これ…ボタン…ですね」

梓が息をのむ

「ああ…それにこんな感じのボタン…よくワイシャツに着いてるよな…?」

律がボタンに手を伸ばす。その瞬間、むぎが叫んだ

「ちょっと待って!」

律がビクリとする

むぎは小走りで駆け寄ると、ポケットからハンカチとピンセットを取り出し、丁寧にボタンを拾い上げ、ハンカチに包んだ

律が驚いて言った

「ピンセットなんか持って来てたのか…」

むぎは

「大切な証拠品だから…取り扱いは慎重にしないと…」

と微笑んだ

「でもこれ…本当に事件に関係あるものなんですかね…」

梓がぽつりと呟く。まあ、妥当な意見だろうな

「たしかに今のところ確証はない。だけどあくまで今のところは、だ
 犯人たちのものなのか、それとも単なる落し物なのか。調べてみなくちゃわからないよ」

私は言った。梓は小さくうなずいた

「…そうですよね。まずは調べること、ですね」

「ねえ見て、このボタン」

むぎがみんなにハンカチの上のボタンを示す

「ほら、穴のところに糸がたくさん残っているでしょう?」

確かに、ボタンの穴には糸がたっぷり巻きついている

「それに…」

むぎはピンセットでボタンを裏返す

「この糸、引きちぎられたように私には見えるの。つまりね…」

純ちゃんが口を開く

「自然に糸がほつれて取れたんじゃなくて、強い力でむしり取られた…ってことですか?」

むぎがうなずく

「ええ。もっとしっかり調べないと、確かなことは言えないかもだけど…」

その時私は、必死に抵抗する憂ちゃんが思わずボタンを引きちぎる姿を思い浮かべていた

嫌な、気持ちに…なった

「しっかしなあ…」

律が呆れたようにため息をついた

「ん?どうした?」

「いやさ、これがもし、事件の日に取れたものだとしたら、もうこのボタンは3週間以上もここに落ちてたわけだろ?
 唯が探偵を頼んで…まあ2週間くらいはたってるとしても…私がちょろっと探しただけで見つかるようなものを探偵が見つけていないってのはなあ…」

「確かにそうだな…」

純ちゃんが言う

「…二つ、考えられますね。まず一つ、このボタンは事件とは関係なくて、つい最近誰かが落としたものだってパターン
 もう一つは…その探偵が、よっぽど使えないヘボ探偵だというパターン」

「もし後者だったとしたら…唯はそんなやつらにお金を払うために…」

私はその時、言葉では言い表せない、もやもやした、複雑な気持ちでいた

それから30分ほど、私たちは他に何かないか、探し回った

しかし結局、あのボタンの他には手がかりらしいものを見つけることは出来なかった


5