私たちはその日の夜から、信代が唯を見たという辺りを中心に捜索を始めることにした

話し合い、細かな取り決めなどを決める

もともと治安はいい(はず)の街ではあるが、憂ちゃんのこともある。行動は慎重を要する

まず唯の家を訪ねて、様子をうかがう。唯が不在のようであれば、捜索にうつることにする

常にひとかたまりになって動き、お互いの姿を見失わぬよう気を配る

純ちゃんや梓を捜索のメンバーに入れるのは躊躇われたが、純ちゃんは参加を強く希望した

梓はたっぷりと考えたのち、「やります!やらせてください!」ときっぱり言い放った。もう、泣いてはいなかった

防犯のために防犯ブザーとスタンガンを、催涙スプレーを各自ふところに忍ばせる。全てむぎに用意してもらったものだ

信代が唯を見たのは夜10時前だというから、とりあえず捜索時間は8時半~10時とした

すべてが決まった。私たちは8時に集合することにして、解散した

薄暗くなりつつある道を歩きながら私は、ここのところ消えることなく体中を覆っている嫌な予感が、はっきり強くなるのを感じた



8時少し前、適当な言い訳をして家を出た。途中で律と合流し、唯の家の近くへ向かう

歩きながら律が言った

「唯が見つかったら…どうする…?」

「どう…したらいいんだろうな」

「慰めるか、叱りつけるか、笑いかけるか…」

「そんなことしても…」

「ああ、意味はないよな…」

私たちは何をするために唯を探すのだろう

わからない。わからないけど…それでも、今のままでいいはずは、ない

集合場所には、もう3人が揃っていた。むぎに防犯グッズを手渡され、使い方を簡単に説明してもらう

「やっぱり、唯先輩は家にいないみたいです。お家の人…お父さんでしたけど、何だか目がうつろでした」

梓。つらそうな表情だ

「そうか。…わかった。それじゃあ行こうか、唯を探しに…!」

律が、力強く言った

しかし、捜索初日、二日目、三日目と、手応えはまるでなかった

捜索を始めて4日目、一学期の終業式が終わった

結局、憂ちゃんが自殺してから、唯は一度も学校に来ないままだった

この間、さわ子先生も、何度も唯の家に行ったらしかったが、進展はしなかったと聞いた

先生も、ずいぶんやせてしまったような気がする

私は先生に対して罪悪感を感じながらも、何も教えなかった

さわ子先生、ごめんなさい



その日の放課後、私たちは部室に集まった

もう随分長いこと楽器を合わせていないからし、気分転換にもなるから、と律が提案したのだ

それぞれに楽器を構える。律のスティックがリズムを刻む

私のベースの旋律

律のドラムの力強い音

むぎのキーボードの流れるようなメロディ

梓のギターの繊細なピッキング

そして、唯のギターの音…は…

駄目だ、こんなの、こんなの私たちじゃない!こんなのバンドなんかじゃない…!

弦が押さえられない。指が上手く動かない

私は…泣きながら、座り込んでしまった

軽音部の部室には、四人のすすり泣く声だけがこだましていた



いよいよ夏休みに入った。受験生の夏は地獄というが、これほどのつらさを味わうとは予想も出来なかった

陽のあるうちは参考書に向かい、月の出てよりは唯を探す

そんな夏休みが一週間ほど過ぎた頃…

ついにその日が、小さな希望と大きな絶望に彩られたその日がやってきた


時刻は9時を少しまわったところ

むせるような高温多湿に肌をじっとりべたつかせながら、私たちは夜の街を歩いていた

夏休みに入ったこともあってか、こんな時間帯でも、明らかに高校生か中学生の姿が散見される

「何だか不良少女ばっかって感じですね」

梓の軽口に、

「私たちだって傍目には変わらないぞ」

と私は答えた

その時…私の耳に、聞きなれたあの、甘ったるいような声が飛び込んできた

「そこのお兄さんっ!唯とお・ま・ん・こ♪していきませんかっ?」

全員が足を止めた。声のした方向に目を遣る

そこには確かに、制服姿の唯がいた

ただし、桜高のそれとはまるで違う、どこの学校のものかわからない制服を着た唯が

「ゆ…い…」

唯は、道を行く男性に手当たり次第に声をかけていた

「ねぇ、おじさん!女子高生と…お・ま・ん・こ!したくないですかぁ~?」
「お兄さ~ん、2時間3万円でどお~?サービスするよ~?」
「何でもしていいよ~?生でも、中出しでももちろんおっけ~!お金は…その分もらうけど…」

何だ、これは

一体何なんだ、これ

友達が、目の前で、男に色目を使って身体を売っている

唯が、優しくて、純粋で、妹思いのあの唯が…

「唯!!!!」

私は思わず、大声で叫んでしまった

唯の体がびくりと痙攣し、ゆっくりとこっちを振り向いた

「澪…ちゃん……み…んな……」

次の瞬間。唯は一目散に駆け出した。逃げる!?

「唯!待てっ、唯!」

私たちも慌てて追いかける。しかし、結構な距離がある。人も多い。見失えばもうアウトだろう

「唯!唯っ!」

ところが

「うあっ!?」

後ろざまに、唯が転んだ。客引きをしていると思しき黒人にぶつかったのだ

あぁ、やっぱり…唯だ

もう到底逃げ切れないと悟ったのだろう。唯は立ち上がり、黒人に「あいむそーりー」などと詫びている

「唯…とうとう見つけたぞ…唯!」

律が叫ぶ。目に涙が浮かんでいる

「唯先輩……」

梓はもう泣いていた

「えへへ…みんな……久しぶりだね」

そう言って唯は頭をかいた

律が震える声で問い掛けた

「お前…何っ、何を…おぉっ・・・!」

ほとんど質問のていを成していない。無理もないことだ。私だって、何を聞いていいのかわからない

「あのさ…ちょっと場所変えようよ。ここだと色々めんどくさいから
 ちょっと行くと喫茶店があるから、そこでいいよね」

こちらの気持ちを知ってか知らずか。唯は平然としているように見える

いや……何だろう、この感じは。私の知っている唯とは何かが違う…?


唯の先導で私たちは喫茶店に向かう。

みんな無言だ。葬列のごとくぞろぞろと歩く

5分ほど歩いたところで、喫茶店に着いた。初めて入るお店だ

扉を開けて中に入る。落着いた雰囲気のお店だ

すると、入るなり唯が

「アイスティー6つ!」

と大きな声で店員に注文した。まだ席にも着いていないのに

私はこの時「ああ、この唯はやっぱり、私の知っている唯ではないんだなあ…」とぼんやり思った

全員が席に着くや否や、唯がしゃべり出した

「ごめんね、私も色々忙しくてさ。まあ、何となくみんなが聞きたいことはわかるから、答えるよ」

瞬間、律が唯の胸倉を掴んで怒鳴った

「てめえ、何だその言い草は!私たちがどれだけ心配したと思ってやがる!
 私たちだけじゃねえ!さわちゃんも、和も、アンタの両親も、クラスのみんなも!
 それを言うに事欠いて忙しいだ!?大概にしやがれ馬鹿野郎!!」

「りっちゃん、落着いて!唯ちゃんほら、苦しがってる!」

律の言葉が終わるのを待っていたかのように、むぎが律をなだめた

「は、離して…りっちゃん…」

唯がいかにも苦しそうに声を出す

「ちっ…」

舌打ちをして、律は唯を離した。どさりと尻餅をつく唯

「うぅ…相変わらず乱暴ものだねぇ、りっちゃんは…」

そう言って唯はえへへと笑った。誰もその笑いの誘いには乗らなかった

「じゃあ、単刀直入に聞かせてもらいたい。お前は今まで、何をしていたんだ?」

私は唯の目を見据えて訊いた。唯も私の目を、負けじと見つめ返してくる。そして、答えた

「お金をね…稼いでいたんだよ」

お金…といことはつまり…

「それは、その…援助交際…か?」

「うん。そうだよ」

いともあっさり答えたものである

わかっていた。さっきの、あの光景を見て、99パーセントそうなんだろうとは思ったけれど…

否定して、欲しかったな

「何で…何でなんですかあっ!?唯先輩っ!!」

梓が涙を振り撒きながら叫んだ

「あずにゃん……私はね、駄目な人間なんだよ」

唯がぽつりと呟いた

丁度その時、アイスティーが運ばれてきた

唯はグラスを両手で包み込むように持ちながら、ゆっくりと話し始めた

「私はね、憂がいなければ何も出来ないんだ」

「そんなこと…」

「そんなことない、だなんて思ってないでしょ、あずにゃん?」

梓は俯いてしまった

唯は続ける

「あぁ、ごめんねあずにゃん。でも図星でしょ。ここにいるみんなが、そう思ってるはずだよ
 私は今まで生きてきて、何から何まで憂に頼りっぱなしだった。憂がもしいなかったら、私はきっとここにはいないよ
 私は、憂に本当にいろんなことをしてもらった。憂も嫌な顔一つしないで、何でもしてくれたよ
 助けてくれた。守ってくれた。愛してくれた。そのことに気付いたのは、高校に入って、軽音部に入って、自分で色んなことをやるようになってからなんだ。遅いよね」

唯はそこでアイスティーを一口すすった

「だから私は、今度は憂のために色々してあげようと思った。お姉さんらしいことをしてあげようと思ったよ
 でも、私バカで、めんどくさがりで、自分に甘いから…結局また憂に頼っちゃうんだよね」

梓は何か言いたそうにし口を開いたが、何も言えずに口を閉じた

唯はまた、アイスティーをすすり込む

「明日こそは、明日こそはなんて思ってるうちにどんどん時間が過ぎて、2年生になって、3年生になって
 そして………あの日が来て」

私はその時、唯の目から涙がぽろぽろと止めどなく流れていることに気付いた

「憂はあの日、すごく泣いて、傷だらけで、私も憂に負けないくらい泣いて、でもそんな時でも憂は
 『大丈夫だから、お姉ちゃん、私は大丈夫だから泣かないで』って…!つらいのは私じゃないのに!憂なのに!
 憂は、自分が本当につらい時まで私の心配をして…!それなのに私は憂になにもしてあげられなくて!
 何したらいいかわかんなくて!結局、最後まで、お姉ちゃんらしいこと、してあげられなくて!私、自分が、自分が情けなくて!」

唯はそこまで言うと、机に突っ伏して大声で泣いた。まるで赤ちゃんのように泣いた

私はきつく歯を食いしばっていた。口の中に血の味が広がった

「……復讐のため、ですか」

純ちゃんがぽそりと呟く

「唯先輩が援助交際をしていたのは…犯人に復讐するためですよね?」

復讐のために援助交際…?どういうことだ

純ちゃんの言葉を受けて、唯は嗚咽を漏らしながらもゆっくり顔を上げた

「うん……そうだよ、純ちゃん。……よくわかったね…」

「…ええ。私も…同じようなことを考えましたから」

律がたまらず声を上げた

「どういうことだよ!?わかんねえよ!!何で、憂ちゃんの復讐がエンコーに繋がるんだよ!?説明しろよ!!」

純ちゃんが唯を代弁するように語る

「援助交際はあくまでも手段なんですよ…手っ取り早くお金を稼ぐには一番いい方法だから…そうですよね、唯先輩?」

唯が小さくうなずく

つまり、唯は復讐のために、短期間で大金を稼ぐつもりだったということか…しかし何故?

「私はバカだからさ、憂のために…死んじゃった憂のために何ができるか…全然わからなくて」

唯が語り出す。時々嗚咽を漏らしながら

「憂はつらくて、悲しくて、悔しかったんだと思う。でも、憂がそうなったことの責任は、憂にはないんだ
 憂は被害者なんだ。そして、憂をそんな気持ちにさせて…自殺まで…させた、加害者は…今でもどこかで生きてる
 今でもヘラヘラ笑って、美味しいもの食べて、楽しく遊んで…どこかで女の子犯して…!」

きつく握られた唯の拳が震える

「許せない!!」

唯が叫んだ

「だから、だから私は決めたんだ!憂の無念は、私が晴らしてみせる!憂の仇は私が討つ!」

「私が、憂を犯した奴らを、殺す」

「そんな……」

梓がうめくように呟いた

「そんなのダメです!おかしいですよ!憂は、憂は復讐なんか望んでいないはずです」

「うるさい!」

唯が梓を一喝した。冷たくて、厳しい声だった

「そんなことわかってるよ。憂が私に人を殺したり、援助交際して欲しいなんて思うはずないからね
 でも…もうそんなことはどうでもいいんだ。だって……憂はもう死んでるんだもん。もう、どこにもいないんだもん
 だから、これは私の問題なんだ。結局は私のため。私の自己満足のためのことなんだよ
 私の手で、私の力でやるんだ。それが憂への、私の恩返しなんだよ」

唯の考えていることは…私が、いや、私たちが想像していたよりも、ずっと現実的だった

唯の中では、もう憂ちゃんは完全に死んでいる

そしてきっと、魂だとか成仏だとかいう、遺された者の心を救済するための概念を、唯は捨て去ってしまっている

そう考えた上で、復讐を果たすことが、きっと憂ちゃんへの恩返しになる、と信じているのだろう

…くそったれ

梓が立ち上がって叫んだ

「わかんない!そんなの、そんなのわかんないです!唯先輩の考えてることわからない!!」

「梓…落着いて。座りなよ」

純ちゃんが優しくなだめる。席に着いた梓はぐすぐすと泣いている

唯は、とても悲しそうな目をしていた

「ごめんね、あずにゃん…でも、私は私の考えてることが正しいと思ってる。変えるつもりもないから…」

律はとても凶悪な表情で黙りこくっている

むぎはうつむいたままだ

私はもう、唯を説得することを半ば諦めていた。とりあえず、話を進めよう、と思った

「お金を稼いでるのは…その、探偵…か何かを雇うためか?」

「うん。初めのうちはね、自分で犯人を探してたんだけど…どうしたらいいかわからなくて、何も手がかりが見つからなくて
 ある時、看板を見つけたんだ。『何でもご相談下さい』って書いてあった。それで、そこに行ってみた
 スーツを着た人が何人かいて、話をしたの。そうしたら、
 『情報が少なすぎるからかなり難しいだろう。時間もかかるし、費用もかさむだろう』って言われた」

「費用って…いくらくらいだ?」

「調査費用が1日2万円。成功報酬は80万円だって」

それは…高すぎる。というより胡散臭すぎる

律が呟いた

「詐欺じゃないのか、それ」

純ちゃんが尋ねる

「それで…頼んだんですか?」

唯は小さくうなずいた

律が長いため息をついた

「で、調査費用を稼ぐために援助交際をしている、というわけか…」

「うん…そうなんだ。連絡しなかったのも、バレると絶対止められちゃうと思ったから
 家にあんまり帰らなかったのは、お客さんの家に泊まったりしてたから
 それでも、たまには帰ってたんだよ。親は気付いてなかったみたいだけど」

「何で…」

むぎが震えている。叫んだ

「何で相談してくれなかったの、唯ちゃん!?私たち、友達でしょ!?仲間でしょう!?何で一言言ってくれなかったの!?
 そうしたら…私たちだって力になれたのに…こんなことしなくても、探せたかもしれないのに…」

律も叫ぶ

「そうだよ唯!!困ったときは頼りにしろって、言ってたじゃんか!!」

唯は二人の顔を交互に見つめて、微笑んだ

「ありがとう…でもね、それじゃ意味がないんだよ
 自分だけで決めて、自分だけで歩いて、自分の稼いだお金だけで人を雇って…そうしなきゃ何の意味もないんだ
 友達に頼っちゃったら、結局今までの私と何もかわらないんだよ…」

その言葉を聞いて、むぎも律も何も言えなくなってしまった

「だから…本当にみんなには悪いと思ってるんだ。でも、私のことは…しばらく放っておいて欲しいんだ
 私、本気なんだ。誰が何と言おうと、たとえ何年かかろうと、諦めたくないんだ、絶対に」

「で、でも!!わた…」

梓を制して、私は言った

「唯の気持ちはわかった。今私たちが何を言っても、多分無駄だってこともな
 だから、私たちはしばらく様子を見る。先生にも、警察にも、何も言わない。約束する」

唯は心底ホッとした顔をした

「ただし、唯にも約束してもらうことがいくつかある。それが条件だ」
 一つ目、まずご両親と、さわ子先生に、自分が無事だということを知らせること。電話でいい
 二つ目、定期的に私たちにも無事を知らせること
 三つ目、今の探偵事務所…は解約して、もっといいところを見つけること。ネットカフェで調べればいくらか見つかるはずだ
 四つ目、もし犯人の目星がついたら、まず私たちに知らせること。すぐに動こうとするな
 それから…最後に」

「最後に…?」

「絶対に、軽音部に戻ってくること。約束してくれ。唯の場所は空けておくからさ」

「澪ちゃん……うん!」

唯は、私のよく知っている笑顔で、笑った


4