列車の扉が開いた。湿った温い風が吹き込み潮の香りが鼻腔をくすぐる。

一人ホームに降り立つ。私の他に人影は無い。
汽笛と共に列車が再び動き出す。私は振り返ってそれを見送る。

列車のいなくなった視界に、澄んだ青空を映し出した群青の海が広がった。
地面から高い位置にあるここからは遠くに浮かぶ船も見える。
夏らしい快晴である。

ホームの中央にある階段を降りる。日陰のひんやりとした空気が気持ち良い。

改札を抜けると強い日差しが肌を射した。太陽に目をしかめる。
私は帽子を取り出して目深に被った。

海岸までは少し歩くようだ。目の前の道を横切る。
錆の浮いた自販機でジュースを買い喉を潤した。
肌にじんわりと汗が浮かんでいるのがわかる。

海岸へ通じる道を示す看板を見つけたのでそれに従う。

小さな松の防風林を抜けると白い砂浜と水平線まで続く青い海が再び現れた。
波に反射する太陽が眩しい。


「着いた。」


私は高校に上がり、軽音部に入った。
部の皆で盛り上がりながら毎日の生活を送る。
そんな中で私はいつの間にか酷いうつ状態になっていた。

気付けば毎日が楽しいとは感じなくなっていた。

私は元々内向的な性格である。一人でいることが好きなのだ。
高校での急な生活の変化に精神がついていけなかったのだろうか。軽音部など私の性には合っていなかったのかもしれない。
家でベッドに寝転がりながら私はそんなふうに考えた。



平日、午前8時。学校に行かなくては遅刻する時間だ。
頭ではわかっているが鬱屈した気持ちで体が動いてくれない。

枕に強く顔を押し付ける。



「一人で海に行ってみよう。」



なぜかはわからない。
ただ、そう思った。


一人海辺を歩く。


一人でいることは私の気持ちを落ち着かせた。


暑い日差しと砂浜からの照り返しに汗が滲むが、今の私には心地よい。冷めた心が温まるのをイメージする。

砂の中に半分埋もれた貝殻を見つけた。
綺麗なピンク色の二枚貝の片割れ。桜貝というやつだ。
端に小さな穴が空いていた。これは理科の授業で先生が言っていた。他の貝に中身を食べられた跡だ。


私は貝殻をそっと鞄にしまった。


そろそろ昼も過ぎているだろうか。
私は一番大きな松の根元に腰を下ろした。木陰になっていていい感じだ。

コンビニで買ったサンドイッチを開けた。


海を正面に見ながら食べる。
波の音が絶え間なく耳に届く。


空は果てしなく広がり視界の真ん中には水平線が横たわる。


一艘の船が目の前を横切り沖へ向かっていくのが見えた。


船が通った後には一本の白い線が残る。

扇状に開いていくそれは、まるで海の表面を切り開き、新しい海を作り出して行くようであった。


「『澪』か。」


松の葉の隙間から木漏れ日が差し込んだ。細いその光は私の体を強く照らし、温めた。


私はノートを取り出し、一気に書きなぐった。




「帰ろうかな。」


_____


音楽プレーヤーを取り出しイヤホンを耳に当てる。

潮騒の音が消え、同時に聞き慣れた曲が流れてくる。大切な私達の曲だ。


少し西に傾いた太陽の熱を背中で受けて早足で駅に向かう。


遠くに列車が来るのが見えた。


改札を通り抜け階段を駆け上がる。
ちょうど扉を開けた列車に飛び込むと冷房の冷たい空気が体を包む。



扉が閉まり、電車が動き出す。


座席に座り振り返ると遠くの海にさっきの船が見えた気がした。




翌日学校へ行くと軽音部のみんなが心配してくれた。
私はふと日焼けの心配をしたが、日焼け止めのお陰か指摘されることはなかった。

授業はいつも通り真面目に聞いた。少し1日が長く感じる。

昼休み、律達と食べる弁当はとても美味しかった。
休んだ理由を唯にしつこく聞かれたが適当にはぐらかした。


放課後、掃除当番の私は箒を持ちながらなかなか進まない時計に何度も目をやった。

掃除が終わると私の足は自然と部室に向かった。
なんだか体が軽い。


部室の扉を開けるとみんながいつも通り談笑していた。

私は少し嬉しくなった。


「どうした?澪?」
立ったままの私に律が声をかけてくれる。
「いや、何でもないぞ。」
私は扉を後ろ手に閉めた。
「それより見てくれ。新しい歌詞を書いたんだ。」
駆け寄りながらポケットから紙を出して机に広げる。


それは私自身のことを書いた歌詞であった。

決してメルヘンな歌詞などではない。
昨日あの松の木の下で私が私を見つけたまさにあの瞬間を歌詞にしたものだ。

言い回しに悩むことなどなく、ただ自然と手が動いたのだ。
詞を書きながら私の中の憂鬱がかき消えていくのがわかった。


「これほんとに澪ちゃんが書いたの!?」
「すごいです先輩!」
「まじかよ!これ最高だよ!」
みんなが手放しに私を誉めてくれる。
「大人っぽくてかっこいいわ。澪ちゃん、私絶対にこれに合う曲を作るからね!」
紬が目を輝かせて私を見る。

「ありがとう。これは自信作だからな。」

ふと、歌詞を見せるのが恥ずかしくなかったことに気が付いた。
胸が暖かなもので満たされているのを感じる。


「あれ?それ何?澪ちゃん。」


唯が私の鞄を指差す。
鞄にはピンク色の貝殻が紐でつり下がっている。


「桜貝だよ。綺麗だろ?新しい宝物なんだ。」


私の名前は澪だ。

いつでもみんなが私を先導してくれる。私はそれを信じていれば、絶対大丈夫。それが私の役目だ。



そう 思った。




~おわり~