そう、それはいつも通りの風景。
いつも通りの放課後ティータイム。

澪「またお前はそうやってふざけてっ!」ゴチンッ

律「………」

律がふざけて、私が突っ込みを入れる。
こんな役回り。
傍から見たらまるで漫才だ。
私に頭をゴチンッてされても、律は笑ってまたこっちを向いてくれる。

そう、今日もいつも通り…。
いつも通りかと思っていたら。

律「……痛ってぇーな」

唯「…り、りっちゃん?」

澪「な、何怒ってるんだよ。こんなのいつものツッコミだろ」

律「はぁ…?」

律が声をあげて、いつもとは違う表情で私を見ている…。
でも私は、この程度の事で律が怒る訳ないって知ってるんだ。
何年一緒にいるんだと思ってるんだよ、バカ律。

律「いい加減にしろよ。いつもいつもポカポカポカポカ」
「あたしを何だと思ってるんだよ澪は?あぁ?」

澪「(あ、まさか律、これもジョーク?)」

律「こっちにも非があるのはわかってるから、毎回黙って笑って返してやってたk…」

澪「そ、そうやって私を騙そうとしても無駄だっ!!」ゴチンッ

唯「わっ…」

紬「澪ちゃんっ!!」

律「…痛っ……」

?何だろう。
律の様子がおかしい。
叩いた後頭部を押さえて本当に痛そうにしてる。

でもこの辺りで「バレたかーっ!やっぱり澪は騙されないかー!」なんて言ってくるんだろ?
わかってるんだよ。

律「お前…いい加減にしろよ」

澪「律?」

律は後頭部を押さえていた右手を下ろして、親の仇を見るような瞳をして私を睨む。
…そして。

パチーーンっ!!

澪「あぐっ!!」

唯「りっちゃんーっ!?」

さっきまで額を押さえていた律の右手は私の頬を叩いた。
まさか律に叩かれるはずはないと思っていた私は、衝撃で床に倒れてしまう。

澪「う…ぐっ…」

私はショックで右手を頬に当てたまま動けない。
もちろん痛さもあった。
けれどそれ以上に、律に叩かれたという現実に精神的ショックを感じてた。
さらに同時に律に対して怒りも湧き上がる。

紬「ふ、2人ともまぁまぁおさえて…、お茶飲みましょ?」

澪「律、私はいつも軽く叩いてやっていたんだぞ。お前今…」

律「本気ではたいたよ、今までの仕返しも含めてな。あースッキリした」

その言葉に思わず利き腕である左の拳が震えた。
涙も溢れてきたけれど、それが律に叩かれたショックなのか痛みなのかわからない。

澪「そっか、律…、本気でやったのか…」

律「それがなんd…」バコッ!!!

バタッ!!

紬「きゃっ…」

唯「澪ちゃん!?グーはダメだよグーはっ!!」

律「ッ…、澪てめ…」

私は左手で殴り返す。
しかも顔をグーでだ。
幼馴染だからって容赦はしてない。



さすがに律は倒れて唸っているだけで立ち上がることはできないみたいだった。
その様子に唯とムギは、急いで律の介抱に向かう。

唯「りっちゃん平気…?」ナデナデ

紬「さすがに腫れちゃってるわね…、ちょっと待っててね」

律「別に痛くねーから平気だよ…っ」

澪「…さっき思いっきり痛がってただろ。だから私をぶったんだろ」

皮肉を込めて言ってやる。

律「黙ってろ、澪」

澪「…っ!」

律は一言だけそう言うと、それ以上はもう喋らない。
黙って唯とムギの介抱を受けている。
怒りを込めた瞳で律の方を見ると、鼻から出血していたようだった。

対する私も、殴った左の拳を握ったまま動けない。

律「サンキュ、唯、ムギ。もう大丈夫」

律のその言葉で、唯とムギからは、ふうっと溜め息と似たようなものがでる。

澪「……」

部室に沈黙が走る。
いつもは騒がしい軽音部の部室が、部活動時間中…私達がいるのに
ここまで静かになるなんて凄く珍しいことなんじゃないだろうか。

唯「あ、あのさ!!練習しようよ練習っ!ねっ!!私上手く引けないところがあってぇ…」アセアセッ
「ちょっと澪ちゃんに見てほし…」

律「澪。出て行けよ、もうここに用はないだろ」

唯は立ち尽くしてしまっている私に向けて言葉を発してくれたのだろうけど
律の一言でその台詞を止めた。

澪「…律…ッ!!」ギリッ

言う通り帰ってやろうと、自分の鞄を持ち上げる。

紬「澪ちゃん待って、少し話をしましょ…?こんなことで私達が…」

唯「そ、そうだよ!りっちゃんも怒ってないよね!ねー??」

律「…早く出て行け」

ムギと唯はやっぱり私をフォローしてくれているけど、律は私に対して怒りが収まらないみたいだ…
このままここにいても気まずい。
律の顔を見ているのも辛い。

澪「わかったよ…!」

あくまで冷静なフリをしていた私だけど、体中が震えていた。
それが律にバレるのも何だか悔しい気がして、急いで部室を出る。

梓「あ、澪先パ…」

澪「……」

梓「……どうかしたんですか?」

澪「…じゃあな。梓」

部室を出た所で梓と出くわしたが、とても会話しようなんて気は起きなかったので挨拶だけして横切る。
冷静になれたのは暫く後になってからだった。



帰りみち!

ど、どうしてこんなことになっちゃったんだ…
でも元はと言えば律が悪いんだ、律が私を叩くから…
…たぶん。

澪「(…ベース部室に忘れた)」

今日は厄日なのかな…。

特に何もないまま自宅に到着。
家に帰った後のことは言うまでもないと思う。

自分の部屋に直行、ベッドにダイブ。
食欲もない。
もしかしたら、と思って携帯を枕の隣に置いておいたけど、鳴ることも震えることもなかった。
もちろん、今日は殆ど眠れなかった。



次の日!

澪「(学校行きたくないな…)」

やっぱり昨日の今日だ。
3学年に上がって同じクラスになってしまったので、通学路で会うのを避けても
嫌でも教室へ辿り着いたら顔を合わせる…。
顔を合わせただけで、また怒りが昇ってきてしまうのではないか。
律に殴り返されてしまうのではないか。
そんな心配をしてしまう。

澪「(休もう…)」ベッドにモゴモゴ

澪母「みーおー、そろそろ起きないと遅刻するわよー」

部屋の入り口のドアの前から声が聞こえた。
ママに何て言うかな。
風邪でいいか。

澪「ちょっと熱っぽいから休むー」

澪母「あら、そうなの。了解了解」

ズル休みなんてする訳ないと思っているのか、ママは大人しく引き下がってくれた。
今だけは日頃の行いが良かったと感謝する。

澪「(昨日あまり眠れなかったし、ちょっと眠気あるな…)」

そう考えて寝返った後は、自然と眠りに落ちれた。



ゆうがた!

澪「(…お腹すいた)」グーキュルキュル

目を覚まして今何時なのかを確認すると、すぐにお腹が鳴った。
やっぱり人間の三大欲求の1つである食欲には勝てないな。

澪「(いい加減起きるか…)」

何か食べ物を…と思って部屋から出ようとすると
携帯が点滅しているのが目についた。

澪「誰からだろう…」ポチポチピッピ

言葉では発してみたが、想像はついている。
そもそも私にメールしてくる相手なんて極少数の人物しかいないのだから。
若干の期待と不安を保ち、携帯を開く。

澪「(メール4件に着信………15件!?)」



8:56
From:平沢 唯
Sub :澪ちゃん?今日お休みなの?

本文なし



澪「(何だこれ。唯の奴サブの方に文書いて本文なしじゃないか)」

何か焦ることでもあったのかな。
…と、少し苦笑したのも束の間、2通目のメールを見て私は固まった。



11:20
From: 琴吹 紬
Sub : 澪ちゃん!!
今からでも良いから早くきて!!りっちゃんが澪ちゃんを軽音部から退部させるって!!
凄く怒っちゃってて私じゃ止められないの!!



澪「(え…?)」

背筋が凍った。
悪寒がした。

メールの文章を見る限り、これが冗談なんてとても思えない。
というか、ムギはこんなことを言う人間じゃない。

澪「(……)」

メールの着信時間を見る限り、これはまだお昼前のメールだ。
ちなみに現在の時刻は18時30分と言った所だろうか。
今から私が学校へ向かおうとも、このメールを打ち込んで、
私が学校に来るのを期待しているムギには会えない。

手が震える…。
この先のメールを見るのが怖い。



15:21
From: 中野 梓
Sub : 無題

今すぐ学校に来てください
本当に風邪引いたわけじゃありませんよね
絶対返事下さい



澪「(梓…)」

昨日は挨拶をしただけで終わってしまった梓からのメール。
きっとあの後、梓は部室に入って唯や律から事情を聞いているんだろうな。
でも昨日の時点でメールをしてこなかったと言うことは、
昨日はそこまで大事にならないと踏んでいたということだろうか。

澪「(返せなくてすまない。梓…。ムギのあのメールを見た後じゃ…)」

どっちにしろ今からじゃ遅いかな、と思いながら次のメールへと進む。
最後のメールの着信時間は…、17時半近く、ついさっきか。



17:26
From:平沢 唯
Sub :無題

大変だよ、りっちゃんが
りっちゃんがー!!



澪「(え!?)」

突然これは意味がわからないぞ唯…?
前のムギと梓のメールの件とは別なの…か?これは。

4件のメールを見終わって溜め息が出る。

澪「(私は律と喧嘩して、それから一切会話もせず…)」
「(仲直りの機会も与えてもらえずに放課後ティータイムをクビにされたのか)」

さすがにこの仕打ちは酷いんじゃないか。律。
私達の関係ってこんなもんだったのか?
確かに今日休んだのは私が悪いけど、いきなり退部だなんて…。

昨日、寝付く前に何で殴ってしまったんだと反省はした。
…けれど、私にはそれ以上に律の行動が理解できなかったんだ。
あの時、ぶたれてしまったから私はカッとなってしまった。
口で言ってくれたら…。

澪「(…って、バカか私は。律はやめろって言ってたじゃないか。でも…)」

何故か律は私を絶対にぶたない。そんな気がしていたのに。
もちろん冗談で、とかなら別だけれど。

澪「(はぁ…)」

体が重たい。

グデーン、と言う効果音が似合うような感じで再びベッドに転がる。

凄い喪失感だ。

でも何故だろう、涙は流れてこなかった。



澪「(律…、りつ…)」

かけがえのない親友があっさりと消えてしまった。
それと同時に軽音部であることも許されなくなってしまった。
放課後ティータイムにも当然いられない。

何だろうな、今まさにピークを迎えて、一番輝いているはずの花火が、
前触れもなく突然フッと消えてしまった感じ。

澪「(もうヤダ…)」

さすがに勝手すぎる気がしたよ。
律も、私も。

…ふと、思い出す。

澪「(あ…、ベース)」

昨日部室に忘れていったんだったな…。
明日放課後行って気まずい空気になるのも嫌だし、今のうちに回収しちゃおうかな。

時刻は19時になろうとしていた。

澪「(こんな時間に制服に着替えるなんて)」

真っ暗だった部屋に電気をつけ、朝と同じように支度をする。
もう下校時刻は過ぎているから、学校は当然閉まっているだろう。
でも先生はまだいるよな。
忘れ物をした、と言えば部室の鍵だって借りられるはず。

いつもの制服を着こなし、なんとなく鞄を持った後、静かに部屋を出る.


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