―――数週間後

―――放課後の部室

唯「・・・・・・」

紬「・・・・・・」

部室は静寂に包まれていた

あれほど日々姦しく賑わったあの軽音部の部室と、この静けさの痛い空間が同一のものだとは思えない

何がこの部屋をここまで変えてしまったのだろうか?

使い古したテーブルの上には3つのショートケーキと3つのカップが置かれている

カップには芳醇な香りを熱気と共に漂わせる紅茶が注がれていたが

その温もりは誰の口に触れる事もなく今や冷め切ってしまっていた

唯は椅子に座ったまま死んだ魚の様な目で窓の外を眺めては気だるそうにギー太のペグを回していた

チューニングをしているわけでもない。ただ適当に回しているだけであり、その行為に意味があるとは到底思えない

紬もまた椅子に腰掛けてはいるが、頭はテーブルに突っ伏しており、細い腕を枕代わりにしていた

彼女の長い髪の毛が数本、カップの紅茶に浸ってしまっているのだが、それを注意する者は誰もいなかった

部室は静寂に包まれていた



これ以上ここにいても意味はない――

そう結論が出れば行動は早かった

"私"は椅子から立ち上がると、自分のカバンを掴み足早に部室の扉へ向かった

唯「・・・帰るの?」

唯が私にそう声をかける。久々に人の声を聞いた気がした

「・・・・」 ガラッ

私はそれを無視し、無言で部室を飛び出した

口を開けばどんな言葉が飛び出すか自分でも分からなかった

階段をタンタンと駆け下りながら、私は何故こんな事になってしまったのかを思い返していた



事の始まりは数週間前

夜中のことだ。律から電話がかかってきた

私は丁度放課後ティータイムの新曲の歌詞を書いていて、まだ起きていた

澪「なんだ?こんな時間に・・・律のやつ・・・、もしもし?・・・・律?」

律『ホッwwwwwゥホホッwwwwww』

澪「は?おい、律。何時だと思ってるんだよ・・・ふざけてないで・・・」

律『ォホホホッwwwwホヘッwwwww』

澪「律・・・・・?」

私は律の声に何か違和感を覚えた

ふざけているだけだとは思えない

律とは幼少の頃からの付き合いだ

この些細な違和感は気のせいではないと直感していた

澪「・・・律・・・・。泣いてるのか・・・?」

律『wwwwwゥホホッwwwwww』

間違いない。彼女は泣いている

澪「律、今家か?」

律『ホホッwwwww』

澪「分かった。今から行くから待っててくれ」

私は電話を切ると書きかけの歌詞を投げ出して夜の町を走った

息が切れることなんて気にならなかった

愛すべき親友の危機に駆けつけること、頭の中にはそれしかなかった

そしては私は律の家でことのあらましを全て聞いた

夜の学校で唯と梓が愛し合っていたこと

ノートを取りに戻った律がそれに巻き込まれたこと

律の純潔が偶然と言えど、唯に奪われてしまったこと

澪「・・・・・・」

私は目の前が真っ暗になった

頭痛がした。吐き気さえ覚えた

自分に対して殺意を覚えた

ノートを忘れたという律に、取りに帰れと言ったのは、他ならぬ私だったのだ―――

律「ウホホwwwwwホwww」

気にするな。と律は言う

自分が言葉さえまともに発することの出来ない程のショックを受けながら・・・

それでもなお、こいつは私のことを気遣っているのだ・・・

澪「うっ・・・うぅっ・・・律っ・・・りつぅ・・・」

私は律に抱きつき、嗚咽を漏らした

そして、気付いた。気付いてしまった

私は・・・律を・・・

澪「愛してる・・・」

律「ホッwwwホホホッwwwww」

澪「愛してるんだよ律!誰よりもお前のことを!」

律「wwwウホホwwww」

澪「冗談なんかじゃない!・・・本気だ。本気なんだ」

律「ウホホホッ!wwwホギャー!!!wwwウホギャギャー!!www」

澪「あぁ、もう、自分の心に嘘はつけないんだ・・・」

律「ギャホホホァwwww」

律は私を受け入れてくれた

しばらく二人で抱き合い、互いの涙を交じらせ合いながら過ごした

そしてしばらくして、律がおもむろに口を開いてこう言った

律「ギャホwwwwww」

澪「・・・え?どういうことだ・・・?」

律「ホwww」

律は「今から私を愛してくれ」そう言うと部屋を出ていった

しばらくすると律は手にタッパーを持って戻ってきた

澪「・・・律?それは・・・」

律「ホギャギャアァ」カパッ

澪「これは・・・・!!」

澪「・・・これは・・・・・・・数の子・・・?」

律が持ってきたタッパーの中には・・・そう、黄金に輝く数の子が

ひしめき合うように、ぎっしりと詰まっていた

律「ホホァwwwwwwww」

澪「なんだって・・・!?」

彼女は、この黄金の核弾頭を、己にぶつけろというのだ

澪「っ・・・ば、馬鹿な!そんなことをして何の意味が・・・!」

律「ンホァwwww」

彼女は言う「めっちゃ、気持ちえぇねん」

一瞬、私は彼女が何を言っているのか分からなかった

だがすぐに理解した

彼女は"数の子をぶつけられる"という行為に性的興奮を覚えるのだ

そして彼女は私にそれをしてほしいと言った

"私を愛してほしい"

その意味を私は理解し、そして受け入れた



私と律の初夜が、今始まるのだ――――

澪「・・・いくぞ、律」

律「ホァ」

私は右手にタッパーを携え、左手に液体を滴らせた数の子を構えた

手のひらに生臭い液体が染み渡る感触・・・いや、これは汗か?

左手が微かに震えて・・・、私は緊張しているのか・・・くそ、情けない

いくら愛情表現とはいえ、愛する律に魚卵を投げつけるという行為に

未だ戸惑いが拭い切れていないのだ

静まれ・・・静まれ・・・、そう思うほどに震えは私を支配していく

澪「はっ・・・はっ・・・・っ・・・・ん・・・」

呼吸が乱れる、喉が渇く、目が泳ぐ、鳥肌が立つ

くそ・・・・、こんなことで・・・怯えるほど、私は弱かったのか・・・?

律の話では、唯は梓に明太子を全力でぶつけようとしていたらしい

私の律への思いは、唯の梓に対する思いに負けるというのか・・・?

―――いや!そんなはずはない!!

私は、私は、だれよりも律を・・・律を愛している!!

そう言い聞かせて、キッと正面を見据える

そこには最愛の、彼女の顔があった

彼女は、微笑んでいた

私を信じて、やさしく見守ってくれていた

澪「・・・ふっ・・・、馬鹿だな、私は・・・・」

震えは、もう無かった

澪「いくぞおおぉぉぉおお律うぅううぅぅっ!!」

オ モ イ
数の子よ、届け――――

澪「えいっ」ブンッ

ズココッ

律「ンポァッ!!!」


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